image   作:小麦 こな

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夏の一時、海のように君に溺れる④

海水浴場の近くには必ずと言っていいほど宿泊施設が存在する。

民泊とか、民宿、大きいホテルとか、規模の大小は様々だけど。

 

そりゃあ、巴ちゃんの一言にはビックリしたなんてレベルでは無い衝撃に身体全体がブルブルっと震えあがった。

でも、プラスに考えれば巴ちゃんともう少し長く一緒にいれる。それに僕たちは大学生だからそんなに高く無くて、それに2部屋借りるとなるとビジネスホテルとかの方が可能性が高い。

 

だから、そんなに心の準備なんていらない……よね?

 

「……」

「どうした、正博?」

「いや、場所あってるのかなって……」

「ああ、あってるよ」

 

僕の目の前に現れたのは、ビルぐらいの大きさを誇る建物。入り口には「HOTEL」とオシャレに書いてある。上まで見上げるのが精いっぱいな大きさだ。

周りはヤシの木みたいなのが生えていて、その木の根元には電球がついてあって真っ暗な景色と明るい根元は神秘的だった。

 

巴ちゃんは入り口に入っていったけど、僕はしばらく立ち尽くしてしまった。

こんな立派なホテルに泊まっていいのかなって言う謙虚な気持ちと、お金が足りるのかなと言う現実的な気持ち。

 

僕は今日、日帰りだと思っていた。

 

 

取りあえず巴ちゃんの後を追う為に自動ドアを通り抜けて中に入る。

ロビーで既に高級感が漂っていて、表現はしにくいのだけどホテルのにおいがする。

 

「お、いたいた。鍵貰ったから部屋に行こうぜ」

「え、お金は……」

「一旦部屋に入って落ち着いて話さないか?それに正博も立ちっぱなしで疲れてるだろ?」

 

巴ちゃんは部屋の鍵を手に持ちながら手を振っていた。

巴ちゃんの言っている事は間違っていなくて、今日ずっと歩いていたから正直股関節が痛い。

 

エレベーターで鍵に記された部屋まで向かう。巴ちゃん曰く「21階」にあるらしい。ちなみにこのホテルは25階まである。

エレベーターから降りると、廊下は暗いけどしっかりと黄色のランプがついていて見ているだけで眠たくなるような色合いになっていた。

 

巴ちゃんに先導してもらって僕は後をついて行く。

部屋の前に鍵を刺して中に入っていくので、僕も入っていく。部屋はオートロックらしいのでドアを閉めたら「ガチャン」と言う音を立てた。

 

部屋の中は綺麗に白色で統一されたベッドが2つ、そして鏡台に洗面台。トイレと浴槽は一つになっていた。

 

「ちょっと疲れたな……先にお風呂に入って来ても良いか?」

「うん、良いよ。その間に僕は荷物を置いて来ようかな……。僕の部屋の鍵、貸してくれる?」

「何言っているんだ?正博の部屋はここだぞ?」

「ははは……と、巴ちゃん、ジョークが上手いって」

「ジョークじゃなくて、ここ二人部屋だから、さ……」

「……」

 

確かに言われてみればベッドが2つ(・・)あるんだよね。

と言う事は、巴ちゃんと同じ部屋で寝るの?あ、はは……ありえない設定の恋愛小説ですか?これは。

 

僕は気持ちを落ち着かせるために携帯と財布を持って部屋を一旦出て飲み物とお菓子を買ってくることにした。部屋番号はしっかりと覚えたから問題は無い。

 

エレベーターで一回まで降りて売店でコーラ2本とクッキーを購入した。僕は買ったコーラの一本を買ってすぐにふたを開けた。

プシュッと言う爽快な音がして、そのまま僕の喉にまで流し込む。

シュワシュワとした刺激が渇いた喉を潤してくれた。

 

エレベーターに乗って部屋に戻りながら、気持ちを整理していた。

巴ちゃんと同じ部屋で寝るだけだから。それを何回も言い聞かせた。

 

そして僕たちの泊まる部屋の前に着いた。

フーッと深く呼吸してから、僕は力を込めて部屋の中に入る。

 

だけど、部屋は開かなかった。

あ……オートロックなの忘れてた。鍵は……部屋の中だ。

詰んだ。

 

 

「巴ちゃーん!ドアを開けてくださあぁああい!」

 

 

 

 

僕もお風呂に入った後、ドタバタとしていた日常がようやく終わりを迎えようとしていた。

僕はお風呂場でホテルにあった浴衣を着て、しっかりと髪の毛をドライヤーで乾かしてから巴ちゃんの近くまで行った。

お風呂場はとっても甘いにおいがして、僕は鼻血を出してしまったのは内緒。

 

巴ちゃんも浴衣を着ていて、髪の毛は少し潤いがあって頬も少しだけ赤くなっていたから色っぽく感じてしまった。

 

僕は落ち着いて、巴ちゃんの座っているベッドと違う方に座って巴ちゃんと向き合う。

室内のオシャレな装飾が、僕たちを特別な雰囲気にさせる。

 

「正博には、色々話さなくちゃいけない事があるな」

「上原さんも一緒に来るってウソをついた事、とか?」

「……やっぱり、気づいていたよな」

 

巴ちゃんは深いため息をこぼした。僕は彼女のため息を見たかったわけでも無いし、こんなに申し訳なさそうな目をしてほしくなんて無かった。

もっと気の利いた言い方があったんじゃないか、と言う後悔が僕の頭をグルグルと回り始めた。

 

「本当は普通に正博を誘おうと思ったんだけど、アタシと二人だったら遠慮して来てくれないんじゃないかって思ったんだ……だからひまりの名前を使った。」

「……うん」

「ホテルも親には『ひまりと泊まる』って言ってあるんだ……。お金はアタシが出したけどさ、色んな人に迷惑をかけてアタシ……何やってるんだろうなって」

「巴ちゃん……」

 

僕はゆっくりと立ち上がった。

視線をずっと下の方に向けて、苦しそうに懺悔する巴ちゃんを見たくなんてないんだ。

 

最初は僕も日帰り旅行だって思ってた。だけど今は違う。

一泊二日の素敵な旅行なんだ。

 

旅行って楽しいものでしょ?そんな目に涙を浮かべている巴ちゃんの姿なんて見たくないよ。

僕は、かっこいいけどかわいい君の笑顔が見たいんだ。

 

 

「特に正博には今日、たくさん迷惑かけたよな……?アタシは普通に正博と……っ!?」

「もう、大丈夫だよ。巴ちゃん」

 

巴ちゃんの隣に腰掛けて彼女の左手をゆっくり、ゆっくりと握った。

僕から人の肌に触れたのは何年ぶりなんだろう。

 

彼女はビックリしているのだろう、目を大きく見開いて僕の顔を見ている。

僕はもうちょっとだけ巴ちゃんの近くに寄る。

肩と肩が触れ合うぐらい近くに寄る。

 

握っている手も、腕も、脚も触れている。

 

「でも正博……アタシと同じ部屋で泊まるの、嫌なんだろ?」

「それはびっくりしただけ。きれいな女の子と同じ部屋で泊まるなんて想像していなかっただけだよ」

「き、きれいって、お前っ!」

「巴ちゃんは、きれいで美人さんだと僕は思うよ。ほら、ちょっと手を貸してよ」

 

僕は握っていた巴ちゃんの手を自分の胸に当てる。

きっと、今のも爆発しそうなぐらい動いている心臓の鼓動が彼女にも伝わると思う。

 

僕は、巴ちゃんの手を握るだけでこんなにも緊張するんだよって。

 

巴ちゃんは顔を赤くしながらうぅ、と言って下を向いてしまった。

僕はゆっくりと巴ちゃんの手をさっきまであった場所に戻す。

 

「上原さんにも、巴ちゃんのご両親にも、謝ろう。頼りないかもしれないけど僕も一緒に謝るから」

 

僕は巴ちゃんにこの言葉を一番伝えたかった。

まだ取り返しのつく時に、関係が破たんしてしまう前にしっかりと謝ってほしいんだ。

手遅れになってしまったら、何もかも人生は終わってしまう。

 

大丈夫、巴ちゃんなら。

そしてきっと、許してくれるから。

 

そして、これからもかっこよくて、かわいい笑顔をみんなに見せてあげて。

巴ちゃんのイメージは、こんなちっぽけな嘘ぐらいでは変わらないから。

 

「正博って、どうしてそんなに優しいんだよ」

「巴ちゃんは僕をどう見ているか知らないけど、優しい人間じゃないよ」

「アタシには、優しい人間に見えるよ」

「そっか。それなら巴ちゃんは変人だね」

 

 

僕がそう言った後、巴ちゃんは僕の右足をグリグリと足で押さえつけてきた。

だけど雰囲気は良くって、二人向かい合って笑っているんだ。大きな声で笑ったら周りに迷惑だから小さな声。

 

だけど僕たちの小さな声は、他のどんな大きな笑い声よりも心が満たされて、染み渡るんだ。

僕の握られている右手は、強く握られた。強く、といっても痛い訳じゃ無くてギュッと。

僕はどうして巴ちゃんが強く握り返しているのか分からないけど、細くて華奢な手は僕の身体の一部なんじゃないかって思うぐらい違和感が無かった。

 

「正博、今日はありがとな」

「僕、何もしてないよ」

「そんな事ないよ。クラゲに刺された時も対応してくれたし、アタシの茶番にも付き合ってくれた。それに……」

「それに……?」

「なんでもない。だからお礼をしなきゃな」

 

僕はお礼なんていらないよ、って言おうとした。

だって最初に僕の手を引っ張ってくれたのは巴ちゃんだから。僕の過去を知らないのに優しく接してくれる巴ちゃんに、逆に僕がお礼を言いたいぐらいなんだ。

 

 

だけど言えなかった。

僕が臆病で、言葉に出来なかったのでは無い。

やっぱりお礼が欲しかったから言わなかったのでも無い。

 

 

巴ちゃんに、僕の口を奪われたから。

 

僕の目の前には目を閉じた巴ちゃんが近くにいる。大学生の癖にキスが初めての僕は初めて他人と唇を重ねる感触を経験した。

触れているだけなのに、温かさが伝わる。彼女の柔らかい唇は僕をゾクッとさせるだけでなく、甘い香りを与える。

 

「ぅん……」

 

僕は本能的に触れている巴ちゃんの下唇をゆっくりと吸う。彼女はかわいらしい声を出したけど、受け入れてくれた。

 

そして触れ合っていた唇がお互い離れる。

離れても巴ちゃんとの距離は近いから、彼女のやさしい鼻息が僕の顔を撫でる。唇にはまだキスをしていた時の感触が残っている。

 

巴ちゃんの顔をチラッと見ると、顔を赤くさせてちょっとだけ目を細めて僕の方を見ていた。そして彼女が言った言葉に僕はノックダウンしてしまった。

その時の言葉の艶っぽさ、彼女の顔のかわいさに僕は気を失ったかのように力なく後ろに倒れてしまった。

 

 

「……ばか」

 

 




@komugikonana

次話は6月11日(火)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~
巴ちゃんと二人で海水浴に行ってもう10日も経っているのに唇のあの感触は忘れられなかった。そんな状態の時に僕の携帯が震える。

ともちん、多分神社にいるから会いに行ってあげたら~

生ぬるい風が僕の髪の毛をサラッとかきあげる。
次回「動き出した歯車は何を思う?」


~訂正とお詫び~
今作品前話で誤字がありました。
誤)男女が二人でカップラーメンなんて風情が無いと思うかもしれないけど、以外にもカップラーメンを食べようと言いだしたのは巴ちゃんの方から。
正)男女が二人でカップラーメンなんて風情が無いと思うかもしれないけど、意外にもカップラーメンを食べようと言いだしたのは巴ちゃんの方から。

漢字の変換ミスをしてしまいました。読者のみなさんにご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。
そして誤字報告をして頂いたタマゴさん、ありがとうございました。


では、次話までまったり待ってあげてください。
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