image   作:小麦 こな

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僕のドキドキ理論②

ブイィーン、と言う音が僕の住む狭い一室に響き渡る。

僕は朝早くから掃除機をかけている。掃除機の音って意外と響くからいつもは時間を考えて掃除をするんだけど、今日は特別。

 

今日のお昼から、ここで巴ちゃんと勉強会をする事になった。

いつもは掃除機をかけて終わりなんだけど、今日は部屋の隅々まできれいにしたくて昨日100円均一のお店で布巾を買ってきて、机や本棚の上に積もっている埃までも一網打尽にする。

 

きれいになった本棚の上に芳香剤を設置するあたり、僕は相当気合いが入っていると思う。

だけど、みんなそうするでしょ?女の子が自分の部屋にくるんだから。

 

お菓子もジュースも準備は完璧に用意できている。

僕がふぅ、と準備完了でお疲れのため息をついて時計を見ると9の数字の所に短い針がさしてあって長い針は垂直の位置にある。

 

僕の住んでいるアパートの場所を知らない巴ちゃんと、お昼の1時に僕の大学の校門前で集合する予定になっているから、かなり暇な時間がある。

僕はきれいにした部屋の空気を目一杯吸いながらお昼まで寝ることにした。ちゃんとアラームは設定したし、僕の注意を無視して踊り続けている気持ちを抑え込むにも最適だ。

薄い布団を一枚被って、その中に身を埋めれば意識を手放すのはとっても簡単な事だった。

 

 

 

 

今日は土曜日で、普段は授業や部活、サークルに忙しない学校内も明後日からテストとあってあまりたくさんの人はいない。

そんな中、校門前に立っている赤い髪色をしたかっこいい女の子に僕は声をかける。

 

「ごめん巴ちゃん、お待たせ」

「大丈夫だ、そんなに待ってないよ」

「それじゃあ、早速案内するよ」

 

手元には小さめのバッグを持っている巴ちゃんの隣に就いてゆっくりと歩を進める。

巴ちゃんと出会ってもうすぐ4ヶ月が経つのだけど、未だにドキドキしてしまう。巴ちゃんは平気そうな顔をしているけど、僕には無理だ。

 

鼻にスッと入る良いにおい。

近くで見た時の整った顔。

笑った時の、かっこいいのにかわいさも含まれた顔。

 

 

「なぁ、正博」

「うん?どうしたの巴ちゃん?」

 

僕の住んでいるアパートに向かって歩いている時に、巴ちゃんは僕に質問を投げかけようとしていた。

巴ちゃんの顔は晴れ渡った表情をしていたから、どんな事を聞いてくるのかなんて想像は出来ないけど予想は出来るような気がした。

 

こういう表情をしている子が聞いてくる質問は楽しくなるような質問だってイメージがあるでしょ?

 

 

「正博ってさ、最初に会った時より堂々と話してくれるようになったよな」

「えっ!?そうかな……?」

「ああ、最初の頃は『え、えっと……その……』とか煮え切らない感じだっただろ?今は普通に話してくれていてアタシは嬉しいんだよ」

 

……ほらね、僕の言ったとおりでしょ?

正直、巴ちゃん以外の人と話す時は吃音(ども)ってしまう。だけど巴ちゃんの前ではしっかりとした人間でいたいんだ。

 

だって……ううん、本当の事は言えない。

だけどこれだけは言える。

 

「そ、そうかも……だって巴ちゃんは僕の大事な友達だから」

 

巴ちゃんは頬をほんのりと赤くしながらヘヘッ、と笑ってくれた。ちょっと照れくさそうにしているところもギャップがあってかわいい。

 

 

 

その時、上から冷たい(・・・)視線を感じた。

 

 

 

「な、なにっ!?」

「うわあ!?どうした正博?」

「あ、いや……上から嫌な視線を感じちゃって」

「上?上って言ってもさ……」

 

巴ちゃんは頭をかしげながら上の方を見ているから、僕も巴ちゃんと同じように上を見た。

 

別に建物の近くで歩いている訳では無いから、上を見てもちょっと雲のかかった空しか無い。空の上に人なんているわけないのに、どうして僕は視線を感じたんだろう。

……あれ?そう言えば過去に一回そんな事もあったような気がする。でもどこだっけ。

忘れた。

 

「ごめん巴ちゃん、変な事言って。勉強のやり過ぎで頭がおかしくなっちゃってた」

「それだったら良いんだけどさ……」

「あ、ほら見えてきた。あのボロそうなアパート見える?あそこだよ」

「へぇ、いかにも!って感じのアパートだな」

 

外も暑いから汗が噴き出ちゃうと嫌なにおいが出てきちゃうし、巴ちゃんも脱水症状や熱中症になっちゃったら大変だから、早く涼しい場所に移動したい。

(あらかじ)めクーラーで25度に設定しておいたんだ。

 

僕は暑い外から、涼しいクーラーの入った涼しい部屋に入る瞬間が大好きなんだ。

 

僕は今まで歩いて来た速度よりちょっとだけ速く足を動かす。

そしてアパートのボロい階段を上って僕の住んでいる部屋に入るドアの前に立って、スムーズに鍵穴に鍵を刺し込む。

 

ガタン、と言う鍵を開けるのにはいささか大袈裟な音をたてながらドアを開ける。

この音は僕の部屋だけこんな大袈裟な音が鳴る。両隣はきれいな高音でカチャっと言う音がするのに、どうして僕の部屋だけ……。

 

「巴ちゃん、先にどうぞ」

「おじゃましまーす」

 

巴ちゃんは靴をきれいにそろえてから洋室へと入るドアを開ける。このアパートは見た目からも判断できるかも知れないけど、予想通り1Kの間取りだ。

 

キッチンと洋室を仕切ってあるドアを巴ちゃんは開けて中へと入っていく。

「涼しい~」と言いながら入っていく巴ちゃんは、幼い少女のような無邪気さがあった。

 

僕も靴を脱いでから脱臭スプレーを自分の靴にこれでもかと言うほど吹きかけた。巴ちゃんのいる洋室に入る前に、キッチンによって冷たく冷やした麦茶をコップに2つ注いで持って行くことにした。

 

「巴ちゃん、麦茶入れてきたけど飲む?」

「ああ、いただくよ。ありがとな」

 

僕は赤と青のプラスチックコップに入れてきた麦茶を巴ちゃんに渡す。

僕がどっちのコップを巴ちゃんに渡したか、なんて教えなくても分かるよね。

 

 

「正博、パソコン借りるぞ?先に自分の事を片つけたくてさ……分からないところがあったらいつでも呼んでくれよな。それから一緒に考えよう」

「あ、うん良いよ。……あ、そうだ巴ちゃん!ちょっと待って」

 

僕は青色のコップを急いで机の上に置いてからパソコンの前に行く。

パソコンを開くためにはパスワードを入力しないと使えないからね。巴ちゃんはパソコンの前に置いてある椅子に既に座っているから、僕は後ろからキーボードを叩くために彼女を後ろから包み込むように手をキーボードまで届かせる。

 

……あれ?僕、パスワードを入力する事だけを考えていたから今になって気づいたけど、二人っきりの部屋でこの密着度は、ダメですよね……。

 

僕の顔を左に向ければ、すぐに巴ちゃんの頬にキス出来るような近さ。お互いの静かな呼吸が聞こえるような感覚に、僕は急いでパスワードを入力して巴ちゃんから離れる。

 

「ご、ごめん巴ちゃんっ!わざとじゃあ、無いから」

「そ、そっか!べ、別に気にして無いから大丈夫だぞっ!」

 

ちょっと慌てながらも巴ちゃんは許してくれた。今まで見てきた巴ちゃんの中で一番顔を赤くしている彼女は、瞬きをたくさんしながらも目があちこち移動させていた。

 

もうちょっとだけ……してほしかったな……

「何か言った?巴ちゃん」

「な、なにも言ってないぞ!?あ、いや、パスワード見て無かったから良かったら教えて欲しいなーって……あ、はは」

 

さっきより数倍顔を赤くした巴ちゃんが目を渦巻きのようにグルグルとしながら僕のパソコンログインパスワードを聞いて来た。

目を回しながら、両手をバタバタさせている巴ちゃんがとってもかわいくてしばらくボーッと見つめてしまった。

 

いけないいけない、パスワードだよね。

 

「masa.Tだよ。T以外は小文字なんだけどね」

「そ、そっか!教えてくれてありがとうな!」

 

そう言ってすごいスピードでパソコンと向き合う巴ちゃんを見て、僕も恥ずかしくなってしまった。我ながら恥ずかしい事をした、って思いながら後頭部をガシガシと掻く。

 

購入したばかりの芳香剤がとっても甘いにおいを部屋にばらまいているから、余計

恥ずかしく感じる。まるで青春アニメのワンシーンみたいだ。

 

僕はこんなピンク色の甘酸っぱい思考を打ち消すために分厚い教科書を思いっきり開いた。

 

その時に巴ちゃんと一緒に授業を受けた時に挟んだ4つ折りになったメモ用紙が出てきた。

ちょっとだけ乱雑に折られたメモ用紙は開いても大した書き込みも無く、ごみ箱に放り投げた。

 

「あれ?正博、気になるから聞きたいんだけどさ」

「うん?なにかな、巴ちゃん」

 

顔色がすっかりもとに戻った巴ちゃんがパソコンをカタカタと鳴らしながら声をかけてきた。

巴ちゃんは文学部らしいから、テストはほとんど無くレポート提出で大丈夫らしいから今はレポートを書いているんだろう。

全てテストで評価される僕たち経済学部にとったら、文学部は羨ましい。

 

「パスワードの事なんだけどさ、『masa.』は正博だからだろ?後ろについている『T』ってなんだ?」

「え!?えっと……パスワードだから何も考えずに適当に打ったような気がする」

「だよな!アタシもそんな感じだよ」

 

巴ちゃんから、まさかパスワードの事を聞かれるなんて思ってもいなかったから焦ってしまった。

このパスワードはあの時(・・・)につけてから今まで一度も変えていない。当時の僕の考えとは裏腹に、現在ではこのパスワードを打つと心に染みる物がある。

きっと、巴ちゃんと出会ったからなんだと思う。

 

 

あの時……。

それは僕が忘れもしない、高校1年生の時に起きた出来事。

いや、起きたって言い方は良くないな。

 

 

「正博ってさ、その、好きな女の子とかっているか?」

「ふぁあ!?」

 

シャーペンの芯がバキッと言う音をたてて部屋のどこかに飛んで行った。残っているのは粉末状になった黒色のみ。

僕はゆっくりと巴ちゃんの方を向くと、彼女はじっと僕の顔を見ていた。彼女の頬は少し赤く、瞳は小さくだけど揺れているように見えた。

 

「ど、どうしてそんな事、聞くの?」

「正博ってなんかさ、無趣味な感じがして何にも興味が無さそうに思えて……それで、聞いてみたんだけどさ……」

 

この時の巴ちゃんは、ちょっとだけ小さく見えた。まるで、小さな女の子が迷子になって一人街中の片隅に身を寄せているような雰囲気だった。

僕はこんな巴ちゃんを前にして、心がざわつき始めた。

 

「そ、そっか!えっと僕は、そうだな……一緒にいると楽しくて、笑顔がかわいい女の子が好き、かな」

「ふーん、なるほどな」

 

この会話を最後に、ちょっとだけ静寂な時間が続いた。

 

 

 




@komugikonana

次話は5月24日(金)の22:00に投稿します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~
気が付いたら、辺りが赤色に染まってくるような時間帯になっていた。寂しいけどもうすぐお別れの時間が迫ってきていることを、僕は手に取るように分かった。

「アタシの家で晩御飯……食べないか?」

巴ちゃんが上目遣いで言ってきて、僕は目を、口をあんぐりと開けてしまった。

~豆知識~
ドキドキ……今話のサブテーマにも入っている「ドキドキ」。これは2種類に分類できます。1種類は恋愛的な意味。もう一方の意味とは……。
そして今話も感じた、上からの視線。

~感謝と御礼~
今作品「image」の感想数が100を突破いたしました!9話目にして100の突破はかなり順調です!これも読者のみなさんの応援のおかげです。ありがとうございました!
これからも応援、よろしくお願いします!
そして感想も気楽にドンドン書き込んでくださいね!待っていますよ!!

~お詫びと訂正~
今作品「image」僕のドキドキ理論①にて誤字が発見されました。
誤)巴ちゃんのライブに言った後に聴くとどうしても物足りなく感じる
正)巴ちゃんのライブに行った後に聴くとどうしても物足りなく感じる

漢字の変換ミスをしてしまいました。相次いで誤字をしてしまった事、そして読者のみなさんにご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。
そして誤字を指摘していただいたタマゴさん、ありがとうございます。

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