僕は痛みを持ちながら、ドアの鍵を開けて自分のベッドに飛び込んだ。
痛みって言うのは、今日のお昼に感じた心地の良い痛み。別に僕がMに目覚めたとかそんなのじゃないけど、あの痛みがまだ僕の心臓を支配している。
目を閉じれば、巴ちゃんのかわいい笑顔と僕が一生忘れないであろうセリフが頭の中で再生される。
ちょっとだけ口角が上がってにやついてしまうのはみんなには内緒。
僕は晩御飯にまとめて買った単品のうどん一玉と、一袋10円の細もやしをソースで炒めて焼きうどんを食べようかなって思い、ベッドから起き上がった。
その時、僕の携帯がメッセージが来た事を伝えてくれた。
携帯を開いてみるとメッセージが
正博って音楽に興味あったりするか?って内容が巴ちゃんから来た。僕はちょっと興味があるけど、どうして?って内容を送った。
そしてもう一件。
話したいことがあるから今から会えない?
巴ちゃんとラーメンを食べに出かけて、気づいたら巴ちゃんの幼馴染4人に監視されていて、その後僕の大学の屋上テラスで理由追及と言う、初めて会った人に話しても頭がパンクしてしまうんじゃないかってぐらい色々あった今日。
実はまだこのてんこ盛りな一日は終わっていない。
巴ちゃんが素敵な言葉を僕に言ってくれた後、青葉さん、美竹さん、上原さん、羽沢さんと連絡先を交換するって言う出来事があったんだ。
つい最近まで誰の連絡先も無かった僕の携帯に5人も増えた。しかも女の子ばかり。
そして今から呼び出しを貰ったから、急いで外出準備をして外へ出て行く。
携帯でマップを見ながら指定された集合場所に向かう。その途中で巴ちゃんから返信が来て、目を通した。
……そうなんだ、巴ちゃん。知らなかったな。
商店街の中に入って、指定された集合場所である羽沢珈琲店の前に着いた。羽沢って今日出会った巴ちゃんの幼馴染の一人、羽沢さんのご両親が経営してたりするのかな……。
カフェに今まで行ったことが無い人間が、こんなオシャレでしかも一人で入店するなんて緊張する。でもあの子を待たせても怖い。
僕はプルプルと震える手でドアの取っ手を掴んで精いっぱい引っ張る。
のだけど、緊張しすぎて力が入らないのかもしれない。僕は大きく深呼吸をして思いっきり引っ張る……。
「……このドア、押し戸なんだけど」
後ろから僕を呼び出した女の子の声が聞こえたんだけど、そんな事より僕がやってることが恥ずかしくて、顔を上げることが出来なかった。
お店の中に入って羽沢珈琲店自慢のブレンドコーヒーを注文した後、僕を呼び出した美竹さんの顔をチラッと見る。
今日のお昼のようにギッと睨みつけるような感じでは無く、だけど一握りの警戒心を込めて僕の方を見つめていた。
どうやら僕の予想が当たったようで、このお店は羽沢さんのご両親が経営しているらしくお手伝いで羽沢さんも働いている。
その羽沢さんからブレンドコーヒーを受け取ってスッと口の中に少しすする。
口の中に含むと苦みが口の中で広がって、一瞬顔をしかめたけどその後すぐに色々な旨味が込み上げてきた。
喉に流し込んだ後の後味はしばらく残っていて、尚且つしつこくない。
お店のコーヒーを始めて飲んだ僕は、味に深みがある立体的なコーヒーの美味しさに驚いた。もう家で作るインスタントコーヒーのような平面で薄っぺらいコーヒーは飲めないかもしれない。
「……それで、僕に話したい事って……何かな」
僕は恐る恐る美竹さんに話す。きっと巴ちゃんとの関係について聞かれるんだろうなぁ……。巴ちゃんも「大切な幼馴染だよ」って言っていたから、美竹さんにとっても同じことが言える。
そんな「大切な幼馴染」に良く分からない男の子の友達が出来たら、嫌だよね……。
「佐東さ、何か隠してない?」
「僕は何も隠す事は無いんだけど……」
「例えば他人が怖い、とか」
僕の呼吸が一瞬だけ、止まった。
その後は平静を装っていつも通りに呼吸をしているけど、心臓が嫌な音をたてながら暴れ出す。
美竹さんは僕の方を、まるで僕の瞳の裏の方まで見通しているかのようにまっすぐと見つめている。
僕は他人が「みんな」怖いわけでは無い。だけど今日初めてあったのに、こんなに真相の近くまでたどり着いた美竹さんにビックリしている。
「あ……その、美竹さん。それはね……」
「無理して言わなくていいよ」
「え?」
僕がゆっくりと、美竹さんの質問に答えられるような回答をグチャグチャになった頭の中で整理していた。
だけど、美竹さんは答える必要は無いって制止する。予想外すぎて僕の口から間抜けな声だけが出てきた。
「言うの、つらいよね。……その時の心情も一緒に思い出しちゃうから」
「美竹さん……」
僕は美竹さんを勘違いしていたのかもしれない。
あまり言葉を多く発しないし、お昼の時に鋭く睨まれた時は怖くて融通が利きにくそうな女の子だって思ってた。
だけど今、僕が彼女に持っている感情は全くの別物。
他人を思いやれる、やさしい女の子なんだ。
「あたしが佐東に言いたいのは」
美竹さんがコーヒーを飲んだ後、僕に真剣な顔を向ける。
美竹さんの白いコーヒーカップにはコーヒーが残っておらず、コップの底にコーヒーの跡が残っているだけ。
「急がなくても良いから、佐東が持ってる隠し事を巴には必ず伝えて」
「うん、約束する。美竹さん」
美竹さんは僕に伝えたい事は全て伝えたのだろう、「それじゃ、あたしは帰るから」と言って荷物をまとめ始めた。
僕はそんな美竹さんに聞きたいことがあるんだ。
「ねぇ、美竹さん」
「……なに?」
「どうして僕が、その……秘密を抱えてるって分かったの?」
僕はこれだけ聞いておきたかった。
別に隠しておきたい、と言う訳では無いけど理由が知りたい。
「……お昼、あたしが佐東を睨んだの覚えてる?」
「うん、今も鮮明に思い出せる……」
「その時の佐東、声も震えてたけど身体も震えてた。だから」
「そっか」
手の震えは誰にもばれないように隠したつもりだったんだけど、美竹さんは見てたんだ。
そして見たにも関わらず、誰にも言わないで心の中にしまっておいてくれたんだ。
「美竹さん」
「お礼はいらないから」
「そんな事じゃなくって……」
僕との用事を済ませて、これから帰ろうとお店の出口に向かっている美竹さん。
僕はそんな美竹さんにこんな事を伝えてみる。
いきなり今日出会って、得体のしれない僕に言われても嬉しくないかもしれないけど。
「来週のライブ、楽しみにしてるよ」
「なんで知ってんの?」
「ここに来る途中に巴ちゃんから『観に来いよ』って誘われて」
「……そっか」
僕がここに来る途中、巴ちゃんからのメッセージで初めて知った。
巴ちゃんたち5人の幼馴染はバンドを組んでいるって言う事を。そして巴ちゃんから来週のライブのお誘いを貰った。もちろん答えは決まっている。
まだ返事はしていないんだけど。
美竹さんは僕の言葉を背中を向けながら聞いていた。
僕が言い終えた後は何事も無かったかのように店を後にする。そう思っていた。
だけど、違った。
今日と言う一日で、美竹さんの見方がガラッと変わった。
お店から出る直前僕の方を向いて、男の子誰もがドキドキしてしまいそうなほどの笑顔を振りまきながら言うんだ。
「ライブ、楽しみにしてて」
僕はにっこりと笑いながら店内から出て行く美竹さんを見送った。
もしかしたら美竹さんも僕と同じような経験を過去にしていたのかもしれない。だけど今の美竹さんはキラキラと輝いている。
そんな考えを美竹さんが使っていた、
「僕と言う名のコーヒーカップには、たくさんのコーヒーが入ってる。いつか飲み干して真っ白になりたいな……」
「慌てなくても大丈夫だと思うよ?」
「あっ……羽沢さん……僕の独り言、聞こえてた?」
「あ、はは……ばっちりと」
「お願い、羽沢さん!忘れてっ!」
僕の恥ずかしい独り言が羽沢さんに聞かれてしまった。
今度から独り言は口に出さずに心の中で声を大にして叫ぼう、って顔を真っ赤にしながら決心した。
その時、上から視線を感じたような気がした。
美竹さんとの用事を済ませた僕は、あの後すぐにお店を後にして自分が住む学生アパートに戻って来た。
時刻は8時で、丁度いい具合に僕のお腹がぐぅと鳴っている。
本当はご飯を作って食べたいのだけど、それより優先すべき事があるような気がした。きっと美竹さんに呼び出されていなかったらこのような行動はとれなかったかもしれない。
僕はSNSを開き、あの子とのチャットの部分まで持ってくる。
そしてその下にある「無料通話」のボタンを震える指でタップする。
いかにも転んで行ってしまいそうな、そんな軽快でもあり間抜けな音と共に相手に着信をかける。こういうのはすぐに電話に出たりしないからここで深呼吸……。
「もしもし、どうした?」
「えっ、はぇ……ちょもえちゃん!?」
「おう……ほんとにどうした?正博」
こんなすぐに巴ちゃんが電話に出てくれるとは思っていなかった僕は、噛み噛みの言葉でしかも裏返った声を出してしまった。
今日は良く顔が熱くなる日だな、っておでこに汗をかきながら思う。
「ご、ごめん……慌てた」
「そっか、それで?」
「あ、うん。巴ちゃんが誘ってくれたライブの件で……僕、そのライブ、観に行っても良い、かな?」
「もちろんだよ!ありがとな、正博」
電話越しでも巴ちゃんの笑顔が頭に浮かぶような、嬉々とした声で了承を貰った。ありがとうって言いたいのは僕の方なんだけど、巴ちゃん。
「それでさ、正博」
「な……どうしたの?」
さっきの嬉々とした声とは裏腹に、僕をからかっているような声色に一瞬にして変わった巴ちゃんが電話の先にいた。
……なんだか嫌な予感がする。
「正博、もう蘭に手を出したらしいな」
「と、巴ちゃん!違うって」
「あははははは!」
どうして僕が美竹さんに呼び出された事を巴ちゃんが知っているんだろう。美竹さんはそんな事を言いそうなタイプでは無さそうなんだけど。
……なぜだろう。頭の中でかわいい顔をしながらごめんねポーズをしている羽沢さんが浮かんでくる。
「正博は蘭のどこが好みなんだ?ナイショにしてやるからさ」
「ぼ、僕は美竹さんも良いけど……巴ちゃんの方が魅力的に思うし、僕は巴ちゃんの方が女の子としてす……」
僕は必死に弁解していたのに、気づいたころにはなぜか巴ちゃんの良い所を早口で話し始めてしまっていた。完全に無意識だった僕は、途中で言葉を失った。
「急に言われたら照れるじゃんか……」
そんな巴ちゃんのかわいらしい、上ずった声が、携帯から僕の耳の一番近くで聞こえた。
@komugikonana
次話は5月10日(金)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!
~高評価していただいた方々をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました 黄金炒飯さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!
~次回予告~
巴ちゃんたちのライブまであと1日と迫ったこの日。
僕は巴ちゃんと羽沢珈琲店で待ち合わせをしていた。そして帰り道、僕は巴ちゃんに聞いてみたいことがあったんだ。
「巴ちゃんは、僕にどんなイメージを持ってる?」
作者的には次話はかなり注目して読んでほしいです。
~豆知識~
「上から視線を感じたような気がした」……正博君は上から視線を感じたような気がしたらしい。ですけど、羽沢珈琲店の上に人がいるわけないですよね。
こんな表現がこれからも幾つか登場します。この表現が出るのは「ある条件」を満たしたときです。
~感謝と御礼~
今作品「image」のお気に入り数が100を超えました!早くも3桁に到達ですね!
まだまだこの小説は面白い展開をたくさん控えてますので最後まで読んでいただければ嬉しいです!
そしてお気に入り登録してくださった読者のみなさん、ありがとうございます!
では、次話までまったり待ってあげてください。