ジリリリリリリリリリリ!
「──はぶぁっ!?」
突如、鳴り響く電話のベルで叩き起された。妙ちくりんな叫び声を上げ、飛び起きる。
どうやら、昨夜はあれからソファーで寝落ちしてしまったらしい。
濡らして手首に巻き付けていたタオルも、とっくに乾いてしまっていた。
電話の呼び出し音に、いたく急かされタオルを無造作にソファーに投げつけ、居間の端に置いてあるアンティーク風の受話器を手に取る。
「はい、もしもし! 銀鏡です!」
«ハァーイ♪ ボクだよ〜»
「詐欺ですね切ります」
問答無用で受話器を置こうとしたら、電話口からテノールの声が応答する。
«いきなり切ろうとしないでよ、傷付くなあ»
──白々しい、と思った。
«そんな態度取るんなら、キミに楽器を貸すの、やめようかなー?»
「あーっと、これはこれはフェリドサマじゃないっすかー!
電話口だと、一瞬誰だか分かんなかったですー!」
職を失う危機に、超必死こいてごまをすります。
あぁ〜、わたし、クルルちゃんなら別にいいんだけど、フェリド(コイツ)だけはなんかヤなんだよなぁ。
生理的に無理ってヤツ?
«フフ、まぁいいけどね»
秘技『手のひらクルクル返し』を、向こうはいとも容易く見破ったようだが、それは置いといてすぐさま本題を切り出した。
«今日のお勤めは休みでしょ?
どうだい? これからボクの屋敷でお茶会でも»
「え。……お茶会、ですか?」
いや…お茶会いうても、あんさんが飲むのは人の血でしょ。
と、心の中で揚げ足取りもといツッコミを入れると……
«ボクはお茶じゃなくて、血だけどね»
と付け足してきた。
吸血鬼って、もしかしてテレパシーとか使えたりするの? なにそれどんな妖術?
«美味しいお菓子を用意させておくよ»
「えぇ…と。どうしようかな……」
正直に言うと、クルルちゃんと違ってフェリドは本当にわたしのSAN値をゴリゴリに削ってくる存在だ。率直に言って関わりたくない。
「うーん……」
«なあに、用事でもあるの?»
歯切れの悪いわたしを責め立てるように、問い詰めるフェリド。
「いえっ、そういう訳では!」
«だよねぇー。キミ友達いないし»
お前の名前、心のデスノートに書き入れて殺ったからな。
「その、今日は家でゆっくりしたいナーって思ってたもので」
頬を引き攣らせながら、それらしく断りを入れる方面に持っていこうとしたところ、思わぬ王手をかけられた。
«せっかく、スカーレット家の当主がキミに会いたいって言ってるのに?»
当主……ということは、どこかの名のある貴族?
スカーレットという名前は聞いたことないけど……
フェリドは上位の貴族階級。そんな彼と同等ということだ。実力はともかく、表向きは。
クルルちゃんやフェリドの他にも、権威の盾になってくれそうな吸血鬼がいるのなら、是非とも繋がりを持ちたいところ。
孤立してしまったこの都市で、きっとわたしに人間の味方は作れないから。
「……あなたを介して、そのスカーレット家の当主様とお会い出来るということですか」
«来る気になった?»
受話器の向こう側で、ニヤニヤしている表情が目に浮かぶ。
……のせられて、いるのだろう。
なら、のってやる。
毒を食らわば皿まで、だ!
「……わたしでよければ喜んで」
«うん、そうでなくちゃね»
「支度をしてから、伺います。一時間後にお会いしましょう」
«一時間でも二時間でも、待ってるよ〜♡»
がチャリ。あ、やべ、つい脊髄反射で「失礼します」って言わずに切っちゃった。ま、いっか。
とりあえず早くお風呂入んなきゃ。昨日、そのまま寝ちゃったからね。フェリドサマは潔癖症みたいだし。
さ〜て、朝シャンじゃ!
入浴後は手早く髪を乾かす。
お次はワードローブから、アイロン掛け済みの清潔な白ブラウス、赤色のプリーツスカートに黒のニーソックスを取り出し、着替える。
上着は、マントがあるから要らないよね。マントにも一応アイロンをかけて、身にまとった。
仕上げに、三つ編みを作ってカチューシャにし、これも赤いリボンの髪飾りで留め、磨いたばかりの黒の革靴を履く。
よし。清潔感バッチリ!
これで文句は言わせないぜ。
「っしゃー、行くぞ!」
グッと両手に拳を握り、わたしは自宅を出た。
☆
「あらら、切られちゃった」
言葉とは裏腹に、彼はほくそ笑む。
受話器を置いたフェリドは、悠々と視線をソファーに腰掛けた少女に向ける。
「さぁて、キミの要望通りにしたよ。レミリア・スカーレット嬢」
青みがかったボブが目を惹くが、一見するとただの子供。
しかしながら、輝く瞳は真紅。その身には有り余る力と身体能力を宿している。紛れもない吸血鬼だ。
吸血鬼の女王にも負けず劣らずの迫力に、圧倒される下級吸血鬼は多い。
「協力、感謝するわ。フェリド公」
にこりと口角を上げ、愛想良く微笑む。高く可愛らしい声がフェリドの鼓膜を震わせた。
「なんの。ボクらは同じ敵を持つ仲間じゃあないか」
「同じ敵……そうね。でも貴方、本当に彼女が持つ権力なんて欲しがってるの?」
「んー♪」
マントをヒラヒラさせながら、窓を開けてバルコニーに出る。
答えないフェリドに、「理解に苦しむわ」とレミリアは非難の眼差しを向ける。
それにフェリドは反発した。
「理解に苦しむ? それはボクの台詞だね。同族殺しの妹を取り戻したいなんて」
「…………」
「キミたちスカーレット姉妹が僕らと同じ吸血鬼なのは分かったけど、幻想郷だとかいう別の世界からやってきただなんて、まだ信じられないなぁ。それに、妹君はここに来てすぐに同じ吸血鬼を殺してる。もしかしたら、“終わりのセラフ”よりも凶悪な存在かもしれないよ」
「黙りなさい」
神槍『スピア・ザ・グングニル』
魔力で練った、赤い槍がレミリアの手に出現し、フェリド目掛けて投げつける。
「おおっと」
フェリドはこの投擲を、横にステップすることで躱しきる。
赤い槍は、彼の顔の横を通り過ぎ、 白塗りのハンドレールフェンスを突き破ってバルコニーの外へと飛び出して行った。
「あーあー、景観も手すりも壊しちゃって。攻撃の手に躊躇いがない辺り、キミも妹君と同じかな」
一瞬のうちに距離を詰めたレミリアが、尖らせた爪でフェリドの首を掻っ切ろうと、片腕を振るう。
「おおっと!」
たがこれも空振りに終わる。
前方に身体を捻りながらジャンプし、レミリアの頭上を通過したフェリド。
屋根の端に着地すると同時に、火炎の砲弾が襲い来るも、剣でこれを弾くなりいなすなりしてやり過ごす。
おかげで火炎弾が掠った箇所が焼け、屋根や壁は煤だらけになってしまった。
「あー、あー、ボクのお家が」
攻撃の手を一度やめたレミリアは、忠告めいた脅迫をする。
「あの子の事を悪く言うのはやめてちょうだい。二度目はないわ──こんなにも月が紅いから、今度は本気で殺すわよ」
ぎらりと瞳が鋭くなり、伸びゆく赤い爪が自身の存在を主張し始める。
ズズズズ……魔力を膨れ上がらせていく。
「おおコワイ。キミと弾幕ごっこをするのも、楽しそうではあるけど今は勘弁かな。凛音が来るんだからお茶会の準備をしないとね」
銀鏡凛音──その少女に、レミリアは用事があった。人間だというのに、クルル・ツェペシと繋がりを持つ者。彼女になら、もしかしたら……
「……いいわ。でも今度その事を口にしたら、その時は──」
「分かったよ、レミリア嬢」
フェリド・バートリーは大人しく引き下がる。
だが屈したわけではない。それはレミリアも分かっている。
「さて、部屋に上げてもいいんだけど…そうだなー、どうせなら庭にしよう。花でも見れば、気持ちが安らぐだろ? 特に女の子はさ」
「…………」
沈黙を肯定と受け取ったのか、部屋の中に戻ったフェリドは女中の子供達にお茶菓子の用意を言い付ける等、お茶会のセッティングを開始した。
そんな様子を一瞥し、目を伏せた。
レミリアは──
もうすぐだ、と自分に言い聞かせる。
もうすぐ、もうすぐであなたに会えるわ。フラン。
「……レミィちゃん?」
どこか間の抜けた、少女の声が下から聴こえてきた。
反射的に視線をバルコニーの外に向けると、そこには、人間の子供がひとり。
視線と視線が衝突し、互いが互いの存在を認識する。
いま、この少女は、自分の名を口にした。一体、何故──
「どうして、ここに──!? げ、幻想郷は……」
「!!」
幻想郷の事も知っている。
レミリアはこの時、確信した。
彼女になら、託すことが出来るかもしれないと──
レミリア・スカーレット
吸血鬼。
運命を操る程度の能力