「それよりどういう事か説明しろよ」
冷たく、攻撃性のある言葉が僕の心に突き刺さった。一体何をやったんだ?巴ちゃんは何をされたんだ?
僕の中のかっこよくて、笑ったり照れたりするとかわいい巴ちゃんのイメージが黒色ですべて塗りつぶされていく。
いや、違う。イメージを塗りつぶしたのは巴ちゃんの方だ。僕に抱いていた「素直で、一緒にいると楽しくなれる」ってイメージはもう、無いんだ。だからこんな冷たい声を出せるんだ。
イメージは一度濃い色で塗りつぶされたら、その色以外にするのは難しい。黒色に白を混ぜても黒がいつまでの残ってしまうように。
「どういう事って……何を、されたの?」
「自分でやった事も覚えてないのか?最低だな」
巴ちゃんは僕を鋭い視線で攻撃してくる。
僕の目からは、涙があふれてしまっていて今にも流れ落ちてしまいそうなんだけど、今の僕は巴ちゃんの前で涙を流す資格さえないだろう。
そして、僕には9月24日に既読のつかないメッセージを送って4時間待ち続けたという事実さえ、言う資格がないんだって思った。
「アタシは正博のこと、信頼していたんだよ」
「……うん」
「だけど、そんな風に考えてたアタシがバカだったって気づいた」
「あ、と、巴……ちゃん」
僕の体が急に震えだした。今まで巴ちゃんに会ってもこんな反応は起こさなかったのに。そっか……無意識に巴ちゃんに恐怖を抱いているんだ。ははは……情けないな。
怖い顔をして僕の近くまでやってくる巴ちゃん。お願いだからこれ以上近づかないで!人に言い寄られると僕は、もう……。
「何回アタシとの集合時間を守らないんだよっ!」
「えっと、その……」
「それにいつになったら20万返してくれんだよ!もう一週間どころか一ヵ月も経っているだろ!いい加減にしろよ」
「えっ、に、20万……あの、それは」
その瞬間、僕の視界が大きく横に揺れた。最初、僕は何が起きたのかまったくと言っていいほど分からなかった。
だけど、その直後に来たズキズキするような痛みと怖い顔をしているけど涙をこらえている巴ちゃんの顔を見て、僕は何をされたのかが一発で分かった。
頬を叩かれたんだ。ビンタとかそんな生ぬるいものじゃないんだ。
「アタシがどんな想いでお金を貸したか、それに何のために貯めていたお金かお前には分からないだろっ!」
「う、うん……その」
「もうアタシに関わらないでくれ。良いな?」
そう言って巴ちゃんは僕に背を向けて女子大のある方向に帰っていった。
もう、いいよね。
僕は目から大粒の涙を流した。ぐすっ、ぐすっ。
そんな鼻をすする音でさえ僕は気にすることなく泣き続けた。
頭の中には、巴ちゃんと出会ってからあった色々な思い出がガラガラと音を立てて崩れていくのが分かった。そしてもうこの思い出は修復が不可能だってこともすぐに分かった。
その時に携帯に電話がかかってきたけど、僕は無視することにした。
あいつからの電話だったからだ。きっと僕と巴ちゃんのやり取りをどこかで口角を上げながら見ていたに違いない。
僕は心の中で呟く。
ごめんね、巴ちゃん。僕と出会ってしまって。
その日の夜、僕は携帯を片手に電話をしようか迷っていた。もちろん巴ちゃんに電話しようなんて思っていない。僕が巴ちゃんに電話をかけるなんてことをしたらまた巴ちゃんが傷ついてしまうから。
僕が片想いだった、好きだった女の子をこれ以上苦しめたくないから。
僕は30分ほど悩んでからその子のSNSを開いて電話をかけてみた。
「久しぶりだね~まーくん」
「ごめんね、青葉さん」
そう、僕が電話をかけた相手は青葉さん。巴ちゃんの大切な幼馴染の一人であり、普段は何を考えているか分からないフワフワな女の子。
だけど、こんな時は一番真剣に話を聞いてくれそうだって思った。
「それで~なんの用かモカちゃんに話すのだ~」
「と、宇田川さんって既読を無視することって、ある?」
「ともちん?えっとね~」
僕は巴ちゃんの事を久しぶりに「宇田川さん」って呼んだ気がする。でも今僕が「巴ちゃん」なんて呼んだらダメな気がした。理由は分からないけど、本能的にそんな気がした。
青葉さんは「う~ん」と言ううなり声をあげている。きっと真剣に考えてくれているんだろうなって思った。
もしかしたら、もうすでに巴ちゃんが他の幼馴染たちに「正博と関わってはいけない」って言っているかもしれないから、それで迷っているのかもしれない。
「ともちんは~ぜったい既読を無視しないよ~」
「ありがとう、青葉さん。それとね最後に一つだけ、良いかな?」
「あたしが聞いてあげよう~感謝するのじゃ~」
やっぱり、巴ちゃんはやさしい女の子だ。
僕は息をスーッと吸ってから、ドキドキしている心臓の鼓動を抑えながら口を開く。本当は言いたくないけど、これは伝えておかないといけないから。
「もう、僕と関わらないで。青葉さんにひどい事、しちゃうから」
「……ともちんの事、聞いたよ?」
やっぱり、聞いてるよね。
きっと青葉さんは巴ちゃんにすべて聞いているから、僕がどんな人間か分かっていると思う。もちろん、僕は集合時間を守らなかったり20万を借りた覚えなんてない。だけどそんなのは言い訳だから。
覚悟は、決めた。
「大事な幼馴染をごめんなさい。青葉さん」
「あたしはね、まーくんはそんな悪い子じゃないって思うな~」
「あはは、それは青葉さんの思い違いだから」
僕はそのまま「敢えて」通話を切った。青葉さんは何か言いかけていたけど、これ以上聞いちゃったら僕がまた泣いちゃいそうだったから。
その日の深夜、僕は出刃包丁をネットで購入した。
明日には届くらしい。
次の日、大学の授業を受ける気になれなかった僕はある女の子に呼び出されて商店街に向かっている。行先は羽沢珈琲店。
「ごめん、お待たせ……だよ、ね」
「巴とは遅れるのに、あたしとはしっかり時間通りにくるんだ」
待っていたのは美竹さん。巴ちゃんとはまた違った鋭い言葉が僕に突き刺さるけど、僕は突き刺さったまま笑顔で美竹さんに会釈をした。
僕は席に座って羽沢さんにブレンドコーヒーをください、と言った。羽沢さんは笑顔で「分かりました」なんて言って奥に入っていく。本当に、素敵な幼馴染だなって目を細めながら思った。
「正直、あたしはあんたに会いたくない」
「……そう、だろうね」
「でも敢えて言っとく。最低だね」
美竹さんは僕をまっすぐ見ながらそう言った。でも会っただけでもやさしい女の子だって僕には分かった。
「だから正博には言っとく。これ以上巴を悲しませたら許さないから」
「もしそうなったら僕を殺してくれてもいいよ」
「……分かった」
美竹さんは平然とした顔でコーヒーを飲んでいた。本当にこの子ならやってしまいそうで背中に冷たい汗が伝ったけど、僕が死んでも誰も悲しまないから美竹さんがかわいそうだ。
死んで当然の人間を殺して、罪に問われるのだから。
「美竹さん、これだけ見てほしいんだ」
「……なに?」
僕は携帯をポケットから取り出してテーブルの上に置いた。
僕の携帯には巴ちゃんとのSNSのやり取りが見て取れる……なんて言っても巴ちゃんには既読すら付けてもらえないので僕の独り言を言っているだけのようなものなんだけど。
「これ、僕と巴ちゃんのSNSでのやりとりなんだ。無視されてるから一方的なんだけど」
「……」
「きっと僕は一ヵ月前からブロックか、削除されているんだろうね。巴ちゃんに」
「どういうこと?」
「僕とは関わってはいけないって言うこと」
僕は美竹さんの目をまっすぐ見てそう言った。美竹さんも賢いからもしかしたら違和感に気付いたのかもしれない。だけど僕はその違和感に気付いてほしかったわけではない。
もう僕と関わってはいけないって伝えたかった。
羽沢さんからコーヒーを受け取った。やっぱりここのコーヒーはとっても美味しい。
美竹さんの僕を見る目が鋭いものから柔らかいものに変わった。
僕はコーヒーをゆっくりと、一気に飲み干してカップを皿の上にコトンと置く。
そして僕は立ち上がって美竹さんと羽沢さんに言う。
「さようなら」
夜、僕は携帯をギュッと握って電話をかける。電話の相手には僕からかけるなんて初めてかもしれない。昔は仲がいいってみんなに言われていた。だけど今はそんな面影を感じられないほどに悪化してしまった。その原因は……。
「……もしもし」
「あぁ?女に振られて泣いてた泣き虫から電話なんて、今日は雪でも降るのか?」
「明後日」
「おいおい、俺の予定は無視かよ。ほんとクズ野郎だな」
「あの場所に来てよ。あとこれ以上巴ちゃんを傷つけないで」
「まだあの女を諦めてないの?頭おかしいんじゃねぇの?」
「これは僕ら二人の問題だろ」
「あーっはっはっはっは!そうかそうか。分かった分かったよ」
「無意味な事をしないで欲しかったんだけど、しょうがないね」
「それはお互い様、だろ?」
相手から電話を切られた。
明後日、僕とあいつとの関係がすべて壊れたあの場所で決着をつけようと思う。持ち物は財布と出刃包丁。これだけあれば十分だろう。
高校1年生の時だから、今から4年も前になるんだ。
僕はふとそんなことを考えていた。あいつは僕に復讐をしに来ている。だからあいつは巴ちゃんに接触して僕と巴ちゃんの仲をグチャグチャにしたんだ。
正直、僕はいつ復讐に来られても良いって思ってた。
でも今は違う。巴ちゃんに、僕に初めて寄り添ってくれて友達になってくれて……僕が好きになってしまった女の子と出会ったから。
巴ちゃんにはもう二度と会うことが出来ないだろう。巴ちゃんに「関わらないでくれ」と言われたし……。
最後に巴ちゃんにしっかりと謝りたかったな。
最後に巴ちゃんのかわいらしい笑顔を見たかったな。
最後に巴ちゃんとラーメンを食べたかったな。
最後に巴ちゃんと一緒に太鼓を叩きたかったな。
最後に巴ちゃんと恋をしておきたかったな。
今はもうかなわない夢だけど、後悔はたくさんあるけど。
僕はもう逃げてはいけないと思う。
朝、僕は自分でも気持ち悪いくらいにパッと目を覚ました。時刻は7時。出勤の早いスーツを着た会社員が足を機械のように決まった歩幅で歩いているのが窓から見て取れた。
僕はもうすぐで溶けてしまいそうな小さな希望を掌に宿してから携帯をチェックする。
やっぱり巴ちゃんから返信は来ることがなかった。僕の手にあった希望は砂浜の細かい砂を手にすくったようにサラサラと流れ落ちていく。
そして最終的には、手に何も残らなくなった。
今日は朝から上からの視線をまじまじと感じる。以前のような鋭い視線ではなく好奇心で溢れているような視線。
これからどうなるんだろう、そんな視線だ。
僕は朝はいつも家でインスタントコーヒーを飲むのだけど、今日は外で歩くことにした。
その理由としては……なんだろう。分かんないや。
朝の9時に学生アパートから出てすぐに一匹の猫に遭遇した。この猫は黒色の毛をしていて僕のほうを向いては怖い顔で「ニャア」と鳴いている。
こんなところで猫を見るなんて初めてかもしれない。僕は死んだような目で猫を見つめた。
「あ……佐東君」
僕はボーっと猫を見つめていたから声をかけられたことに気付くのが遅れた。簡単に言えば猫が声に驚いて逃げていったから気づいたのだけど。
僕はゆっくりと声のした方向に振り向いてみると、上原さんがいた。
上原さんはちょっと気まずそうな顔をして苦笑いを浮かべていた。きっと彼女も僕と出来れば出会いたくなかったのだろう。そう、彼女も。
「上原さん、久しぶりだね」
「そ、そうだね。巴と謝りにきたぶり、かな?あ、はは」
「巴ちゃんに僕の事、聞いた?」
「え!?な、何のことかなぁ」
上原さんはきっと誤魔化しているのだろう、目が左右に泳いでいた。もしかしたら川に泳いでいるメダカより泳いでいたかもしれない。
僕は出来ているかは分からないけど、優しい笑みを彼女に送った。
だって今も気を遣わせてしまったし、何より聞いていても声に出さない彼女のやさしさに申し訳ないって思ったから。
「ごめんなさい、上原さん」
「佐東君……そ、そうだ!巴と仲直りしたらどう!?私、力になるよ。ね、佐藤君?」
「ありがとう、上原さん」
でもね、と僕は言葉の続きを紡ぐ。
僕は昨日の夜に紙をハサミでただひたすら、何枚も八つ裂きにしているときに気が付いたんだ。彼女たち、巴ちゃんの幼馴染たちはみんな優しいから僕も甘えさせてもらっていた。僕がもっとしっかりしていればこんなことにもならなかったんじゃないかなって。無残な姿になった紙を見て、そう思った。
「でもね、僕が原因だから上原さんには頼めないな。それに頼んだら上原さんにも悪いから」
上原さんは僕の言葉の真意を分かったのか、分かっていないのか僕にはさっぱり分からないけど、目を伏せながら静かにうなだれていた。
彼女のおさげが風によってふわりと舞っている。その影響で彼女の髪の毛のいいにおいが僕の鼻をくすぐった。
これ以上上原さんと一緒にいると僕の決心が揺らいでしまうから、僕は立ち去ることにした。
その時、上原さんは何か言っていたような気がしたんだけど風がイタズラをしてしまってあまり聞こえなかった。
「覚悟は出来ているの?君の、だけどね」
そんな声が風が喋っているような、そんな不気味な風が耳元から離れなかった。
僕は風を振り払うように郵便局に入った。手紙を出すわけでは無くて、お金を引き出すため。
財布から緑色のカードを取り出して機械に通す。そして引き出すお金を押してからしばらく待機する。すると1万円札が1枚だけ出てきた。これは母親から追加で貰った仕送り。
これで財布のには1万円の男の人が六人、いびつに並んでいる。
いくら何でも20万は用意できないな、なんて僕の非力さにため息が出た。
そのお金を持って少し買い物に出る。この買い物が終わったらあの場所に行くことにしよう。僕はゆっくりと決意を持って足を一歩、前に踏み出した。
日は少しづつ傾いてきて、秋の空気が辺りを支配してきた10月の、今日の夜は不気味な生ぬるい風が吹いていた。
そして僕はあの場所に立っていた。今は何もなくて更地になってしまった場所。
かつてここにはショッピングモールがあった場所だ。
2年ほど前に客足が遠のいた、という理由でショッピングモールは長い歴史に幕を閉じたらしい。僕はまだ18年しか生きてないからいつ開店したのかなんて分からない。
ここは電車で1時間ぐらいの場所にある。意外に遠いと感じるかもしれないけど、個人的にはあまり遠いとは感じなかった。急行に乗ればもっと速く着くこともできる。
僕はもう二度とこの場所には来ないだろうと思っていたのに、人生って本当に何があるか分からない。だって巴ちゃんという素敵な女性にも会うことが出来たのだから。
「約束通り来てやったぞ?正博」
「待ってたよ、
キャップを被ったあいつと、いや兄さんの横には赤い髪をなびかせた巴ちゃんがいたんだ。
彼女は目を見開いていた。
@komugikonana
次話は7月9日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからもサクッと飛べますよ!
~次回予告~
兄さんと対峙した僕。
兄さんは巴ちゃんにこんなことを言うんだ。「俺は君を『助けに』来たんだぞ?」って。
ふざけるのも大概にしてほしい。
だけど、兄さんはとんでもない事を言い出したんだ……。
では、次話までまったり待ってあげてください。