image   作:小麦 こな

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みなさんこんにちは!お久しぶりです。
そして初めましての方は初めまして!小麦こなと申します。

あとがきにて次話投稿日などを記載しています。


躓いた先にあるもの①

桜の花びらがヒラヒラと舞い散り、心地よい春風が花びらの散り際を美しく助長している春の光景。

僕は人生で初めてスーツを着て今日から通う事となる大学の、無駄に大それた(たたず)まいをしている門を潜ろうとしている。

 

僕は高校生の時に進学先をここ、羽丘経済大学に決めた理由はひどくあっさりしたものだ。

その理由は学生数が少ないと言う事。ここの大学は名前の通り経済学部しかない単科大学、英語で言えばcollegeだから総合大学より人が少ない。

 

別に少人数の学校で誰にも邪魔されずに勉学に集中したいわけでは無くて、単に僕が人付き合いが苦手だから。

そして学部は将来役に立ちそうだから、と言うこちらも簡潔な理由で経済学部に入ろうと思っていたから羽丘経済大学は僕のニーズに全て答えてくれる魅力的な大学だった。

 

 

僕の薄暗くねっとりとした心情とは裏腹に今日の天気は快晴で、天気予報のお姉さんは4月下旬並みの暖かさで絶好の花見日和なんて言っていた。

 

門を潜ると白色の安っぽい大きな看板で「新入生のみなさん、体育館に向かってください」と書いてあり、その文字の下には赤色の矢印まで丁寧に描き込んであった。

 

「大学の入学式にも、親と来るんだ……」

 

僕は誰にも聞こえないような、ボソッとした声を漏らした。

恐らく僕と同じ学年であろう生徒たちは母親や父親と一緒に歩いている。気が早い親子なんて学校名の書いてある看板の前で記念撮影をしているほど。

 

ちなみに僕は一人で来ているから両親なんていない。多分あっち(・・・)の方に行っているはず。

まだ一人暮らしの為に学生アパートを借りてくれただけでも感謝しなければいけない。

 

記念撮影をしている親子の横を通り過ぎた時、一瞬だけ胸が苦しくなったような気がした。

 

 

来た人から順番に体育館に並べられたパイプ椅子に座らされる僕たち新入生。思いの外ガヤガヤとしているので隣通しで世間話をしているのかもしれない。

僕以外の人間はみんなコミュニケーションが上手なのかもね。

 

「なぁ、ここの大学さ、小さすぎじゃね?中学校かよって思わないか?」

「えっ?あ……そ、そうだね……」

 

急に僕の隣に座って来た男子に話しかけられて、心の準備が出来ていないままぎこちない返事をした。

話しかけてきた男子は少し顔をしかめてから僕との会話を終了させた。

 

 

そんな表情をされると少し悲しい。

急に話しかけられたり言い寄られたら怖いと思う人もいる、って知ってほしい。

 

 

そんな言わなければ伝わらない儚い願いを心の中で唱えていると、進行役の人がマイクを通して何か話し始めた。入学式が始まるらしい。

僕は隣の人の気分を害してしまった気まずさを我慢しながらマイクの声を聞いていた。

 

 

 

 

約1時間後、僕は体育館から出てそのまま大教室に向かう。どうやら学生証を新入生に配るらしい。

 

「早く家に帰りたいなぁ……」

 

僕の切実な願いがつい、口に出してしまった。

特に入学式がインパクトの塊だった。いきなり学ランを着て額に白い鉢巻きを巻いたゴリゴリ体格の応援団らしき人物がたくさん出てきて思いっきり大太鼓を鳴らしながら校歌を斉唱した。

耳がちぎれるかと思ったし、「来る場所(大学)を間違えたかも」って本気で思ってしまった。

 

恐らく僕以外の人たちも同じことを思っていたんじゃないかな。みんな目が点になっていて口をあんぐりと開けたままの人もいた。

 

 

「新入生の諸君は学籍番号順に並べてある学生証を受け取って、不備が無ければ速やかに帰宅してください」

 

大教室に入ると、あらかじめ待機していた年老いた教授がマイクでボソボソと同じ言葉を何回も繰り返していた。

僕は自分の学籍番号の場所に置いてある学生証を取って帰ろうとした、けど僕はしばらく帰れそうにないって悟ってしまった。

 

「不備があるんですけど……」

 

 

始まりはいつも(つまず)いて、そのまま転んだままなんだ。僕は。

 

 

 

 

みんなが出会ったばかりの同級生たちとご飯に行ったりボウリングに行ったりと楽しそうなイベントが各自で行われている傍ら僕は、この大学のどこかにある教務センターを探していた。

 

年老いた教授に不備がある事を伝えると「教務センターに行きなさい」の一言のみ。大学に来てまだ1時間しか経っていないのにそんな場所、知っている訳ないじゃん。

場所を聞こうとしたけど、なぜか怖気ついてしまって自分で探すことになった。

 

携帯で「羽丘経済大学 校内MAP」と検索すれば出てくれるのが救いで、実際教務センターまで迷わず着くことが出来た。

 

自動ドアがビューン、と開いて中に入ると想像していたより清潔な空間で若い人たちがパソコンを触ったり電話をしたりと、会社のオフィスのような雰囲気だった。

 

「あ、あのー……すみません……」

 

僕が精いっぱい振り絞った声は、職員のタイピング音や電話の声によってきれいにかき消されてしまった。

寂しく感じてしまった僕は、お腹に一握りの勇気と力を込めて、自分の存在を示すように言葉を発してみた。

 

「すみませんっ!」

 

 

今度はどんな音にもかき消されず、まるで熱したフライパンに生卵を割って白身が隅から隅まで白くなるように、部屋全体に響き渡った。

 

……職員の人がみんな僕を見ている。え、すごく怖いんだけど。

 

「どうして謝っているんですか?」

 

メガネをかけた真面目そうな職員に近づかれ、そんな言葉を受けた僕は怖さを感じると同時に顔がリンゴのように赤くなってしまった。

 

 

「あ、あの。今日貰った学生証、僕の名字の漢字が間違ってて」

「確認させていただきます」

 

しばらく、体感的には1分ぐらいに感じるくらい思考停止してしまっていたけど、何とか要件を言う事が出来た。

僕ももう大学生なんだ。しっかりしないといけないって頭では分かっているんだけど、恐怖心が僕の弱弱しい意思をグチャグチャにする。

 

佐東正博(さとうまさひろ)さんですよね」

「あ、はい。学生証には名字の漢字が『東』じゃなくて『藤』になっていて……」

「本当ですね……急いで変更手続きに入ります。明日のお昼あたりにまたここに来てください」

 

そういって職員は僕の学生証を奥に持って行ってしまった。

明日は確か大学の授業の取り方などを説明されて、各自で好きな授業を履修してから教科書を購入と言う流れだったはず。

 

「その教科書を買う時に学生証がいるんだっけ」

 

僕は教務センターから出て、疲れ切ってボロボロな言葉を地面にこぼした。

僕はちゃんとした大学生活を送れるんだろうか。そんな漠然とした不安しかない僕は、桜の花びらが舞う校門を出て、春の雰囲気なんて一切感じないコンクリートに覆われた場所に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

次の日僕は朝9時に目を覚ました。オリエンテーリングの時間は10時40分からだから高校生の時よりもゆっくりと出来るのは大学生の特権なのかもしれない。

特に大学の近くの学生アパートに住んでいるから行きも帰りも自宅から通っている学生よりも短くて済む。

……夜、酒で酔っ払った学生が騒いでいるのは本当にどうにかして欲しいけど。

 

早く大学に行ってもやる事が無い僕は、昨日大学から貰った「履修ガイド」なるものを読んで過ごすことにした。

これから先は全て自己管理。僕には留年なんて許されない。僕には……。

 

「でも、面白そうな授業なんてないや……」

 

僕の嘆きは部屋全体に広がって、目覚めのコーヒーを飲むためにスイッチを入れていた電気ケトルが「カチッ」と言う音が鳴った。

電気ケトルが元気出せよ、って言ってくれているように感じた。

 

 

オリエンテーリングが終わって、僕は再び教務センターに向かう。

他のみんなは昨日出来たばかりの友達と「どの授業取る?」や「どれが楽に単位取れるか調べるわ」など、どの教科を履修するか相談しているらしい。

 

悲しい事に僕には相談できる友達がいないから、自分で決めよう。そしてぼっちで前の席を陣取り、ノートを取りまくって周りから「大学ガチ勢」の称号を頂くことにしよう。

 

教務センターに入って印刷用紙やインクのにおいを鼻に入れながら昨日対応してくれた職員に話しかける。

 

「あ、昨日来たんですけど……学生証、出来てますか」

「あーそれがねー……」

 

職員は僕とは目を合わすことなく、右頬をポリポリと掻いている。昨日は嫌らしく光っていたメガネのレンズも今日は輝きを失っている。

まだもうちょっと時間がかかるのかな。

 

「ちょっと来るの……早すぎましたか?」

「いや、学生証は出来たんだけど、ね?」

 

出来たけど、なんなの?

 

「間違えて羽丘女子大学に送っちゃったらしい。ごめん、君。羽丘女子大学まで取りに行って」

 

 

本当にここの大学、大丈夫なのかな……。

 

 

 

 

「えっと……ここ、だよね?」

 

大学から歩いて10分ほどの場所にある羽丘女子大学の前まで来た。

僕が通っている羽丘経済大学とは学校法人が同じ……なんだけど明らかに羽丘女子大学に力を入れている。

 

大学の規模が全然違うんだ。総合大学でたくさんの学部があって、敷地面積も僕たちの大学の3倍はあるんじゃないかな。

それに全国的に見ても、羽丘女子大学は上から数えた方が早い大学。すなわち名門の私立女子大学なんだ。僕たちの大学は取るに足りないその辺にあるような大学。

 

華やかな校門を潜って、携帯でMAPでも調べて教務センターに行こうか。そう思って歩いていたけど、僕の足が急に止まった。

 

「……僕のいる所、女子大だよね……」

 

女子大に男子がいるだけで不審者っぽいのに、携帯を見ながらキョロキョロして歩いているなんて絶対に不審者じゃん。

どうしよう……変な汗が背中からすごく出てきてる。

 

そ、そもそも女子大って男子が入って良いのか?教務センターの職員は「取りに行って」とか軽い口調で言っていたけど。

 

「ここで……立ち止まってる方が怪しい、よね?」

 

一人だけ変な行動をしている方が逆に目立つんだ。だから堂々と歩けば不審者には見えないはず。僕の人生経験がそう伝えている。

 

そうだ。あらかじめここの教務センターの場所を頭に叩き込んでまっすぐ、迷わず行けば問題ないじゃないか。

僕は建物と建物の間の、暗く誰も通り無さそうな場所でMAPを見て出来る限り早く頭に叩き込んで……。

 

 

 

「おい、そこでなにやってるんだ、お前」

 

急に女性の声が聞こえて、思わずハッとして顔を上げた。

そこには赤色の髪の毛を背中ぐらいまで伸ばした、気の強そうだけどかっこいい系の女性が立っていて僕を睨みつけていた。

 

 

僕の人生経験がこう伝えて来る。

 

これ、あかんやつだ。

 

 




@komugikonana

次話は4月25日(木)の22:00に投稿予定です。

Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

感想は随時募集しております!気楽に書き込んでくださいね、待ってますよ!!

~次回予告~
女子大の敷地内で女性とばったり出会ってしまった僕。
これは確実に不審者と間違えられてしまった感じで……。僕がとった行動は……!?
次の日、僕は後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「警察に行くなら、アタシも一緒に行ってやろうか?」

~豆知識~
私の作品に少しでも興味を持っていただけたなら、作者ページから投稿済み小説をアクセスしてください。3作品すべて完結済みです!

~ファンアート~

【挿絵表示】

早速、伊咲濤さんからファンアートをいただきました!
素敵な絵、ありがとうございました!
ファンアート、大募集しています!TwitterのDM等で送ってください。待ってますよ!!

では、次話までまったり待ってあげてください。

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