image   作:小麦 こな

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風は何を語る⑤

僕は小さいころから気弱で友だちなんて出来なかった。だけどその時は兄さんがいた。

高校も兄さんは僕をほっておけないと言って僕と同じ高校に進学してくれた。

だけど僕が自分の保身のためだけの理由に兄さんを売った。

 

警察と店員は騙せたけど、クラスのみんなは騙せなかった。

その理由は簡単で、僕は右利きに対して兄さんは左利きだったからだ。

 

兄さんが警察に連れていかれた次の日。僕たちの高校は緊急の全校集会が行われた。もちろん、この高校から犯罪者が出たと言う内容を監視カメラの映像と一緒に全生徒に知らされた。

 

その監視カメラは右手で(・・・)腕時計をもぎ取って走る姿が映し出されていた。

兄さんが退学処分になった後、丸く収まったのは世間体だけで僕たち学生はいつまでもこの事件に対する興味の火はくすぶっていた。

 

僕は言われる。

 

あいつだろ?自分のやったことを無関係の兄に押し付けたの。

自分が犯罪者なのによく平気な顔してられるな。

あいつは平気で人を裏切るから仲良くしない方が良いよ。

まじでサイテーな男が私のクラスにいるんだけど。財布とか持っとかないと不安だよねー。

 

 

僕に「わざと」聞こえるようにささやきながら僕の横を通る生徒たち。高校生にもなると何をやったらいけないとか自覚できるはずなのに現実は残酷だった。

……まぁ万引きをした僕が言えることではないけど。

 

 

「……なぁ、アタシにも言いたいことがあるんだけど、良いか?」

 

巴ちゃんは気に入らないことがあるのだろう、すごく眉間にしわを寄せながら僕の方を向いてきた。

 

また僕は悪口を言われるのだろう。仕方がない。

僕のやったことは一生消えることはないから。パスワードの「T」には僕がやったいけないことを忘れないためにつけた。

 

でも、今なら巴ちゃんに嫌われた方が良いのかな?

……どうしてだろう、僕の心情が矛盾している。さっきは嫌われたくなかったのに今は嫌われても良いって思ってる。

 

そうか、僕の心はもう限界なんだ。心の針が壊れた秤のように左右に振れているんだ。

簡単に言えば情緒不安定。

 

「さっきから黙って聞いていたけど、どうしてアタシにそのことを言わなかったんだ?正博」

「だってさ……僕は犯罪者なんだよ?人を殺してないけど、犯罪なんだよ?事実を言ったら、巴ちゃんに……ぐすっ、嫌われちゃうから……それだけは嫌だったんだ……初めて僕に手を差し伸べてくれた人だったから。でもね、今は」

「アタシってそんなに軽い人間に見えるのか?」

「……え?」

 

僕の潤んだ視界でもはっきりと巴ちゃんの表情が見える。

怒っているような顔をしているんだけど、巴ちゃんから発せられた言葉はなぜか僕を包み込んでくれているように感じた。どうして、なの?

 

「貴博、だっけ?今アンタがやってることは4年前の正博と同じことじゃないのか?」

「あぁ、そうだ。それに何か文句でもあんのか?」

「確かにアンタには同情する所もあるよ。だけどさ、正博をここまで追い込む必要はなかっただろ!?アンタが一番知ってるだろ、苦しみを!」

「知ってる。だから正博には同じ目に合わせた。巴も分かっただろ?正博と一緒にいても良い事なんて無いぞ」

「アンタ、最低だよ!だから彼女にも振られるんだ!正博と一緒にいても良い事が無い?そんなことはアタシが決める!アンタに決められる筋合いなんて無いぞ」

 

なんで……。

いっそのこと僕を嫌って欲しかった。どうして巴ちゃんはこんなにも優しいのか分からないよ……。

僕の目からはさっきよりもたくさんの涙が零れ落ちる。今までの、これからもこんなにもたくさんの涙を流すことはこれからも無いだろう。

 

「はっ、そうかよ!好きにしな。俺はここらへんで失礼するよ」

「アタシはアンタを、貴博を許さないぞ」

「ご自由にどうぞ。ただ最後に忠告しておく……後悔するんじゃねぇぞ?」

 

兄さんは足に力を込めて僕たちのもとから去っていった。今、兄さんはどこに住んでいて何をしているのかは僕には分からない。

 

巴ちゃんにとっては知らなくても良いかもしれないけど、僕には知っておくべき義務があるように感じた。

 

「はは、巴ちゃん。兄さんの言う通りだと思うよ」

「それはアタシが決めるってさっき言っただろ?」

 

僕は立ち上がって、巴ちゃんから少しだけ距離をとって涙を流しながら乾いた笑顔を彼女に振りまいた。

僕はカバンの中を探る。あった。これを巴ちゃんに渡したかったんだ。

 

「と、巴ちゃん……これ、今までのお詫びなんだけど……開けてくれないかな?」

「……良いけどアタシは先に正博と話がしたい」

「わがままでごめんなんだけど、これを先に巴ちゃんに渡したい」

 

僕は白く、高級な箱を彼女に渡した。そして再び距離をとる。

彼女はゆっくりと箱を開ける。と同時に彼女はすごく驚いた顔をしていた。そりゃ、そうだよね。

 

「ま、正博!?このネックレス、高級品なんじゃないか?」

「うん。本物のルビーで出来ているネックレス。赤で巴ちゃんに似合うかなって」

「どうやって買ったんだ?」

「大丈夫。万引きじゃないよ。分割で買ったんだ」

 

このネックレスはルビーのほかにダイヤも加工されていて値段は……うん、50万した。

だけど僕は今まで巴ちゃんに迷惑をかけたから、僕からの最後の(・・・)プレゼント。

 

「正博、どうやって支払うんだ?」

「安心して。僕にはちゃんとお金の入手方法があるから」

 

僕はカバンの中をガサゴソと探る。手に触れただけでそれだと分かるものを手に取る。そしてカバンから出す。

 

僕が取り出したのは一昨日買った出刃包丁。

 

「僕にも一応、生命保険がかかってるんだ。かなり安いけどネックレスは払えるはずだよ」

「正博!落ち着けって!危ないから包丁を下ろせ、な?お願いだよ!」

「巴ちゃん、今までたくさん迷惑かけてごめんね。それと……僕と出会ってくれてありがとう。今日もかばってくれて、嬉しかったよ」

 

僕は包丁を包装してあった袋を破り捨てて、刃を自分の方向に向ける。

僕は震える手でしっかりと包丁を握る。これを力一杯僕のお腹に向けて刺したら終わる。

 

巴ちゃんの方を見ると彼女は涙を流していた。どうして巴ちゃんが泣いているんだろう……泣かせたのは僕だよね?やっぱり僕は生きている価値なんて無いんだ。

 

僕は予め距離をとっていたから、巴ちゃんは僕のところに向かって走ってきた。僕が死ぬのを阻止しに来るのだろう。

僕は急いで手に力を込める。そしてお腹に一直線……。

 

「ど、どうしてなんだろ」

「正博、バカな事するな!」

 

巴ちゃんの手によって、僕の持っていた包丁ははじかれて地面に横たわった。

確実に巴ちゃんが来るまでに刺せたのに、それが出来なかった。

 

そして巴ちゃんは涙を流しながら、嗚咽しながら僕に抱き着いてきた。

僕の背中に巴ちゃんの手がギュッと回される。僕の両手は巴ちゃんの背中に回せなくて、だらしなく下にぶら下げている。

 

「自分でも……命を絶てないなんて、ほんと、どうしようもないクズ人間だね、僕は」

「正博はクズなんかじゃないよ!アタシの方こそ、ごめんな……」

「どうして、巴ちゃんが謝るの?……ぐすっ、おかしいじゃん」

「アタシは正博がこんな過去を背負っているって思わなくて……アタシも、同罪だよ」

「僕が黙ってたんだから、知らなくて当然だよ……」

「アタシからも聞くべきだっただろ?……なぁ正博」

「なに?巴ちゃん」

 

この後の言葉は僕の心にすごく染み渡って、シュワッと弾けた。

弾けたって言っても良い意味で、心だけでなく、僕の身体全体にまで届いた。

巴ちゃんは、僕にはもったいないぐらいいい女性だ。今更気づくなんてまたバカにされそうだね。誰とは言わないけど、キミ(視線の主)の事だよ。

 

僕は上を向きながら(・・・・・・・)涙をずっと流した。

 

「アタシも一緒に、罪を背負わせてくれよ……そしてこれからも二人でがんばろう、な?」

 

 

 

 

一週間後、僕は大学の教務センターに向かっていた。

ここに来るのは学生証の間違いを訂正してもらった時以来なんじゃないかな。あの時はここの大学は大丈夫なのかなって思っていた。

その思いは今も変わらない。

 

「本当に、受理しても良いですか?」

「はい、お願いします」

 

僕が大学に提出したのは休学届。

ちなみに僕は休学をしたかったわけでは無くて、退学をしたかったんだけど期限が間に合わなかったから休学届を出した。そして休学が明けたら退学届けを出す。

 

休学には6万円が必要なんだ。僕は財布にあった6万をすべて支払う。完全に一文無しになった僕は住む場所もない。

 

でも、それで良いんだって思う。

今まで僕が犯した罪の重みを軽んじていたんだって、昨日初めて理解した。

 

だから僕は大学に通っている場合ではないって悟った。そしてこれから働くことにする。大学の中退だから大した職には就けないけど、お金がもらえれば御の字だ。

 

働いて得たお金は僕が買ったネックレスの分割代と、兄さんの仕送りと考えている。

兄さんはどこに住んでいるか、口座も分からないけど貯めるつもり。

 

いつかまた、どこかで会える気がするから。

でも兄さんの事だからお金を受け取ってもらえないだろうなぁ。それにお金を渡すのが償いって訳でもないから嫌がられるかもしれないけど、しっかり自分の過去と向き合うって決めた。

 

 

僕は大学の門を抜ける。門から出ていくのに今日から新たな一歩を踏み出す、なんて考えてみたらおかしな事になっているけどたまには良いよね。

 

「おーい、正博ー!こっちだ」

「あ、お待たせ、巴ちゃん」

 

大学から出ると、巴ちゃんが大きく手を振りながら僕を待っていてくれていた。

彼女の輝いた笑顔はかっこいいくせにかわいさもある、彼女らしい表情で見ている僕も自然と笑顔になってしまう。

 

「それにしても大きな決断をしたな」

「そうだね……だけどこれくらいしなきゃいけない。ちゃんと罪と向き合って、恥ずかしくない人間にならなきゃいけないから」

「そっか……それでこそ正博だな」

「なにそれ」

 

僕と巴ちゃんは一緒に歩いて向かっている先は僕が住んでいた学生アパート。休学中は使えるのだけど結局退学するので住む場所を変える。

まぁ簡単に言えば実家に戻るという事。

 

「だから、今まで見たいに頻繁には巴ちゃんに会えないのも寂しいね」

「お、おい……何言ってるんだよ!ちょっ、ちょっと照れるじゃん……」

「照れてる巴ちゃんもかわいいから良いじゃん」

「……正博のバカ」

 

僕はまだ人が怖いし、これからもこの恐怖は消えることはないと思う。

だけど、僕は今から働くって決めたんだ。しばらくは手取り給料が少ないけど精いっぱい生きていこうと思う。

 

僕の「イメージ」は変わらないと思う。濃い色のイメージはそう簡単に消すことが出来ない。

だけど、これからの「イメージ」は変えることが出来る。

過去は変わらないけど、未来は変えられるんだから。

 

……なんだか熱血漢みたいなセリフになったね。

 

「なぁ正博」

「どうしたの?巴ちゃん」

「正博のパソコンのパスワード、本当の意味を教えてくれないか?

「今!?……今更だけど、良いよ」

 

僕はスーッと息を吸ってから巴ちゃんにパスワードに込めた「本当の」意味を話す。

巴ちゃんは不思議そうな顔をしていたけど、それは一瞬の事で、あとはニッコリと笑ってくれた。

 

「Makes amends for misled T……Tは一番十字架に見えたからつけただけなんだ」

「嘘をついた償いをする……か。アタシも一緒に背負うよ」

「ごめんね、巴ちゃん」

「はは、そこはありがとう、だろ?それよりもさ、どうして『Makes』って三人称なんだ?」

「それは過去の僕、そして今は今だよ。巴ちゃん」

 

 




@komugikonana

次話は7月19日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~
僕に対するイメージが変わって、そして僕自身も罪の認識が甘かったと改めて分からせてもらったあの日から2ヵ月が経とうとしていた。

僕は歩いて通勤場所まで通う。まだアルバイトって形の雇用だから正社員ではない。
でも、雇ってくれている人が「来年は正社員で雇いたいんだけど、良いかい?」って言ってもらえた。僕の答えはすでに決まっていた。
それにあの場所は人がとっても良くて、こんな僕でも笑顔で迎えてくれた。

今日の最初のお客さんは……うん、あの子たちだ。

ドアが開いた音がした。僕は出来る限りの笑顔を彼女たちに振り撒く。

「いらっしゃいませ。Afterglowのみんな!」


では、次話までまったり待ってあげてください。

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