それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
D組、別の教室というのも入りづらい雰囲気がそのときはあった。まだ学校が始まって4日目だし、わたしもマサカちゃんも知り合いはいない。
なお、あまり会いたくないわたしの知り合いは西棟のF組にいるようで。まあ、そうは会わないだろう。会ったところできっとわたしは避けるし、彼も視線をよこすだけだろう。
トイレに向かう廊下に近接しているから必ず通ってきてはいるが、教室の中となると話は別だ。しかも、向こうもわたしたちとは初対面であるから、そうやすやすと呼んだところで来てくれるだろうか、という懸念は、ある。
「先生のあれ、やばいよね。景虎のことはちゃんと、親身になって聞いてくれてたのさ。校長のこと聞き出したらあんなに歯切れ悪くなるんだよ。おかしいよ」
マサカちゃんも、「統制」の行使力に苛立っている。帯、およびに御名術という概念を黙秘事項にさせるという力があって、もうひとつ。
よそのクラスの御名術をもった人がいたとして、御名術の内容を他言できない。それがよくわからない、不明な能力であっても、「こんな感じで」とか言うことも許されない。
わたしと、マサカちゃんと、穂村君がA組の御名術もちだというのは、初日の騒動のせいで結構早く広まっている、という。
ただ、まだ救いなのは、先に言ったとおり。御名術の内容は、伝わらない。
おかしな話である。本当におかしいと思う、わたしは。この「統制」、誰かが「そうした方が面白い」とか考えていて設定していそうだ、と思った。校長先生をはじめとする…の、ような。
大変気持ちが悪い。だとするならば。
1時限目は終わり、休み時間。さっきまではマサカちゃんの行動力任せだったので、今度はわたしが。
ちらりとD組の教室に一歩踏み込んで、誰だこいつみたいな視線をいなし、教室うしろ、荷物置き場にいた男子をつかまえる。
「すみません。A組の者なんですけど、
「…はい」
その男子は、素直に直接呼んでくれるかと思いきや。
教室の左前にいた、別の男子に声をかける。あれ?
「なんだあいつ。女の名前言ったよね?それとも、同じ苗字、男にもいんのかな?」
「あまり多くない苗字だと思うよ」
そして、第一D組生徒に声をかけられた男子がわたしたちの下にやってきて。
「黄瀬さんに要件って?」
「あ、えーと」
「なんで本人が来ないんだよ…」、マサカちゃんがぼやく。
「いないんですか?」
「いや、いますけど」
「はー?」
「要件次第では、取りつげないので」
「はー。なんでキミがそれを判断すんだろ」
「そう、頼まれてるので」
「は」
わたしたちは顔を見合わせる。本人でなく、頼まれたという男子が来た。
取り巻きか?使いっ走り?お嬢様だから?やや、不可解だ。
「御名術のことでお話したいですと、わたしが伝えたならば、どうですか」
彼は目をぱちくりとさせ。
少しの思案ののち、「それなら、たぶんよいと思いますよ」。
彼は、特に目立った特徴のない男子だとわたしは思った。指がすらっと長くてきれいだ、と感じたくらいか。そして、黄色い光は見えない。帯は、ない。
「昼休みにグラウンドのほうで昼飯食べることになってますから、来てください」
話が早い、と。わたしは思う。そしてマサカちゃんが、「そんな手っ取り早いなんて。お嬢様って御名術もってる人?」。
「違います」
「そうなんだ?」
マサカちゃんはわたしとアイコンタクトをとる。
わたしはD組の教室の隅から隅までを見渡してみて。
いま、教室内に黄色く光っているのは、男子ふたりである、とわかる。嘘はついていないのか、あるいはそのお嬢様は今ここにいない。
わたしたちは、特徴のない彼に頭を下げて、3時間弱を待つこととする。
「最後に、キミの名前聞いていい?」、マサカちゃんが、そう。
「
よどみなく、彼は答える。
13時10分くらい、今は。下駄箱の列を抜け外に、そしてしなびた大きな木が生えているところをぐるっと左へ。
女子が固まってバドミントンをしている脇を抜ける。中学時代みたいにまたやりたいな、あとで誰か誘おう。次に、グラウンド側から現れた野球部のかたまり。うち3人が同じクラスだったので、手を振ったり顎をあげたりして。
それも通り越してグラウンドに向かうと、そこには真っ白いベンチがあって、1人の身ぎれいな女の子が座っている。
そばに、もう二人、男子がいる。
マサカちゃんは顔をしかめる。あまりその、取り巻き?という風体が理解できないようで。いや、取り巻きかどうかはきっと質疑応答しないとわからないけれど。
彼女はピンクのリボンと赤いラインのスカート、という可愛らしい組み合わせで、こちらに気付くと髪をすいた。しとやかムーブ(わたしの造語)、だと思う。
「はじめまして。A組の柴谷です」、「加納です」。
「黄瀬詩津華と申します」。高い声だった。「すみません。わたくし、まだお昼を食べていなくて」。
「ああ、そんなら食べてきてから、それか、食べたいもん、あたしらが買ってくるけど?」
「あ、いいえ。頼んで、あるんです。ちょっと遅れてるのか」。
彼女は小柄で、カールしたセミロング髪型がかわいらしい。お嬢様という人種をあまり見たことがないが、こういうものなのだろう。きれいなおでこを出していて、雅やかさを感じた。
ずいぶん足が小さいな、とも思う。あちらこちら。わたしはどこを見ているのか?
「遅いんですけど?」、彼女は子供っぽく感じられる口調でわたしたちがやってきた方向を向いて。
すると、さっき取り次いでくれた、花形君が走ってくる。何か両手に持って。
「ごめんなさい、ごめんなさい。沸いたお湯が足りなくって」
「言い訳は結構!」
彼女は釣り目と高い声のせいか、見た目よりもきつい言い方だとわたしは感じる。
何を持ってきて、何を受け取ったのか?その、なんだろう?鉢のような…。
『マルちゃん黒い豚カレーうどん 東洋水産』
「…」
「…」
認識。マサカちゃんは目を丸くして、口をだらしなく開けてしまっている。そして、わたしもきっと同じだ。
そして彼女は花形君に、ぴらりとはがした上ふたを渡して。「執事長、割りばし割って」と子供のように言う。
「しっ、シツジチョーー??」
マサカちゃんが遠慮せずに叫ぶ。
花形君は何も言わずに割りばしを、下手な割れ方をしないように気を付けて、ぱきりと。彼女に両手で渡す。
しとやかな、雅やかなお嬢様がカップ麺を食べだす。猫舌の気配はない。ずるずるずる。もぐもぐ。ごくん。くい。ごくん。ずるずるずる。食べっぷりもよくて。
ちまちま食べる女の子とは正反対だ。
「キミ、なんなの?執事長ってなんでそういうキャラをもらってんの?お賃金出るの?」
マサカちゃんは不可思議なものを取り扱うように、好奇心と疑問を埋めようと彼に訊く。
「なんでこの子のラーメン買ってきたの?カレーうどん美味いよね。あたしもあれ好き。なんで当たり前のように割りばし割ってあげるの?」
「だってそういう風に頼まれたんだからやるしかないじゃないですか」
「だから、なんで?頼まれたらなんでもやるの?奴隷契約なの?言いなり彼氏なの?そこのふたりとは格とか位は一緒なの?」、マサカちゃんマサカちゃん。
「ええとですね」
「彼は執事長であってそれ以上でもそれ以下でもありません。わたくしの奴隷でも彼氏でもありませんから。ちょっとした腐れ縁というものです。中学ではずっと同じクラスでした」
ずるずるずる。ごくん。くい。ごくん。もぐもぐ。
正直なところ、わたしもすでに質問攻めにしたいところなのだが、マサカちゃんが止まらないので。というか、わたしたちは御名術のことを聞きに来たのであって、
黄瀬さんと花形君の関係性の不明瞭さを追求しに来たのではない。
5分以内に。早い。なんだこのスピードは。完食。彼女はカップ麺をスープまで、飲み切る。ごみは花形君が受け取って、まとめる。制服に飛沫が飛び散って、いない。
鼻の頭の汗を少しぬぐって、ふーー、と息をつき。
彼女は、ぎらりとわたしたちを見る。
「お話をいたしましょう」
そして、花形君はいいようだが、他の取り巻き?の男子ふたりを、そこで帰した。マサカちゃんはベンチの隣に腰かけ、
「お嬢様はラーメン好きなの?」
「はい。家だと食べさせてもらえないので、お昼くらいは、ですね」
「わたし、そういうの食べないと思っていました…学食でもなさそうだし、購買でパンとも思わなかったし、教室で豪華なお弁当かなって」
「お弁当でもいいのですが、食べきれない量を作られますので。母でも、お手伝いさんでも」、お手伝いさん、というところで、一般家庭ではないとわたしは確信。「わたくし、お金を無駄にするのが大嫌いなんです。お昼ご飯は自分で好きなものを買って食べたいと、言いましたら。わたしの母、2000円くれたんですよ!2000円!何を食べると思ったんでしょう!」
「それが事実ならイカれてんなー。さすがお金持ち。あたしん家で2000円もらったら10日分かもしれないぞ」
「そうですよね?わたくし、だからこのお金は『こんなに必要ありません!』と母に返すのです。1000円は返します。残りのお金は貯金箱に入れます」
「やべえ、この子絶対面白えわ。おつり返さないあたりは庶民と変わらねー」
マサカちゃんの興味を、いたくひいた。このお嬢様は。要するにきっと、お金持ちの令嬢としても、少しずれているのだと思う。
「『
「どういう意味?」
「自分が、ケチであることを隠さず明らかにするのです」
「キミんとこの家訓?」
「いいえ、わたくしだけの大切な言葉です」
「あたしさあ、東南アジア住んでたんだけどさあ、知り合いの農園のおじさんがキミの言うような、すっごいケチだったの」
「まあ、東南アジア!」
早くも彼女らは意気投合しようとしている。さすがのスピードだ。見習いたい接続能力である。
「さとうきびの収穫手伝ってさあ、一日。日本円だと60円くらいもらうのね。結構少ないんだけどさ、おじさんがさ、あれとあれ食って来いってさ。そんでね、屋台行って晩めし食うのね、お金ぴったりでお腹いっぱいになんの、コーヒーつきで!」
「まあっ!まあっ!素敵!そういう暮らし、憧れます!」
そうやすやすとやめてくれそうにないので、わたしは花形君に「本題に移りたいんですけど」と言う。
「はい。黄瀬さん、御名術の話をしましょう。5限まであと10分すこし―」
「つまらないですね!わたくし、このかたともっとお話したいのに!」
「あ、そうか。御名術の話だったんだね」、マサカちゃんがわたしに。本当に忘れていたのだろう。
黄瀬さんは髪をうしろでまとめあげるような仕草をして。
「まず、わたしは御名術をもってはいません」
「はい。それは、わかります。わたし、帯が見えるので」
「…」
黄瀬さんはマサカちゃんに、「加納さん、彼女の、こういうことは、言わせない方がいいと思うんです。校長先生は、さも御名術もちイコール帯が見えるというような言い方をしていましたけども、実際はそんなことはないんですから。自分で自分の御名術を誰かに言うときは、『口止めの御名術』は効力を発揮しません。あなた。あなたのためにも、それは言わないほうがいいと思います。誰かに利用されてしまったり、貶められたりするかも」
「口止めの御名術…」
それが、「統制」の正体。黄瀬さんは、怖いことを言う。多少の自覚は、あった。けれど、声に出されて少しわたしは震えた。
「いろいろ聞きたいことが山ほどあってね。まず、校長の目的はなんなんだろ」
「まったくわかりません。生徒で遊んでいるのではないかとさえ、わたくしは感じました。父と、直接お会いしたことがあって。そして、入学式の前に、御名術という力について説明を受けました。説明を受けただけ、でした」
「A組で初日になにが起きたか、知ってる?」
「当然です」
「まずいと思うよね?」
「はい」
「キミのお父さんは、それに物申したりしないの?」
「今日、父が校長先生を呼び出して抗議すると言っていました」
「だから、今日は校長がいないのか…」
「申し訳ないですが、わたくしは御名術をもちません。詳しいことは説明できないのです。けれど、このまま学校側を好きにさせていたらまずいとは思っています。だから、父に起きたことをいろいろ伝えて、動いてもらおうと思います。伝えられることには制限がかかっていますけど…できるだけ。御名術もちの方々がいさかいを起こすのは勝手にしてください、と思いますが、わたしたちまで巻き込まれてはたまったものではありませんから」
「そうだよなあ」
「校長は御名術もちなの?」
「きっと」
「口止めの御名術?」
「わかりません」
「この環境を作ったのは、キミのお父さんもかんでんじゃないの?」
「わたくしが小さいころ、土地を寄贈しました。素敵な新しい学校を造ってくれると喜んでいましたし、そこにわたくしも通わせたい、って。けど、こんなことが一緒についてくるなんて、思っていないはずです。父は、困惑しています」
「そうか」
「そうです」
「キミはきっと、これ以上のことは知らないんだよね。もうひとりのお嬢様。天里ってのに聞いたら、ちがうこと教えてくれるかな」
それについてだけ、黄瀬さんは即答せず。花形君を少し見たのち、「天里さんはきっと、ちゃんと回答しないと思います。かなりの人見知りで、わたくしと同じようにしたら、怖がって逃げてしまいます」。
そのように。花形君は、何度か頷いている。
「ありがとう」
お昼休みも終わってしまう。マサカちゃんは聞きたいことは、聞いた。わからないことはそう簡単には減らないけれど。
そして。
黄瀬さんの食後、立って黙っていた花形君が、「待って」とわたしたちを引き留める。
「執事長、これ以上はよくないですよ。授業は始まってしまいます」
「いや、黄瀬さん。ほんの少しでいい」、彼はわたしたちの前をふさぐ。「多分、この人たちは、今よりは少しましな感じにしてくれそうに見える」、と言う。
御名術をもっていない9割が、安心して学校生活を送れるように、と。それが、彼の言う、ましな感じ。なのだ。
超能力者の隣の席の生徒がいつ暴れ出すかわからない。安全装置のはずれた手榴弾を持っているようなものだ。
黄瀬さんはそれを許し、花形君は、わたしたちを驚かせる話題をあげて。
「A組の騒動があったとき、ほとんど同じ時間にB組でも御名術もちどうしの勝負があったのを、B組のやつらは全然他にもらさない」
「何ですって!」
黄瀬さんは、より、高い声を上げる。
「おい待ってくれ。なんだぃそれ?B組でも、あたしたちみたいなことがあったって?」
「B組に友達がいる。昨日、その友達からこまかく聞き出したんだ」
―B組の自己紹介の機会、出席番号2番の男子、Aとする、が、自分は御名術をもっている。そして、自分は持ち出したいと思っている。そう、自分から宣言した。
もしも他にいるなら、自分の自己紹介のときに申告してくれと。
それに対し、自己紹介の順番を待たず、Bという男子が「自分もそうだ」と手を挙げた。
自己紹介はそこで、まったく停止してしまう。再開したのは、翌日のショートホームルームなのだと。
AとBの間で、なん言かが交されると、ふたりは、こともあろうに、すぐにBの提案で「決闘をしよう」と意見を一致させたのであると。
さらに(これは本当におかしい、特に頭が)と思うのだが、B組の担任は、30代はじめの女性なのだが、ノッてしまい、その場所を用意する、と奔走した。
B組の生徒は担任が手配した第2体育館に移動し、その場で一部始終を見届けた。
決闘は、勝負がつかなかった。この内容は、女性の担任が他言無用、と全員への決め事としたのであると。「口止めの御名術」は動作していない。していたら、花形君の耳には入らない、と。
すなわち。B組の担任は、御名術もちどうしの勝負について、かなり積極的であるということ。
「バカじゃないの、本当にバカじゃないの」
わたしは頭を抱える。本当に頭が痛い。何考えてんの。マサカちゃんはまったくのしかめっ面を。
「なんか、あんなに騒いだのに他のとこから誰も来ないからおかしいと思ったんだ!なに、先生込みで移動とか!本当バカじゃないの!」
黄瀬さんはそんなわたしを見て、まず花形君の左腕と自らの腕をからませ、空いている手のほうで彼の胸板をどん!と強く叩いた。
「もっと早く言いなさいッ!」
「す、すみません」
そのやりとりにどきりとする。かなりべったりとくっついて、注意したと見えた。これでそういう関係でない男女であるなら、だいぶおかしい。
妙な関係性の二人をおいて、ひとしきりうんざりした気分になったわたしたちは、急いで教室へ走る。
教師陣が一枚岩でない。信頼をこれからおけるものなのだろうか。少なくとも、わたしたちの担任は、まだ言葉を選ぶだけ、ましなのかもしれない…。
「わたし、この学校入ったの間違いだったかなって思い始めてきちゃったかも」
「不健康だよ。あたしたちで、少しましにしよう」
5限の授業は体育で、みんながもう移動しきっていて、そしてわたしたちは号令に間に合わない。ああ。
現実には存在しないことはわかってしまったけれど、ラーメン牛丼うめえですわ系のお嬢様は私の心をつかんで離さない。