【艦隊これくしょん】「雨」合同作戦誌【合作】   作:ウエストポイント鎮守府

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3話 【√速吸】

 5月の連休が終わり、和也にとっては気が重い登校となった。眠そうな顔をしながら教室へと向かう。

 教室に入り、自分の席に座ると顔を伏せた。このままホームルームまで惰眠を貪ろうと思ったのだ。しかしそれを阻止したものがいた。

 

「和也君、起きてる?」

 

 声の主は、隣の席の速吸だ。あまり気乗りしないが顔を上げる。

 そこにはお手本のような困った顔をした速吸が立っていた。

 

「……要件は?」

「ちょっと……数学の宿題忘れちゃって……」

 

 和也は何となく彼女が言いたいことを察する。つまりは和也のノートを見せてほしいとのことだろう。

 

「はぁ……」

 

 和也は小さくため息をつくと、バックからノートを取り出す。それを彼女へと差し出した。

 

「授業前には返してくれよ」

「あ、ありがとう」

 

 速吸は少しだけ不器用に笑った。和也はその顔に、なんとなく違和感を感じるのだった。

 別の日。授業が急に変更され、移動しなくてはならなくなった。この授業の担当は急に予定を変えることなど滅多にしない人だ。珍しいこともあるのもんだなと和也は思った。

 移動教室になったからには準備をしなければならない。和也は必要なものをバックから取り出す。いつも使っているノートが見当たらず、探し出した時には教室には誰もいなかった。とにかく授業に遅れないように教室を出ようとした。

 ドアを開けようと手をかけた瞬間、わずかにだが早く開く。

 そこにいたのは速吸だった。急いでいたのだろうか、勢いあまって俺の胸に飛び込んできた。

 

「きゃっ」

「うおっ」

 

 あまりにも唐突のことだったため、和也は体を引きつつ速吸の肩を抱きとめる。

 

「速吸、大丈夫か?」

 

 和也が聞く。彼自身は問題なかったが、どうやら速吸のほうは無事ではなかったようだ。

 

「あっあっ……かかっ、和也……くんっ!?」

「あぁ。どこか痛いところはないか?」

「だだっ、大丈夫ですっ」

 

 一瞬、今の状況を飲み込めていなかった速吸。気づいた瞬間に顔を真っ赤にし、ものすごい速さで和也から距離を取った。

 

「ご、ごめんなさい!」

「いや、大丈夫。それよりも早く準備した方がいいよ」

「えっ?」

「次の授業、移動教室になったから。急がないと遅れるぞ」

「えっ、あっ、えっ?」

「ここで待ってるから、早く用意しなよ」

「あ、うん……。ありがとう……?」

 

 速吸は若干の混乱を交えながら、自分の荷物の元へと向かう。その間にも、速吸は和也のことをチラチラと見ているのだった。

 ちなみに授業には間に合った。

 


 

 その夜、和也は最近の速吸の行動について思考を張り巡らせる。どうも自分に対して、よく関わってきているとは思っていた。しかし、それがどういう感情によって起こされる行動なのか、これが分からなかった。一応分かることは、一定の信頼を得ているらしいということだけだ。

 そんなある日、和也は放課後の暇になった時間を使って校庭を回った。この時は、なんとなく散策したい気分だったのである。

 ちょうど運動部が部活に励んでいる横を通っていく。和也にとっては運動部とは無縁の関係だ。

 和也は特別運動が苦手というわけではない。ただ、なんとなく運動することに抵抗感を感じているのだ。和也自身、これは言葉にして説明することができない。

 そんなどうでもいいことを頭の中で考えていると、建物の影から誰かが飛び出してくる。和也はそれに対して反射的に体を引いた。

 目の前をフッと通り過ぎる。直後に訪れる落下音。

 

「あいったたた……」

「ん?速吸か?」

 

 そこにいたのは、テニスボールが入ったカゴを落とした速吸の姿だった。どうも地面に躓いてよろけたみたいで、顔を少し赤らめいていた。

 

「え、あっ、和也く……ん?」

「おう。速吸は部活か」

「う、うん」

 

 和也の問いかけにうつむき加減で答える速吸。これまでと同じように若干挙動不審なところは変わらない。

 彼女との会話が途切れる。彼女は何か考えるそぶりをしたが、結局は何も言わずに転がったテニスボールを拾い出した。

 そんな彼女の姿を見た和也は、一緒になってボールを拾い集める。

 

「え、なんで……?」

「俺も悪いことしたみたいな感じだったし。これ、一緒に運ぶよ」

「で、でも……」

「いいから」

 

 半ば無理やりではあるものの、和也が荷物を持つ。速吸は数秒のためらいの後、それに甘えた。

 ここからテニスコートまでは遠くなく、すぐに到着する。

 

「あら、珍しい方がおりますわね?」

 

 彼女はテニス部の部長である三隈だ。鈴谷とは知り合いで、それもあってか和也とも顔見知りである。

 

「ちょうどそこで速吸と会ったもので。ちょっと代わりにボールを持ってきたんですよ」

「お暇なんですね」

「せめて予定がないと言ってください」

「冗談ですわ」

 

 彼女が言うと冗談に聞こえないと和也は思った。

 

「ところで、速吸さんはどちらに?」

「え?」

 

 速吸は先ほどまで和也の横を歩いていた。だが今はその姿が見えない。すると、和也の背中に何かが寄りかかる感覚を覚える。

 振り返ってみると、速吸が和也の背中に体を預けていた。一体どうしたのかと聞こうとする前に、彼女の体は重力に引かれるように崩れ落ちる。

 

「お、おい!?速吸!」

「大変ですわ!早く保健室に!」

「先生に伝えてきます!」

 

 和也が慌てる中、三隈は比較的冷静だった。それは部員も同じだったようで、かなり素早い行動をとる。

 和也は三隈に催促される形で速吸を保健室に運び込む。この時、いわゆるお姫様抱っこの形になってしまったのは仕方のないことだろう。

 


 

「軽い風邪ね」

 

 保険医の足柄先生は軽く言う。

 

「とりあえず今は安静にすること。目を覚ましたら水を飲ませること。あとは体調を見てすぐに帰りなさい」

「はい」

「分かりましたわ」

 

 速吸が寝かせられているベッドの横で話を聞く和也と三隈。保険医はそれ以上言わず、用事があるとだけ言って保健室を出て行った。

 入れ替わるようにして入ってきたのは、テニス部の顧問である。三隈が事情を説明するため、保健室の外に出た。

 ふと、和也は速吸の顔を見る。微熱があるのか、やや苦しそうな表情をしていた。和也は、これ以上何もしてやれないことに不甲斐なさを感じる。

 

「和也さん」

 

 顧問との話を終えて、三隈が戻ってきた。

 

「ちょっと保健室を離れなければならなくなりましたの。和也さんには悪いのだけど、速吸さんのことを見ててくださいません?」

「えぇ、大丈夫ですよ」

「ごめんなさい、なんだか巻き込んでしまったようで……」

「いえ、お気遣いなく」

 

 そうして三隈は保健室をあとにした。

 夕日が和也と速吸の二人を照らす。速吸の規則正しい呼吸だけが保健室に響きわたる。

 速吸の様子を見れば、だいぶ症状は治まったと和也は思った。

 

「起きたら、家まで送ったほうがいいかな」

 

 和也はポツリとつぶやく。帰宅途中にまた倒れても大変だ。和也の中にある、わずかな罪悪感が責任を感じさせていた。

 

「ん、うぅ……」

 

 速吸が目を覚ます。

 

「速吸、起きたか?」

「んん……。あれ、和也君……?」

「おう、具合はどうだ?」

「……っ!」

 

 寝ぼけた様子の速吸。和也が声をかけると完全に目が覚めたのか、一瞬で顔を夕日のような真っ赤に染め上げた。そのまま速吸は布団をかぶり、隠れてしまう。

 

「どど、どうしてここに?」

「速吸が倒れたから俺が運んできてな、起きるまで様子見てた」

「え、それって……うぅー……」

 

 事情を知った速吸は余計にうなってしまった。おそらく恥ずかしさでいっぱいなのだろう。正直、和也も速吸を運んでいるときは恥ずかしさで挙動不審になりかけていた。

 

「あの、もしかして迷惑かけちゃった……?」

「迷惑だなんて、そんなことは思ってないよ。とにかく速吸が大丈夫ならいいんだけど」

「うん……。大丈夫、です……

 

 速吸は布団から顔をわずかに出す。その目は親に甘えたい子供のようだった。

 

「とりあえず、これ。起きたら水飲んどけって」

「あ、ありがとう」

 

 和也が差し出したペットボトルを、速吸は起き上がって受け取る。

 ちびちびと水を飲む彼女の姿に、和也は心の奥のほうから湧き出る庇護欲を感じた。

 その時、速吸が持っていたペットボトルから水がこぼれる。量的にはそんなに多くはないが、服を濡らし肌を透けさせるには十分であった。

 

「ぁ……!」

「おいおい、本当に大丈夫か?ちょっと待ってろ」

 

 和也が保健室内の棚にあるタオルを取ってくる。

 

「ほら、これで拭いて」

「う、うん……」

 

 タオルを渡された速吸は、それを使って服に染みた水を拭う。しかし、完全にとはいかず、少し濡れたままだった。

 

「さすがに濡れたままは不味いよな……」

「いやっ、でも、大丈夫だから」

「これ以上風邪がひどくなったら大変だろ。それに、これぐらい甘えておけって、な?」

 

 速吸はそれ以上何も言わずに顔をうつむかせ、小さく頷いた。

 それを見た和也は、自分の持っていた荷物から使っていない体操服を取り出す。

 

「ほら。俺はカーテンの外にいるからこれに着替えて」

「……いいの?」

 

 速吸が問いかけるも、和也はわざと視線を外していた。今の状況を冷静になって考えてみれば、かなり恥ずかしいシチュエーションだからだ。

 

「じゃ、俺はしばらく外にいるから……」

「あ、あの!待って……」

 

 カーテンを閉めようとする和也に対し、速吸は途切れるような声で引き留める。

 

「な、なに?」

「あのっ、着替える、の、手伝って、く、だ、さい……?」

「え?……えっ?」

 

 和也は混乱した。同級生の女子から着替えの手伝いをお願いされるなんて思ってもいなかったからだ。しかしながら、このお願いを無下にするわけにもいかない。和也は決断を迫られた。

 そして答えを出す。

 

「……分かった。手伝うから後ろ向いててくれ。なっ?」

「はい……」

 

 夕方の保健室に男女が二人。これだけを聞くと、なにやらただ事では済まなそうな感じに聞こえるだろう。もちろん和也はそうならないように気を付けていた。

 和也に背を向けるようにベッドの上に座る速吸。緊張しているのだろうか、小さく肩が震えていた。

 和也はそっと速吸の服の裾に手をかける。そのまま上に持ち上げ、脱がしていった。

 裾が胸の下あたりに来ると、和也は小さく耳打ちする。

 

「両手挙げて……」

 

 その言葉通り、速吸は腕を上げて服を脱ぎやすいようにした。和也はゆっくりと、しかし手早く腕を通す。

 服を脱がせる間、和也はあまり速吸のことを見ないようにしていたが、その行為の関係上どうしても彼女のことを見てしまう。

 目の前にはきれいな背中をした少女が一人、顔を赤くしてこちらを窺うように見ていた。速吸も自分から言ったこととは言え、年頃の男子の前でスポーツブラのみでいるのは相当恥ずかしい。

 

「き、着せるぞ……」

 

 和也は一刻も早く、この状況を終わらせたかった。とにかく急いで彼女に体操服を着せることに集中する。

 速吸も同じことを思ったのか、脱いだ時よりもスムーズに行動した。

 なんとか着替えは終了する。和也は内心安心した。まさか自分の提案を彼女がそのまま受けるなんて思ってもいなかったし、その手伝いをするなど想定の範囲外だったからだ。

 

「あの……和也君」

 

 ふいに目の前にいる速吸が声をかけてくる。

 

「どうした……!?」

 

 和也が返事を言い切る前に、速吸が振り向き飛びついてきた。ベッドから飛び出そうな勢いで、和也を抱きしめた。

 突然のことで驚く和也。反射的に彼女のことを抱きしめる。

 

「ど、どうした?」

「あっ……ご、ごめんなさい。迷惑……だよね?」

「いや、迷惑ではないけど……」

 

 和也の答えを聞くと、速吸の瞳から涙があふれだす。

 

「ちょ……、えっ?」

「ぐすっ、えぐっ」

「な、ちょ、え?だ、大丈夫?」

「ひぐっ、大丈夫っ、ですっ。なんだかっ、うれしい感じがしてっ」

「うれしい?」

「速吸はっ、お話するのがっ、苦手でっ、うっ、今まであまりっ、友達がいなくてっ、ぐすっ」

 

 速吸は嗚咽を交えながら、和也の胸の中で自分のことを話した。要領を掻い摘むと、彼女は人見知りがひどくこれまであまり友人を作ってこなかったという。高校に進学したとき、それまでの知り合いが一人もいないことが不安でしょうがなかった。だが、和也がいたことで彼女にとっては大きな意味を持つようになったのだ。

 それが今日になって強く表れたのである。

 ここまで話すと、速吸は落ち着きを取り戻した。

 

「ごめんなさい、今まで黙ってて……」

 

 そう言って速吸は和也から離れようとする。

 しかし、和也は逆に速吸のことを強く抱き寄せた。

 

「ふぇっ?」

「そうか、大変だったよな。ずっと一人で寂しかったよな」

 

 彼女の話を聞いて、和也は彼女のことを慰めようとした。今更慰めても気休め程度にしかならないかもしれないが、和也にとってはそれをしないといけないような気がしたのだ。

 そしてその行動は正しかった。和也のやさしさが速吸の心に突き刺さる。

 

「うあぁぁぁぁぁぁん!」

 

 和也の胸の中で、これまで速吸が心に抱えていた気持ちがあふれ出す。大粒の涙が頬を伝って流れる。和也は速吸の感情が収まるまで、不器用ながら頭を撫で続けた。

 太陽が地平線の向こうへと沈む頃、速吸は落ち着きを取り戻す。この後、和也は速吸から全力の謝罪を受けることになる。

 外はだいぶ暗くなっていた。和也は彼女の今の状態を鑑みて家まで送っていったほうがいいだろうと思っていたが、意外にも彼女のほうから送ってほしいと頼まれる。和也にしてみれば、考えていたことだったため特に断ることもない。

 街灯で照らされる帰り道、二人並んで歩く。

 

「……あの、速吸?」

「何?和也君?」

「どうして腕を組んでるんです?」

 

 なぜだか分からないが、速吸が和也の腕に抱き着いていたのだ。その行動は、和也が敬語になってしまうほどであった。

 

「えへへ。いいの、これで♪」

「……はぁ」

 

 和也にはこんな急に大胆な行動ができるようになったのか分からなかった。

 一方の速吸は、これまでの自分らしくない行動に我ながら驚く。その原因はなにか、彼女には心当たりが一つあった。

 

「もしかして、好きなのかな……」

 

 和也に聞こえないほど、小さい声でつぶやいた。もしかしたら安易な恋かもしれない。それでも彼女にとって、大事な人になったのは変えようのない事実である。

 

「ねぇ、和也君?」

「何?」

「遅くなっちゃったけど、これからもよろしくね!」

 

 速吸の笑顔は、この雲一つない夜空に輝く星のように輝いていた。

 

 




 なんだよ、一番ヒロインしてるじゃねぇか……。
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