image   作:小麦 こな

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躓いた先にあるもの③

羽丘経済大学の学食の規模はそれなりに大きい。収容人数で答えると200人くらいだろうか。僕たち新入生の人数とほとんど変わらない。

 

ここの学食はカウンター席も50席ぐらいあって、僕みたいなぼっちにはとっても優しい設計をしている。値段もお手頃だからお昼にはたくさんの人が訪れる。

 

「取りあえず席はここで、良いかな?」

「ああ、良いぞ」

 

10時40分ごろは流石に人数が少ない。みんな早めのお昼ご飯や、サークルや友達と時間つぶしをしながら楽しそうに笑っている。

 

僕たちはテーブル席に座ることにした。1つのテーブルには4つの席があり、僕と赤髪の女性は向かい合わせに座り、隣の空いている席に荷物を置く。

 

「なぁ、水いるか?いるなら取ってくるけど」

「えっ……あ、お、お願いします」

 

女性は「じゃあ、取ってくるよ」といって飲料水を取りに行った。

僕は足が速い人と鬼ごっこをしているような気分になった。目の前の現実に思考がまったく追いつかない。どう足掻いてもこの差は埋まらない気がした。

 

「どうした?難しい顔して」

「何でもないよ」

「そうか?」

 

女性は僕の前に優しくプラスチックコップを置いてくれた。

この女性はどうして僕に優しくしてくれるのだろうか、そんな事を考えているなんて本人の前で言えるわけが無い。

 

もしかしたら、最後の極楽の時間を提供してくれているのかもしれない。このお話が終われば警察署にブチ込まれる、なんて考えたら笑顔が不自然に固まる。あ、はは……。

 

「まず話したい事なんだけどさ」

「……僕が女子大にいた理由、ですか?」

「まぁ、それに近いな。まずこれ、返すよ」

 

そう言って女性はかばんから携帯を取り出した。

これ、僕が無くした携帯だ。

 

手渡された携帯を開いてみると、見慣れた待ち受け場面である砂浜の画像が出て来る。携帯を買ってから待ち受けを変える気が無かったから一切変えていないんだ。

SNSには僕の名前がホームに表示されて、新着メッセージは来ていなかった。

 

「僕の携帯、ありがとうございます。その……どこで拾ったんですか?」

「アンタが走って逃げた時に落としたんだよ」

 

やっぱりその時に落としちゃったんだ。取りあえず僕の携帯が帰ってきたことは喜ばなくちゃ。僕の携帯に連絡先が入っているのは僕の家族だけだけど、立派な個人情報だしもし漏れたら僕は両親に殺される。

 

「それで、アタシはこの携帯の中身を見させてもらったんだけどさ……」

「あ……見たん、ですか」

 

少し申し訳なさそうな顔をしながら話してくれる女性に、僕は悪い事をしたように感じた。

他人の携帯を勝手に見ることは確かに良くない。だけど僕が携帯を目の前に落として逃げた事が悪いし、盗撮の証拠を掴むために落とした携帯を見ることは至極真っ当な事。

 

「盗撮を疑ってごめんな」

「あの……気にしないでください」

「それで、どうして女子大にアンタがいたのか教えてくれないか?」

「少し話が長くなりますけど……」

 

僕は女性の顔を出来るだけ見ながらあの日の出来事を淡々と語っていった。

 

入学していきなり、僕の学生証に不備があった事

その不備を訂正してもらうまでは良かったけど、職員が間違って女子大に送ってしまった事

女子大の教務センターを検索しながら歩いていた事

女子大にいるから目立ちたくなくて、建物の間で調べていた事

そして、あなたに出会った事。

 

僕が話したことを真正面から「はいそうですか」と言えるような内容ではないのは分かっている。都合の良い方向に持って行っているように聞こえてしまう人の方が多いだろう。

でも、これが事実だから。

 

僕が長々と真実を一方的に述べていった。

僕は女性の方に入れてもらった飲料水をグイッと一気に飲んだ。本当は一気飲みなんてしたくなかったけど、「僕が盗撮犯だと思われている」と言う不安がずっと喉につっかえていたからそれを流したかったんだ。

 

「なんだよ、それならそうと言ってくれれば良いのに」

「……えっ?」

「それより腹減った。ここの学食、ラーメンあるよな?」

 

僕の言い分、信じてくれるんだ。

僕はそんな気持ちで赤髪の女性をじっと見ていた。その女性は「ほら、おごってくれるんだろ?」と言って手招きしながら僕にこっちにくるよう催促していた。

 

 

 

 

お昼時、大学の外では近くにある飲食店やコンビニに向かう学生たちが大勢出て来る。やはり学食は安さが売りなだけで味は期待できない部分がある。

リッチで舌の肥えた学生は外で本格的なラーメンを食べたり、定食屋でガッツリ食べたり。

 

それは彼女にも当てはまるかもしれない。

 

「なんで学食に豚骨しょうゆラーメンが無いんだよー」

「しょうゆラーメンじゃあ、ダメなんですか?」

「どうせ食べるなら好きな味、食べたくないか?」

「その気持ちは……分かります」

 

僕は赤髪の女性と大学の外で豚骨しょうゆラーメンを売りにしているお店を探し歩いている。

大学の外は意外と多くラーメン店が存在する。やっぱり学生はラーメンが好きだし、客がたくさんいるこの場所を、ラーメン店の店主は指をくわえて見ているだけなんて出来ない。

 

「どこのお店が人気とか分かるか?」

「ごめんなさい、僕まだ大学生活2日目だから全く……」

「はは。それもそうか!」

 

じゃあこの店にしようぜ、と外にあるメニュー表を見てから提案して来た。少し並んでいて待たないといけないけど、並んでいると言う事は人気店と言う事だ。

彼女風に言うならば「どうせならおいしいラーメン、食べたくないか?」って感じかな。

 

正直、待ち時間どんな話をすればいいのか分からない。

友達がいないのにいきなり女性と、しかもかっこいいと言うか美人というか、そんな男子にも女子にもモテそうな彼女にどう振る舞ったら良いのか。

 

無言でいるのが一番、お互い気まずいよね。

 

「あの……あ」

「正博は何味のラーメンが好きなんだ?」

 

勇気を振り絞った僕の言葉が一瞬にして消されて悲しい気分になった。もっと頑張ろうよ、僕。

好きな味のラーメンか……僕はやっぱり。

 

いや、ちょっと待って。

 

「ちょっと待って。どうして僕の名前を知ってるの?」

「あぁ、携帯を見た時に名前見たんだよ」

 

店員さんに「どうぞ、中へ」と促されて僕たちはお店の中に入った。

僕は彼女と同じ食券を購入して店員さんに渡した。ライスが無料で貰えるらしくライスも貰っておくことにした。

 

「急に名前を呼ばれてびっくりしたよ……僕はラーメン、どの味も好きだけど一番は塩かな」

「塩かー!最近塩が好きな人多いよなー」

 

彼女はニッコリと笑いながら僕の方を向いてくれた。

そんな彼女の顔はとってもかわいくて……僕はちょっと目を逸らした。

 

見た目はかっこいいのに、笑うとかわいいって反則じゃない?

 

「おっ!ラーメン来たぞ!いっただっきまーす!」

「い、いただきます」

 

店員さんがラーメンを持って来てくれて、僕たちは同時に食べ始めた。

綺麗に割れた割りばしで太くてちぢれている麺を持ち上げてすすると、濃厚な豚骨ベースのスープが麺に絡まって口の中で豚骨と麺の風味が溢れて鼻からスッと出る感じがした。

 

濃厚なスープはライスとの相性も抜群で、トッピングされている海苔にスープを染み込ませてライスに巻くと絶品だった。

 

隣では「ここのラーメン、めっちゃうめぇなー」と豪快にすする彼女を見て、僕は思わず笑みを浮かべてしまった。

 

 

 

「ありがとな、正博。ラーメン奢って貰って」

「気にしないで、僕が言った事ですから」

 

ラーメンを食べ終えた後、彼女は午後の授業があるらしいから羽丘女子大学の方に向かって一緒に歩いていた。

僕の仕送り量の1/8に当たる値段が一気に飛んで行った訳だけど、名前の知らない彼女のかわいい笑顔を見れただけでも収穫は大きい。

もちろん、食べたラーメンもお気に入りの店になった。またお金に余裕がある時に食べに行こうかな。

 

「なぁ、正博」

「なに、かな?」

 

羽丘女子大学の校門近くまでやって来た僕たち。

僕はこの後家に帰って履修登録しなくちゃいけない。他のみんなは授業を受けているのに僕だけ受けていないって置いて行かれた気分になるから。

 

「連絡先、交換しないか?」

「えっ!?ぼ、僕と!?」

 

彼女からのまさかの発言に僕は思わず大きな声で聞き返してしまった。

だ、だって……話すのもゴニョゴニョしちゃうし、声は小さいし、友達もいない僕ごときが連絡先を貰っても良いの?

 

「正博にお願いしてるんだから良いんだよ。それにさ」

「それに……なにかな?」

「もうアタシと正博、友達だろ?一緒にラーメン食った仲だしな」

 

 

僕の視界がまるで水の入った水槽をゆっくり揺らしている時の波みたいにゆっくり揺れた。これ以上揺らされると、水槽の水がこぼれて目から出てしまうかもしれない。

 

僕は他人と話すのは苦手だ。言い寄られたりしたら恐怖を感じてしまうほど。

だけど、僕は不思議と思うんだ。

 

彼女となら、楽しく話せるような気がする。

 

「ほら、QRコード見せてよ」

「う、うん……ちょっと待って」

 

SNSを開いてQRコードを開示する。

僕はこのSNSをインストールしてから初めてQRコードを開くから最初はどこを触ればコードが出て来るのか分からなくて慌ててしまったけど、彼女は笑顔で待っていてくれた。

 

「これでよしっと……。よし、送ったぞ」

「あ、ほんとだ。来た」

 

メッセージが来て、友達申請をしておく。

宇田川巴(うだがわともえ)と言うのが彼女の名前なんだろう。

 

「う、宇田川巴ちゃん……で合ってる?」

「合ってるぞ。気楽に『巴』って呼んでくれよ」

「ええっ!い、いきなり名前は……」

 

女の子と友達になるのも初めてなのに、いきなり名前で呼ぶのはハードルが高いよ。

今は春なのにすっごく身体が熱い。

 

「なんだよ、男なんだからシャキッとしなよ」

「う、ご……ごめん」

「べ、別に怒ってるわけじゃないから」

 

そろそろ授業が始まるから行くよ、そう言って宇田川さんは僕に手を振って女子大に入っていこうとしている。

僕は……。

 

僕は息を吸って、言葉を掛けた。

 

「ま、またね。巴ちゃん!」

 

宇田川さん改め、巴ちゃんは少し目を丸くしながら僕を見ていた。だけどすぐにニヤッと笑いながら大きく手を振ってくれた。

 

「はは。じゃあな、正博!今日はありがとな!」

 

巴ちゃんはそう言って学舎内に入っていった。

僕はそんな巴ちゃんを見えなくなるまで見送ることにした。

 

 

 

躓いた先にあるもの。

 

いつもは細かい砂利しか見えなかった。

枯れた雑草しか見えなかった。

 

 

でも今回は違った。

 

転んだ僕に、手を差し伸べてくれる女の子(巴ちゃん)がいたんだ。

 

 




@komugikonana

次話は5月1日(水)の22:00に投稿します。
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この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
始まってばかりですが、これからもよろしくお願いします!

~次回予告~
大学生活にも慣れてきた僕。気だるげに授業を聞いていると僕の携帯が着信が来た事、僕の心臓は今にも爆発しそうなほどバクバクしている。もう、授業どころでは無い。
メッセージを送って来た子は僕の予想通りのあの子からだった。
次回「夕焼けとの出会い、そして夜に知る」


では、次話までまったり待ってあげてください。

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