image   作:小麦 こな

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躓いた先にあるもの②

「おい、そこでなにやってるんだ、お前」

 

冷たく、僕を非難しているような鋭利な言葉が背中に突き刺さる。

振り返ってみるとここの生徒であろう、赤色の髪の毛を背中ぐらいまで伸ばした、気の強そうだけどかっこいい系の女性が立っていて僕を睨みつけていた。

 

ど、どうしよう。絶対にこの女性は僕の事を不審者だと思っているよね……。建物と建物の間で携帯を触っているから怪しさ満点だよね。僕は間違った選択肢を取ってしまったのかもしれない。

 

「え、えっと……その……が」

 

学生証を取りに来ました、って言おうと思ったけど女子大に学生証を取りに来ていると言っても信じてもらえないんじゃないかって答えが僕の頭をプカプカと浮かび上がって来て言うのを辞めた。

他に何かフォローできる言葉を探さなきゃ……。

 

「女子大で盗撮でもしてたのか?」

 

赤髪の女性はさっきより声のトーンを下げながら、僕の方にズンズンと近づいてくる。

僕の身体が小刻みに震えてきた。こ、怖い……。

 

「ご、ごめんなさいーっ!」

「あ、ちょっ、待てって!」

 

僕は全速力でその女性の横を通って走って学校から離れた。

赤髪の女性は追いかけてはこなかったけど、僕の取った行動は間違った行動だ。きっと盗撮していたって言う「負のレッテル」を貼られたに違いない。

 

ちゃんと女子大に来た理由を話せばこんな事にならなかったんじゃないか、って思っているかもしれない。僕にもそんな事、言われなくたって分かってる。

分かってるけど……恐怖心には勝てなかった。

 

 

強い口調で、言い寄られるのはもう嫌なんだ。

 

 

学生アパートの自分の部屋に入るまで全速力で走っていた僕は、息をはぁはぁと切らしながらベッドの上に寝転がった。

 

なんでここまで全速力で走って帰って来たんだろう。これじゃあ、悪い事をして逃げている犯人みたいじゃないか。

ポケットから携帯を取り出して、動画でも見ようかな。

 

……あれ?確か携帯はいつも右ポケットに入れる癖があるから右のはずなんだけどな。左ポケットをガサゴソしても無い。

僕の性格上、かばんの中には入れるはずがない。

 

「羽丘女子大学に落としてきたのかも……」

 

はぁ、と今年に入って一番大きく、重いため息を落とした。

そのため息は寝転んでいる僕のお腹辺りに落ちたんじゃないかな、身体が重くて何もやる気にならない。

 

「携帯のロックなんて設定してないから誰でも見れるんだよね」

 

別にみられて困るような画像とか、破廉恥で興奮をそそるような画像も無いし、良いか。

 

僕はそのまま目を閉じて、深い海の底に落ちていくようなイメージを抱きながら眠りにつくことにした。

今寝たら微妙な時間に起きてしまうのは目に見えているけど。

 

 

 

 

……は……いる……に、お前は!

どうしてあんたは人様の迷惑になるような事をするの!?

この、出来損ない!!

 

 

 

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

ベッドから素早く上体を起こしてつい、大声で謝罪の言葉を口にした。

 

「あ……夢か。夢だったんだ」

 

背中は冷や汗でグッショリしていて気持ちが悪い。目覚まし時計を見ると21時でやっぱり中途半端な時間に起きちゃったな、と嘲笑する。

 

こういう類の夢は現実で良くない事が起きたり、失敗して落ち込んでいる時に見ることが多い。僕の見慣れた大人たち(・・・・・・・・)が僕に強い口調で言い寄って来る。

 

 

ぐぅう、と僕のお腹がサイレンを鳴らす。そう言えばまだ晩御飯、食べていないっけ。

近くにあるスーパーは23時までやってるし、今の時間ならお惣菜がタイムサービスで安くなっているかもしれない。

 

寝ている時に掻いてしまった冷や汗を流すためにシャワーを浴びてから灰色のスウェットパンツにネイビーのパーカーを来た部屋着スタイルに、まだ今の季節の夜は肌寒いからMA-1を羽織って出かける事にした。

 

部屋を出て鍵でしっかりと施錠して、アパートから出る。

アパートから徒歩1分でスーパーに到着する、なんてこの学生アパートの売り文句に書いてあったけど、実際歩いてみれば3分とちょっとかかった。

地図とかの徒歩何分とかってどんなスピードで歩いているんだよ、ってツッコミたくなった。

 

 

「うーん、どれも美味しそうだなぁ」

 

自動ドアからスーパーの中に入って一直線に惣菜コーナーへ歩いて行った。僕の予想は的中していて、ほとんどの惣菜に「レジにて30%OFF」と言う黄色いシールが貼られてあった。

 

安定の唐揚げ弁当にしようかな、それともボリュームたっぷりのハンバーグ弁当にしようかな。いや、オムライスもいいなぁ……。

お弁当のふたを開けていなくても想像できる、各お弁当の食欲をそそるようなにおいを鼻で再現しながら、気分でハンバーグ弁当を手に取った。

 

ついでに醤油などの調味料やバラで売られているうどんを3玉(3玉まとめて買った方が値段がお得だった)、そして麦茶の茶葉のお徳用を一緒に購入してレジのおばさんに持って行く。

 

「今年から一人暮らし?」

「え、はい。昨日から大学生になって……一人暮らし、始めました」

「そう、頑張ってね」

 

レジのおばさんは僕がカゴに入れた商品を取り出しながら値段を打ち込んでいる。僕は財布から1000円札をおばさんに渡して、数円のお釣りを受け取る。

 

僕には、両親からは必要最低限の仕送りしかもらえない。電気代や水道代なんかは親の通帳から引き落とされるけど、それ以外の仕送りは月1万円のみ。

お弁当は高価なものだから、しばらくはお預けだね。

 

 

レジのおばさんは「ありがとうございました」とにこやかな顔でスーパーから出て行く僕を見送ってくれた。

お腹が空いたから足早に歩いていると、赤い光がチカチカしていて、暗い夜にも映える白い車が一台止まっていた。

 

「警察官の人、だよね」

 

僕の身体がちょこっとだけ震える。

今日のお昼、女子大で赤髪の女性に詰め寄られた事を思い出したから。きっとあの女性は僕が「盗撮していた」と言うイメージを持っているはずだから、警察に言っていてもおかしくは無い。

 

幸い僕が住み始めた学生アパートの前にパトカーが止まっている訳では無かったし、警察官の横を通っても呼び止められなかったから、少なくとも「今は」僕を探していない。

 

無駄に心臓がドキドキしてしまって、自分の部屋に入った後は疲労感がドッと襲って来た。

こんな状態でボリュームたっぷりのお弁当を食べられる気がしない。僕は買って来たものを全て冷蔵庫に入れて、長く感じる夜を何もせずにベッドで横たわって過ごした。

 

 

 

 

翌日、僕はゆっくりと目を擦りながら朝を迎えた。

大学では今日から授業が開始!……らしいけど、僕は一切履修登録をしていないから授業が存在しない。

あと1週間後には確実に履修登録をしておかないと授業が取れなくなるらしい。簡単に言えば留年が確実って事だ。

 

履修登録は携帯で出来るから簡単、なんだけど僕には携帯も無いし学生証も無い。

これは本格的にヤバイ気がした僕は、昨日買ったハンバーグ弁当を半分だけ食べた後、僕が通っている大学の教務センターに行くことにした。

 

 

「あぁ、君か。昨日学生証を取りに来てないってむこう(羽丘女子大学)から電話が来たので私が取りに行っておきました」

「え?そうなんですか!?す、すみません。ご迷惑をおかけして」

「学生証を用意してくるのでちょっと待っててください」

 

教務センターの職員のまさかの一言に驚いた。そんな簡単に取りに行けるなら取りに行ってほしかったな、なんて愚痴が心の中からフワッと出てきたけど、僕は揉み消すことにした。

 

言い寄られる事が嫌いな僕が人に嫌いなものを押し付けるのは良くない、そんなちっぽけな正義感が今回は働いてくれたみたいだ。

問題は僕の携帯の在処なんだけど……。

 

「こちらが訂正後の学生証です。各項目をチェックしてください」

「あ、はい」

 

僕は左から右に、右が終わったらまた左から右に眼球をゆっくりと確実に動かしていった。……うん、間違いが見当たらない。

 

「間違いが無いです」

「そうですか。それではこの学生証を4年間大事に所有してください」

「あの、色々ありがとうございました」

 

今年から入った新入生で一番教務センターを活用した人間だろう。教務センターマスターの僕はもうこの施設にくる必要なんて無い。

最後に、僕は職員に聞きたい事を聞く。

 

「その、羽丘女子大学に忘れ物置き場みたいなのって……ありますか?」

「えっ?学部ごとにあると思うけど、どうしてそんな事を聞くんだい?」

「き、気になっただけです。さようなら」

 

あの建物が何学部か、なんて分からないし携帯の落とし物なんて大学で保管しているような気がしないんだよなぁ。

 

とにかく履修だけでもさっさと決めてしまおう。学生証が手に入った今なら大学のパソコンルームでパソコンを触れるはず。

 

「その後、警察に言って携帯が届いてないか聞いてみようか」

「警察に行くなら、アタシも一緒に行ってやろうか?」

「え、えーっと……」

 

教務センターから出てパソコンルームに向かう途中に独り言をボソッと、誰にも聞かれないように言ったつもりなのに、背後から返事が来て困惑している。

……と、言うかこの声。聞いたことがあるような気が……。

 

僕はギギギッ……と顔だけを後ろに向けて見ると、羽丘女子大学で僕を呼び止めた赤髪の女性がすっごい笑顔で僕を見ていた。

 

近くで見ると僕とあまり身長は変わらないし顔は整っていて……と言うかなんでこの子、羽丘経済大学(ここ)にいるの!?

 

「ぼ、僕はこれからちょっとした用事が……」

「アタシはアンタと話がしたいから学食まで案内してくれよ」

「お、奢りますよ……」

 

思いっきり左手首を握られて、僕に反抗する術はもう無かった。

周りから見たら美人な女性に手を掴まれて羨ましいなー、とか何も考えずに言っているかもしれないけど、僕にとっては……。

 

「ほんとか!?じゃあ、何をおごってもらおっかな~」

 

死刑宣告なんですけど。

 

 




@komugikonana

次話は4月29日(月)の22:00に投稿します。

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この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
始まったばかりですがこれからも応援、よろしくね!

~次回予告~
羽丘女子大学で出会った女の子と遭遇してしまった僕……。このまま疑われて終わってしまうのかな。
「なんだよ、男なんだからシャキッとしなよ」
この言葉で僕は……。

~ファンアート~

【挿絵表示】

ミノワールさんが素敵な巴ちゃんを書いていただきました!
ミノワールさん、ありがとうございました!
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~感謝と御礼~
無事1話を投稿することが出来ましたが、早くも13件の感想を頂きました!たくさんの感想、ありがとうございます!
まだまだ感想は大募集しています!気楽に書き込んでくださいね!待ってますよ!!


では、次話までまったり待ってあげてください。

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