ガーリー・エアフォース Rasskas i Utopia   作:カデクル/けーで

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第一章「影の少女」
第1話「S-32」


―2017年6月9日―

 

「うん、悪くない」

手にした本を見つめ、独りごちる。

何気なしに窓の外に目を向け、しばし余韻に浸った。

 

晴れ渡る青の空。

それを見つめる少女は、窓から差す光に照らされてなお影のような雰囲気を纏っていた。

陶器のような白い肌、白と黒で揃えられた衣装。

紫がかった羽毛のような髪は腰あたりまで伸び、その小柄な体躯をベールのように包んでいる。

色彩というものを省かれたような出で立ちの中で、空を見つめる柘榴色の瞳が存在感を放っていた。

 

本というものを読み始めて何冊目になるだろうか。

それほど多くの本を読んだわけではないが、短編集というものは中々性に合う。

長編小説の重厚さも捨てがたいが、短編という僅かな分量に全てを詰め込んだスタイルは、「一回休み」というものを苦手とする彼女にはありがたかった。

 

以前、本に夢中になるあまり迷惑をかけた時を思い出し苦笑すると、時計に目を向ける。

「と、もうこんな時間。急がないとな」

愛用の羽根を模った栞を挟み、ページを閉じると、影のような少女―オリョールは待ち合わせの場所へ向かった。

 

 

「所長、私だ」

「ああ、来たかオリョール。時間通りだな」

軽く言葉を交わす。言葉少なではあるが、お互いやるべきことははっきりしている故だった。

「シミュレータの準備は出来ている。お前はどうだ」

「私なら大丈夫。始めよう」

所長と呼ばれた男、アレクセイ=プロコフィエフは、自分たちの研究対象であるアニマをシミュレータに向かわせると、モニターを携えたデスクに着く。

戦闘機のコクピットを模したカプセルの蓋が閉まるのを確認すると、訓練プログラムを立ち上げ、オリョールのモニタリングを開始した。

 

 

“あの頃”を思い出す。

かつてザイと呼ばれる飛翔体が確認される前、この場所にはマリインスキーの名は与えられていなかった。

その実態は決して最先端の研究機関ではなく、あえて言うなれば大きな町工場といったところか。

 

生産ラインから外れた機体が持ち込まれ、再び空に向かう力を手に入れる場所。

大きな生産ラインを持たないが故、技術者たちはモノを良く見て自分の手指を持って機械に触れることを求められ、技術を深めていった。

そのスタンスは、とうに生産を打ち切られた部品に対するある程度の新規設計をも可能にしていく。

やがて囁かれるようになった、「どんな機体でも、一世代進んだような、より良い機体として生まれ変わらせる」という評判そのものについて、プロコフィエフは確実な誇りを持っていた。

 

尤も、「一世代進んだような」という評判については、パイロットの腕前に依るところも大きかった。

エディソン=ミャスコフスキー、通称エド。

ロシア空軍屈指の操縦技能を持っていたとされる彼は、プロコフィエフの学生時代からの友人であった。

当時から航空機というものにひたすらに熱を上げていた彼らは、それぞれパイロットと技術者という道を志し、それを叶えて再び集ったのである。

 

 

そんな彼らが様々な機体を手掛け、空に飛ばしていった頃、“それ”は現れた。

 

ザイ。

初めて目撃された中国の言葉で災厄を意味するその謎の飛行物体は、2015年9月の遭遇以来各国の軍事力を圧倒し、世界に緊張状態を通り越した空気をもたらした。

その中、ザイの出現地域と地続きであり、強大な軍事力を有するとされるこの国・ロシアがザイに対する軍事研究の先端を切ることは、当然といえば当然であった。

 

果たして2016年も後半に差し掛かる頃、ザイに対抗するための兵器が完成を見る。

特殊無人戦闘機・ドーター。

ザイのコアを用いて作られたそれは、既存の戦闘機に徹底的な改修を施し、

人型制御ユニット・アニマがそれを操ることによりザイに比肩する機動性能・攻撃性能を持たせた機体だった。

ザイの有人機を優に上回る運動性能に対抗するための機動性。

人類側兵器の誘導性能及び各種センサーを無効化するEPCM(電子感覚対抗手段)への耐性。

これらを持つドーターを世界に先駆け産み出したロシアは、1号機ジュラーヴリク・2号機ラーストチュカを投入。

投入初期から大きな戦果を上げ、今では各国が研究を進め、次々とドーターが投入されていた。

 

しかし、研究の過程でドーターは大きな欠点を抱えていることが判明する。

機体そのものの高機動化は実現できても、それによる人体への負担及びEPCMの影響はどうにもならない。

そのための制御機構であるアニマであるが、これが一機種に一体のみしか生まれないというのだ。

実際、ロシアにおいても数少ないコアを用いてSu-27やMiG-29の改修が試みられたが、とうに適合することはなかった。

推論として、アニマはその機種の“本質”“記憶”といったもののの一代表である、という些かオカルティックな見解が、世界各国の共通認識となっていた。

 

余りにも広大な国土を持つロシアにとって、この問題は致命的。

そんな彼らがドーター以外の対ザイ戦術研究を止めず、これを加速させることは、考えるまでもなく当然のことであった。

 

 

オリョールの適合機体たる特殊電子戦機・S-32も、この流れの中生まれた機体の一機である。

プロコフィエフたちの工場に〈対ザイ用戦闘機〉の話が飛び込んできたのは、ド―ターの完成に先駆ける2016年春であった。

新規での機体開発など経験のない工場であったが、計画の詳細を聞いてプロコフィエフたちは奇妙な納得を見せたという。

Su-47を基礎ベースとした新規設計の機体、その設計データに改良を加えてほしいというのである。

元々在り物に手を加えたり、補完するのは彼らの得意とする処であり、また技術者集団としては新たなる挑戦でもあった。

以降、工場は対ザイ技術研究所〈マリインスキー〉と名を改められることになる。

 

後にS-32となる機体は、この時点では電子戦機型として〈Su-47MP〉と名付けられ、その開発は常識外れのスピードで進められた。

それまでとは比較にならないほどの予算はもちろんのこと、ロシアの持つ多くの航空技術へのアクセスが許された環境。

ザイとの戦いという緊急事態であるが故の贅沢さ。

その甲斐もあり、7月には暫定的な設計データが完成するかと思われた。

しかし、ドーターの欠点が露わになり、Su-47MPにはこれまでとは違った役割が与えられることになった。

 

以前の要求性能では、Su-47MPはあくまで前衛たるドーターに対する中衛としての性能を期待されていた。

ドーターのセンサーとリンクすることでEPCCMポッドによる電子/感覚面での支援を行いつつ、後方に攻撃指令を伝達し後衛機達の損害を抑えるという役目。

そのため自身はあくまで自衛程度の機動性があれば良いとされ、その範疇であればSu-47からの設計変更はさほど大きなものではなかった。

 

対して、新たな要求性能はこれらの性質と大きく異なるものだった。

高範囲へのデータリンクという電子戦機の機能はそのままであったが、明らかに有人機の範疇を超えた目標値が設定されていたのである。

Su-47MPが無人機としての道を歩み始めているというのは、誰の目から見ても明らかであった。

『恐らくは、ドーター管制の外部ユニットとして扱われるのであろう』

Su-47譲りの大きなボディがドーターに随伴するためのペイロードとして扱われることについて、

この機体に携わる者としては複雑な心境でもあったが、対ザイ兵器への需要も、彼ら自身の好奇心もあり、Su-47MPはその姿を変えていった。

その内、大きな変更点の一つである推力偏向ノズルの形状がSu-47の前身であるコンセプト案に似ていたことから、S-32と密かに呼ばれ始めたのもこの頃である。

 

果たして、Su-47MPは有人機としての意匠を持ちながらも、設計段階で無人機の性能を持たされた特異な機体として設計された。

 

設計データの正式採用が決定した8月半ばからは、実機の製作へ。

生産されている部品であればそれをいかなる手段をもってしても手に入れ、そうでなければ自分たちで作る。

こうして完成した機体には〈S-32〉の名が正式に与えられ、10月末を持って彼らの翼は空へと舞い上がった。

兵器として、例えどのような役割が与えたれていたとしても、今この瞬間S-32は彼らにとっての到達点だった。

 

 

それから続けて機体の試験が行われていた冬頃、S-32プロジェクトに危機が訪れる。

機体そのものの完成度は非常に評価されながら、ドーターと連動するEPCCMポッドの開発が難航していたのである。

一方ドーター開発においては、Su-47がコアへの適合を遂げ、順調に改修が実施されていた。

世界各国でドーターの研究が進められていたのもあり、T-50、MiG-1.44等他の機体に対してもコアの適合が試みられることに。

無論、ドーターへの予算投入はより重視されることになった。

 

S-32プロジェクトの続行には、EPCCMを抜きにしたS-32そのものの有用性の証明が求められた。

とはいえ、EPCCMポッドのないS-32を無人攻撃機として運用するには、あまりにも費用対効果が悪すぎる。

結局、S-32プロジェクトは凍結。テストパイロットのエディソンも前線に引き抜かれることになるのだった。

 

 

主を引き抜かれたS-32を乗りこなせるパイロットを呼ぶことも、そもそも飛行のための予算も出ない中、それでも彼らはS-32の保存に努めた。

彼らがS-32と共に歩んだ密度ある時間のことを思えば、自然なことだった。

S-32をドーター化するという話が出たのは、冬のプロジェクト凍結から数か月が経過した3月から4月にかけてのことである。

当初、マリインスキーの研究者たち、特にプロコフィエフはこれに大きく反感を覚えた。

聞く話の通り、アニマを生むのが機体の積み重ね、記憶が作る“本質”であるのであれば、製造から僅か半年のS-32にそのような積み重ねがあるはずもなく。

『事実上の廃棄処分ではないか』

そんな軍に対する不満が彼らを支配しつつもS-32を飛ばす代替手段があるわけでもない。

出来る限りのベストを尽くしながらもS-32の本当の終わりが近づいているかに思えた。

 

しかし、果たして何の奇跡か。S-32にアニマが形成されたのである。

そして、そのような積み重ねのあまりに少ない機体にアニマが生まれ、柘榴色の瞳を見せた日のこと。

 

『私は、私はS-32。…私は、何者ですか』

『お前の名前はオリョール、澄んだ空を翔ける荒鷲だ』

『オリョール…それが私の名前』

 

 

影のような少女が第一声を発し、オリョールと名付けられてから約一週間。

 

「シミュレーション条件を確認。S-32、状況を開始する」

 

電脳の世界に、その翼が飛び立つ。

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