【艦隊これくしょん】「雨」合同作戦誌【合作】 作:ウエストポイント鎮守府
艦娘にとっての荒海の洋上は、自身の6倍強の障害物が不規則に乱立するという非常に厄介な環境であり、そこを戦場にする場合は特別注意が必要である。
最大の難点は波浪により射線が通りづらくなるので砲雷撃の命中率は低下する傾向にあり、雨天ともなれば視界不良にもなり自然と両者の相対距離や戦闘半径は縮まってくる傾向にある。因みに多くの場合艦載機の発着艦は困難となる。
これらの点から、荒天時の戦闘においては戦艦娘などによる遠距離からの速射、水雷艦娘による迅速な接近と砲雷撃が効果的な戦法とされる。
因みに探知の問題に関しては、艦娘に基本的に備わっている霊波探知機能を用いれば波を透過して深海棲艦を索敵し捕捉することが可能である。普通ならば敵を見失うほどの深刻な視界不良に陥ることはまずない。
艦これ妄想戦記:荒天に戦火は燿く
雨。空から無数の水の雫が降り注ぐこの気象は、古来より地上と生命に潤いと恵みをもたらし、一方で生命に禍を齎し、果ては地上の全てを洗い流してきた。雨。人々は古来より崇拝し、畏怖してきた。人の行動、営み、その集合体である文明の盛衰に、この気象が深く絡んでいたのは言うまでもない。
現代に至り、より技術や文明を発達させてもなお、その事実は変らない。
PM1:23 北緯7度西経162度ライン諸島北沖
空を覆いつくす黒い雲より降りしきる大雨が、強風の下白波の上がる海原を乱れ打つ。雨風の轟音と白波と雨粒の飛沫に満ちる沖合の海。
その荒海の薄闇を橙の光弾が切り裂いた。
二方より幾多もの橙色の光弾が飛び交い、海に落ちては白波を砕いて水柱を打ち立てる。幾重もの爆音が次々と響き渡る。
飛び散る水飛沫から少女が飛び出す。黒を基調とした制服に艦艇の一部を模した重厚な装備を全身に纏う、桃色のサイドテールを靡かせる可憐な少女だ。彼女は荒巻く海の上を高速で滑走していく。地に立つかの如く海面に立つ彼女の足下で海水は渦巻き、あたかも船が水面をかき分けて進むかの如き波しぶきが後ろに曳かれていく。
桃髪の少女に、似たような装いの少女達が5名縦列で追従、彼女と同じく当然のごとく海上を滑走していく。
黒、或いは白を基調とした制服を纏い、その上にマスト、艦砲や機銃や発射管などの兵装、煙突、或いは切り取った船体の一部を象った重厚な装備品を身に着け、戦火広がる海の上を駆ける可憐なる少女たち。
彼女達は『艦娘』。在りし日の記憶を映す『艦霊』を宿し、艦艇の力を振るう少女たち。人類の海の平和と安寧を守るために戦う、海の防人だ。
相対するのは『深海棲艦』。漆黒の装甲を灰色の体に纏う、機械と生体が融合したような奇怪なる生き物。艦娘と同じく海に沈んだ記憶をもとにかつての艦艇の力を行使する超常の存在であり、海から人の生命と安寧を脅かす敵性存在だ。
今この荒海で、艦娘と深海棲艦の戦いが繰り広げられていた。艦艇の力を行使する人と同規模存在同士の戦はまさに、ミニチュアサイズにまで濃縮された艦隊戦だ。
薄闇を照らす橙の光の弾幕を躱しながら、桃色の髪の艦娘が躍り出る。くるりと身を翻すとともに、長大なサイドテールが雨風を切り舞い踊った。そして右手に持つ銃器型の三連装砲を右舷の荒波の間に見える敵方に向け、放った。
紅蓮の爆炎が雨を散らし、海原を震わせる砲声が響き渡った。
艦これ妄想戦記『戦火鎮める雨は降る』
三連射したところでトリガーから指を離し、由良は再度180度ターンして海原を蹴った。直後、由良がいた所に敵の砲弾が通過し、荒波を撃ち抜くのが見えた。
《後ろの皆は大丈夫!?》
由良はまず自身の乗員妖精、見張り員に霊子の声をかけた。
《従属艦娘に着弾確認できず。無事でしょう。》
《よかった。》
《しかし先程の主砲3連射9発、命中弾は一発のみ、効果も薄いです。》
《距離が遠いからね。》
先程見えた敵影との相対距離は、目測では凡そ2500だった。ほぼ射程距離ギリギリで咄嗟の射撃、そしてこの雨となれば命中する方が幸運と言えよう。
それより問題は、敵影の数だ。
《見えた限り重巡リ級、旗艦しか見えなかったけど、他はどうしたのかしら?アレ含めてあと4体だったと思うけど……。》
そう思考を巡らせ、周囲を探りながら由良は荒波の間を縫うように移動する。その後ろを、従属艦娘達5名が続く。
従属艦娘達が通過する白波が、突如爆音と共に砕け散り、白波が熱波を伴い麓にいた艦娘達に浴びせられる。
「キャアアアア!!」
木霊するのは駆逐艦娘五月雨の悲鳴。この激しい雨風と爆音に満ちた環境下でも、尚もよく響き渡るハイトーンクリアボイスだ。
《大丈夫?五月雨ちゃん!》
由良が霊子通信で呼びかけると、即座に五月雨の声が霊子の波に乗って帰ってきた。
《大丈夫です!これくらいッ!?……とと。》
持ち直すときに転覆しかけたようだ。
艦娘は艦艇に比べて転覆しやすい。この荒海の上ならば猶更である。その分艦艇よりも格段に復原しやすいわけだが、それでも戦闘時においては致命的な隙となる。可能な限り避けたいところだ。
《大丈夫みたいね。》
後方を自らの目で確認し、五月雨をはじめ全艦娘に損害がないことを確認する。しかし尚も敵砲弾は由良含めた艦娘達目掛けて飛んでくる。敵の狙いは正確だ。至近弾どころか直撃コースも少なくない。
《とにかく気を付けてね。敵は結構やるから。》
《は、はい!》
白波の麓を潜り抜けながら由良は霊子通信で五月雨に投げ返す。五月雨の返答が来ると同時に傍らの白波が爆ぜて弾ける。
《敵は確かリ級ツ級ヘ級ロ級だっけ?》
言ったのは20m後ろに続く村雨だ。
《プラス二級ね。そのリ級が左舷にいる。距離は2500。》
《だったらその周辺に残りもいるっポイ?》
同じく後ろに続く夕立が呑気な口調で言う。その傍らを橙の閃光が掠めて髪を靡かせるが、その表情は変らない。
《いえ……近くに随伴艦はいなかったわ。》
《敵は隊形を崩して、三方から攻撃を仕掛けているんじゃないかしら?》
村雨の予測は頷けた。確かに敵の攻撃は三方向から飛んで来ていると観られる。敵はこの荒天の中、連携を取ってこちらを半包囲するように移動して砲撃しているのだ。そう考えれば砲撃の正確さも納得できる。
うねりの谷間に滑り込む直後、また白波が弾けて橙の閃光が掠めていく。砕けた白波が飛沫となって後続の駆逐艦娘達に降りかかる
《だったら適当な方に突撃して包囲を破ればいいっポイ?》
夕立の出した提案は常套手段だ。しかし由良はその案に乗れなかった。大きな不安があったのだ。
《駆逐級が見当たらないのが気になるわ。》
《最初の長距離雷撃で仕留めたのでは?》
そう言ったのは夕立の後方を走る春雨だ。降りかかる爆風と飛沫に対し、白いベレー帽を左手で抑えてこらえる。ピンクのサイドテールが激しく揺らめいていた。
《最初の雷撃で仕留めたのは一隻よ。それは間違いないわ。多分、私たちと同じようにこの荒海に潜んでいるんじゃないかしら?》
《電探に感がないのも?》
《この雨風の中、波の谷に潜んでる敵は見つけにくいでしょ。》
霊子通信越しに《そっか……》と納得したような春雨の声が聞こえる。
《身を隠してるってことは、隙をついて一気に襲い掛かろうって魂胆かしら?》
《でしょうね。》
不意に、由良から見て十一時の方向に敵影が走るのが見えた。由良は右方に滑りつつ主砲を9発、進路予測しつつ撃ちこむ。
直後由良がいたところに敵の砲弾が撃ち込まれる。爆風と水飛沫が由良の髪を靡かせ、ほほに熱い空気が降りかかる。
由良の放った砲撃は海面を叩いた。外れた。敵も由良達と同じように白波をうまく障害物として利用しているのだ。ランダムに立つ白波の合間を縫うように走りながら、こちらに砲撃を仕掛けてくる。狙いは粗雑。撃ってくると分かれば避けることは難しくない。尤も、今由良達は三方向から砲撃され続けている。回避に精一杯で攻撃に転じにくい状況だ。
《距離1800ってところかしら……相手はヘ級……》
そんな中で由良は視認した情報から相対距離と敵の識別を図った。
正面の敵、ヘ級は由良の主砲の有効射程内にいる。射程と主砲火力と敵防御能力から考えれば砲撃で仕留めることは可能だ。しかし、この荒海の上で三方向からの砲撃を躱しながらとなればそれは困難なものとなる。
村雨の予測が俄然真実味を増す。つまりこの状況が続けば、一網打尽だ。
《さて……どうしましょうか?》
《やっぱり突撃が一番っぽい?》
《でも駆逐級が潜んでいるからね。》
《だったら、炙り出せばいいんじゃない?》
通信でそう言ったのは、最後尾にいる北上だ。
《炙り出す?どうやって?》
由良は訊いた。それができれば苦労はしないのだが……。
《当然、突撃よ。》
《ぽい!》
北上の提案に反応し、夕立が喜びに震えた声で吠える。
《いや、アンタら駆逐はまだよ。》
《くぅ~ん……。》
北上の制止で夕立の息が消沈する声が聞こえてくる。夕立の犬化が進んでいる。この状況でよくふざけられたものだと由良は呆れながらも感心し、そして直後北上の言わんとすることを悟る。
《つまり、私とあなたで包囲網をかき回すってことね。全く無茶を言うわ。》
《今の状況よりはいいでしょー。んじゃあ由良っぺ、行くよ。》
《はいはい。じゃあ皆、敵の居場所が分かったら、後は頼んだわよ。》
《OK》《OK》《了解》《了解》
駆逐艦娘達の返事が一斉に届いた直後、最後尾より爆裂音と共に白い水の壁が噴き上がった。砲撃ではない。急加速した北上が立てた航跡波だ。
航跡波が立つのを見た由良もまた急加速を開始する。タービンがけたたましい怒号をあげながら回転数を上げ、そのパワーでもって足裏にできる不可視の浮揚推進力場に海水を溜め込む。そしてその溜め込んだ水を、踏み込みと同時に後方へ解き放つことで由良は水上をかっ飛んだ。
尤も、由良の航跡波は北上のそれよりは低いが。
急加速でスピードを得た由良は、眼前にあった白波に駆けのぼり、空中へと躍り出る。直後、由良を狙った砲弾がその白波を砕いた。
強風をその身に受けて宙を舞う。耳を打つのはごうごうと唸る雨風と、敵砲弾が空を切る音。体に覚えるふわりとした浮揚感があたかも自分が今飛翔しているかのような錯覚を与える。
眼前に広がる荒海に、ぽつりぽつりと見える紅蓮と黄金の鬼火。それは深海棲艦から漏れる霊子の光、彼女達が現世に残す影だ。由良は落ちるまでの間、飛び交う敵砲弾の雨の中でその光を頼りに敵を探る。
《軽巡ヘ級左舷1400、重巡リ級正面右方2100、軽巡ツ級右舷2100……》
右舷より右から左へ海原を切り裂くかの如く航跡波が立ち昇り、軽巡ツ級から火花と爆炎が散る。北上だ。
由良の視線が右舷まで移ると、その右側の端に2つの赤い灯を見つける。波の麓に潜みこちらに接近している駆逐ロ級とニ級だ。
《見つけた!駆逐級2体!距離は800か!直ぐに皆に伝えて》
《了解、直ちに位置情報を従属艦娘達に伝える!》
由良が宙を踊る間に、乗員妖精の通信士が座標データを霊子スクリプトに組み立て、通信機よりそれを駆逐艦娘達に送信する。
その後、由良は砲弾を掻い潜って無事に着水。白波を滑り降りつつ増速、荒波の中を駆け抜ける。
敵砲弾が、周囲の波を次々と砕く。熱を孕んだ飛沫が四方から飛び散り、由良に降りかかる。速度を上げて走る由良の体は、その飛沫を弾き返した。
由良は水面を蹴り、降りかかる飛沫と雨粒を払いのけ、激しくうねる海面を滑り抜けていく。三方向から飛んでくる砲弾は、機動で躱し、波を盾にして凌ぎ、直撃を防いだ。
目指すは、間近にいる敵の軽巡へ級だ。
ふと、ひと際高く立ち昇る白波を見つけた。
由良は両砲を構えてその白波を駆け登り、高く飛びあがった。そして左方の海を見下ろす。視線と共に左腕に付いたスロープ型シールドモジュール上部に備わる高角砲が由良の視線に追従する。
700向こうに、波の麓に身を隠す軽巡ヘ級が見えた。濃灰色の巨大な頭部のような形状の胴体より、人の上体が生え出たような異形。白骨のごとき白面で覆われた頭で宙を舞う由良を追っていた。頭部右側の孔より迸るその霊子の眼光に、驚きの色が見えた気がした。
由良の視界に映る
一手遅い。
由良は右手に持つ152㎜三連装砲、左腕スロープ型シールドモジュールの8㎝連装高角砲の引金を引いた。射撃の瞬間、衝撃によって体が大きく揺れる。こらえるところなどどこにもない。
構うものか。
由良はブレる体を抑え照準をへ級に定めながら可能な限り空中で砲を撃つ、撃つ、撃つ。一斉射撃。発射弾数24発。抑えきれぬ反動と身体の揺れにより弾道もブレて散布界も広まったが、それでも全弾、へ級周辺へと着弾。周囲の白波を砕いて24本の水柱を並びたてた。
へ級の身体が水柱に隠れる寸前、爆ぜて砕けた様がちらりと見えた。
《命中した!?》
《した!効果ありだ!が、撃沈したかは不明だ!警戒を続けよ!》
高速霊波通信で乗員妖精が警告をする。
(倒しきれていないなら、着水際を狙い襲い掛かるはず。ならば……)
由良は落下しながら通信士に指令の送信を命じる。
落着するその瞬間、浮揚推進力場を全力で動かし、海面からの衝撃を受けつつ跳ねあがった。
直後、由良の着地点付近を橙の光弾が通り抜けた。へ級の砲弾だ。
やはりへ級は生きていた。崩れ落ちる水柱を破り現れたその姿は、歪み抉れた胴体より爆炎を吹かし、焦げた上体を晒しながら、割れた白面より黄金色の霊子の灯を噴出させている。中破だ。
歪んだ胴より金属が軋む音と甲高い回転音でなる怒号を轟かせ、由良に向い突進する。
跳ね上がった今の由良に、これを迎撃する術はない。また着地点を狙われたら終わりである。そして中破でも構わず突進して距離を詰めるということは、敵の狙いは雷撃であると考えられる。
いや、砲撃と雷撃どちらでも変わりはない。どのみち由良にこの軽巡へ級を迎え撃つ術はないのだ。
由良自身には。
軽巡へ級の両舷が突如爆発。激しく噴き上がる白い水飛沫の中に、上体が裂け両腕がちぎれて白面が砕ける軽巡へ級の姿が飲まれて消えた。
体勢を立て直し速度を上げる由良のソナーが、相対距離800あたりに小型の潜水艦の反応を示す。事前に由良が放っておいた艦載潜水艇『甲標的甲型』だ。近辺に位置取りしていたことに気づいた由良は、空中から高速霊波通信で迎撃の指令を送って軽巡へ級を迎撃させたのだ。
(うまくいって良かったわ……。)
ほっと胸をなでおろす。この甲標的は艦載機と比べて臨機応変な運用は難しい。今のように指令を送って動かすことだっていつもできることではなく、効果的な運用をするには事前の打ち合わせや甲標的搭乗妖精の判断能力が不可欠である。
(あとで褒めなきゃね。)
再び気を引き締め、由良は残りの敵へと注意を向ける。今最も近いのは、自身より右後方1500程度先の位置にいる重巡リ級だ。
振り向くと、その位置よりくぐもった爆音を響かせて白い水の花が咲いた。水中爆発。魚雷、それも複数のものが纏まって一斉に炸裂し起こった爆発だ。それが膨大な水を宙へと巻き上げたのである。
これ程の雷撃を単体で行使できる艦娘など、この艦娘隊ではただ一名、北上しかいない。その北上が、朽ちて水の中へ墜ちていく白い花の下より、白波を切り裂きながら海上を駆け抜けていく。
《敵艦撃沈~。》
圧倒的な雷撃を叩き込んだ直後とは思えない、緊張感の薄い声が脳裏に響いた。
《流石ね。リ級とツ級の二隻撃沈したなんて。》
由良は戦闘の最中拾えた情報から北上の
《うんや。》
由良の放った賛辞を否定し、由良の脳裏に浮かんだ予測を肯定するような返事を北上は発した。
《私が撃破したのはあのリ級だけだよ。ツ級を仕留めたのは……。》
軽巡ツ級のいた方向に向くと、荒波を越えてこちらにやってくる村雨と五月雨が二つ見えた。強風に煽られてプラチナブロンドのツインテールと蒼いロングヘアがひらひらと靡く。
《軽巡ツ級撃沈したわ。》
そんなはつらつとした声で報告する村雨の黒を基調とした制服にも、その隣にいる五月雨の白を基調とした制服にも、目立った損傷は見られない。
《よくやったわ。駆逐級は……》
《駆逐級2体撃沈したよ!》
夕立の声が響いた。
見渡すと、一時の方向より荒波を越えて夕立と春雨がやってくるのが見えた。こちらも目立った損害は見られない。
そして周囲に敵がいないことは、周囲を見渡せば明らかだ。各計器も見張りの妖精もそう言っている。
《敵艦隊の撃滅を確認。》
安堵の息を吐きつつ、由良はポケットから掌サイズの錨、霊子攻撃錨を取り出す。
《艦娘隊各員より羅針盤へ霊力伝達。》《霊力調律。》《棲地修祓術式最適化完了。》《霊力、霊子攻撃錨へ伝達完了。》《霊子攻撃錨投下準備完了。》
霊子攻撃錨を握って取り出す間に乗員妖精たちのアナウンスが高速霊子通信で飛び交い、その進捗報告に合わせて手の中にある小さな錨に霊力が込められる。
ポケットから錨を取り出して0.3秒後、霊子攻撃錨の投下準備は整った。由良は拳を強く握って振りかぶり、海中に投げ込んだ。
黒い海に打ち込まれた白い錨は急速にその黒の中に飛び込んでいく。霊子攻撃錨は加速しながら棲地要衝に向って一定深度まで沈降、一定深度まで達すると棲地修祓術式が発動、霊子攻撃錨から霊力が棲地要衝に放たれて、棲地要衝を祓うことで霊子攻撃は完了する。
その間、艦娘達は霊子攻撃錨投下地点周辺を旋回し、周囲を警戒する。
《本当酷い雨風ね~。髪が痛んじゃうわ。》
《しかも見通しが悪いです。本当に厄介ですねこの嵐は。》
《だねー。この嵐が私らの霊電索敵を邪魔するって聞いてたけど、こんなに見づらいとは思わなかったよ。ポイポイ、匂いで敵の位置探れる?》
《無理~この天気じゃあ匂いなんて……じゃなくて夕立イヌじゃないしぃ!》
《だよねー。》
《一応音探、霊音索敵の方はそれほど問題なさそうだけど……どう?》
《はい北上さん。春雨の方も音探の動作は問題ありません。》《五月雨も、異常なしです。》《村雨のも、正常稼働中です。》《夕立!少々ずれてるが問題ないっポイ!》
《直せ。》
《ですよねー。》
《そんなふざけてるから見ろ、旗艦の由良っぺも尻尾ドゥルンドゥルン言わせて怒ってるよー。》
《ドゥルンドゥルン……!!!》
駆逐艦娘達の、笑いを堪えきれず震える声が聞こえる。間違いなく自分のサイドテールを指しているだろうが、これはこの強風により煽られているだけだ。
《怒ってないから……。》
《それ言ったら、北上さんのおさげだってドゥルンドゥルンじゃないですか……。》
震えた声で村雨がそう指摘する。すると当然意識は北上の三つ編みおさげに向いてしまい、同じく風に煽られて『ドゥルンドゥルン』と跳ねるおさげが妙におかしく感じてしまい、吹き出してしまった。
北上が、ジロリと由良の方を睨んだ。
ちょうどその時、髪の荒ぶりが収まった。雨風が弱まったのだ。
《霊子攻撃、完了しました。》《現在地の霊場の鎮静化を確認。》《棲地要衝修祓の成功を確認。》
脳内に畳みかける進捗報告と共に、辺りが明るくなっていくのを感じた。雲量が少なくなり、雲を透過する陽光が増したのだ。
波も低くなり、霊電光学透視索敵も効くようになって電探の調子も周囲の見渡しもよくなった。自分らの行く先に広がる紅に染まる空間も良く見える。
《続いて当該霊場の制圧を開始します。》
乗員妖精が次の作業、帰路及び次の
この間に由良と北上は甲標的の回収を行う。円周運動する母艦に集う甲標的を、一隻一隻手で拾いあげてはスロープ型シールドモジュールに再セットしていく。
《ありがとう。今回の働きは見事だったわ。助けられちゃった。》
《恐悦至極でございます。》
今回の働きを讃えながら、由良は北上の方を見やる。拾い上げた甲標的が手の内で発光しつつ銛に変化。それを北上は両脛の甲標的ランチャーへ再装填していく。千歳型の甲標的ラックを基に空母艦娘の式神技術を盛り込んで造り上げた甲標的運用モジュール。鎮守府運営開始時より使っている代物だという。
《雨は、やみませんね。》
作業の最中、村雨の通信が響く。確かに雨の勢いは衰えど止む気配は全くない。風も、前より衰えたとはいえ心なしか強く感じる。
《この棲地を完全に祓わなければ、この雨雲を晴らすことは出来ないということね。》
《面倒ねぇ。》
《さっさと終わらせて、帰ってシャワー浴びたいっポイ。》
《そうね。》
夕立の愚痴に由良がそう応えたときには、既に作業は完了していた。次に艦娘隊が進むべき航路が、次の戦地へ進む道が指し示されている。
そして甲標的も全て回収を終えた。
《ではいきますね。総員、巡航速度を維持し前進です。》
由良の号令の元、艦娘隊は10m間隔の単縦陣を取って進路に沿って航行を開始する。
紅く染まる棲地へ近づくと、結界に押しのけられるように海と空から紅色が払い除けられ、黒い雲と白波が顕わとなる。そして棲地に入り込む艦娘達を、豪雨と強風が歓迎した。
用語集
【第四水雷戦隊】
海上要塞鎮守府に配属している艦娘部隊。当鎮守府には珍しく史実準拠の常設部隊である。
由良を旗艦として配下に村雨、夕立、五月雨、春雨が入り、一枠分のフリースペースが存在する。今回はこのフリースペースに北上が入れられている。
尚、一部から『ライオットクルーザーズ』という俗称をつけられている。由良はこれを拒否しているが夕立が気に入っており、さそり座をあしらったエンブレムを採用したり、徐々にこの俗称が浸透していっているという。
【由良】
第四水雷戦隊旗艦。この艦隊の発足者でもある。
【北上】
第四水雷戦隊に送られた援軍。御覧の通り相当な実力者である。
【夕立】
改二。海上要塞鎮守府の主力駆逐艦娘の一人であり、練度なら第四水雷戦隊で最も高い。
【村雨】
改二。最初期に建造された古参であり、駆逐クラスタにとって頼れるお姉さんの一人。
立ち絵が「デスボール撃ちそう」と評判だった。
【五月雨】
ずっこけスライディングでコンボ補正リセットが可能ということが分かり、筋金入りの凄腕の間で話題沸騰のキャラ。
【春雨】
ドラム缶積み込みからの巻き込みコンボで高得点が狙える上級者向けキャラ。
【要衝】
深海棲艦棲地における、棲地中核以外の中継地点。プラントや拠点があったり、霊子資源収集基地があったり、パワースポットであったりする。つまりMAPにおけるボスマス以外のマス全て。
ここに霊塞ブイを設置することで、領域の霊脈やパワースポットと接続して航路に沿って対深海棲艦結界を敷設、帰路を確立することが可能。即ち棲地攻略戦において、艦娘はこれを中継しながら
【羅針盤】
対深海棲艦対棲地霊子戦闘統合装置【羅針(神)盤】
棲地攻略における最重要基本装備。
深海棲艦の実体固定、実体再生成阻止、霊体侵入阻止、複製体進入阻止の機能を有する霊力結界の展開、領域内のパワースポットや霊脈への接続及び霊場征圧、霊子戦闘における各機能の霊力ブースターとしての役割を担う、艦娘の霊子戦闘の中枢的存在。特に結界の存在は最重要であり、これがなければ深海棲艦とまっとうな戦闘を行うことはまず不可能。これを最も効率よく使えるからこそ、艦娘は対深海棲艦における最良の戦力となっている。
しかしその機能には拭い難き『揺らぎ』が存在し、多くの提督を悩ませる原因でもある。
【霊子攻撃錨/霊塞錨】
羅針盤に並ぶ棲地攻略における重要装備
深海棲艦棲地にある(多くは海底に存在する)拠点を攻撃し霊子的に支配されている領域を征圧、解放するための装備である。
最近の霊子攻撃錨は霊塞錨としての機能も有しており、霊子攻撃成功後は霊脈及びパワースポットと羅針盤とのリンクの中継点となり、帰路に沿って深海棲艦の進入と棲地の影響を防ぐ結界を敷設する。
この結界がある限り、艦娘はこの帰路に沿って安全に帰還できるのだ。