image   作:小麦 こな

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ディーリング・ビドルポジション②

幼馴染たちから怒涛の質問ラッシュがあった次の日。

アタシは不思議とぱっちりと目を覚ました。時計をチラッとみるとアラームが鳴る5分前だと言う事が分かり、携帯のアラームを解除する。

 

今日は正博とラーメン屋巡りをする約束の日。朝ご飯はもちろん抜きで行くつもりだ。今日はどれぐらい美味しいラーメンに出会えるか楽しみだ。

 

アタシはそのまま胸に手を当てる。正博の事を考えるとドクン、ドクンと規則正しい心音が徐々に早くなっていく。ラーメン屋の穴場を見つけるよりも、正博と一緒に行動出来る事の方が楽しみなんだ。

やっぱり心は正直なんだな。

 

アタシはそのままクローゼットの前に立って今日着ていく服装とかを考える。

ラーメンを食べに行くから明るい色の服だと良くないよな……。

 

そして服を決めた後、軽くシャワーを浴びる。

後は髪の毛の手入れとか、軽く化粧をしたりお気に入りの香水をつけたりと、恋する乙女の朝は忙しいんだ。

 

忙しいけど、一つ一つの作業が楽しい。ここを褒めてくれたら嬉しいな、とかこのにおいが好きなんだ、とか今日もかわいいね、とか。

そんな事を正博の声で想像する辺り、アタシは正博に溺れてしまっているんだな。

 

髪の毛を櫛でとかしながら、鼻歌を歌うことにした。

 

 

 

 

9時50分にアタシは正博の大学である羽丘経済大学の校門前に立って彼の到着を待っている。1限目が始まって時間が経ち2限目が始まるまでまだ時間がある、そんな中途半端な時間だからか人の出入りは少ない。

 

それも向こうは計算済みなんだろう。なぜなら人が少ないから待ち合わせにはうってつけの時間なんだからさ。

 

アタシは携帯を見ながら時間が過ぎるのを……正博が来るのを待っていた。

携帯の時刻って正確に表されるんだよな?

 

今、アタシの携帯は10時20分と記載されている。

お祭りの時のようにまた悪い夢を見てうなされているのかもしれない。正博から連絡が無いのはお祭りの日と被る。

 

また正博の家に行ってみようか。合鍵があれば楽なんだけどアタシたちはまだ恋人じゃないからそこまで要求するのは、オンナとして重たいよな。

 

「ご、ごめん巴ちゃん……遅れた」

「あぁ正博、実はアタシも今来たところだったんだよ」

「そ、そうなの?」

「そうそう!……それにしても正博がキャップをかぶっているなんて珍しいじゃん。良く似合ってるよ」

「あ、ありがとう……と、巴ちゃん!お、僕、お腹空いたから、その、そろそろ、行かない?」

「そうだな、行くか!」

 

正博が遅れてきて申し訳なさそうな空気になってしまったらせっかくの一緒の時間が台無しになると考えたアタシは咄嗟に嘘をついた。

はは……そう言えば海水浴に行くときもそんな嘘を言ったっけ。

良くないよな、そういうの。それにアタシらしくない。

 

だからアタシは話題を少し変えるために正博が被っているキャップを褒めることにした。だって普段キャップとか被らないから、こういう時は褒めた方が自信になると思うし実際似合っている。

 

ちょっとキャップを深くかぶり過ぎているようにも思うけど、それが正博のこだわりなのかもしれない。

 

アタシ達は二人で歩いていると、小学生の長い列が横を通過していく。遠足だろうか、前と後ろには引率の先生がいて子供たちはリュックを背負っている。

その中の子供の一人が「待てよ、タカ君」と言っていた。なぜか正博が肩をビクンとさせた。

 

アタシはクエスチョンマークを浮かべながらも、行きたいラーメン屋の事を正博に伝える。

 

「正博、まずアタシたちが最初に食べたラーメン、食べに行かないか?」

「え、う、うん!いいね!」

 

最初はどこのラーメンを食べに行こうか迷った時、ふと最初に正博と食べに行った豚骨しょうゆラーメンを食べたくなったんだ。

 

あの時は勝手に正博を盗撮犯だと疑っていて……そしてアタシの勘違いだと分かって。

その後に気まずさを晴らすためにやって来たのがあのお店だった。

 

その後正博に奢ってもらって、連絡先を交換した。

そう、あの店からアタシと正博の物語が始まったと言っても過言では無い。

 

「あ、でも……」

「ん?どうした正博」

「今まだ、10時30分ぐらいだ、よね。ま、まだお店開いてないんじゃないかな」

「ああ、あそこは人気店だし並んでおこうぜ」

 

最初に行った時は知らなかったけど、実は人気店だったんだよな。あの後何回か正博と行ったんだけど行列で何回も諦めたよな。アタシが授業に間に合わない、正博が授業に間に合わない。結局ご飯を食べる時間が無くてコンビニで買うんだ。正博はいつもシーチキンのおにぎりを1つしか買わないけど。

 

正博はどう思っているかなんてアタシは聞いていないから分からないけどさ、アタシは正博としゃべれるならお昼ご飯なんていらないって思ってた。

 

お店の前に着く。まだ開店まで30分あるのに何人かは既に並んでいた。

アタシたちも列の最後尾に並ぶ。うん、ここなら最初にお店に入れるだろう。

 

並んでいる間にアタシはずっと気になっていた事を正博に聞いてみることにした。

これは正博にとってはつらい事かもしれない。だけどアタシは力になりたい。

 

「なぁ正博、聞きたい事があるんだけど、良いか?」

「な、何かな?と、巴ちゃん……」

「どうして正博は人と話す時、言葉が詰まるんだ?」

 

アタシと話す時はあまり詰まらなくなってきていたけど、蘭やひまり、モカにつぐ……そして沙綾と話す時なんか絶対言葉がしどろもどろになっていた。

それにアタシが正博と連絡先を交換するまで誰も登録していなかった。

 

そう、家族も登録していなかった。おかしくないか?それって。

アタシは一応母さんもSNSやってるから登録はしてある。父さんはやってないから登録してないけどさ。

 

今の正博は深くキャップを被っているからはっきりと目が見えないのが残念だ。どんな表情をしているか見て取れないからさ。

 

「……それを知って、どうするの?」

「あ、正博……」

 

正博の声のトーンが一気に低く、ドスの聞いた声で帰って来た時、アタシの背中が一気に冷たくなった。正博だけはカラーで、周りの背景はすべて白黒に見えてしまう。

 

アタシは聞き方を間違えたかもしれない。それに聞く時を間違えたのかもしれない、いや間違えた。

 

正博と出会って半年になるけど、こんなに感情の無い恐ろしい声を聞いたことが無かった。

今度、別の機会で聞くことにしたい。したいけどさ……あんな声で返事されるって分かったら聞けないよ。だって正博に嫌われたくないし、アタシは正博の味方でありたいから。

 

「正博、悪かった。今のは忘れてくれ」

「……分かったよ」

「だけど、これだけは言わせてくれ。アタシはずっと正博の味方だから」

 

お店の人が「お待たせしました!列のままごゆっくりご来店ください」と言う声が聞こえてぞろぞろと列がお店の中に吸い込まれていく。

 

その時の正博の目は、キャップ越しだったんだけど、はっきりと分かった。

感情のない目をしていて、それでいて疑問を表しているような濁った瞳だった。

 

 

ラーメン店に入ってアタシたちは同じラーメンを注文した。

そしてしばらくすると店員さんによってラーメンが運ばれてきた。この豚骨ベースが生み出すにおいはアタシのお腹の音を鳴らすのは十分だった。

 

アタシは割りばしをパキッと割る。

……うん、今日は失敗した。右だけ大きく割けてしまって左右非対称の掴みにく形状になってしまった。

 

その時にアタシと正博の手が当たる。……あれ?

 

「正博って左利きだっけ?」

「え、あ、うん。そう、だけど」

「そう言えば今まで意識して見ていなかったなー。そうなのか!」

 

今見ると正博は左手に割りばしを持っていて、確実に左利きだと分かった。

ラーメンとかカウンターで食べる時は右利きの人と左利きの人は手がお互い当たってしまうから、次からはアタシが正博の右隣に座らなくちゃいけないな。

 

アタシはトッピングされている海苔にたっぷりとスープを吸わせて、ライスに巻いて口に運びながらふと感じた。

 

実はアタシはあまり正博の事を知らないんだなって。

 

正博がもしかしたら人間に恐怖心を抱いているかもしれないって事。

正博は左利きだったと言う事。

 

そして、ドスの利いた声も出せてしまうと言う事。

 

右隣でラーメンをすする正博を見て思う。今日の正博って何か嫌な事でもあったのかなって。

 

いつもよりちょっと機嫌が悪いような気がするんだ。この前みたいに夢にうなされてしまったのかな。そう言えば正博が今日集合時間に遅れた理由もまだ聞いていない。

 

でも、そんな事を考えるのは箸で持っている麺をすするまでにしよう。

もし正博のテンションが低いならアタシが楽しくしてあげたら良いんだ。ラーメンを食べ歩いたらゲームセンターにでも寄ってみようか?

 

アタシはズルズル、と持っていた麺を勢いよくすする。

太い麺がしっかりとスープを絡み取ってくれる、この口に入れた時に広がるちょうどいい豚骨の味が美味しいんだよなぁ。

 

「と、巴ちゃん……」

「うん、どうした?」

「僕、もうお腹、一杯になっちゃった」

「あ、はは……実はアタシも」

「だ、だよね!」

「それならさ、正博。この後ゲームセンターに行かないか?」

 

アタシだって多少はお金があるから久しぶりのゲームセンターは楽しくなりそう。

もし足りなくなっても銀行から引き出せばいい……ってそんなたくさんお金使う訳ないよな!

 

その、ゲームセンターに行ったら、プリクラとか、撮りたいな……。

あ、はは……顔が勝手に熱くなってきた。だ、大学生にもなってプリクラって今更感があるのかな?

 

「ごちそうさま!正博、今日のお昼はアタシが奢るよ」

「え、どうしたの?急に」

「最初に来た時は正博が奢ってくれただろ?だから今日はそのお返しだ」

 

お店で二人分のラーメン代を払って、アタシは正博の左手首を掴んでちょっとだけ小走りでゲームセンターへと向かう。

 

そして正博の顔を見てニコッと笑う。

いつか、正博の抱えている悩み、一緒に解決しようなっ!

 

そんな想いを込めて笑った。正博にも届いていると良いな。

 

 




@komugikonana

次話は6月28日(金)に22:00に投稿予定です。
新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~
正博とゲームセンターにやってきたアタシ。
まさかの正博はクレーンゲームが……!?

そして正博は感情を押し殺して変な事を言った。その時から急にゲームセンター内は静かになったような気がした。周りのBGMが何も聞こえない。
聞こえるのは正博の、小さな問いかけだけ。

「人生はゲームじゃないからセーブなんて出来ない。だけどね、データの削除は出来るんだ」

~豆知識~
ディーリング・ビドルポジション……基本的なカード(主にトランプ)の持ち方。ディーリングポジションは左手(・・)でカードを持つ方法で、ビドルポジションは右手(・・)でカードを持つ方法。
今日の正博君で分かったことは「左利き」であること。ちなみに海水浴の夜のシーンで正博君は巴ちゃんの横に座って彼女の「左手」を握っています。左利きの人が横に座って隣の人の左手を握るってありえます?きっと彼はその時は「右手」で彼女の左手を握っていると思います。
そして今話の抜粋。

アタシは割りばしをパキッと割る。
……うん、今日は失敗した。()だけ大きく割けてしまって左右非対称の掴みにく形状になってしまった。



では、次話までまったり待ってあげてください。

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