image   作:小麦 こな

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ディーリング・ビドルポジション③

大学から南東に約20分歩いたところにはゲームセンターが存在する。しかもそれなりに規模が大きいゲームセンターで、一階はクレーンゲームで二階はメダルゲーム、そして三階にはアーケードゲームがある。

 

アタシはあまり一階より上に行くことは無い。あるとしても三階でプリクラを撮るくらいだった。

「だった」と言うのも大学生になって初めて訪れた。高校生の時はバンドメンバーと良く行っていたんだけど最近はめっきり行かなくなった。

大学生になるとゲームセンターとファミレスは縁遠い場所となるような気がする。

 

「正博ってゲームセンターに来た事ってあるのか」

「も、もちろんあるよ!一人で、だけどね」

「なら、今日が『二人で』来る初めてのゲームセンターだな!」

 

正博はどういう理由か知らないけど一人でいることが多かったみたいだ。アタシは一人が悪いって思っている訳じゃ無い。そりゃ人間、一人になりたい時もあるだろ。

 

でもさ、確実に言えるのは二人でいた方が楽しい事も2倍に感じるんだってことだ。

正博の過去は変えられないけど、未来は変えられる。

これからはアタシと「二人で」楽しい事、つらい事、乗り越えていかないか?正博。

 

 

私たちは自動ドアを抜けてゲームセンターに入っていく。中に入ると一気に耳がパンク状態になる。色んな音が大音量が入ってくる感じがゲームセンターだなって感じる。

 

まずは一緒にクレーンゲームのエリアを見回る。なにか取りたくなるような商品があれば良いんだけどなぁ。

まぁ取りあえず見ているだけでは面白く無いしやってみるか。

 

「あ、あれ良いじゃん。……でも取れ無さそうだな」

「な、何を取ろうと思っている、の?」

「あれだ、人気ゲームの敵キャラのデザインのクッション」

 

アタシは正博に分かるように人差し指で指し示す。

青い物体に無気力な目とにやけた口がトレードマークの敵キャラ。青も良いけどアタシは銀色のメタルな奴が欲しい。

 

それを尻に敷いておけば大量の経験値が手に入りそうじゃん?それにむしゃくしゃする事があったらそのクッションを殴りまくってやる。

 

早速100円を入れてクレーンを動かす。500円を一気に入れれば1ゲーム分得するけど途中で欲しいのが取れたら余分に払った分だけ無駄だから100円しかアタシは入れない。

絶対に取ってやる!

 

「……あれ?」

「アームの力が弱そう、だね」

「これ、絶対取れないだろ。まったく持ち上がらないし」

 

アタシはベストな所にアームを落としたけど、メタルなあいつは少し動いただけでもとの位置に帰還する。その時のにやけた顔が妙に腹立たしい。

……何笑ってるんだ?絶対尻に敷いてやるからな!

 

そこからは100円がみるみるうちに無くなっていく。2回ぐらい千円札を両替したけどまだ取れていない。でも結構動いてはいるんだよな……。

 

「巴ちゃん、これ以上は、沼に入りそう……」

「でもさ、ここまで動いたんだし、何より2000円が勿体無いっ!」

「それだったらさ、巴ちゃん」

「なにか良い策でもあるのか!?」

「いや、その……良い策でもなんでも、ないんだけど……」

 

僕がやってみても良い?と言う言葉が正博から飛び出した。アタシはもちろん、と言って正博に譲った。

 

正博は100円玉を入れる前に何やらブツブツ言いながら色んな角度を見渡していて、もしかしたら正博はクレーンゲームがとてつもなく上手いんじゃないかって感じた。

いや、普通そんなことしないだろ!?あの仕草はガチ勢しかしないだろ!?

 

正博の手から100円がゆっくりと投入される。クレーンゲームの開始の音が何やら焦燥に駆られているように速いテンポで流れる。

 

正博の操縦するアームは不気味なほど左右に揺れていて、メタルなあいつの笑顔も固まっている。

揺れていたアームが上からゆらゆらと落ちていく。そのまま掴むのかと思っていたけどアームの位置がメタルなあいつのとんがっている胴体の左右に落ちる。

 

失敗したのかなと思っていたけど、そのまま空白を掴んだアームが上がると同時にメタルなあいつの胴体も持ち上がって、落ちた。

 

その落ちた勢いでそのまま景品を受け取れる場所まで落ちていった。

 

「……はい、取れたよ」

「あ、ありがと……正博ってクレーンゲームが上手いんだな」

「ちょっと、昔、お、僕の中で流行ってたんだ」

 

そう言いながらアタシにメタルなあいつを渡してくれた。口は笑っているけど目は笑ってないクッションを見ながらアタシは「今日の夜、覚えとけよ?」ととびっきりの笑顔で言ってやった。もしかしたら今晩中にアタシのレベルは99になるかもな。

 

「まさか、あいつと同じ景品を欲しがるなんてな……」

「正博、何か言ったか?」

「えっ!?いや、何も言って無い、よ?」

 

正博は珍しく焦り倒している。ゲームセンターのごちゃごちゃな音でしっかりと聞き取れなかったのが悔しい。

 

聞き取れたのは「あいつ」と言う単語と「同じ景品」と言う言葉。

同じ景品と言うのはアタシの腕の中に収まっている倒すと経験値をたくさん貰えるコイツの事だろう。

 

アタシが分からないのは「あいつ」の存在。

正博の口から人を指す言葉が出て来るなんて想像もしていなかった。誰の事だろう?

昔、正博には「大事に」していた女の子がいた、とか?

 

それともアタシの知っている人物?たしかライブの前に正博が蘭につぐん()に呼ばれてたんだっけ。でも蘭はあれから正博と会ってないって昨日言ってたしな。

 

「……巴ちゃん、その、クッション入れる為に袋、貰ってきたけど」

「あ、ああ。ありがとな」

 

正博が取って来てくれたゲームセンターの名前が書いてある袋にメタルなあいつを入れる。

正博はクレーンゲームが得意なのに、自分から進んでゲームをしないんだなって思ったけど、正博って趣味とかほとんど無かったんだっけ。

 

じゃあ、クレーンゲームをやっていた時は何を取っていたんだろう?

 

「巴ちゃんは……ね?」

「どうした?」

 

正博が急に言葉をポツンとアタシに投げかけてきた。

その時から急にゲームセンター内は静かになったような気がした。周りのBGMが何も聞こえない。

聞こえるのは正博の、小さな問いかけだけ。

 

アタシは唾をゴクリと飲み込む。そんな唾をのみ込む音までもしっかりと聞こえており、身体が痒くなってくる。

 

正博の、感情の押し殺された言葉が淡々とアタシの耳に入ってくる。

 

「ある日突然、いつもの日常が一人の人間によってすべて壊されたら、どう思う?」

「ま、正博?何を言っているんだ?」

「すべて、無くなるんだ。大事にしていた物が、人が」

「アタシなら……いや、分からないよ……」

「人生はゲームじゃないからセーブなんて出来ない。だけどね、データの削除は出来るんだ」

「ど、どうしたんだよ?なにかあったのか?正博!」

「まだ、君は間に合うよ」

 

すると突然、アタシの耳にはゲームセンターの大音量が聞こえ始めた。

そして正博もさっきまでの会話が無かったかのようにニッコリと笑いながらアタシに話しかけてきた。

 

「今の会話は無かったことにしよう?ね、巴ちゃん……二人で来たからプリクラ、撮らない?」

「あ、ああ。良いぞ!撮るか!」

 

正博は被っていたキャップをより深くかぶりなおしてから、先に進んでいった。

今の雰囲気、今まで感じた事の無いネットリとした空気。

 

背格好も声も、全部正博なんだけど……さっきまでの正博はまるで……。

そんな訳ないよな。

 

だけどあの会話を忘れろ、なんて言われて「はいそうですか」と納得できるアタシじゃないのは正博も知っているはず。

きっと「わざと」正博はあんな事をアタシに言ったんだ。

 

だけど何のために?

それに正博の過去って何なんだ?

 

ある日突然、いつもの日常が一人の人間によってすべて壊された?一体何のことを言っているんだ?

そして「まだ、君は間に合うよ」と言う言葉。アタシが何か悪い事をした、のか?

 

「巴ちゃん、早く行こうぜ!」

「今すぐ行くからさ」

 

真相なんて、今の時点で何も分かるわけが無かった。

 

 

 

 

アタシは家に帰ってすぐに部屋のベッドに寝転がった。

せっかくだからメタルなあいつを頭に敷くことにした。

 

そしてかばんからプリクラで撮った写真を見る。せっかく正博と二人で撮ったのに、最初のようなワクワク感やドキドキ感が無かった。

プリ機の中で、さっきの正博との会話が頭を離れる事が無かった。

 

アタシの計画では、こんなはずでは無かったんだけどな……。

 

はぁ、とため息をついた。

 

「今日はデートと言うよりさ……」

 

正博と一緒にラーメンを楽しく食べ歩いて、ゲームセンターでもバカみたいにはしゃぐ予定だった。そしてアタシが秘めている気持ちを正博にもさりげなくアピールするつもりだった。

 

でも今日はそんな「楽しさ」より「謎」が深まるだけだった。

 

最初は気にしていなかった。アタシはそう言えば正博について知らない事がたくさんあったなと言う軽い感じでいたし、これからもっと正博の事を知らなきゃなって思っていた。

 

だけど、そんな感情はゲームセンターで一気に消え去ってしまった。

 

思い出すだけで背中が、全身が冷たくなる。

アタシが正博を守ってあげたい。だけどアタシ一人じゃ何もできないんじゃないの?

 

心でそんな葛藤がずっと起きている。

 

じゃあ、正博の事を諦める?他に良い男を見つける?

 

「あー!もう分かんないよ!今日は寝よう!」

 

アタシはそのまま寝ることにした。明日はバンドの練習が入っているしバイトの予定だってあるんだ。こんな気持ちで練習やバイトをしたって失敗するに決まってる。

 

だからアタシは心をリフレッシュするために早く寝た。

 

 

 

「♪~」

 

朝早く、アタシはアラームを設定し忘れたと思うと同時に電話に着信が入って誰か分からないけど電話してくれてサンキュー、と思った。

 

携帯を触ると「佐東正博」と表示されていた。正博、ナイス!

 

「もしもし?どうした正博?」

「あ、巴ちゃん?その、お願いがあってさ」

「なんだ?」

 

その後に予想外と言う言葉が生ぬるいような言葉が飛び出して来て、アタシは思わず「えっ?」と聞き返してしまった。

 

 

 

「ちょっと急にお金が必要で……20万貸してくれない?1週間後には親から借りて返すからさ」

 

 




@komugikonana

次話は7月2日(火)の22:00に投稿します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~
もうすぐ10月に入りそうで、薄い上着を羽織っていると丁度過ごしやすい気温になって来た。あの子にメッセージを送っても帰ってこない日が3週間も続いた。

そして授業の終わり。あいつから電話がかかってきて……

「巴ちゃん?10時50分に校門前で会えない?話したいことがあるんだ」

僕の声と瓜二つだった。


~感謝と御礼~
今作品「image」の感想数が200を突破いたしました!丁度20話目という節目で迎えることが出来てとても嬉しいです。
読者のみなさん、応援してくださってありがとうございます!!

そしてまだ感想を送ったことが無いという方、気楽に感想くださいね!
あなたと交流できる日を楽しみに待っています!


では、次話までまったり待ってあげてください。

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