image   作:小麦 こな

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夏の一時、海のように君に溺れる②

蝉がミンミンと、甲高い声を街中に撒き散らしている。僕の耳にイヤホンを刺し込んでいても聞こえるこの声で、一体僕に何を伝えているんだろうか。

 

僕は灰色の半袖Tシャツにジーパンを身に着け、いつもはスタイリッシュなのに今日だけはパンパンに膨らんだリュックを背負って最寄りの駅までやって来た。

真夏の太陽は僕たちの肌を少しづつ焦がしていく。

 

 

「おはよ、正博」

「うん、おはよう。巴ちゃん」

 

集合場所にはすでに巴ちゃんが待っていた。立っているだけでもかっこいい女性のオーラが彼女の存在を強調していた。彼女の横を通っている人たちもチラリと見てしまう程。

 

そんな巴ちゃんは僕を見つけると、手を振りながらゆっくりと歩いてこっちまで来てくれた。今日の巴ちゃんからは普段よりも甘いにおいがする。

 

まだ集合時間の5分前と言う事もあるんだけど、やはり上原さんの姿は無かった。

それに巴ちゃんしかいないから後から誰かが来るのかもしれない。

だから、僕はちょっとだけしらばっくれながら巴ちゃんに聞いてみることにした。

 

「ね、巴ちゃん。上原さんはもうすぐ来る、かな?」

「あ~、その件なんだけどな……」

 

巴ちゃんはちょっと視線を右斜め下に落としながら、苦笑いともとれるような曖昧な笑い方をしながら携帯のSNSでのやりとりを見せてくれた。そのやりとりの日付を見ると一昨日だった。

すなわち、僕が上原さんに電話した日。

 

「ひまり、急に用事が入って来れなくなったみたいでさ……アタシたち二人で、一緒に海に行かないか?嫌なら嫌って言ってくれても良いからな」

「巴ちゃん、どこの駅まで行くの?僕、こんな顔だけどね……今日を楽しみにしてたんだ」

「正博……。よし、行くか!あそこの駅までだよ」

 

巴ちゃんが指さした先には880円と表記してあった。距離自体はそこまで遠くないんだけど、乗り換えが発生し尚且つ鉄道会社も違ってくるから値段が高い。

けどたまにはこんな出費をしても良いと思うし、車で行くより安いと思う。

 

巴ちゃんはICカードをかざして入っていった。僕はさっき買った880円分の片道切符をしっかりと握りしめて改札口に通す。

電車の切符って質や形、色は同じなのに価値だけは大きく異なる。120円だろうが880円だろうが見た目は同じで、違うのは価値だけ。

 

人間も同じ。見た目に多少の違いはあるけどほとんど同じ。違うのは人間の中身だけであり、善人か悪人かの違い。

でも、善人と悪人は紙一重だと思う。だって……。

 

「正博、電車が来るぞ。あれに乗ろう」

「う、うん。分かった」

 

巴ちゃんに急かされて、僕はちょっと小走りで彼女のいる場所へと向かう。

今日の巴ちゃんはいつもより元気な雰囲気があるから、僕も同じような気分になる。

 

電車内は平日の朝8時とあって、そこまで混んでいる訳では無いけど座る場所は無かったから扉が開く反対側まで進んで立って向かうことにした。

つり革は無いけど、肩幅と同じくらい足を広げて立てばこけたりしないだろう。

 

巴ちゃんは扉に背を預ける形で、僕はそんな巴ちゃんの向かい合わせと言う形で電車は進行方向へまっすぐ、確実に進んでいく。

 

ガタンゴトン、とレールの上を走る頼もしい音が車内に響き渡る。電車内は静かにするのがマナーだから小声で巴ちゃんと話しているけど、レールを叩く音がうるさくて聞こえにくい。

僕はちょっとだけ巴ちゃんの近くに寄ろうと足を前に進めた。

と同時に電車は急にブレーキを踏んだ。

 

「うわっと!?」

「大丈夫か!?まさ……ひろ……」

 

僕はバランスを崩してしまって、反射的に手を壁の方に出す。

僕は近くにあったドアに右手を出して全体重を支える。でもドアの方には巴ちゃんがいるわけで……。

 

僕の咄嗟に出した手が巴ちゃんに当たらなくて良かったけど、出した手の左5㎝の辺りに巴ちゃんがいて……。

巴ちゃんと僕の顔の距離がほぼゼロ距離になる。僕が少しでも動いたら鼻と鼻が当たってしまうような距離。巴ちゃんは目を大きく開いていて、口はちょっとだけ開いている。

 

段々巴ちゃんの顔が赤くなってきて、彼女の綺麗で大きな目には僕の間抜けな顔が映し出されていた。右手は彼女のサラサラな毛と触れあっている。

より濃く感じる甘いにおいは、僕の心臓を速く動かす起爆剤となった。

 

「ご、ごめん、巴ちゃん」

「ま、正博にケガが無かったから良かったよ……あ、はは」

 

電車はさっきの急ブレーキは無かったかのような顔をして走り出している。車内アナウンスでもお詫びの言葉は無かった。

 

僕たち二人は突然の出来事に固まってしまったけど、先に正気に戻った僕がゆっくりと巴ちゃんから離れて、さっきまで立っていた位置に戻る。

 

それにしても慣性の法則って進んでいる方向に移動するって思っていたけど、僕は進んでいる方向に対して垂直に移動した。

僕は文系だから、詳しい事は分からないけど机上の空論なのかな。

 

「正博が急にこっちに倒れてきて、ビックリしたよ」

「僕も巴ちゃんの方に倒れちゃうとは思わなかったな」

 

でもさ、って僕は続きの言葉を口にする。

こんな事をいきなり言ったところで巴ちゃんにドン引きされるんじゃないかな、って思ったけど今日の僕は本当に心から楽しんでいるみたいだ。

 

「巴ちゃんの方に倒れちゃったのはきっと、僕が巴ちゃんの近くに行きたかったからなのかも知れないね」

「ばっ!?な、何を言ってるんだよ」

「うん、そうだね。だからさっきの言葉は忘れて?巴ちゃん」

 

 

 

 

 

電車を降りると潮の香りが辺りを漂っていて、人のちょっとした動きで波のように海藻や砂浜のにおいが打ち寄せて来る。

僕たちは駅から降りて10分ぐらいの場所にある海水浴場に着いた。

 

「それにしても、今日は暑いなぁ……」

 

海の近くは日差しが断然きつく思えるのはどうしてなんだろうね。

僕は更衣室の前で巴ちゃんを待っていた。男の僕は水着に着替えると言っても別に特別な事をするわけでも無いからすぐに着替え終わる。

 

青と黒を基調としたサーフパンツを身に着け、上着は最初から着ていた灰色のTシャツを、手には財布や携帯など必要最低限の荷物が入った小さなかばんを持っている。

ラッシュガードは資金の関係上、購入を断念した。

 

真夏の日差しが照り付ける中、ボーッと砂浜にいる人たちを見ていた。

男女複数人で楽しみに来ている大学生らしき人達。

仲の睦まじいカップル。

女性だけで、男性だけで来ているグループ。

 

「ごめん、お待たせ正博」

 

巴ちゃんは更衣室から出てきたみたいだ。

そして彼女の姿を見て……いや、釘づけになっていた。

 

彼女の髪色より薄めの赤色のビキニで、腰辺りには黒色の柄入りパレオが巻いてある。

巴ちゃんは綺麗な肌の色に、チラッと見える彼女の太ももや腰のくびれ……それに普段の彼女と違って髪の毛を後ろでポニーテールのようにしている。

 

海に来ると言う事は巴ちゃんも水着になる、と言う真っ先に思いつきそうなことを失念していた僕は心の準備が出来ていなかった。

 

「巴ちゃん……その、すごく似合ってるよ」

「あ、ありがと。でもあんまりジロジロ見ないでくれよ?アタシだって一応、女なんだからさ……」

 

嬉しそうな声とは裏腹に、目をちょっと伏せながら顔を赤くする巴ちゃんは反則級に、その……かわいかったです。

 

僕は巴ちゃんをあまり見ないように注意しながら、と言ってもチラッと見たりするけど、二人でパラソルを借りて、砂浜の方に歩を進める。

 

砂浜の砂はサラサラとしていて、歩いている時のシャリっと言う音が心地いい。

だけど触ると熱いぐらいで、パラソルを立てる時は少し苦労した。

 

巴ちゃんが持って来てくれたレジャーシートをパラソルの下に敷いて、荷物を置いて僕たちも少し休憩する。

僕はふと、砂浜を握って持ち上げてみた。

 

サラサラだから、僕の手をスルリとすり抜けていく。

だけど落ちていく時、きめ細やかな砂が輝いているように見えた。

 

僕はこれからの人生、この砂浜の砂みたいに輝く事が出来るのだろうか。

何だか哲学っぽい事を考えている自分を馬鹿馬鹿しい、と鼻で軽く笑ってやった。

 

「正博、早速泳ぎに行かないか?」

「うん。行こっか巴ちゃん」

 

巴ちゃんはさっきまで腰に巻いていたパレオを取り外して僕に海へ行こうと誘ってくれる。二人で一緒に海へ入っていく。

 

足元に海水が触れる。

肌を突き刺す強い日差しとは裏腹に、冷たく気持ちが良い海水が穏やかな波のリズムに乗ってサラサラと足を撫でてくれる。

 

そのままの勢いで僕たちは腰辺りに海水が来る場所まで歩いていた。

巴ちゃんはビーチボールを持って来ていたらしく、「ここでボール遊びしようぜ」って言っていた。もちろんボールを膨らますのは僕の仕事。

僕は顔を真っ赤にしながらフーッと精いっぱい空気を入れる。ボールはゆっくりと膨らんでいった。

 

「……よし、これでオッケーかな?巴ちゃん、行くよ?」

「おし、来い!」

 

僕がふわり、と巴ちゃんにパスをすると、巴ちゃんはそれを思い切り返してきた。

ボールは勢い良く僕の後ろ側に孤を描いて飛んでいく。頑張ったら届くかもしれないって思って下がったけど、水の抵抗によって上手く進めずバランスを崩してザッパーン、と水の中に入ってしまった。

 

「あはははは!大丈夫か、正博?」

「……鼻が痛いけど、大丈夫だよ」

 

鼻に海水が入ってしまってむず痒い。身体全体海水に触れたから、立ち上がると上半身も良い感じに冷たくなって気持ちが良い。

 

僕は仕返しで出来る限り、遠くまで投げてみることにした……のだけど巴ちゃんがジャンプしてあっさりと取られてしまった。

巴ちゃんは運動も出来るのか、って思いながらジーッと見つめると彼女はしてやったり、みたいな意地悪な顔を作っていた。

 

この意地悪な顔は、僕の顔面に向かって思い切り投げて来るって分かったから身構えるフリをした。

ビーチボールだから顔面に当たっても痛くないだろうし、当たった方が面白そうだ。

 

だから身構えたんだけど、ボールは僕の手前で力なく落ちていった。

 

「痛っ!」

 

そのセリフは顔面にボールが当たった時に言うセリフだったのに、巴ちゃんに先に言われてしまった。

何があったのだろうか、僕は巴ちゃんの近くに駆け寄る。

 

「大丈夫?巴ちゃん、どうしたの?」

「はは……今、あんまり近づかない方が良いかも」

 

巴ちゃんの言っている意味が最初は分からなかったけど、僕の目に映ったものを確認した時、何が起きたのか一瞬にして分かった。

 

僕は巴ちゃんの忠告を無視して彼女に近づき、彼女の手を掴んで陸へ連れていく。

巴ちゃんの近くに、透明で見えにくかったけど長い触手を持ちながらフワフワと浮かんでいる生物がいた。

 

 




@komugikonana

次話は6月4日(火)の22:00に投稿します。

新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価を付けて頂いた方をご紹介~
評価9と言う高評価をつけて頂きました 阿久津@谷口学園高校さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~
僕は急いで巴ちゃんの近くによる。昔の経験を活かして僕は……。
病院に行ったり、ラーメンを食べたり、買い物をしたり。少しでも楽しんでくれたら嬉しいなって思ったけど、今日も終わりが近づいている。

「今日、実は宿を予約してあるんだ」

今日と言う名の夏は、まだ続くらしい。

~感謝と御礼~
今作品「image」の通算UAが1万を超えそうです!読者さん皆さんの応援が無ければ達成できない数字です!こんな序盤にたくさんの方が読んでくださってありがとうございます!そしてこれからも応援、よろしくお願いします!!

では、次話までまったり待ってあげてください。
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