それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
(-1)
そして次に、平坦な体をした少女は、きっと自分の血縁であろうと確信したその存在の、水色のコートを纏ったブロンドの女学者の背中を、追う。
なにかの間違いがあって、振り向いてくれないかと祈りながら。
けれどその女性は随伴する2人と馬鹿げた会話に興じながら、決して振り返ったりなどせず、そのまま少女の視界からは遠ざかるばかりで。
彼女は確信する。
これが、「帯を見るってことの延長にあるんだとしたら」、彼女はひとりごちる。「きっとあの子もこれと同じ夢を見るにいたるんだろうな」。
そう、答えを導き出して。
そして、次に確信したのは、このいかれた八百長の出来レースに、勝者などいないのだと。そういうこと。
その確信はすぐに少女の精神を少し蝕み、彼女は身体のなかの全てを嘔吐したくなり、涙ぐんで。
その世界は非現実で、空虚で、夢にもどる。
「わたしは、人類の代表者になることをあきらめてはいない」
と。そして彼女は歌う。
(0)
1997年の3月11日、その日は随分と晴れやかな日で、今日は暖かいですね、薄いコートを着てきました、背中に汗がにじんでしまいますね、といった歓談前の挨拶が交わされていて、事実その葬儀場のだだっ広い待合ホールは暑かった。
先ほどひとつの棺が炉に入れられたばかりで、1時間ないし1時間半の待機を促された遺骸の関係者たちはそこにある死について現実感がなく、あるいは興味薄く、この日の気温や世間話に花を咲かせていて、死者を悼むような言葉は口から出てこない。
少し前に葬儀が済まされた
世界を飛び回り、自己の知見を脳内の果ての果てまで埋め尽くそうとし、知識を何よりも愛し、下らぬと唾棄される雑学をとことん突き詰め、知の魔人となりつつも決して家族や友人を顧みなかった男。
59歳にて脳梗塞でこの世を発った男。それでも彼の親族は情念強く、葬儀に人を集めるだけの人望があった。だから、50人という人数が集まりならも、死を悲しむ者がほぼいない、という不自然な光景が広がるのだ。
遺産もなく、人の感情を大きく揺さぶったこともなく、思うがままに生きて死んだ男の火葬は速やかに終わり、遺骸は骸骨になって晒される。
-死んだらみんな骸骨だ-
と、生前彼はよく口癖のように言っていた。今やその通りで、彼はその言葉を先祖の恩師の著作から自分の言葉として抜き取っていた。
そこでやっと遺族の別のひとりがもらい泣きをはじめた。先生を悲しませるなんて、叔父は罪作りですよ、と。
ひとりの世捨て人には親友がおり、そしてその場には相応しくない悲痛な思いがそこにある。が、それはここではだいぶ浮いている。
「裕策、今までありがとう。ぼくらの悲願は、あと3年で叶う―」
照前はそう呟いて、数人がそれを聞いていたが、意味をとれず、さして興味ももたれず、骨壺に遺骸のおおよそがたたみこまれると、また参加者たちは和やかな場に還る。
(1-1)
わたしの名前は、そのときは
わたしはそのとき15歳で、翌日から明開晴訓高校の1年生…という、それは新設の高等学校で、距離、学力レベルの適切さ、制服のバリエーション、雰囲気の好みとかが全部当時のわたしに合致して…
ああ、そうなのだ。わたしはそんなつまらない理由で進学先を選んでしまったんだっけ。
1997年、もうだいぶ昔の話になってしまうけれど、あえて思い返して綴ろうと思う。この、綴る行為は意外と誰かしらにとっては迷惑で、思い返したくない(良い意味でも悪い意味でも)
思い出を喚起させてしまうものなのだが。
けれどあの鮮烈な記憶が徐々に色あせていくことはわたしにとっては耐えられないことだし、大切な人たちに聞いてもらうことも決して悪いことではないと思ったのだ。
ただ、これを誰かに聞いてもらうと、きっとその誰かはわたしの話を一種の創作、ポエムと勘違いしてしまうことで着地してしまうのは明らかだろう。
わたしの経験はかけがえのないものでありながら、不思議で、二度と体験できなくて、オカルトで、ファンタジックで、それでいて少女趣味だ。
―そう、これを聞かされる人は、迷惑なのだ。
思えば、わたしは最後まで彼女には迷惑をかけっぱなしだったのだ。
この思い出話を、わたしの最高の友人に捧ぐ。
わたしのその頃の趣味は星占いのハシゴだった。どういう行為か?というと、簡単に言うと、こうだ。
まず、そういった星占いコーナーがコラムにある時事情報誌、女性誌、TV情報誌などを集める。
そしておうし座のA型、その日、その週の占いをまとめあげる。ひとつでは駄目なのだ。信憑性がない。最低でも4つはなければ行動理念に結びつかないと、そういう難しい言葉では考えていなかっただろうけれど行動理念と原則を決めることができた。
”新たな挑戦が道を切り開き、憂鬱になることもありながら、好きな人と距離をおきつつ、思いがけぬ出会いがあり、慣れない環境で具合が悪くなることもありながら、運命を変えるできごとがあり、新しいあだ名がつけられ、ラッキーカラーは青で、白いワンピースを着る”
と、よいのだ。わかるだろうか。
そしてこの、期待とびびりで少し寝不足だった入学式の前日の晩の占い集約の昇華は、今でも思い出すがばっちりだったと思っている。
そう、外していなかったのだ。ため息が出るほどに、この占いの昇華は完璧だったのだ。
6/1、オープニング追記。