【艦隊これくしょん】「雨」合同作戦誌【合作】   作:ウエストポイント鎮守府

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この島は地形が変わった。え、なんでだって? それは──



硫黄島基地防衛戦(山南修)
硫黄島基地防衛戦:襲来


『速報です。深海棲艦が硫黄島へ侵攻開始したという情報が入ってきました。硫黄島は現在対深海棲艦の最前線基地となっており陥落すると近海航路に重大な危険が──』

 

 

硫黄島要塞地下/補給隊待機場

 

「硫黄島の全員に告ぐ。深海棲艦は硫黄島攻撃隊及び、近隣管区攻撃隊の攻撃を受けてなおここ硫黄島要塞に侵攻中である。我々の使命は──」

 

 司令官の訓示なんぞどうでもよくヘルメットの裏に挟んだ写真を取り出し追想に耽った。いつも通り死にはしないとかほざいているが死ぬ時は死ぬ時。馬鹿らしくて聞く気にもならない、そういうもんだと過去にわかっているからだ。十年前、深海棲艦が確認されてから俺やいろんな人が多くを失った。住む場所、金、船、友人、そして家族。俺は失ったものを取り戻したいがそれができないことは同じぐらいわかっている。だからクソみたいな司令官のアホみたいに長い訓示を聞くより思い出に浸る方が時間の有効活用だ。

 

「──軍曹、伊藤軍曹殿」

 

 名前を呼ばれ咄嗟に顔を上げる。部下の一等兵だ。

 

「小隊長殿から伝言です。我々第二八補給中隊第二小隊第一分隊は要塞内で機動的な補給を実施しろとのことです。伝令と通信に余裕がなかった為私が伝言を授かりました」

 

 紙の資料を寄越してくる。どれどれ、要塞内に置いて死蔵を避けるため弾薬その他が不足した陣地、砲に弾薬庫または余裕がある陣地、砲から弾薬を輸送する、か。車の割り当てはトラック四台うちクレーン付き二台。要塞で主流の一五五mm砲弾の重量を上はわかっているのか疑いたくなるもんだ。

 

「一等兵、ヘルニアには気をつけろよ。再生医療受けたいなら別に止めないが」

「あれ補助金あっても高いんで受けたくないですよ。そういえば聞きましたか? あの司令官がやけに楽観的な理由」

 

 戦術はしっかりしているが性格が残念な司令官が楽観的だと。よからぬ事でも企んでいるのか。一等兵はこちらの表情から知らないと察したか説明してくる

 

「なんでも南西諸島で深海棲艦相手に多数の戦果を上げてる特殊部隊が向かっているそうなんですよ。一人で百体もの深海棲艦を撃破したと噂されているところです」

「馬鹿を言え、一人でそんなに倒せるわけないだろう。それに援軍っていうものは大体遅れるもんだ」

 

 一騎当千のような人間が本当に居てたまるもんか。あいつらはそんなにやわじゃない。

 

「……まあそうですね、来ないよりはマシですし、有難く思います」

「来ない友軍より遅れてやってくる友軍ってわけだな。さて、準備に取り掛かるぞ。トラックにボンベを積んでくれ」

「了解しました」

 

 ヘルメットを被り直し地下要員用に配られたガスマスクを首から下げる。突貫工事のせいでたまに硫黄ガスが吹き出すからだ。ガス噴出孔を塞ぐ資材は全部陣地構築か海の底に消えてしまったから受け入れるしかない。最後に使い古した小銃を下げ、立ち上がった。

 

「野郎共、準備はいいか」

「アイアイサー」

 

 となりの分隊待機室には南西諸島戦から引き連れている兵共が準備万端で整列していた。

 

「我が分隊の任務は──」

 

 言いかけた瞬間、警報が鳴り響く。と同時に地下のこの部屋まで鈍い音多数が響いてきた。榴弾砲の射程内に深海棲艦が入ったというわけか。

 

「始まったか……」

 

 体が最後まで保つことを祈りつつ、伊藤清介(せいかい)軍曹は上を睨み付け、部下への説明をするのであった。

 

 

硫黄島要塞地下/医務室

 

 もう何度も行っている応急処置セットの確認をまた始めてしまった。どれもこれも完璧に収まっていて足りないものなど一つもないのに。私が参加したことがある戦闘の中でこれは間違いなく最大の損害を受け、下手すると自分も死ぬと本能が警告している。それなのに、ああ。

 

智畝(ちうね)中尉、最後の補給で来た医療品はうちに割り当てられました」

「ふむ、大石少尉。確か君の班の医療品が一部不足してたと思うんだが」

 

大石少尉はタブレット端末を弄り確認する。

 

「はい、先日の着陸事故の際に使った分が未補充です」

「ならそっちで補充してくれ」

 

 了解と答えた大石少尉を下がらせ落ち着こうと不味いインスタントコーヒーを口にする。戦前は本格的なコーヒーを入れていた身としては辛いの一言に限る。ないよりはマシであるのは言うまでもない。

 砲撃の振動とは──もちろん火山噴火や地震ではないが──違う振動で紙コップの中に入ったコーヒーが揺れる。その振動は絶えることなく、徐々に強くなっていった。

 

《こちら二ツ根浜第一水際防衛線、深海棲艦からの砲撃を──》

《バカな、まだ二十九km先だぞ》

《戦艦は新型砲でも積んできたのか! 退避、退避!》

 

 医療部隊士官の特権、各部隊と司令部の通信が全てを物語っていた。確か榴弾砲やミサイルを深海棲艦のアウトレンジで撃ち数を減らす作戦だったはずだが、これでは無理かもしれない。

 

「二ツ根浜の医療部隊は」

 

 慌てて配置図を引きずり出し、二ツ根浜の水際防衛部隊と連絡を取る。

 

《第二十二医療中隊だ、防衛隊とともに後退中で支援が欲しい》

「智畝中尉、水際防衛隊の医療支援に回れ」

 

 二ツ根浜の医療支援を現地の医療士官からと上官から命じられ

 

「了解しました。第二十一医療中隊は水際防衛隊の支援に回ります」

「智畝中尉、第二小隊は司令部周辺の応援の最中なので合流には時間がかかります」

 

 配下の三個小隊のうちの一個を要請で司令部周辺に回している以上、動かせるのは定員割れの二個小隊しかいない。呼び戻そうかと思ったが既に医療部隊が展開していることと、あの司令官の顔を思い出し取り止めた。

 

「仕方ない。大石少尉、君と私の班で行こう。既に第二十二中隊が展開しているから足りることを祈ろう」

 

 大石少尉は一瞬顔を険しくし何か言いかけたが、口を閉じ了解とただ呟いた。

 

 

 硫黄島地下に掘られた地下道をトラックが走っていく。ジープから顔を出せば荒削りで採掘機の跡が残る壁に削り取られ、非常灯レベルの明かりと時偶火山ガスが吹き出す急造感溢れる地下道をだ。真横には弾薬やら食料やらがどっさり積まれている。これらは全て摺鉢山の砲兵陣地への補給物資で射角の関係から撃てない陣地や保管庫から引っ張ってきた。

 着弾の衝撃で鈍い衝撃音が響き、パラパラと粉も降ってくる。

 

「崩れ落ちないよな?」

 

 若い二等兵がぼやく。初戦闘という訳では無いがこの中では一番経験が少ない兵だ。

 

「二等兵、ここで死ぬ時は圧死がいいな。閉じ込められて窒息死やら餓死とかは勘弁したい」

「伊藤軍曹殿、我々古参兵としてはせめて空の下で死にたいですな。穴の中じゃあ助けに来てくれる衛生兵の可愛いねーちゃんも来そうにないですし」

 

 ハハハと古参兵共の笑いは取れたが当の二等兵は体を固くしたままだ、ブラックジョークはまだ早かったか?

 

「そう固くなるな二等兵、強い友軍だって来ているって話だ。しかも俺達は沿岸部塹壕の部隊(最前線の弾除け)でも、砲兵陣地(敵の的)でもないだけマシさ。この状況だと司令部も危ないし勝てれば生き残れやすいはずだ」

 

 水際の陣地で受け止める構想じゃなくて上陸したところを叩くという構想なら場所によっては地下も危険だったかもしれないがな。上は一九四五年の海軍と同じことをやらかしている。困ったものだ。呆れ顔で首を振ると、やらかしたな 二等兵がガチガチに緊張している。このまま着いて作業してぎっくり腰とかになったら困る。

 

「おい、お前に対することじゃないから安心してくれ」

「はい、わかりました」

 

 俺の真横の席に座らせたのも不味かったかもしれない。上の榴弾砲からの要請で急ぎだったから仕方ないとはいえもう少し考えるべきだったか。

 

「二等兵、そう固くなるな。分隊長殿はよく物思いに耽るジョークが下手なおっさんだから気にするな」

 

 後ろの車両にいた伍長が部隊無線でおちょくってくる。野郎好き勝手いいやがって。

 

「伍長、君の次回の勤務記録に上官に反抗的と口が悪いと書き加えようと思うがどうかね?」

「まだ書いてなかったんですか隊長殿。てっきりずっと前から書かれていたと思ってました」

 

 これには部隊中が笑い、二等兵も吹き出した。一つ貸しだな、伍長。

 

「隊長殿、まもなく指定された砲兵陣地に着きます」

「わかった、よし! 野郎ども仕事時間だ、ぎっくり腰と落下に気を付けて運べ」

 

 全員が口々に了解と答え、砲兵陣地に到着した。

 

「第二補給小隊到着しました、此方が搬入する物資です」

「ありがとう、軍曹。そことあっちの砲の弾薬消費が激しいため優先して補給してくれ」

 

 分隊を二分し、俺は片方を引き連れ外側にある砲に向かった。既に一五五mm砲弾の薬莢が山のように積まれ、砲身の加熱で陽炎が立ち上っている。

 

「補給分隊です、砲弾三十発を持ってきました」

 

 この砲を指揮しているであろう中尉が此方を振り向き、近づいてきた。彼曰く継続射撃をしていたが砲身加熱ギリギリまで早いペースを維持していたらしい。かなり若い中尉だから仕方ないとはいえ、古参兵も何故ペースを緩めなかったのかと疑問に思いつつ補給物資受け取りのサインを貰った。彼の手は酷く震え辛うじて読める程度の文字だった。何故、そんなに震えているか聞くと

 

「軍曹、そこから外を見てみるといい」

 

 と、一言言われた。訝しんで覗いてみると、そこには……

 

 

 その部屋は吸血鬼がいるなら飛び込んできそうな濃い血の匂いと酔ってしまいそうな程濃い消毒液の匂いがしていた。

 

「第二十一医療中隊分遣隊です、医療支援に来ました」

「第二十二医療中隊の近藤少尉です、二十一は左の部屋の方に回ってくださいとの事です」

 

 若い少尉に言われ私はそちらに向かった。既に二十二が展開しているこの部屋はまさに阿鼻叫喚で見るも無残な姿な死傷者や血痕で溢れていた。原理は不明だが、深海棲艦の放つ火器は撃ったあとに大きくなる。戦艦級ともなれば見かけは機関砲程度でも三六センチメートル砲クラスの破壊力がある。そのためか、彼らが受けた傷は昔の海戦や砲撃を受けた際に出た死傷者の傷に似ている。今から私が診断する兵達もだ。

 

「こちらです」

 

 案内してくれた一等兵が扉を開けると……これまた酷い有様の負傷兵で溢れていた。彼らの多くは最低限の応急処置しかされてなく、まともな診断もされていない。

 

「大石少尉、君と私他に二人で診断を行おう。私は奥から始める」

 

 最低限の医療機器、止血帯と鎮静剤、それに四色のカード(トリアージ・タッグ)を持って部屋の奥に向かった。時折、液体を踏んだり運び込まれた者が落としたと思わしき物を踏んだ音が悲鳴や喘ぎ声に混ざって聞こえる。最も奥の負傷兵のそばにしゃがみこんで診断を行った。データパッドを取り出し負傷兵のドッグタグに書かれているIDを入力。負傷箇所とその状況を確認して軽く止血をして鎮静剤を打ち、緑色のカードを置いた。緑、黄、黒、赤のトリアージシートは色ごとに怪我や容態の酷さを表している。緑色なら止血や応急処置がしっかりしていれば問題ないが、黄や赤はそうも行かない。

 IDと怪我の程度を入力した目の前の負傷兵は辛うじて生きている状況だ。腹が切り裂かれ腸が出るのを誰かの上着で防いでいる。こうなるともうここでは打てる手もなく、輸送する暇もない。私は赤いカードにバツを描いて彼の上に置いた。そして鎮静剤を打ち込んで……放置した。

 

「少尉、そっちはどうかね」

「砲撃で状態が良くない者が多いです。特に戦艦級の砲撃の衝撃波で肛門から腸をやられた者が一定数いて治療室に下げてますが……」

 

 その治療室の手が足りてないと。

 

「……いつも通りやるしかないな」

 

 診断された兵のうち助かる者を部下が治療して私はこの部屋の大半を診断した時上官からの通信が入った。

 

 

 本当にあれが……。俺は十年近く戦場を駆けずり回って来たが、あれほど恐ろしい物を見るとは思わなかった。

 地下道を通る車内の雰囲気も暗く、行きは馬鹿笑いしていた連中は静まり返っている。

 摺鉢山上部の砲兵陣地で見た景色は深海棲艦が七分に、海が三分。あれは精神的に来るし、沿岸陣地が壊滅したのも納得出来る。摺鉢山の壊滅も時間の問題だが。沿岸陣地への砲撃がこっちにも向かってきている気がする。

 走行音と砲撃の振動だけが響く中、途中の分岐路で中尉が停車するよう手を上げていた。

 

「止めろ」

 

 運転手が車を止め後続車もそれに従う。俺は降りて見覚えのない中尉に敬礼をした。

 

「伊藤軍曹だったかな。私は憲兵隊の浜野中尉なんだが君に追加の命令を授かってきた」

 

 いかにも胡散臭げな中尉に嫌な顔を隠しつつ出された命令書をを受け取った。どれ……うお、司令官からか。負傷した海軍特殊部隊(特警隊)大佐を医療中隊が展開している部屋まで連れていけと。小間使いじゃないんだがなあ。

 

「なぜ我々がという顔をしているな。単に位置とタイミングがよかっただけだ。君たちの車両のうち一両を使って慎重に運んでくれ。一応容態は安定しているが安心出来る状況では無いのでな」

 

 そう言い、中尉は兵卒に意識不明の大佐を載せたストレッチャーを一両目に載せるよう指示をした。

 

「伍長、俺と運転手、あと一人以外は待機所に連れて行ってくれ。命令が来た場合は分隊長代理として行動して構わない」

「了解しました、軍曹殿」

 

 この指示に満足したのか中尉は兵卒を残して去っていった。残された兵卒のうち最先任の伍長がよろしくお願いしますといい。ストレッチャーと共に荷台に乗った。あまりの無愛想さと大した説明がないの事に仮面の下で憤りを感じたが、任務だと割り切り助手席に座った。

 

「一等兵、出してくれ。上からの命令で慎重にな」

 

 不満そうな上官が脇にいるという部下には気まずくストレスの溜まる環境が出来てしまったが知ったこっちゃない。こればかりは彼に我慢して貰うしかない。荷台の前寄りに座っている二等兵をミラー越しに見ると何もない窓の外をずっと見ていた。

 目的地までは硫黄ガスの噴出がないルートを取れとも命令書に書いてあったので地表に近い、一部は露出しているルートを取らねばならないが、何もないことを祈ろう。

 

 地上付近の露出部分に来るまで車内は誰も喋らず走行音と砲声と着弾音、時折荷台から負傷した大佐(荷物)の様子を伺う声が聞こえただけだった。その間俺はずっと荷台の連中には見られない角度で不機嫌な顔をしていた。が、十分ほどゆっくり走って地上露出部分に近づいた時酷い硝煙の匂いが鼻を突いた。顔を顰めて露出部分に差し掛かったところで空を見上げるとおどろおどろしい雲がかかり巻き上がった破片か何かが視界に入ってきた。どうやら思った以上に状況は良くないらしい。反対側である南海岸の二ツ根浜や翁浜、摺鉢山以外にも砲撃が飛んできているようだ。

 

「分隊長、医療中隊の士官がどうやらこの先で迎えに来ているそうです。そこで後ろの人達をおろせと通信が来ました」

 

 最後に面倒事が起きそうだが胡散臭く無愛想な連中と離れられるのはいい事だ。

 

「よし、運転手。向かってくれ」

 

 地上の塹壕のような道を走りもう少しで到着と言ったところで対空砲の唸りが轟いた。遅れて空襲警報が鳴り響く。空軍が壊滅させたはずの深海棲艦機動部隊がはやくも復活かもしれない。

 

「くそっ、急げ! ミンチにされちまうぞ」

 

 こんな時に限ってと思いながら運転手の尻を引っ叩き急がせる。何もしないよりはマシだと自分の小銃を取り出し窓の外に向ける。何故か響くプロペラ音が甲高くなり、かなり近くの地面が捲れた。

 

「運転手、もっと飛ばせ」

「ちくしょうが!」

 

 荷台の伍長が口煩く言い立てナイフを天井の幌に突き立て俺が出れるだけの穴を開け身を乗り出し小銃を空に向けた。二、三機いるらしいその空には既に多数の火線が伸びるがまだ落とせないらしい。

 キラリと何か一瞬光ったと思うとプロペラの音が大きくなり薄らと突っ込んでくる何かが見えた。

 敵機だ、そう感じ狙いをつけ引き金を引いた。不安定な体勢からのフルオート射撃で銃身が大きく上を向き慌てて下に抑えたが回されたのは二十発マガジンだったため直ぐに弾が切れた。マガジンキャッチを押して弾倉(マグ)を排出、予備マグを取り出し装填して……ドローンのような深海棲艦艦載機がはっきりと見えてきた。間に合わない、そう感じながら装填(コック)し再度狙いを着けた。一発、二発が出たところで、横合いから光が通り敵機が爆散した。何が起きたか把握する前に破片が顔にあたり頬を浅く切り裂いた。トラックが停車し近くの地下道の入口に医療士官達が見える。味方航空施設防衛機関砲(VADS)か。トラックを降りて医療士官の前で敬礼した時に思い至った。

 

「第二十八補給中隊第二小隊第一分隊分遣隊伊藤軍曹です。負傷者を連れてきました、中尉殿」

 

 既に背後では空襲下であるためか、いそうだ様子の伍長達が荷物を降ろし医療士官の部下とともに下に降りている。そして中年と思わしき中尉が答礼をし語りかけてきた。

 

「智畝中尉だ。運んでくれてありがとう」

「いえ、命令ですので。それでは失礼します」

 

 踵を返してトラックに戻ろうとすると智畝中尉が呼び止めた。

 

「軍曹、これを使ってくれ。軽傷向けのこれは在庫がまだ多いからな」

 

 そう言い湿布を渡してくる。感謝の意を示し今度こそトラックに戻ろうとするとまたプロペラ音が大きくなってきた。

 

「一体全体、何機いるんだ!」

 

 部下が指さし小銃を向けた方向を見ると敵機が真っ直ぐ突っ込んできた。そして何かを切り離し……は。

 

「ぬおっ!」

 

 咄嗟に呑気に見上げている中尉を押し倒した否や近くの地面で爆弾が炸裂した。激しい衝撃を受け視界が一瞬暗転し背中を叩きつけられた。

 

「ぐふっ」

 

 息が詰り体のそこら中が痛むがそれだけだった。頭を振ってめまいを弱める、弱めた気にして軽く体を確認する。頭が軽くややふらつくがそれと叩きつけられた痛み、息苦しさがあった。

 

「あ、中尉殿!」

 

 思い出して突き飛ばした中尉の方に目をやるとうつ伏せで倒れていた。駆け寄り呼びかける。

 

「大丈夫ですか、中尉殿」

「……ああ、大丈夫だ。少々耳がキーンとするが」

 

 中尉は耳を抑えつつ立ち上がった。突き飛ばした際の痛みかちょっと吹っ飛んだ時の痛みか知らないが背中を摩っている。

 

「君のお陰で助かった。ありがとう」

「軍医の喪失は痛いので、少々手荒な真似をさせて頂きました」

 

 手を差し出し、立ち上がるのを手伝う。智畝中尉は手を掴み立ち上がって埃を払った。

 

「予想以上に状況は悪そうだなっと」

 

 中尉は私の横を通りしゃがんで……私のヘルメットを掴んだ。

 

「どうやら何かの破片か石で切れたようだな。君の顎が切り裂かれなくてよかったよ」

 

 顎紐が切れていた。思わず自分の顎を触るが、軽い痛みを感じただけで済んだ。

 

「写真は君の家族かな。仲が良さそうだね」

「はい、良かったですが十年前に洋上で死亡しました」

 

 家族のことを聞かれて咄嗟に答えたが、これは無いだろうと自分でも思った。

 

「……すまない。できれば治療してやりたいが、時間が無い。これを渡しておくから貼っといてくれないか」

 

 といいまた湿布を貰った。有難く受け取りヘルメットも受け取った。

 

「いえ、こちらの言い方も宜しくありませんでした。有難く受け取ります」

 

 

 湿布を受け取ったあと、様子を確認しに来た医療部隊の少尉が智畝中尉を連れていった。中尉はもう一度礼を言うと何やら熱心に少尉と話ながら地下へ入っていった。

 俺は部下の元へ戻ると浮かない顔をした二等兵がトラックの前にいた。

 

「軍曹殿、無事でしたか」

「この顔を見てそれが言えるのかあ」

 

 二等兵はちょっとしたジョークを軽く受け流し状況を説明した。

 

「軍曹殿の部隊内無線機に繋がらなかったのでおそらく故障しているかと。その間私が伍長殿からの通信を聞いていましたが新たな命令が来ました」

 

 ただならぬ二等兵の雰囲気を感じ取り身を引き締めるが、足りなかった。

 

「我々も前線で戦います。もうまもなく二ツ根浜に深海棲艦が上陸します」

 

 

 




私も硫黄島に居たんだよ。居心地はそこそこよかったが、深海棲艦襲来時は地獄だったよ。次々運ばれる兵、物凄い勢いで消費される弾薬と命。地獄の蝦蟇口が開いたみたいだった。そうそう、まだ続きがあってだな。
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