ゴールデンウィークの最中、バイト求人アプリを見ながら良い条件の仕事を見つけてはブラウザバックを繰り返す僕は久しぶりに外出の準備をしている。
念の為に行っておくけど、バイトの面接に行くための準備では無い。時刻は午後の5時。
僕がいつも大学に行くときに背負っているリュックを両肩に乗せて家の鍵をしっかりと施錠してから下の階へと降りて行く。
リュックには、昨日貰ったチケットが大事にしまってある。
このチケットはライブに行くためであるチケットであるとともに……。
僕の、大事な友達に会うためのチケットでもあるんだ。
「えっと……ここかな?」
普段は安物イヤホンで音楽を聴きながら大学の教室まで行くぐらい音楽と共に歩いている僕でも踏み入れた事の無い場所の前までやって来た。
徒歩で20分ぐらいと近くも遠くも無い場所にあるライブハウス
川沿いの近くにあるこのお店は、僕が想像していたライブハウスとは全くと言っていいほど違うものだった。
僕が
でもCiRCLEは緑豊かで庭にはたくさんのテラス席があってカフェまである、とっても明るい印象を抱いた。
僕が抱いているライブハウスのイメージは払拭できないけど、
なんだか既視感を抱いたから、僕はほっこりとした気持ちになった。
「あーっ!ちーくんまたサボってる!今日はライブイベントでしょ!」
「違いますって!サッと水を買いに行くだけですから」
そんな会話がカフェの店員さんとライブハウスのスタッフさんの間で繰り広げられていた。
ちーくんってどんな名前から来てるんだろう……。
そんな事を考えながらゆっくりとライブハウスの中に入っていくことにした。
僕以外の人もまばらながら来ているからついて行けば問題ない。
ライブハウス内に入って巴ちゃんに貰ったチケットをスタッフである若い女性に手渡した。青色のジーンズに青と白のボーダーシャツの上に黒のカーディガンを羽織っているその女性スタッフは僕に話しかけてきた。
「チケットとは別でドリンク代の500円かかるんですけど」
「えっ、あ、そうなんですか……ちょっと待ってください」
僕はチケットがあれば入場できるって考えていたから、予想外の出来事にかなり慌ててかばんを探って財布を探す。
こういう時に限ってかばんの片隅に隠れる財布。やっとの思いで見つけたけどかなりの時間がかかったように感じて、僕の後ろに並んでいる人の視線を感じる。
「あ、はい。500円です……」
「うん、ありがとー!ライブ、楽しんでねっ!」
財布から取り出した100円玉5枚を女性スタッフに渡してドリンク券を貰い、先へと進んだ。
特に喉が渇いている訳では無いけど、周りはドリンクを飲んでいたので僕もコーラを手に取って飲むことにした。
座る場所は人が居て開いていないから、僕は壁に寄りかかってコーラを飲みながらボーッとライブ出演者の枠を見ていた。
「……そう言えば、巴ちゃんの出番っていつなんだろ?」
ライブ出演者の枠は当たり前な事にバンド名しか書いてない。巴ちゃんのバンドの名前なんて知らないし、そもそも巴ちゃんが何を担当しているのかも分からない。
今の僕に分かる事と言えば、巴ちゃんがライブに出演すると言う漠然とした事実と、ポスターの出演枠で一番大きく取り上げてある
本番は30分後に始まるから、巴ちゃんにメッセージか電話で聞こうと思ったけど集中しているはずだし、迷惑だよね……。
壁にもたれながらはぁ、とため息をつきながら黒く、パチパチと弾けるコーラを見てうなだれていた。
すると、僕の肩に誰かの手がチョンチョンと触れた。
もしかしたら壁だと思っていた場所が関係者専用の入り口だったのかもしれないって思い、僕は慌てて触れた手が誰なのかを確認した後に謝る体制に入った。
でも、僕の目の前にいた人物は僕の知っている人だった。
「やっほ~、まーくん」
「あ、青葉さん?こ、こんにちは」
「ともちんの晴れ舞台を見に来たの~?アツアツだねえ~」
ニタ~っとにやけながら青葉さんは僕をからかってきた。彼女の話し声は気が抜けそうになる一方で、何故か心が落ち着くような作用が個人的にはある。
そんなフワフワ系で、片手にはパン屋さんの袋を持っている青葉さんに会ってから不思議と緊張が無くなった僕は、彼女に聞いてみることにした。
でも、今の青葉さんの服装は白と黒を基調としたクロップド丈よりも露出が多いトップスでズボンも同じ色を基調としているショートパンツ。上着で何か文字の書いてある大きい黒色のパーカーを着ているけど、僕の目のやり場を困らせるのに十分だったから目を右斜め上を向かせておいた。
「青葉さん、みんなのバンドってどれなの?」
「ん~?ともちんに聞いてないの~?」
「そ、そうなんだ。何の楽器をやっているかも知らなくて……」
「も~、しっかり聞いとかなきゃメッだよ~」
何故か青葉さんに怒られてしまった僕は、後頭部を右手でガシガシと掻いていると彼女は上着に着ていた大きめのパーカーを合わせた。
最初は何かの文字だと思っていたけど、その文字が分かった。
「After……glow……」
「そうだよ~あたしたちはAfterglowなのだ~」
「そ、そうなんだ。みんなすごいんだ……」
「ふふ~ん。ちなみにともちんはドラムだよ~……あ、そろそろ戻らないと蘭に怒られるから、ばいばい~」
青葉さんはゆっくりと控室のあるであろう場所に歩いて行った。
まるで風のようにフワッと現れては消えて行ったんだけど、僕にとっては背中を押してくれる風に思えた。
手元のコーラは、最初の頃よりパチパチ弾けていなくて落ち着いていた。
僕はそんなコーラをゆっくりと喉へ流し込んだ。
ライブが始まって数時間後、巴ちゃんたちのバンドであるAfterglowの出番らしい。出演者が多いからまだまだ先だって思っていたけど、どのバンドも輝いていて僕の時間を一瞬にして持って行った。後ろの方で見ているんだけど迫力ある音はしっかりと聞き取れる。
そして舞台照明が暗くなって、スタッフさんと出演者と思われる黒い影がゴソゴソと準備している。ギターのジャーンと言う音やベースのズシーンとくる低音、キーボードから発せられる数種類にもわたる様々な音色。
そして、ドラムのタタタンという軽快で且つワクワクさせる音が鳴った。
それらの音が鳴りやむとしばらく無音になる。この時が一番ワクワクするんだよねって今日初めてライブハウスに来た人間が言ってみる。
そして舞台照明がパーッと明るくなってバンドメンバーの顔が確認できる。
みんな、いつもと雰囲気が少し違っていてかっこいい。
「最後だけど、みんなしっかり着いてきて。……まずは1曲。『Scarlet Sky』」
ボーカル兼ギターの美竹さんの一声から始まったライブ。歪ませたギターのカッティングから始まる「Scarlet Sky」はイントロの部分から観客のボルテージが上がっていく。
そしていつもの美竹さんとはまた違ったかっこいい歌声がベースの低音とギターのブリッジミュート(エレキギターのブリッジと呼ばれる部分に手の小指側側面を押えて弾く演奏方法)と共に始まる。
だけど、僕はずっと巴ちゃんの方を見ていた。巴ちゃんの音を聞いていた。
いつもは僕を引っ張ってくれる巴ちゃんが、今はドラムとしてバンド全体のリズムを支えている。
でも、ドラムを叩く姿やバンドメンバーとアイコンタクトをしながらニコッとする姿もとってもかっこいい。
この時だけはどうしてドラムセットがステージの奥に設置してあるんだって思ってしまった。もっと前で、もっと近くで君の姿を見たい。
そして歌のサビに突入し、AメロやBメロでは無かった盛り上がりを一気に魅せる。僕も気づいてみると周りの観客と同じように飛び跳ねていた。
携帯に入っているCD音源の音楽では味わえない、感情のこもった音の一つ一つが僕の心を激しく揺さぶる。耳だけでは無く身体全体を震わすこの感覚は、言葉では表す事の出来ないぐらい、すごいんだ。
Afterglowのみんなの演奏は、僕のあらゆる感情を奪い去る事を容易くやってのけたんだ。理由としてはなんだけど、気づいた時にはライブが終わってしまっていたほど。
だけど、不思議とライブの全貌と身体が勝手に飛び跳ねるようなワクワク感は覚えていた。
ライブがすべて終わって観客たちはライブハウスから徐々に出て行く。
もちろん僕もそんな観客の一人であるから、ライブハウスの出口から外に出た。
出たのだけど、そのまま家に帰る気にはなれなかった。
無意識に、いや本能的に巴ちゃんに会いたいって思ったから。
だけどSNSで巴ちゃんを呼んだりはしていない。今は幼馴染のみんなとライブ終わりの感動に浸っていると思ったから。
もうすっかり暗くなった春の夜空を見上げながら、いつまでも巴ちゃんを待とうって思った。
5月にもなって心地の良い風が僕の頬を撫でる。空には名前は知らないけど、たくさんの星たちが形作っている。
普段は夜空なんて見ないから分からないけど、こんなにも星って明るいんだ。
「……あれ?正博か?」
「えっ?」
僕がライブハウスの近くで壁にもたれながら夜空を見上げていると、僕が待っていた女の子の声が聞こえた。
声のした方向を向くと、巴ちゃんに彼女の大事な4人の幼馴染たちがいた。
僕は寄りかかっていた壁をクッションのように反発させて巴ちゃんの近くに行く。
そして僕は巴ちゃんの手を僕の両手で優しく包み込んだんだ。その包んだ両手でブンブンと上下に振り回した。
「巴ちゃん!すごかったよ!言葉にするのが難しいけど、すっごく良かった!」
「お……おう、ありがとうな」
「あれ?ど、どうしたの巴ちゃん?」
「いや……そんなに喜んでくれたのは良いけどさ、なんかちょっと恥ずかしいなって……」
「へ……あっ!」
巴ちゃんは目を丸くしながら僕の行動にされるがままだった。そして僕がやってしまった事を今になって分かってしまった。
周りの幼馴染たちはあっけにとられているような表情をしていた。
青葉さんだけ、何故かニタ~ッとしていた。
人前で、こんな事をしちゃって……って待って。今僕が優しく握っている手って……。
その手を目線でじっくりあげていけば、顔をほんのりと赤くした巴ちゃんがいた。
@komugikonana
次話は5月17日(金)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入りにして頂いた方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
唸るような暑い日が続く7月のある日。
僕は学校の講義に耳を傾けているけど授業が全く分からない。そんな退屈な日に隣に誰かがやってきて……!?
「来週、正博の家で一緒に勉強しようよ」
次回「僕のドキドキ理論」
~豆知識~
CiRCLEで働くスタッフ……この作品ではまりなさんの他に「ちーくん」と呼ばれている男性スタッフがいます。この二人の関係は知る人ぞ知る関係だったり。
~お詫びと訂正~
・今作品「image」にて誤字がありました。「夕焼けとの出会い、そして夜に知る④」
誤)「いっらっしゃいませ!……あっ佐東君。こんにちは」
正)「いらっしゃいませ!……あっ佐東君。こんにちは」
簡単な変換のミスでした。読者のみなさんにご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。そして誤字報告をして頂いたタマゴさん、ありがとうございました!
・前作品「幸せの始まりはパン屋から」の第2話にて誤字がありました。
誤)「そうなんだっ!なんかドラムとかやってそう。パンを伸ばす綿棒でドラム叩いてるんでしょ?」
正)「そうなんだっ!なんかドラムとかやってそう。パンを伸ばす麺棒でドラム叩いてるんでしょ?」
みなさんにご迷惑をおかけしたこと、重ね重ね謝罪させていただきます。
申し訳ございませんでした。そして報告していただいたニボッシーさん、ありがとうございました!
では、次話までまったり待ってあげてください。