image   作:小麦 こな

12 / 29
夏の一時、海のように君に溺れる①

大学も長期休暇に入った8月上旬。9月25日まで授業が無いって聞いた時は鳥肌が立ったものだ。だって、高校生の感覚だったらびっくりするぐらいの長さでおまけに課題なんてものは存在しない。

 

この長い期間は、サークルや部活、バイトに費やす大学生が大半なんだろう。

その大半にも属さない僕は、家にいても仕方がないのでブラブラと外を歩いている。

 

ブラブラと、気ままに歩いていたつもりなのに。

気付いた時には僕は、商店街のアーケードを潜っていた。

 

別に買い物に来たわけでも無いし、羽沢珈琲店で美味しいコーヒーを飲もうと思っていたわけでもない。

 

 

もしかしたら、巴ちゃんに会えるかもしれない。

 

 

そんな気持ちが無意識のうちに心の中で現れて、その気持ちが脳に指示を出したのであろう。

試験が終わってから、巴ちゃんとは毎日メッセージのやり取りを1日2~3通ペースで行っているけど、直接会う事は無かった。

僕から「会えない?」って誘えばいいのだけど、臆病で弱虫な僕にはそんな事、出来なかった。

 

だけど無意識とはいえ、こんな行動に出ているなんてストーカー予備群な気がしたからすぐに商店街から出ることにしよう。

 

僕の隣を小さな子供たちが走り抜けていく。

その子供たちが巻き起こした風が僕の目の前をサッと通り抜けて、髪の毛をなびかせる。

 

風が通り抜けた後、前を向いたら僕の友達である女の子が歩いていたんだ。

夏の暑さが一気に僕の顔へ襲い掛かってくるのを感じた。

 

「あれ?正博じゃん。丁度いいところにいるよなー」

「久しぶり、巴ちゃん。丁度いいって、なに?」

「ああ、一緒に海に行かないか?」

「う、海っ!?」

 

僕は昼のど真ん中に、商店街で大きな声を上げてしまった。

いや、だって海でしょ!?大学生だったら……普通なのか?たしかに周りは良く「海に行きてーな」みたいな会話をよく聞くし。

 

で、でも女の子と海って普通じゃないよね!?それに巴ちゃんと二人っきりで。

 

だけど、巴ちゃんと一緒に海に行くのって楽しいだろうなぁ。海水浴で何をして遊ぶのかはあまり想像できないけど、夏休みの思い出には良いよね。

 

「ぼ、僕で良かったら一緒に行っても良いかな?」

「誘ってるんだから良いに決まってるじゃん!ひまりも一緒なんだけど、良いか?」

「あ、上原さんも来るんだ……うん、大丈夫だよ」

 

ほんのちょっとだけ、二人きりじゃないんだって言ういけない気持ちが出てきてしまった。

だけど、巴ちゃんと海に行けるのだから楽しみだ。それに上原さんも優しい人だし、少し仲良くなっておきたいって思う。

 

問題は僕の金銭面なんだけど、そこは僕がなんとかしよう。

正直、ちょっと怖いけどあの人にお願いしてみようと思っている。

 

何故か足元だけに冷たい風が嫌らしく吹き付けてきた。

夏の暑い日に冷たい風は嬉しいのだけど、この風は別物で心を震わせるような風。

 

「……正博?ちょっと顔色が悪いけど大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫。それでいつ頃行くの?」

「明後日だぞ」

「そっか明後日か……え!?明後日!?」

「もしかして……明後日都合が合わないとか、か?」

「ううん、僕はいつでも暇だから大丈夫だよ?ただ急だったから驚いちゃって」

 

バイトもしていないし、サークルや部活に入っていないから暇なんだけど、まさかそんな急に海に行くなんて想像していなかった。

だけどちょっとワクワクしてきた僕がいる。まるで、聖夜の夜に布団の中に入る幼い子供のような気持ちになった。

 

 

 

 

その日の夜、僕はあの人(・・・)に電話を掛けることにした。僕の携帯には電話番号を登録していないけど、指が滑らかに、的確に打ち込まれていく。

 

そして緑色の電話のマークを押してから耳に当てる。

「プルルルルル……」と言う機会音が聞こえるごとに僕の心拍数が異常なほどに速くなっていく。徐々に息も荒くなっているようにも感じた。

 

「もしもし?正博?」

「うん、久しぶり。母さん……」

 

「ちょっとお願いがあって……と、友達と海水浴に行く約束があって、それでね……お金、ちょっとだけ貸して欲しい、のだけど」

「良いよ?正博はしっかりとした子だから、返すのは大人になってからで良いから!そうね……5万くらいあれば大丈夫?」

「う、うん。全然大丈夫だよ」

 

手は微かに震えて、口もガチガチになりながらも平然としているかのようにふるまう僕は第三者目線で見たらどのように映っているのだろうか。

 

 

自分の親なのに緊張している変人のように映る?

何かを怖がって恐れているように映る?

それとも、別の解釈がある?

 

 

背中が一瞬だけゾクリ、と冷たくなるのを感じた。まるで温かい背中を冷たい指でなぞられるような感触。

 

上から、様々な種類の視線を感じた。

 

 

「正博は、上手く一人で生活やっていけてる?」

「う、うん。今のところは問題ない、かな?」

「そう!少し仕送りを増やしてあげるわ!また困ったら電話、してきなさい」

「分かった。ま、またね……」

 

僕は勢い良く赤い会話終了ボタンをタップした。

これで金銭面での問題は解決したし、どうやら仕送りも少し増やしてくれるらしい。母さんの優しい声は逆に恐怖を煽る(・・・・・)けど。

 

ただの電話なのにかなりの神経を消耗してしまった僕は、ベッドに仰向けに寝っ転がった。このまま寝ると、嫌な夢を見てしまいそうだからそのような行動はとらないけど休憩させてほしい。

 

海水浴……僕たちが小学生の時以来の言葉の響きに、何を用意すればいいのかあまり頭に浮かばない。パラソルとかってレンタル出来るよね?

 

僕は仰向けに寝転がったまま、携帯で「海水浴 必要な物」と入れて検索を入れる。

タオルや着替えはもちろんの事で日焼け止めやサンダル、ラッシュガードなど調べるとたくさんの持ち物がいることが発覚した。

 

そっか、海に入るんだからそりゃ大荷物にもなるよね。

 

「あ、僕……ラッシュガードどころか水着を持って無いや」

 

今気づいて良かったよね。もし海水浴当日の日に発覚したら僕は海に入れなくなってしまって巴ちゃんや上原さんの水遊びを見守るだけになっちゃうんだよね。別にそれでも良いような気がするけど、ちょっとは遊びたいよね。

 

検索によると、海の家なんかでも購入可能と書いてあるが料金が高いらしく、極力出費を抑えたい僕は明日に必要な物を買いに行くことにした。

 

そう言えば、巴ちゃんからは「一緒に海に行かないか?」としか聞いてないから何処の海に行くか聞いてみようかな。それによって移動費が逆算できるからどれくらいの値段帯を購入すればいいか検討できる。

 

僕はSNSを開いて巴ちゃんに電話をかけることにした。上原さんでも良いんだけど、僕は本能的に巴ちゃんを選んだ。巴ちゃんの声が、聞きたいから。

 

しかしいくら待っても僕の耳に流れるのはコール音のみで、僕の耳には今一番聞きたい女の子の声が聞こえることが無かった。

うーん、もしかしたらお風呂に入っているのかも知れない。もしくは疲れてしまったから寝てしまったかもしれない。そんな中途半端な時間に電話をかける僕も悪いけど……ちょっとがっかり。

 

仕方がないから上原さんに聞く事にしよう。

僕は流れるような動きで上原さんに通話をする。

 

あれ、そう言えば上原さんと電話でお話するのは初めてなんだけど……全然緊張するような感じが無かった。

巴ちゃんに初めて電話した時はガチガチに緊張していたような気がする。

 

上原さんより巴ちゃんの方が仲が良いのに、巴ちゃんの方が緊張する。

この差って一体なんなのだろう。

別に上原さんが巴ちゃんに劣っているとか、そんなのじゃないって言う事は分かっているけど。

 

そんな考え事が、抑揚のない電話のコール音と一緒に一定の波のように考えていた。

そしてコール音が終わりを告げて、女の子の声が聞こえ始めた。

 

「もしもし?正博君が私に電話って珍しいね。何か相談?」

「あ、上原さん。うん、そ、その……相談と言うか……」

「分かった!どうすれば巴に振り向いてもらえるかの相談でしょ!?このひまりちゃんに任せてっ!」

「えっ!?いや、そんなのじゃなくって……上原さんに、僕たちはどこの海で海水浴をするのか聞き、たくて……」

「へっ?海水浴?何の事?」

 

上原さんの気の抜けたような声を聞いた瞬間、僕はまるで来た事の無いような冬山の中に入ってしまったかのような感情に囚われた。

 

僕の頭の中は真っ白になってしまって感情の整理がまったく出来なくて、目に映る光景全てが白黒のように感じられた。

 

「えっと、僕……おかしなこと言った?」

「私たち、海に行く約束とかしたっけ?」

「巴ちゃんから、上原さんを加えた僕たち3人で海に行かないかって、今日、誘われたんだけど……」

「巴からっ!?そんなのはじ……あっ!そうだ!私用事で行けなくなったって巴に言ったんだった!」

「……そう、なんだ?それじゃあ仕方ないね。ごめんね、上原さん」

「二人で海水浴、楽しんできてねっ!」

 

電話を終えた時には僕の目で見える世界は元通りになっていて、白黒だった者たちが当然のように色付いていた。

 

僕には上原さんが必死に取り繕ったように聞こえた。だって声質が明らかに違ったから。

でも、たしかに巴ちゃんは「ひまりも一緒なんだけど」って言っていたはずなんだけど、上原さんは海水浴について何も知らなさそうだった。

 

もしかして、巴ちゃん……?

僕のこころの一番下にある、かすかな暗闇から小さな芽がぴょこっと芽吹いた。

この小さな芽は、過去にも見たことがある……。

 

僕はおもいっきりその小さな芽をむしり取った。

 

巴ちゃんが僕をからかって嘘をつくはずなんてない。

きっと僕の聞き間違えなんだろう。そう唱えながら寝ることにした。

 

その日の夜は、あまり思い出したくないような夢を見る事となった。

 




@komugikonana

次話は5月31日(金)の22:00に投稿します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価9と言う高評価を入れて頂きました カエル帽子さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
僕は集合場所に向かうと、すでに巴ちゃんがいた。海水浴場まで電車で行くみたい。
その電車の中は僕の心のように揺れ動いていて……!?

「巴ちゃんの方に倒れちゃったのはきっと、僕が巴ちゃんの近くに行きたかったからなのかも知れないね」

~豆知識~
小さな芽……正博君の心の暗闇から芽吹いたらしい。過去にも見たことがあるという事。
そして異常に優しく接してくる母親に恐怖する正博君。その真意は……今後のお楽しみ。

では、次話までまったり待ってあげてください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。