なんだか、フワフワと浮かんでいるような感覚でとっても気持ちが良い。まるで雲の上に寝転がりながら、下で忙しなく動き回っている人間を見ているような感覚。
僕はそんな殿上人みたいな気分になっていると、見覚えのある制服を着た男子生徒を見つけた。正直、無視しても良かったんだけど身体が勝手にその男子生徒を追いかける。
他の歩行者と僕がぶつかっても痛くもなく、のけ反らない。これは……夢?
僕が男子生徒を追いかけていると、到着したのはショッピングモール。
僕はようやく理解した。そして背中が寒くなって足が震えた。男子生徒の行先は知っている。そして彼が発する言葉も……。
「うーん、これが今流行ってる腕時計だよね……」
一言一句、分かる。
「僕がこの腕時計をしても、似合うかな?」
僕は声を大にしてショーケースの中に入っている腕時計を眺めている男子生徒に話しかける。
お前には腕時計なんて無くても大丈夫だって!
それにお前、それを買うお金なんかないだろ?そんなに急がなくてもいいじゃないか!
いくら僕が声を
お願い、止まってよ!それ以上僕は見たくないよ!
「ちょっとだけ、これだけだから……ね?」
「すみませーん、この腕時計、ください」
店員さんがやって来る。僕は店員さんがこっちに来ないように全力で押すのだけど、僕の身体はすり抜けていくだけ。店員さんは何事も無かったのように男子生徒の方まで笑顔で向かっていく。
僕は目を手で押さえようとした。この先に起こる出来事を見たくないから。
なのに、僕の手は全く動かなくなって身体が少年の近くまで近づいて行く。
もういやだ……いやだよ。
店員さんがショーケースを開けた瞬間、男子生徒はその腕時計をガッと鷲掴みして店の外へ走って出て行く。
店員さんは大きな声で叫ぶ。その声を尻目にその場を走って離れる男子生徒は突然、偶然出くわした同じ制服を着た
時計を万引きしようとした男子生徒は店の店員に引き渡され、店の裏にまで連れていかれる。僕も引き寄せられるように後をついて行った。
だけど僕はめまいがして足もガタガタしていて、とても歩ける状態では無い。それなのに後をついて行く身体に恐怖感が増した。
こんな夢、早く覚めてよ。冗談にしては面白く無いよ。
「ご、ごめんなさい……そ、その……」
「ごめんで済むと思っているのか?今、警察に電話したから」
「え、警察!?うそ、そんなはずじゃあ……」
「なぁクソガキ、取りあえず名前言えよ……黙ってねぇで言えって言ってんの!」
バァン!という机を叩く甲高い音を聞いて、僕は気持ちが悪くなってしまった。
名前……どうして名前を。
「ぼ、僕の名前は……」
「正博、正博ー?……おかしいな、すれ違ったかなぁ」
急に視界がぐちゃぐちゃになった後、見覚えのある天井と空間が現れた。そしてピンポーン、と言うインターホンの音と外から僕を呼ぶ声がして急いで玄関まで行ってドアを開けた。
「あ、巴ちゃん……」
「今まで寝てたのか……って大丈夫か正博!顔色が凄く悪いぞ!」
「あ、はは……悪い夢を見ちゃってさ。取りあえず外暑いでしょ?中に入っておいでよ」
僕は巴ちゃんを招き入れて、僕はそのまま着替えを持って洗面台に入っていった。
鏡で顔色を見てみると確かに青紫っぽい色をしていて、こんな顔を巴ちゃんには見せられないって思って顔を何回も冷水ですすいだ。
着替えも終えて僕は冷蔵庫から冷たい飲み物を出しておくことにした。朝の10時なのに外は暑そうだから、こんな時は冷えた麦茶が一番いいかもしれない。
巴ちゃんは机の近くで座りながら、お茶を持ってきた僕を心配そうな目で見つめていた。
「ほんとに大丈夫か、熱とかあるんじゃないか?」
「ううん、大丈夫だよ。身体が怠いとかは無いし」
「そんなにひどい夢だったのか……一体どんな夢を見たのか気になるな」
僕の動きが一瞬だけ止まった。
どんな夢か……ね。
なんて答えようかかなり迷ったけど、僕は巴ちゃんに笑顔を見せながら彼女の前に麦茶の入ったコップを置いた。
「ライオンに、追いかけられて食べられるところだったんだよ」
上から視線を感じて、鋭利な視線は僕に厳しく降り注ぐ。
僕は巴ちゃんの前にコップを置いた後、そのまま立ち上がって冷蔵庫に向かう事にした。なんだか麦茶を見ていたら僕も飲みたくなってきた。
それに寝起きって意外と喉が渇くし、水分も失っているから飲んでも良いよね。
僕はドアを開けて冷蔵庫に向かおうとした時、背中が温かくなって安心感に包まれたような気がした。
「と、巴ちゃん……?」
僕の後ろから彼女は、巴ちゃんは抱き着いて来た。
彼女の温もりと、心臓の鼓動が背中越しからもしっかりと伝わった。
彼女の両手は僕の腰に回されていて、顔は僕の右隣にあるのを感じた。そして彼女の甘い香りが鼻をくすぐり、彼女のきれいな髪の毛は僕の首筋をくすぐる。
「今の正博は、ちょっと心配なんだよ……」
「心配って?」
「アタシの知らない物事を抱えているような気がした」
「巴ちゃん……」
「アタシは教えて欲しいとまでは言わない。だけどせめて、つらいとかは言ってほしいんだ」
さっきよりギュッ、と強く抱きしめながら巴ちゃんは訴えるような声で僕に話しかけた。
後ろから抱き着かれているから分からないけど、今の巴ちゃんはどんな顔をしているんだろう。もし悲しそうな顔をしていたら、僕は何をやっているんだって自分を殴ってやりたい。
本当に、僕は頼りない人間だね。仕方がないのだけど……。
僕は腰に回されている巴ちゃんの手を優しく包み返した。
夏だと言うのに冷たくなっている巴ちゃんの手を温かくしてあげる事しか今の僕には出来ないけど、巴ちゃんが僕の事をこんなにも想っていてくれているなんて知らなかった。
「心配かけてごめん、巴ちゃん。僕は……大丈夫だから。そろそろ行こうか」
「……もう少し、このままでいさせてくれ」
「遅れても知らないよ?」
「正博が寝坊するのが悪いんだ」
たしかにそれもそうだなって僕は笑いながら、しばらく部屋で肌を寄せ合っていた。
机の上に置いてあった麦茶は、波紋も起こさずコップになみなみと入っているだけだった。
お昼になって、一段と太陽が真上に移動して来てこれから暑さのピークがやって来るであろう時間帯に、僕と巴ちゃんは神社に向かっていた。
どうして向かっているかと言うと、今日は神社でお祭りが開催されるんだけど、僕は巴ちゃんからのお誘いで和太鼓を演奏させてもらう事になった。
もちろん、始めたばかりだからソロパートなんて無いけどみんなと音を合わせるのは事実だ。
お祭りは夕方ぐらいから本格的に始まる。僕たちの出番はもう少し遅い夜の7時ごろ。盆踊りの際に叩かせていただく。
早く集まるのは和太鼓を演奏する人たちが集まって本番の流れと成功のために一致団結する為。僕はそれが終わったら少しだけ太鼓の練習を巴ちゃんと行う予定だ。
「僕、ちょっと緊張して来たな……巴ちゃんはこういうの慣れてるよね」
「えっ?あ、ああ!もちろん慣れてるぞ!」
「……巴ちゃん、一緒に歩いているのにこんなにも離れて歩かれると、傷つくんだけど」
どうやら僕の背後から抱き着いたのは咄嗟の行動だったらしくて、巴ちゃんは今になってから恥ずかしさの波に襲われているらしい。
さっきからずっと彼女は「大胆過ぎるだろ……」とか「アタシ達恋人じゃないんだぞ」などの言葉を言いながら顔を赤くしていた。
たしかに彼女の言う通りで、僕たちは
手を握ったり、背後から抱きしめられたり……その、キスまでしてしまっている訳だし。
神楽殿について大人たちに今日の流れを簡単に説明してもらった時も、巴ちゃんはちょっとだけぎこちない感じで大人たちもニヤニヤしながら僕たちを見ていた。
巴ちゃんは和太鼓が好きだと言っていたけど、今のままでは曖昧になってしまって良くないような気がした。一緒に和太鼓を叩いた時に見せた彼女の純粋な笑顔を今日も見たいって僕は思った。
そんな僕のわがままを実現させるために、リーダー格の大人の方に交渉しに行く。
「す、すみません、ちょっとだけお時間、よろしいです、か?」
「ああ、君は正博君……だっけ?昨日は巴ちゃんと燃えるようにお互いの愛を確かめあったんだろ?隠さなくてもおじさんには分かるぞ」
「そ、それは誤解ですから……」
「ほんとか~?正博君を見る巴ちゃんの目、完全に恋してる目だぞ」
「そ、その話題はちょっと置いときましょ!?……ち、ちょっとだけ、巴ちゃんを借りても良いですか?」
「ダメって言っても聞かないんだろ?どうぞご自由に」
リーダー格の大人に人はニヤ~っとしながらだけど、許可を貰うことが出来た。
巴ちゃんの所に行く前にその大人の人から「避妊はしっかりしとけよ?」という謎のアドバイスを頂いたけど、そのアドバイスは後で手水舎の水で洗い流してしまおう。
「巴ちゃん、お待たせ」
「これからアタシと正博は太鼓の最終確認だよな?あ、アタシ太鼓持ってくるよ」
「ちょっと待って、巴ちゃん」
僕はその場から離れようとした巴ちゃんの手を掴んだ。
巴ちゃんはビックリしたような顔をした後、状況を整理したのだろう、また顔を赤くして僕の方を上目遣いで見てきた。
正直、まだ僕はどうすれば巴ちゃんの恥ずかしさが取れるかと言う問題に対して答えがまだ出ていない。
だけど難しい問題ほど、考えるだけ無駄だと思う。
まず行動に移して、色んな方法を試していくのが近道だ。分からないからってジーッと問題文を見ているだけでは何も浮かばないだろ?
「ど、どうした?正博……?」
だから僕は、行動に出る。
「和太鼓の演奏の時間まで、二人でお祭りを満喫しない?」
@komugikonana
次話は6月18日(火)の22:00に投稿します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~高評価をつけて頂いた方々をご紹介~
評価10と言う最高評価をつけて頂きました べっこう飴ツカサさん!
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評価9と言う高評価をつけて頂きました 蒼龍セイヤさん!
同じく評価9と言う高評価をつけて頂きました おれんじレンジさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます!本当にありがとう!!
これからも応援、よろしくお願いします!
~次回予告~
「巴ちゃんは僕の事、心配してくれたから。今まで僕を心配してくれる人なんていなかったから」
「ありがと、正博。アタシ、もう決めたよ」
僕はそんな巴ちゃんに置いて行かれないように足の動きを速くした。
そして最後、生ぬるい風が吹く夏の夜。
出会ってしまったんだ。
~感謝と御礼~
今作品「image」のお気に入り数が200件を突破いたしました!これも読者のみなさん一人一人の応援のおかげです!本当にありがとうございました!
この物語も後半戦。まだまだ読者のみなさんにドキドキを提供していけるよう努力していくので応援、よろしくね!
~豆知識~
正博君の過去……正博君の過去はみなさんが想像している通り。ちなみにこの小説のヒロインである巴ちゃんはTwitterでヒロイン選挙をした結果、一番人気のキャラでした。そんな人気ヒロインと結ばれるであろう主人公が……!?
主人公が「素敵な人間」だと言うのは、ただの「固定概念」にすぎないんだ。すなわち無意識のうちに刷り込まれた「イメージ」に過ぎない、という事。
そんな出来心から出来た小説が「image」です。
では、次話までまったり待ってあげてください。