image   作:小麦 こな

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風は何を語る④

「まずは何から話そうか迷っちまうなぁ……。手っ取り早く4年前の事を話すか」

 

そう言いながら僕を見下している兄さんはとても楽しそうな顔をしていた。

僕に降り注ぐ厳しい視線は絶えず、そしてより一層強くなっていく。この視線が兄さんの言う「端末越しに見ている奴ら」ならもう勘弁してほしい。お前ら、一体誰なんだよ。

 

「4年前、今いる場所にはショッピングモールがあったんだ。人が少ないながらもそれなりに店舗数もあったし、当時高校生だった俺たちには身近な場所だった」

 

確かに、兄さんの言う通り高校生だった僕たちにとって服を買ったりゲームを買ったり、同級生とブラブラ歩くのにはうってつけの場所だった。

兄さんの目がいやらしく光ったように感じた。

 

巴ちゃんはと言うと、兄さんが語り始めた昔ばなしを真剣に聞いているように思えた。

 

「当時、俺たちの間で腕時計が流行った。値段は高いけどおしゃれだって理由でな。だけどそこにいる正博は購入以外の手段で手に入れようとしたらしいぜ?」

 

そうだろ、正博?と少し声のトーンを上げて僕に聞いてくる兄さん。

そんな兄さんに僕は何も言い返せなかった。だって僕が腕時計を万引きしたことは事実だから。

 

巴ちゃんの方を恐る恐る見てみると、彼女はまっすぐと、感情の分からない瞳が僕を見つめていた。

 

「でも結局は失敗に終わった。店員にばれて捕まるっていう最悪のシナリオで幕を閉じれば良かった」

「どういう事だ?まだ終わってないのか?」

「あぁ、『もっと』最悪なシナリオが待っていやがった。正博、お前の口から言ったらどうだ?」

 

兄さんと巴ちゃんが僕のほうを見てきた。

僕の身体が目に見えるぐらいブルブルと震えてきた。今まで巴ちゃんに感じてきたドキドキは恋心のドキドキでは無かった。

この真実を知ったら嫌われてしまう、というドキドキだった。

 

そんな心臓の鼓動が今までで一番大きく鳴り響いた。

そんなの、僕の口から言えるわけないよ……。

 

「まぁ、言えないよなぁ……。名前を『佐東貴博』と偽って名乗り、走って逃げたんだもんなぁ」

「……」

 

僕は地面を見ることしかできなかった。僕は同級生に捕まえられてから店員に店の裏まで連れていかれた。その時に名前を聞かれて咄嗟に兄さんの名前を出して、それから振り切って逃げたんだ。

 

このままでは僕は大変なことになってしまう。そんなのは嫌だ。

ただ、そんな感情を抱いていた。

 

「……正博、今の話、本当なのか?」

 

巴ちゃんは僕の目の前に立って、僕に問いかけてきた。

だけど僕は無言のまま、何も答えることが出来なかった。肯定してしまうと本当にやり直しが効かないって思った。

 

「その後、家に警察が来て俺を無理矢理警察署に連れていきやがった。『身に覚えがない』って何度も叫んだし、暴れたけど無意味だった。そりゃ、監視カメラに写っていたのは俺にそっくりな人間だったからな」

 

確かにあの時の兄さんはかなり暴れていた。僕はその様子を自分の部屋から震えながら見ていた。兄さんに申し訳ない気持ちと、この嘘がばれたらもっとひどい事になるという恐怖が入り混じっていた。

 

その時から、僕は人が怖くなった。

 

腕時計を盗んだ後にきつく尋問してきた店員のせいで、きつく言い寄られることに恐怖を覚えた。

そして兄を連れていく警官を、兄を厳しく指導する両親を見て、口ごもるようになった。

 

すべて、僕が悪いことだって分かっている。分かっているけど……。

 

「警察は俺を悪質な万引きと判断し、窃盗罪になった。刑務所は逃れたけど罰金が発生する。巴だっけ?どういう意味か分かるか?」

「どういう事だ?教えてくれよ」

「俺に『前科』が付いたってことだ。ここまで言えば分かるよな?」

 

巴ちゃんの顔色が青色に変わっていくのを感じた。

普通の一般人が「前科」なんてまったく身近に感じないから、その言葉は重くのしかかったのではないかなって想像した。

 

それと同時に、僕の行った罪の重さを巴ちゃんは理解したんだ。

 

僕自身の保身のために一人の人生が壊された、という事実に。

 

「前科が付いちまったら人生なんてお終いさ。通っていた高校は退学になるし、働いても前科があると採用されないし、隠していてもばれたら即刻クビだ」

 

俺は何も悪いことはしていないのに、って自虐っぽく笑う兄さん。だけど僕を見下すその眼は一切笑っていなかった。

その目は僕を突き刺していて、恨みのこもったまなざし。

 

「今だから敢えて聞くぞ、正博。あの時の行動をお前は後悔しているのか?」

 

僕はいきなりの質問に頭があまり回らなかった。

僕だって兄さんにはかなり悪いことをしたと思っている。巴ちゃんを巻き込んでいなかったら僕は兄さんに怒ることはなかったのだから。

 

それにあのことを僕なりに後悔して、十字架を背負っているつもりだ。

あの事件のせいで僕は人が怖くなった。友達もいなくなったのだから。

 

「もちろん……後悔してるよ、兄さん」

 

僕は小さな声で、確かにそう言った。

今でも夢に出てきてうなされる日々を送っているし、いつも万引きしようとする高校生の僕に大声でやめろ、って言ってる。

僕が兄さんに出来ることがあるのなら、力になりたいさ。

 

だけど僕の視界が大きく揺れた。

 

兄さんは怒りの籠った瞳で僕の胸倉をつかんでいたんだ。そして力一杯、僕を揺らしていた。

 

「だったら……だったらどうして大事な人をお前は作ってるんだよっ!」

「な、何を言ってるの!?」

「お前はっ!知ってて俺の名前を出したんだろ!?当時、俺には大事な彼女がいたのを知っていたんだろうが!」

「そ、そんな事……知らなかったよ!」

「じゃあ考えなかったのか!?どんな人にも大切に想う人間がいるって!」

 

僕は頭が真っ白になった。当時兄さんに彼女がいたなんて全く知らなかった。

それに人間は自分の事しか考えないからそこまで考えていなかった。

 

だってRPGでレベルアップのためにエンカウントするザコ敵をみんな倒すだろ?そのザコ敵には家族が、大事な相手がいるなんて考えないだろ?

 

「俺は前科が付いた瞬間、彼女に振られた。だけどお前は俺の見せしめのように大事な人をつくった」

「そんなつもりじゃない!そんなつもりじゃないんだよ、兄さん!」

「お前のパソコンのパスワード」

 

急に眼のハイライトが消えた兄さんは小さな声でポツリ、と不気味な声で言った。

僕のパソコンのパスワードをどうして兄さんが知っているのか分からない。だけどあのパスワードは本当に僕に後悔を込めたんだよ?

 

巴ちゃんは緊張した面持ちで僕と兄さんの様子を見ていた。

 

「masa.Tは略語なんだろ?」

「……そうだよ」

「a m()isera()ble sa(・・)crifice Takahiro……みじめないけにえの貴博、とでも言いたかったのか、あぁ!?」

「違う!本当に違うんだ!」

「今までの行動で、信じられると思うか?お前の『イメージ』はもう、とっくに塗り替えられてるぞ?」

 

真顔で核心をついてくる兄さんが、怖く感じてしまった。

言い寄られていないのに……身体が、硬直してしまって動くことが出来ない。足に力が入らなくなって僕はペタン、と地面に座り込んでしまった。

 

 

人が怖くて、何かのトラウマに怯えている主人公。

そんなトラウマをずっと背負っているかわいそうな主人公。

巴ちゃんと出会って、人生を良い方向に持って行く主人公。

困っている巴ちゃんを助ける主人公。

 

 

だけど、今はどうだろう。

兄さんの言う通りかもしれない。

 

 

万引きと言う犯罪を犯した主人公。

そして罪を実の兄に擦り付けてのうのうと生きている主人公。

人が怖いっていうトラウマを兄のせいにしている主人公。

過去の事を言わないで巴ちゃんと仲良くする主人公。

 

 

僕のイメージは「最低の主人公」だって認識されているんじゃないか。

兄さんの言う「端末越しに見ている奴ら」は。

 

 

「もちろん、俺もリスクを負ってる。正博に成りすまして巴を傷つけた、と言うマイナスイメージを背負った」

「僕は……」

「俺は最低の人間だって思われても構わない。その代わりお前も当時の俺と同じ状況に(おとしい)れてやろうって考えた」

 

僕の目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ始めた。

今更僕が兄さんにやってしまった事、そしてどんな気持ちで今まで生きてきたのかが「本当の」意味で理解してしまったから。

 

そして僕も兄さんと同じ状況に立たされて、辛さも分かった。

巴ちゃんはこの話を聞いたら、きっと僕と恋人に、いや友だちにすらなってくれないって思ったら涙が出てくる。そしてその涙は止まることを知らないようにずっと溢れてくる。

 

 

「……泣いてもお前のイメージは変わらねぇぞ」

「分かってるよ……僕が最低な人間だっていう事も」

「人生はゲームじゃないからセーブなんて出来ない。だけどな、データの削除は出来るんだ。そしてこれが俺の復讐のやり方だ。分かったか、クソ野郎」

 

分かってるよ……今更悲劇の主人公ぶって泣いても意味がないことぐらい。そしてこの涙はそのような意味合いが一切ないっていう事。

 

そして僕が生きていても仕方がない人間だってずっと前から言ってる。巴ちゃんが最初に僕に価値を与えてくれたけど、そんなのを無にしてしまうぐらいダメな人間なんだってことも分かってる。

 

その為に僕は持ってきたんだから、あれ(・・)を。

 

 

「……なぁ、アタシにも言いたいことがあるんだけど、良いか?」

 

巴ちゃんは怖い顔、と言うかイライラしているような表情をしながら、僕の方を見ながらそんなことを言ったんだ。

 

 




@komugikonana

次話は7月16日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからもサクッと飛べますよ!

~次回予告~
そうか、僕の心はもう限界なんだ。心の針が壊れた秤のように左右に振れているんだ。
簡単に言えば情緒不安定。
そんな時の巴ちゃんの声が響く。「……なぁ、アタシにも言いたいことがあるんだけど、良いか?」

そして次回、僕はカバンの中に手を入れた。
それは、手触りですぐに分かった。



では、次話までまったり待ってあげてください。
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