image   作:小麦 こな

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僕のドキドキ理論③

うーん、これが今流行ってる腕時計だよね……。

みんなこの会社の腕時計がイケてるって言ってるのを聞く。

 

だけどお金がないんだよね。

 

僕がこの腕時計をしても、似合うかな?

 

ちょっとだけ、これだけだから……ね?

 

 

 

 

「……正博?」

「うわっ!?」

 

急に視界が明るくなって、僕は後ろからかけられた優しく、落ち着きのある女の子の声によって勢いよく目を覚ました。

効果音で言うと、ガバッと言う音が付くぐらい。

 

どうやらキーボードを叩くタイピング音が心地良く、そのまま机に突っ伏して寝てしまったらしい。それも夢を見るくらい、ぐっすりと。

僕の背中には毛布が掛けられていたので、きっと巴ちゃんが掛けてくれたんだろうと推測する。

 

「あ、悪い。起こしちゃったか?」

「ううん、むしろ起こしてくれてありがとう」

 

名目上、勉強会なので寝て過ごすわけにはいかないので起こしてくれた巴ちゃんに感謝している。

それとは別の意味でもありがとうと言ったつもり。

 

僕が見ていた夢、それは過去にあった出来事を僕が空にプカプカ浮かびながら見ているようだった。

高校1年生の初々しい僕の顔が、腕時計の入ったショーケースに張り付くぐらいじっと見ていた。ここから先を見ないで済んだのは良かったかもしれない。

ただ、あの時も巴ちゃんのような人が名前を呼んでくれたら良かったんだけど。

 

僕のすぐ隣にいた巴ちゃんに「毛布まで掛けてくれてありがとう」と笑顔を作って感謝をした。

頬を染めながら目を逸らす巴ちゃんは、普段では見れない程かわいらしかった。

 

僕はうーん、と背伸びをしてから机の上に転がっていたシャーペンを手に持って勉強を始めることにした。

 

 

 

 

巴ちゃんと二人で行う勉強は時間を忘れるぐらい充実していた。

経済学部でも無い巴ちゃんに協力してもらう事に申し訳なさを感じていたが、巴ちゃんは僕が言葉にする前に「気にしないでくれよ」って言ってくれた。

 

ふと窓の外を見ると太陽が傾き始めていて、そろそろ世界を赤色に染め始める時間帯になっていた。

 

晩御飯を一緒に食べる予定はしていなかったから、寂しいけどもうすぐお別れの時間が迫ってきていることを、僕は手に取るように分かった。

 

実際には見ていないから分からないけど、街中を歩くみんなはそれぞれの帰路に就いている途中なんじゃないかな。

そう、みんな帰る途中なんだ。それは僕たちにも当てはまるはず。

 

 

「こんな事を聞くのは良くないかも知れないんだけど、巴ちゃんはいつ頃家に帰る予定なの?」

「あー、もうこんな時間なのか」

「うん。晩御飯のおかずを買いに行かなくちゃいけないから」

「それならさ、正博」

 

一緒に晩御飯でも食べに行かないか?と言うセリフが後に続くんじゃないかなって安易に予想する事が出来た。

正直、巴ちゃんと外食も悪くない。いや悪くないどころか最高の提案。

 

なんだけど、僕のお財布事情が許してくれない。

僕は他人が言い寄って来たり来ると恐怖を感じてしまうから、バイトも決められずにここまで来てしまっている。

最近、僕にとって良い募集があったのだけど実際まだ働いていない。

 

だから、心苦しいけど巴ちゃんのお誘いを断らなくてはならない。

もし断って巴ちゃんが気を悪くして、もう友達ではいられなくなったらどうしよう。心臓のドキドキは今日で一番高く僕の身体を響かせた。

 

「アタシの家で晩御飯、食べるか?」

「ごめん、巴ちゃ……い、今なんて言った?」

「アタシの家で晩御飯……食べないか?」

 

巴ちゃんが上目遣いで言ってきて、僕は目を、口をあんぐりと開けてしまった。

最近の巴ちゃんは初めて会った時のようなかっこよさよりも、なんというか、女の子らしい仕草が多くなったような気がする。

 

いや、厳密に言うと「僕と二人でいる時に」と付け加えた方が良いかもしれない。

 

どうして巴ちゃんがこんな風になったのかは分からないけど、僕が出すべき答えは巴ちゃんの家にお邪魔するかどうかだ。

ただ、僕の心は純粋だったから、答えは考える間もなく口から飛び出した。

 

「巴ちゃんの家に、お邪魔させてもらいます」

 

 

 

 

 

綺麗な赤やオレンジ色で背景どころか、僕たちの影やアスファルトまでも染めてしまうような鮮やかな空模様の中、僕と巴ちゃんは二人歩いて商店街までやって来た。

 

巴ちゃんは一度、家に連絡して友達が来ると伝えてくれたみたい。

でもきっと巴ちゃんのご両親に「友達」って言ったら絶対女の子をイメージしているんだろうなと少し心構えをしておく。

 

一度、巴ちゃんを家の近くまで送った事があるから分かる。

もうすぐ彼女の家に到着する。心臓の高鳴りを泥団子を作る時のようにギュッと押さえて、ゆっくりとフゥー、と息を吐き出す。

 

僕の手は微かに震えている。

それは心臓の高鳴りをギュッと押さえているから手にも力が入っている?

それとも、別の理由?

 

「さて、着いたな。アタシが先に入ろうか?」

「あ、うん。そうしてくれると気が楽かな」

「分かったよ」

 

巴ちゃんは家のドアをガチャリ、と開けた。

そしてどこまでも響き渡るような凛とした声で「ただいま」と言いながら入っていく巴ちゃんの後を、僕はトコトコと着いて行く。

 

これじゃまるで男女が逆になっているように感じるけど、僕にとっても友達の家に行くのなんてほとんど初めてだから許して欲しい。

 

「あ、お姉ちゃん!お帰り……えっ!?」

「お、あこ。ただいま」

「お、お姉ちゃんが男の子を連れてきた!?」

 

あこ、と呼ばれた紫色の髪色をした女の子が僕と目が合った瞬間、大きな声をあげてリビングと思われる方向へ小走りで入っていった。

あの子は制服を着ていたから高校生なのだろう、もしかしたら巴ちゃんの妹さん?

 

僕は脱いだ靴をきれいに並べて巴ちゃんの後ろで立っていると、ここまで大きな声がリビングから聞こえてくる。

もちろん聞こえてくるのは「お姉ちゃんが男の子を連れてきた」と言う声。

 

流石の巴ちゃんもあはは……、と苦笑いをしていた。

 

するとリビングから巴ちゃんと同じような髪色の若い女性が出てきたんだけど、もしかして巴ちゃんのお母さんなのだろうか。めちゃくちゃ綺麗で、若い。

いや、巴ちゃんのお姉さんと言う説もある。もしこんなきれいな人が母親だったら僕はこの場で土下座しても構わない。

 

「あら、本当に巴が男の子を連れてきたのね」

「ちょっと、母さんまでいじらないでくれよ」

「ふふ……二人の邪魔はダメよね。ご飯、巴の部屋まで持って行ってあげるから二人は部屋で待っていなさい?」

 

本当にお母さんだったらしい。こんなきれいな母親がこの世で存在するのかと僕は衝撃で頭が上がらなくなった。

どんな感じの衝撃かって言うとね……。

 

「お、おい正博……どうしたんだ?急に土下座して……」

 

僕の目の前には巴ちゃん家の廊下しか見えないくらいの衝撃だった。

 

 

 

 

「正博君だっけ?ゆっくりしていってね。……あ、ご飯の後に巴も食べちゃったりする?」

「ちょっと母さん!?変な事言わないでくれよ!」

「う、えっと……その、ご迷惑をお掛けします……」

 

巴ちゃんの母さんは僕に優しさの満ちた笑顔で話しかけてくれたのに、僕は緊張と震えでしっかりと言葉を紡ぐことが出来なかった。

まるで壊れかけの紡績機みたいだなって自分を卑下した。

 

運ばれてきたご飯のメニューはハンバーグだった。

そう言えば、僕がこの街に来て初めて食べた晩御飯もハンバーグだったっけ。もう僕が大学生になって、巴ちゃんが友達になってくれて、3ヶ月も経つんだ。

 

僕はいただきます、と手を合わせてから言って、すぐに箸を掴んでハンバーグを小さく箸で切り分ける。一口サイズより一回り小さく切ったハンバーグを口に運んだ。

 

最初に食べた弁当に入っているハンバーグなんかより、肉汁がブワッと口にあふれ出るし、一緒に入っている玉ねぎが良いアクセントになっている。上にかかっているデミグラスソースはハンバーグと溶け合い、お互いの旨味を助長し合っていた。

でも、やっぱり。

 

「愛」を込めて作られている料理は、心に響き渡る。

僕はもう、「愛」の込められた料理の味なんて忘れてしまっていた。

 

「なぁ正博。正博ってさ……」

 

巴ちゃんは僕の顔を見ながら話しかけて来る。

その時の巴ちゃんの顔は聞いても良いのか分からないと言ったような迷いの色が出ていて、度々カーペットの方に目を移したりしている。

 

女の子の部屋にお邪魔するのが初めてだったから、少し周りを見渡しすぎたのかもしれない。でも、巴ちゃんの部屋は彼女のにおいがするし、落ち着くような気がする。

 

そんな空気が一瞬にして、豹変した。

 

「勘違いだと思うんだけどさ……親が怖いとかって、ないよな?」

 

 

僕の背中から一気に汗が噴き出してきた。

そして、上からの視線が僕の身体を突き刺した。

 

 

「ま、まさか。巴ちゃんのお母さんだから、緊張しちゃって……」

「別に緊張しなくても、気楽にしてくれたら良いのに」

「だって、巴ちゃんのお母さんだから……その、これからもお世話になるかも知れないからって思うと緊張しちゃって」

「ま、正博!?そ、それって……」

 

巴ちゃんはビックリしたような顔をした後、頭の整理がついたのか分からないけど顔を赤くして下を向いてしまった。

一体巴ちゃんはどんな答えを導き出したのか分からないけど、僕はニッコリと笑いながら巴ちゃんに一回頷く。

 

これから先、僕と巴ちゃんの関係がどうなるかなんて分からない。

 

 

 

 

でも僕は、

誰になんと言われても、「友達」と言ってくれた巴ちゃんと、一緒に楽しく過ごしたいんだ。

 

いつか、「決断する時」が来ると思う。その時までに、僕は気持ちをしっかりと伝えられる人間になっておきたい。

 

 




@komugikonana

次話は5月27日(金)の22時に公開します。

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この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくお願いします。

~次回予告~
僕は気ままに歩いていたのに、無意識に商店街を歩いていた。あの子に会えたら良いなって。そんな事を思っていたら、前にその子が偶然いて……!?

「あれ?正博じゃん。丁度いいところにいるよなー」

一緒に海に行かないか?

次話「夏の一時、海のように君に溺れる」


では、次話までまったり待ってあげてください。

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