「おじゃましまーす」
「どうぞ巴ちゃん、遠慮せず入ってよ」
巴ちゃんを先に部屋に入れてから僕はドアをゆっくりと閉める。カギは……普段は必ずといっても良いほどすぐに閉めるんだけど、今日は良いやってなった。
理由は、分からないけど。
「思ったより広いな」
「うん。キッチンが7帖ぐらいで、洋室が一部屋だけど10帖あるんだ。一人暮らしなら十分すぎる広さでしょ?」
僕たちは買ってきた食材が入っているレジ袋をそのままキッチンにおいてちょっとだけ一息つく。まだ時間には余裕があるから肉類は冷蔵庫にサッと入れた。
僕の部屋には座椅子が一つしかないから、みんなが来た時には机の周りにカーペットを敷こうって思った。
今は僕はベッドの上に腰かけている。その僕の右隣に巴ちゃんが腰かける。
そういえば、この感じ……。
「ねぇ巴ちゃん?この感じ、海水浴に行った時みたいだね」
「恥ずかしい事を思い出させないでくれよ……」
「ごめんごめん。でもさ、こういう些細な瞬間ってとっても大事なんだなって思ってね」
「時々正博って深い事を言うよな」
「僕のキャラではないよね」
「ああ、似合ってない」
僕たちはお互いに笑いあう。
ほんと、巴ちゃんには感謝してもしきれないよね。僕のやった事を聞いても僕のそばに居続けてくれたんだから。
高校生の時に巴ちゃんがいてくれたらな、って戻ることのない過去に未練を垂らしてしまった。
……ダメダメ。僕はもうそんなことで落ち込まないって決めて大学を辞めたんだ。今ある現実をしっかりと受け止めて前に進むって決めたんだ。
「なぁ正博、変な事聞いても良いか?」
僕との距離を少し詰めながら巴ちゃんは僕に聞いてくる。
顔も近くなってきたから、心臓が急に激しく脈打つ。
「な、なに?巴ちゃん」
「その、ここには正博が一人で暮らしているんだよな?」
「そうだよ?」
「そ、そりゃそうだよな!変な事聞いて悪いな!」
本当に変なことを聞いてきた巴ちゃんに僕は首を横に傾げる。
巴ちゃんは何やら小さい声で自分に言い聞かせているようにつぶやいているけど、僕はあまり深入りするのも良くないって感じたから言及することを辞めた。
まぁ、分からない事を気にしていても前には進めない。
「巴ちゃん、ちょっと早いけど鍋の具材を切っていこうか」
「そ、そうだな!」
僕は野菜の水洗い、そして巴ちゃんは僕が洗った野菜を良い感じの大きさに切って鍋に入れていく。鍋はあまり大きくないから巴ちゃんの家からも一つ、大きな鍋を借りた。
シイタケはさすがに3パックも入れるのは多すぎるから最低でも1パックは明日とか他の料理に使おうと思ったんだけど、巴ちゃんは「正博が好きなんだから全部入れよう」なんて言ってシイタケを全部水洗いした。
でも、僕は鍋パーティなんて今までしたことも無かったし、こうして巴ちゃんと料理の準備をしているだけでとても楽しいって思えた。
巴ちゃんはどう感じているかなんて分からないけど、彼女の表情を見て安心した。
彼女はとってもかわいい笑顔を僕に向けてくれたからだ。
具材の入った鍋を洋室まで運んで机の上に二つ、鍋を置く。
そして火を通してストレートタイプの寄せ鍋の素を鍋の中にトクトクと入れる。まだ出来上がってないのにこの部屋は鍋の良いにおいでいっぱいになった。
少し早いけど、僕は4人にここまでのマップと部屋番号を記載してメッセージを送った。
鍋が噴かないように注意しながら、巴ちゃんの隣にちょこんと腰を下ろす。
「ねぇ、巴ちゃん」
「どうした?正博」
「僕の抱く巴ちゃんのイメージ、変わったんだ。かっこいいだけでなく、他人思いでかわいいイメージに。そして友だちから掛け替えのない大切な人ってイメージに」
僕たちの前に置いてある鍋はグツグツと沸騰している。
きっと僕たちの心も、この鍋みたいに得体のしれない感情が沸き上がっているに違いない。その証拠に僕は顔が熱くなっているし、巴ちゃんは顔を真っ赤にしている。
僕は無意識に巴ちゃんの顔に、ゆっくりとだけど、僕の顔を近づけた。
そしてちょっとだけ口を尖らせる。
巴ちゃんも目をゆっくりと閉じて、僕のやろうとしていることを受け入れてくれるらしい。
僕と巴ちゃんとの距離がゆっくり、ゆっくりと近づいていく。
もうちょっとでお互いの口と口が重なりそうで……。
「巴ー!正博君!おまた……せ……」
もうすぐでキスが出来そうだった時、上原さんが思い切り玄関を開けたから、僕たちは動きを止めてしまった。
もちろん、上原さんだけでなく4人も一緒。
上原さんがゆっくりと開けたドアを閉めた。
あ、はは……。これはちょっと気まずいな。
「それで~?あたし達がいない間にともちんと何回キスしたの~?」
「あ、青葉さん……何回も何も、キスしてないし……」
「嘘はメッだよ?」
僕は鍋の具材をみんなに取り分けているけど、みんな鍋を食べることよりも僕と巴ちゃんのいかがわしい行動について聞きたいらしい。
青葉さんはもちろん、羽沢さんもニコニコしながら僕を見つめる。
美竹さんは、ごみを見るような目で僕を見ている。
上原さん?彼女はシイタケの多さに涙目でいるんだけど、みんな僕の方を見ているから誰も気づいていない。
「巴ちゃん?佐東君とキス、した?」
「つぐまで……ほんとにしてないんだって」
「でも~、あたしたちがもうちょっと遅かったら、してた?」
「も、もうその話は辞めよう!」
僕の右隣に座っている巴ちゃんは鍋が熱いからなのか、それとも恥ずかしいのか分からないけど頬を紅潮させながら羽沢さんと青葉さんと話している。
僕はそんなやり取りを見ていると、本当に幼馴染同士仲が良いんだなぁって思った。遠慮の言葉なんて無いんだって雰囲気がそう僕に感じさせた。
そして見ているだけで自然と口角が上がる。
「……正博」
「な、なに?美竹さん」
僕の左隣に座っていて、今まで掃除機に溜まったチリを捨てる時のような目をしていた美竹さんが、優しい口調で話しかけてきた。
なんというかこう、フカフカな感じの優しさ。
「正博、良い表情で笑うようになったね」
「……なに、それ。今まで僕はぎこちなく笑っていたみたいじゃん」
「実際、あたしはそう思ったよ」
美竹さんは菜箸で肉団子を器用に掴んで彼女の取り皿に入れながら、僕に感じた変化を述べてくれた。
でも、たしかに美竹さんの言う通りかもしれない。
今まで僕が犯した罪が他人にばれるのを恐れていたから、笑っているつもりでも笑えていなかったのかもしれない。
僕はその時にふと、美竹さんに謝らなくてはならない事があることを思い出す。
「……ごめん。正博」
「えっ?美竹さん?どうしたの?」
僕が謝るつもりだったのに、先に謝罪を口にしたのは美竹さんの方だった。
右隣では巴ちゃんと羽沢さんと青葉さんがワイワイ楽しんでいる中、僕たちはちょっとふんわりとした空間にいる。
「何も考えないで、正博を非難したこと。まだ謝ってなかったから、その……」
「良いんだ、美竹さん。それより僕もごめんね」
「あたし、正博に謝られるようなことをされた記憶、ないけど」
「『約束』を守れなくて。もっと早く巴ちゃんに僕の過去を言っておけば良かった」
「それ……覚えていてくれたんだ」
美竹さんは箸で肉団子を二つに分け、その一つを口の中に入れた。
僕も何か食べたくなってシイタケを菜箸にとって僕の取り皿に入れる。チラッと上原さんの方を見ると、彼女は僕を救世主のような目で見ていた。
「正博、巴の事なんだけど」
「うん。僕が絶対に幸せにするから」
「……そっか。それなら安心だね」
美竹さんは控えめに、だけどニコッと笑ってくれた。
寡黙でクールなイメージだったけど、こういう女の子らしい表情も出来るんだね。
その時に右隣から太ももをギュッと摘まれる。
右横を見ると、巴ちゃんがちょっと不服そうな顔をしながら僕を見ていた。
僕は口パクで「そんな事無いから」って言ってから、あらかじめとって置いたダシを鍋の中に入れて、冷蔵庫から鍋用のラーメンを出してきた。
幼馴染の4人は〆が何なのかなんて分かり切っていたんだろう、当然のような雰囲気だった。
巴ちゃんはさっきより一層テンションが上がってきた。
その証拠に鼻歌を交えるようになった。
鍋が沸騰したことを巴ちゃんにアイコンタクトで知らせると、彼女はより一層口角を上げて鍋の中に乾麺を入れる。
麺を入れたことによって噴き出す泡を、鍋のフタを開けて噴きこぼれを何回も防ぐ。
僕はその時、はっとした。
そして巴ちゃんの方を向く。
巴ちゃんは僕と目が合って、首を横に傾げながら「どうしたんだ?」と不思議そうな顔をして僕に言った。
僕はなんでもなかったかのように視線を沸騰している鍋の方に向ける。
そしてまた噴きこぼれそうになっていたからフタを開けて落ち着かせる。
「みんな、ラーメンが出来たから食べようか」
僕がそういうと、みんながゆっくりと姿勢を正しながら自分の皿にラーメンを入れていく。
巴ちゃんはラーメンを勢い良く食べていて、僕は横から彼女の姿を見ていた。
だって、彼女がラーメンを食べているのを見るのが久しぶりだったから。
以前は、大学に通っていた頃は頻繁に見ていたその姿も、今となってはあまり見なくなった。
僕はこれから、こういう感情を大事にしていきたい。
「正博は食べないのか?ラーメンが無くなるぞ?」
「そうだね。急いで食べなきゃ巴ちゃんが全部食べちゃうもんね」
僕は鍋に入れてある菜箸を手に取って、ラーメンを取る。
鍋には一本も麺を残さずに食べようって僕は心の中で決めた。
@komugikonana
次話は7月26日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
鍋パーティもお開きの時間。
自分で話しながら、ほんと、どうしてこんなにも情けない生き方をしているんだろうって思った。
だけど、そんな僕にも……人生をかけて、幸せにしたいって、守りたい人が出来たんだ。
「そんな僕だけど、好きな女の子がいるんだ」
次回、「image」最終回