「約束通り来てやったぞ?正博」
兄さんの不敵な笑みが僕の怒りゲージを振り切らせた。どうしてそんな笑みを浮かべることが出来るんだろうか。
兄さんの横にいた巴ちゃんは目を大きくしてから、少し慌てた様子。それは無理もないだろうって僕は思う。
だってほぼ
「なっ!これはどういうことだよ!?なんで正博が二人も?」
「俺と正博を一緒にしないでくれよ。反吐が出るからさ」
兄さんはキャップを取り外した。髪型は僕のような黒髪ミディアムではなく、ベリーショートでツーブロックにしている。色は明るい茶髪でトップは整髪料で固めていてツンツンしている。
巴ちゃんは兄さんのほうから少し離れてから口調を荒げて言った。
「お前は誰なんだよ!もしかして20万を貸したのも待ち合わせにも来なかったのも……」
「ご名答!さすがだな。でも勘違いするな。俺は君を『助けに』来たんだぞ?」
「名前を教えろって言ったよな?」
「まぁまぁそんな怒んなって。俺は佐東
僕はゆっくりと兄さんと巴ちゃんの方へ歩いていく。何が「助けにきた」なんだ……そんなことをしたら巴ちゃんは傷つくってバカでも分かるだろ!もっといい方法があるに決まっているだろ!
「僕のSNSに成りすましたのも兄さん、なんだよね?」
「あぁ、そうだ!この女に送ってお前のアカウントを削除させた。もちろん手間はかかったけど、うまくいってよかったよ」
だからいくら僕が巴ちゃんにメッセージを送っても既読がつかないわけだ。
大声で笑いながらにやついた顔を僕に向けてきた兄さん。どうやって巴ちゃんのSNSアカウントを知って友だち登録をしたのかなんて分からないけど、兄さんのやってることは間違っているのは誰が見ても分かる。
上からの視線は僕を守ってくれているように感じた。
「僕、言ったよね!もうこれ以上巴ちゃんを傷つけないでって!」
「はぁ?お前なんにも分かってないんだな。さっきから言ってるだろ?この女を『助けに』来たって」
巴ちゃんは「アタシはそんなことをしてほしいと頼んでいない!」と言いながら僕の近くまで来た。そして巴ちゃんは僕の左側から抱き着いてきた。左腕に胸とか当たっているけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
体全体が震え上がるのを感じた。
「おいおい、マジかよ。この女もバカなのか?確かに俺はこの女に悪いことをした。自覚だってある。ほら、借りた20万だ」
兄さんは僕と巴ちゃんのいる場所に20万が入っていると思われる長形3号の封筒を投げてきた。中身を確認すると本当に1万円札がたくさん入っていた。
僕にはどうして兄さんがこんなことをしているのか理解できなかった。きっと巴ちゃんも理解できていないと思う。だって巴ちゃんの目も点になっているから。
お金を借りたくせにきっちり20万を返す理由が分からない。しっかり封筒の中を確認するとぴったりの金額が入っていた。
「ひどい事をしてでも俺はその女を助けたかったんだけどな」
「兄さん、もう僕たちに関わらないで」
僕は今日で一番の大声を出した。それには兄さんも少し驚いたような顔をしていた。
「ごめんね、巴ちゃん。僕たちの事に巻き込んじゃって」
「良いんだ。それに正博はいつだって優しかったのに気づけなかったアタシも悪いよ」
巴ちゃんはより一層、ギュッと抱き着いてきた。
僕は彼女の頭を震える手でゆっくりとなでる。久しぶりに巴ちゃんと触れ合うことが出来て僕の心はかなりと言っていいほど満たされているはず。
兄さんはというと何か難しそうな顔をしている。
僕は巴ちゃんをバカ呼ばわりした兄さんを、許すわけにはいかない。
「あぁ!そっかそっか!やっと理解できた!こりゃ、傑作だな!」
急に兄さんが大きな声を出してお腹を抱えて笑い始めた。僕と巴ちゃんも同じタイミングで兄さんを見つめた。
僕はとても嫌な予感がした。
この感じは遠い昔、いじめられていた僕を守ってくれた兄さんがいじめっ子を論破したときにすごく似ていたから。
「正博……まさかお前、その女に何も言ってないな?
「巴ちゃん、もう帰ろう。僕が電車代とかだすから、ね?」
「おいおい、図星かぁ?やっぱりおかしいと思ってたんだよ。俺が『助けに』来たって言っても訳分からない顔してたもんなぁ」
「兄さん、これ以上口を開かないで!僕にもタイミングがあるんだっ!自分でしっかり言うから!」
「そのタイミングがさ、『今』なんじゃねぇの?」
風が止まった。
僕の背中を後押ししてくれていた風。僕の背中には冷や汗と嫌悪感が支配する。
「正博の悪さはほんと、変わらねぇなぁ。お前さ、昔から『イメージ』を大切にしてるもんなぁ」
「うるさい!」
「知らないのはその女だけなんじゃねぇの?」
「みんなにも教えてないから……それにこれが終わったらみんなに」
「でもさ、端末越しで見ている奴らは知ってるんじゃねぇの?お前が『万引き』したこと」
兄さんは不敵な笑顔を僕たちに振りまきながら左手の人差し指を上に向けた。
何を……言っているの?端末越しに見ている奴らって、誰?
「端末越しで見ている奴らは知っているはずだぞ?お前がショッピングモールで腕時計を万引きしたこと。今もたまに夢で見るんじゃなぇの?その時」
「に、兄さん……待ってよ」
「そしてその女の幼馴染と約束してたんじゃねぇの?抱えている過去は必ずその女に伝えるって。破ってるよなぁ」
僕の頭の中で美竹さんと、羽沢珈琲店で約束したときの会話がよぎる。
「急がなくても良いから、佐東が持ってる隠し事を巴には必ず伝えて」
「うん、約束する。美竹さん」
そんな会話が僕の脳みそをグルグルと回り始めている。
巴ちゃんにいつか話さなきゃ、って思っていたのにタイミングを失ってしまってからあまり気にしないでいた、美竹さんとの約束。
僕の心の中には「もう内緒のままが良い」って答えが出ていた。知らないほうがいい事も世の中にはあるんだって。
いきなり
「今からゆっくり昔ばなしでもしようか。なぁ正博!」
「もうやめてよ!」
「いーや、やめない。俺はその女には明るく生きてほしいからな」
そう言いながら兄さんはポケットに両手を突っ込んでゆっくりと僕たちの近くまで歩いてくる。これ以上、近づかないでほしい。
「巴ちゃん、早く帰ろう!ね?」
「正博……アタシさ」
巴ちゃんは僕から離れてから、まっすぐと僕の目を見ていた。
今の僕には巴ちゃんのきれいな瞳が恐ろしく感じてしまった。
僕の体は震えでピークに達する。この震えは今までに感じたことのない震えで、恐怖とかそんな感情を通り越しているように感じた。
「正博が何かに悩んでいるのを知っているから、知りたい。正博の過去を」
「……やめてよ、巴ちゃん」
僕の弱弱しい声がツボにはまったのか、大声で笑う兄さん。
「今からすべて話してやるから安心しろ」
そして兄さんは暗くなりかけている空を見上げながらこんなことを言った。
「これを聞いたらどう思うんだろうなぁ。こんなクズ野郎にかわいいヒロインを付き合わせるわけにはいかないってなるんじゃないか?」
@komugikonana
次話は7月12日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!
~次回予告~
「まずは何から話そうか迷っちまうなぁ……。手っ取り早く4年前の事を話すか」
兄さんは過去を、真相を話し始める。僕の脚の震えは止まらなかった。
心臓もドキドキする。そっか……今まで巴ちゃんに感じてきたドキドキは恋心のドキドキでは無かったんだ。
「お前のパソコンのパスワード」
「今までの行動で、信じられると思うか?お前の『イメージ』はもう、とっくに塗り替えられてるぞ?」
~豆知識~
・上からの視線……正博君のお兄さん曰く「端末越しに見ている奴ら」が出している視線。みなさんも知らず知らずのうちに上からの視線と同じような目で小説を見てたんじゃないですかね?今までの視線は正博君が隠し事や、やましい事をしているときに出ています。
・美竹さんとの約束……『夕焼けとの出会い、そして夜に知る③』で正博君が美竹さんとの約束。その時も視線が出てましたね。
では、次話までまったり待ってあげてください。