閃光のスタースクリーム 空軍のニューリーダーはこの俺だ‼ 作:リースリット・ノエル
さて今日の幼女戦記は、バルト海に面したウーゼドム島の小さな村から始めよう。
このなんの変哲もない風景の元で、実は恐るべき計画が実行に移されようとしていた。
とある空軍の参謀将校は心中で語る。
「ここまで来た目的を忘れんなよ!」
統一歴1919年11月11日 ペーネミュンデ空軍兵器実験場 統合技術開発本部「ジオパネル」
ウーゼドム島の小さな村ペーネミュンデ。
この地一帯を兵器実験場の為に1917年に帝国航空省が買い取った事から始まる。
帝国陸軍兵器局、空軍技術開発局の協力の元に試験場整備、関連施設増設が進められ、1919年中旬にはほぼ完成する。
時期を前後して、多くの科学者・技術者・技師がペーネミュンデを目指して移動し始め、11月上旬には必要な人材が技術開発本部に集結する。
そして11月11日、エッジの効いた存在感を放つ技術開発本部のランドマーク「ジオパネル」内にある一画。
飾り気の無い無機質な広いロビーにスーツの集団が集められる。
時間にして午前9時、もうすぐ記念すべきプロジェクト遂行にあたり、この場で式典が模様されるのを彼らは、互いに知的な談笑を交えながら待つ。
ここにいるのは数百人に及ぶ科学者・技術者・技師達だ。
彼らがこれから始める計画の主要人員となっていく存在であり、先端技術を牽引していく帝国の至宝である。
いずれも俊英を誇る天才達で、帝国における社会的地位は高い。
若くても能力があれば、立身出世が望めるお国柄といのも特徴だが、何より帝国人の国民性がそうさせる。
帝国人は、実用的な知識や学問的な努力に対し常に敬意を払い、その価値を理解している。
そのため帝国では、他国と比べるとその社会的影響力は強く、また有能な人間はこうした分野の職業に就こうとした。
給料も非常に高給な上、特定の分野で成功すれば更に自分の望む研究に励む事が出来たからだ。
数百人いる科学者達の中にいる若きヴェルナー・フォン・ブラウンもその一人である。
きっかけは、とある休日に彼の母親が町の掲示板で張られていた空軍の研究員募集ポスターを見た事だ。
ポスターを見てすぐさま、ピンっときた母親はすぐさまポスターを回収し、家に戻ると休日を寛ぐブラウンに詰め寄ると
「ヴェル!あなたとあなたのお友達にぴったりの場所よ‼給料もとてもいいし、生活にも困らない。それに軍が必要な環境を全て用意してくれるんですって!」とブラウンにポスターを見せ、早口に喋る。
母親が興奮気味に「早く行きなさい!みんなと!」と捲し立てられながらも、「母さん、少し落ち着いて。流石にいきなりすぎるから、少し考えないと」と彼は母親を宥める。
だが実際、その心中はポスターの文言を見た瞬間、一撃で確定していた。
「皆さん、宇宙旅行を実現しませんか?全ての準備は陸軍と空軍が用意します。」
彼の夢の実現に最も効果的なフレーズだった。
この時、ブラウンはベルン工科大学に入学して、宇宙旅行協会にも入会し、ヘルマン・オーベルトの液体燃料ロケットエンジンの試験を手伝いながら、色褪せぬ月面旅行を夢見ていた。
だが予算が限られた上、上手くいかない実験の日々に焦燥感を募らせていた。
そして、民間ではロケットの関心はイベント的多少あれど、出資者は限られていた上、協力できる機関や企業は殆どなかった。
状況を打開すべく、工学士の学位を得て、帝国最高学府の一つベルン大学へ進むかどうか考えていた矢先に出会ったのだ。このポスターに。
熟慮する時間は必要なかった。
ブラウンは夢を実現するためには、手段を選ばない。
彼の心中に興奮と先を見た計算が流れていく。
市井の身でロケット研究をするより、民間に比べ莫大な権力と資金力を投資出来る国家機関に出向いたほうが最短で実現できる。
そして軍が主導するのが決定的だ。
何よりも軍の力があらゆる方面で浸透している環境の帝国では、彼らの行動の是非で全てが変わる。
一つの国の国家運営予算を遥かに超える潤沢すぎる資金源、設備投資能力、必要な資材の調達、人員の確保。
全て軍がやってくれるのだ。
不謹慎であるが、この国で神に等しい力を持つ軍をバックに研究できるのは、願ってもないチャンスだ。
特に空軍は航空戦力充実化、陸軍は新たな長距離兵器の研究を水面下で進めている。
要は新兵器を待ち望んでいるのだ。
ならロケット技術がこれから有用な存在に変わる事を彼らは理解しているというわけだ。
なら売り込む最大、最高の舞台だ。
行かないはずがない‼行くしかないのだ‼
そう決心すると、神に祈りを捧げる。
おお!神よ!夢を実現する機会を与えてくださり、心より感謝いたします!
ブラウンの行動力は神速に値する。
彼は、翌日には共にロケット研究に従事している友人達、大学の研究室の同僚や先輩に対し口達者でエネルギッシュな弁舌を振るい周る。
ブラウンから放たれる熱気の渦、若さが故に抱く夢の波濤が押し寄せた結果、皆一様にブラウンの意見に従う。
それどころかヘルマン・オーベルト博士も誘い、これを説得するという力強さを発揮する。
そしてブラウンとヘルマン博士以下数十名のロケット科学者は、ペーネミュンデに向かい、ベルン工科大学のロケット関連研究室はがら空きになる事態を招いた。
彼は一向に考慮しなかったが。
そして今に至り、ブラウン一向はこれから始まるプロジェクトに思いを馳せながら、その時を待ち望む。
ロビーにいる殆どが帝国人であるが、中には外国人も見受けられる。
これは少々不思議なものだったが、同じ大志を抱いたものであるのは間違いではなかった。
その中で一際、目立つのはケベック人の科学者ジェラルド・ブルである。
正しく天才と呼ばれた彼は、僅か23歳で名門トロント大学史上最年少で博士号を獲得した程の頭脳を持つ。
その後、合衆国の軍事研究開発事業団に研究員の職を得る。
そこには各列強国の兵器関係資料が運び込まれており、研究に没頭。
後に空気力学の権威として知られるようになる。
職場においてもその頭脳を縦横無尽に発揮した彼は、並々ならぬもの。
31歳の若さで軍事研究開発事業団の空気力学部門の主任となり、ジェラルド・ブルという名前は合衆国でも最優秀の空気力学者として知られるようになっていった。
空気力学を極めたから弾動力学も余裕だと言わんばかりに、火砲の設計開発にも関与・貢献する。
しかしながら、「天才的科学者」の常として、管理職に要求される政治的配慮は彼に無縁のもの。
彼がマスコミに対して広げてみせた大風呂敷の数々は、常に上層部の官僚達に問題視され、叱責と反論の応酬は両者の間に埋め難い溝を作り出した。
最終的にブルが軍事研究開発事業団を辞したのは、彼が空気力学部門のトップに立った僅か1年後のことである。
職を辞した後に、すぐさまそこで声を掛けたのは、帝国だった。
内容を端的に言えば、こうだ。
「我が国の将来における宇宙旅行に協力してほしい。あと火砲設計も込みで。」
実際、この言葉を信じれるものかどうかは定かではなかった。
宇宙旅行を実現に全力を尽くす国があろうかと。
どちらかと言えば、後者の響きが強いであろう。
彼にも色褪せぬ夢がある。
それはブラウンと同じ宇宙への思いと、月旅行である。
幼い頃にブルは読書と学問に没頭するが、この頃に彼の生涯の研究テーマとなるジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』との出会いを果たしている。
これは、南北戦争終結後の合衆国で、火器の専門家集団「大砲クラブ」が巨大な大砲を製造し、人間の入った砲弾を月に撃ち込もうとする物語である。
作品に感化されたブルは、ロケットの世界ではなく大砲に力のすべてを捧げることになる。
ー大砲の力で宇宙を貫き、月に到達するという夢を科学の力に変えて達するのだ。ー
ー大砲で宇宙を超えるー
彼の思いは常にそこにあった。
その夢、野心の片鱗が常にあった。
過去、合衆国で声を上げた大風呂敷の数々の原点はいつもそこにある。
傍から見たら、妄言を荒げる科学者に等しい。だから辞職に追い込まれたのだが。
この時代の合衆国では、宇宙や月というのは、あくまで空想科学の世界であり娯楽である。
これを現実として考えて、仮に可能だとしても事業的に実利に反したものであると認識していた。
合衆国からすれば、やる以前の問題。机上の空論だった。
ブルと時代との乖離が現れる。
しかして、彼は純粋なまでにそれを求めた。
だが合衆国では、叶わなかった。
だが、帝国は乗り気でいる。少なくとも合衆国よりは、先を考えている。
結果として、帝国の誘いに乗ることに彼は決めた。
妻子を残し、祖国を離れる決意を彼は下し、周囲からひっそり消えるように帝国の地に足を運び、そしていま帝国科学集団の中枢にいるのだ。
そしてブルは、待ちわびるその時を。
計画の始動を待つ。
ここにいる数百人の科学者、皆同じ心境であろう。
皆、騒がしく談笑しているのは、ウズウズして止まらない感情の奔流が体中を流れ出てるからだ。
皆、それを理解しているのだ。
そして午前9時40分、その時は幕を上げる。