もうすぐ10月に入りそうで、薄い上着を羽織っていると丁度過ごしやすい気温になって来た。典型的な秋の気候で、僕はこの気候が大好きだ。
だけどそんな好きな季節に、少しの黒色の風が吹き付けているように感じた。僕は風に色を感じたのは人生で二回目の事で、色から判断しても不穏な気しかしない。
ヒュー、と言う音を出して鳴く黒色の風。
いや、この風は泣いているのか?
そして僕の携帯でSNSをチェックするけど、今日もやっぱり反応が無い。
電話をかけても答えは同じで、昨日は何回も電話をかけたけど、出てくれなかった。
「巴ちゃん……どうしたんだろう」
もう既読がつかなくなって3週間経っているのか。9月は何も楽しくなかった。
いや、8月が楽しすぎたのかもしれない。
巴ちゃんと海水浴に行って、一緒の部屋に泊まってその、キスして。
お祭りでは和太鼓を一緒に叩いて、太鼓の楽しさを認識して。
でも祭りの帰り道は、最悪の思い出だ。
「やっぱり、僕は一人じゃないといけない運命なんだよね」
SNSを見ながら僕はポツン、とだけど気づいて欲しくて大きな声でつぶやいた。でも誰にも聞こえないつぶやき。
何度も巴ちゃんと一緒に行動していた時のことを思い出しても、巴ちゃんに嫌われるような事をした覚えがない。
でも、覚えがないって残酷だ。僕が覚えてないだけで、された方はしっかりといつまでも覚えている。
巴ちゃん、お願いだから返信してください
巴ちゃんにメッセージを送る。毎日一通だけ、巴ちゃんにメッセージを送る。
どうせ既読がつかないのは分かっているし、嫌がられているのも分かっている。
でも、直接会って謝りたい。どんな行動が巴ちゃんを怒らせてしまったのかなんて分からないけど、僕はもう一度巴ちゃんと一緒に過ごしたい。
もう友達なんて軽い関係じゃないって僕は勝手に思っている。
「明日から学校が始まるから、巴ちゃんを探そう」
僕は全財産を財布の中にしまう。
そのお金の金額は、大学生にしては甚だ少ない金額。
財布の中では一万円札の肖像の人は僕を睨んでいた。その睨みを
そのままベッドで寝る。上からはたくさんの鋭利な視線が僕を容赦なく突き刺す。
お前が悪いんだろ?
そんな意味合いが含まれた視線。いつも上を見ても天井ばかりだから一体誰が見ているのかなんて、探すのはもうとっくに諦めた。
寝たはずなのに身体がプカプカと浮かんでいるような感じがする。
あぁ、たしかこんな感じになった事が過去にもあった。これは夢だ。また僕は悪夢にうなされるの?
でも僕が見た光景は1ヶ月前、すなわちお祭りの後に巴ちゃんを見送った後の帰り道と同じだ。と言う事はあいつが……。
「……久しぶりだなぁ」
出てきた。夜の闇のせいでどんな表情をしているのか分からないのは夢でも同じらしい。僕はフワフワした身体を懸命に引っ張って、あいつを思い切り殴ってやろうと思い拳を振りかざして。
止めた。
どうせ触れても透き通るだけだって分かっているけど、ここであいつを殴ったら僕はもう2度と元に戻れないって思った。すでに手遅れなのにね。
「楽しそうだねぇ、正博……ほんと、腹が立つわ」
あの時も口元だけははっきりと見えた。口はニヤッと歪ませていて、両手をズボンのポケットにしまっていた。
僕もこの時は「なにをしに来たの?」って反論をしたんだけど、今は雑音のせいで聞こえない。
「時が来たって事だ。だから挨拶なんだよ……」
実際、今になっても「時が来た」っていつの事なのか分からない。僕の事を恨んでいるならすぐに僕に攻撃すればいいのに、あれから1ヶ月経っても何もないのが不気味なんだ。
僕はこの時にきつく言ってやった。
「巴ちゃんに、彼女の幼馴染たちには何もするな。もし何かしたら僕はお前を殺す」って。もちろん殺すって言うのは、そう言う事。
もう僕たちは昔のような関係にはなれないって分かっている。そしてその原因が誰にあるのかもはっきりと分かっている。そのために僕は今も生きているんだ。
そのまま何も言わずにあいつは歩いてどこかに行った。僕は振り返らないで歩いて行く。
そんなやり取りを第三者目線で見ていたフワフワした僕はあいつに着いて行ってみることにしたのだけど、突然糸が切れたかのように僕は力が入らなくなった。
最後に、あいつがつぶやいた言葉を耳にする事が出来た。あいつの声は自嘲に溢れていた。
「殺す、か……俺が死んでも喜ぶ奴しかいないから、無駄だと思うぞ?」
夢から、覚めるらしい。
僕が目を覚ますと、外は明るくなっていて小鳥たちが秋晴れを喜んでいるかのようにピィピィと鳴いていた。
昨日送った巴ちゃんのメッセージが帰ってきていないか携帯を見てみる。巴ちゃんからのメッセージは来ていなかった。
時計を携帯で確認すると10時25分と表示されていた。10時40分から授業があるんだけど新学期一発目から遅れそうな気がして、僕は急いで身支度を整える。
すると突然僕の携帯に着信が入った。電話番号をみてゾッとする。
震える右手を必死に抑えて電話に出る。今日の授業は遅れて参加した方が良さそうだ。
「……どうしたの?母さん」
「正博っ!あのバカ知らない?最近になって悪さが過ぎてて家に帰ってこない事が多いのよ!正博の家に居たりするの?」
「えっ、いや、僕の家には、に、兄さんは一度も来ていないけど……」
「あのバカはいつまで人様に迷惑をかければ済むのっ!」
母さんはかなりイライラしているのが電話越しにでも分かった。僕は足に力が入らなくなってしまい、床にペタンと座ってしまった。
兄さんが家に帰っていない事が多い。
その言葉がどれだけ大変な事か。母さんも本当の意味では分かっていないだろう。
だって彼は粛清しに来るのだから。
「良い?正博!あのバカを見つけたら引きずってでも家まで連れてきなさい!」
「わ、分かったよ……母さん」
「しっかり教育したのにどうしてあんな出来損ないが出来ちゃうのかしら……。正博はこんなにもしっかりしているのにね」
「母さん……もう」
「
僕はこれ以上我慢できずにもう切るね、と一言だけ言って通話を終了させた。
心臓のドキドキがピークに達してしまい、しばらく立ち上がる事が出来ないかもしれない。
僕は心臓に手を当てて落ち着け、落ち着けと何度も口にした。こんな時ばかりは上からの視線って目を丸くしているんだから腹立たしい。
僕はふらつく足で部屋を出て、大学に向かうことにした。
大学の授業には遅れて入って、配られていたレジュメを震える手で鷲掴みした。クシャッと言う紙が捻じれる音が教室中に響いてみんな僕の方を見る。
周りを気にすることなく、僕は空いている席に座って机に突っ伏すことにした。こんなことをしていたら大学に来た意味なんて無いかもしれないけど、少しでも頭の整理がしたかったんだ。
閉じられた狭い空間で考えても、閉鎖的な考えしか頭に浮かばない。
こんな時に巴ちゃんがいてくれたら、なんて都合の良い事を考えてしまう。
助けてよ、巴ちゃん。
最初の授業はオリエンテーションだから早く終わった。周りの学生は「来る意味なさすぎ」とか言いながら教室を後にする。
僕はまだ突っ伏したままみんなが出て行くのを待っていた。こんな状態で人混みの中に入ったら頭がおかしくなってしまう。
いや、もう頭がおかしいのかもしれない。現に出て行く生徒の中に「アイツ、遅れてきてレジュメ鷲掴みにしてずっと寝てるぜ?薬物でもやってるんじゃね?」って言われた。
するといきなり僕の携帯から着信が入った。僕はビックリして起き上がってしまい机に足を思い切りぶつけてしまった。
また母さんからかもしれないから、番号を確認したら出ずに放置しよう。
そして僕は番号を確認して、出ざるを得ない状況に陥っていることがおかしい頭でもしっかりと理解できてしまった。
「……なに?」
「おいおい怒ってんの?キレたいのは俺の方なんだけど」
「なんの用?僕は忙しいから切る……」
「早く校門前に行ってみたら?お前の大事な、誰だっけ?巴ちゃん?が待ってるぞ」
「……は?」
なに言ってるんだ?コイツ……って思った。
だけど携帯から聞こえた一声によって僕は教室を飛び出す事となった。
今、僕は大変な事に気づいてしまった。
まだすべての全貌が明らかになっている訳ではない。むしろほんの一握りしか分かっていない。
でも予想が出来る。どうやって巴ちゃんを呼び出したのか。
ほんと、やめてくれよ。
上からの視線も急展開に戸惑っているんだけど。
携帯から聞こえた一声の内容は……。
「巴ちゃん?10時50分に校門前で会えない?話したいことがあるんだ」
僕の声と瓜二つだった。
今の時刻は11時40分。もうすぐ1時間になってしまう。階段を2段飛ばして降りて行く。ものすごい勢いで階段を降りて行くから周りから好奇な目で見られるけどどうだっていい。
僕は出来る限りのスピードで校門前まで走っていく。
校門前に行った時、本当に巴ちゃんが腕組みをして待っていた。
「と、巴ちゃん!大丈夫!?ケガとかしてない?」
「……は?何言ってんだ?正博」
巴ちゃんの声色は今まで聞いた事の無いぐらい低くて、冷たくて。
僕の目には、涙が凄い速度で溜まっていった。
「それよりどういう事か説明しろよ」
@komugikonana
次話は7月5日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます。
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~次回予告~
「それよりどういう事か説明しろよ」
冷たく、攻撃性のある言葉が僕の心に突き刺さった。一体何をやったんだ?巴ちゃんは何をされたんだ?
僕の中のかっこよくて、笑ったり照れたりするとかわいい巴ちゃんのイメージが黒色ですべて塗りつぶされていく。
「もうアタシに関わらないでくれ。良いな?」
そう言って巴ちゃんは僕に背を向けて女子大のある方向に帰っていった。
もう、いいよね。
では、次話までまったり待ってあげてください。