それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
横で、伊崎君に詰め寄っていた、わたしは。そのシーンを見ていない。
さっき、わたしの真横でマサカちゃんと対峙する竹内君の「帯」がぎん、と輝き、わたしは目がくらむ。他の3人はその様子はない。帯が見える、わたしだけがそのまぶしさに目をつぶった。
マカサちゃんは、呼吸が荒い。打撃を受けたようには見えない。
よほど、すでに竹内君のほうが腹部をおさえたり、鼻血が垂れたりしている。ダメージは向こうのほうが大きそうなのだが。
「おいおいおいおい。竹内君のハイキックがかわされるとなると、これはおれにとっても大問題だぞ…。おれは、あのハイキックが見えずに喰らってしまったから、完全な優勢から逆転をされちまったって、いうのになぁ~」
伊崎君の声が怖くなる。ドスを利かせた、という表現が正しいだろうか。彼のつかみどころがないような表情も、ぴしりと固まったと、思う。
「お前、最悪だな。女にハイキック繰り出すか?ふつう?どういう神経してんだ?なんで手加減しないんだ?気が狂ってるとしか思えない」
竹内君は、そんなマサカちゃんの非難には耳を傾けない。彼女の言い分はもっともだとわたしも思うが、それは女の考え方で、奇襲と不意打ちでおおよそが構成されているケンカの方法論の人間の勝手な言い分で。
彼のような、正々堂々を好みそうな武道家には、たまらないだろう。自分はどんな手段も厭わず使うがあくまで女なので、あなたは手加減してください、というのは。
説得力が皆無である。
2歩、踏み込まれる。高速のスキップのような歩幅で。そして、下段につま先が、円弧を描く。
マサカちゃんはそのスピードに対応しきれず。右足首を、刈られる。そしてバランスを崩して。「痛ッたいッ!!」、「マサカちゃん!!」
尻もちをついて、それに追い打ちをかけるように、竹内君は地に手をつき、身体を回転させて1周、また、つま先で同じように軌跡を残す。今度は、逆の足首をかするようにヒットする。
「調子のんな」、マサカちゃんは痛みで顔をひきつらせ、後転し距離を離し、起き上がろうとする。ソックスに、血がにじんで。それでも立ち上がる。
だが、その少しでも離した距離は瞬時に詰められてしまう。
は、と接近に気づく彼女は、連続的な彼の攻撃に身体が追い付かない。そして、腹部に、竹内君の打撃を、受ける。正拳ではなく掌底ではあったが、女ひとりが余裕で吹き飛ぶ威力だった。
がしゃん、と降りたシャッターにマサカちゃんは背中から叩き付けられ、呻る。優しさなのか、そういう流儀なのか、竹内君は追撃をやめた。
「あーーーーーーー!!マサカちゃん!!」
こちらに足を向け、ずるりと倒れ伏した。
痛々しい。わたしは歯噛みする。引き受けられるものなら痛みを半分でも引き受けてあげたい。近くの伊崎君に目を剥き、無視されるが、彼もまた、ものものしい様子で竹内君の連続攻撃を見ていた。
ほんのわずか、少し経って、マサカちゃんは起き上がり、辛そうに顔をしかめて。涙も出ている。まだ、立つ気力はあるようだけれど。
「お、おまえ、女のハラ殴るのは、ルール違反だろが…おまえらとは、ち、違うんだぞ」、そして、そこまでは本音でふりしぼった声で。
ここからは、彼女の、やけに大きくて芝居がかった声。「子供産めなくなったら責任とれんのか!!」
竹内君はそこで、血の気が引いたような様相をみせて。
両手を、おろした。
「竹内君!おい!構えを解くな!」
伊崎君は戦略の一環に、すぐに気づく。"洞"はもうできている。マサカちゃんは車道へ駆け、ガードレールを踏み台にして、飛び上がる。
彼女の着地点には、それがあって。
車道に一切の身体の部分をつけることもなく、姿を消し、全員がその姿を見失うと、マサカちゃんは竹内君の頭上から、落ちて来た。
「あ゙っ!!」
振ってきたその身体は竹内君ともつれて倒れ込み。すかさずマサカちゃんは、馬乗りになって、両膝を使って彼の両腕を地面に固定。胸部に腰をおろし、まず右こぶしで、竹内君の顔面をしたたか強く殴打した。
苦悶の声を、あげさせる。ひどく暴力的だ。けれど、わたしは目をそらさず。「やったーー!!マサカちゃん!やっちまえーー!!」、いかめしい顔をしたままの伊崎君にあてつけるように、応援をする。
左こぶしが、ごん、と落ちる。頬骨に直撃する。
「あたしの」、殴る。「泣き顔と」、殴る。「パンツを見たやつは」、殴る。「それ相応の倍返しを」、殴る。「受けるべし」。
彼女は容赦しない。殴られた頭部が、石畳にぶつかる音もする。それに交じって、伊崎君の、こいつはまずいな、と言う小さな声を聴く。
「やれ!やれ!KO!KOー!」
そんなうるさいわたしの大声が気付けになったか。最初に不意打ちを受けてしまった穂村君が、うう、と身体をよじらせた。
「あっ!穂村君!」
伊崎くんが、ゆっくりと後退をした。それに気づいて。
また、激しい発光があり、わたしは眼がくらむ。「帯」が急激に膨れ上がったようだった。竹内君の身体を覆う黄色い粒子が。そして。
脱出などできそうもないのに、竹内君は発光と同時に、強引に、それは強引に、全身の力でマサカちゃんを跳ね上げて、地を這ってそこから逃げる。
おかしい。両腕を固定されていて、顔面を殴られながら、そんな状態で身長167cm、筋肉量的に体重そこそこの人間を、跳ね飛ばす、なんて?
彼は立ち上がり、腫れあがりはじめた顔面ながら、激痛を感じないかのように、また真っすぐに立ち、構えた。
「これだから君ってやつは恐ろしい…だけど」、伊崎君が硬化した貌と声で、そう言う。「竹内君。ここは、今日はおひらきにするか、一気に決めてしまうか選ぶべきだ。この次に反撃を許したなら、君は負けるぞ」。
「伊崎君…僕をなめないでいただきたい。前者は、なしだ」。そして、マサカちゃんは"洞"へ入って距離をとる。シャッターのひとつまで後ずさり、目をこする。
また、「帯」が。
「マサカちゃん!!また光ったァーーー!!」
「光った…そうなんだ」
派手に、きらめく。
マサカちゃんは、べたりと伏せる。竹内君はマサカちゃんとの距離を、"洞"を使った瞬間移動のような速度で一気につめ、身体を半回転させた。
その結果にわたしは、唖然とするしかない。
彼の右足が一瞬見えなくなって、降りた金属のシャッターを、40cmは裂いた。
わたしは、鳥肌が立つのを感じる。
竹内君はけれど、それを空振ってしまったから、マサカちゃんに無防備な右半身をさらした。
もしも。彼が、「帯」を膨張させたときに超人的な力を発揮することができる御名術をもっていたとしても。
その体勢から、マサカちゃんを攻撃することは、できない。
マサカちゃんは伏せから一気に、獲物に襲い掛かる野生動物のように爪を立て、顔をつかみ、体重をかけて大地に叩き伏せる。
追撃はしない。むしろ、バックステップしてまた距離をとった。
「ぐ…」
竹内君は無視できないダメージが蓄積している。すぐに、起き上がれなくなった。
「退こう、竹内君!まじで負けるぞ!」
「ま、ま、まだまだ!できる…!」
マサカちゃんはそして、あのときのように。
加速をつけたスライディングを。いや?地を、こすらない?足から、低空に飛び込んだ?
竹内君は察して足を閉じる。だが。その足の前には、既に"洞"があって。
その身体は一度消え、宙を舞う。瞬間移動を経由し、竹内君の左背部を狙うドロップキックに変化した。
負けず劣らず。竹内君は肘を後ろに振って。それは、運が良くてマサカちゃんへのカウンター、悪くてガード。を、目的としたものであっただろうけれど。
そこにまた、"洞"ができて、彼女の身体はまた消えてしまう。そして。
最終的に、"洞"をふたつ経由して、その両足は、竹内君の顔面へとクラッシュした。
無防備な状態を刺しぬく、それは。そこに、もう声もあがらなくて。
「ああ、くそっ!!」
伊崎君は無念の声を吐き出し。
その瞬間。わたしのごく近くから、奇声が発せられて。
「きえええええええ!!!」
それは、いきなりわたしのもとから起き上がって大股で踏み出し、伊崎君の左足を、踏んだ。
「死んどけ」
「いかん」
穂村君が、伊崎君の鼻っ面を、狙う。
伊崎君は、とっさに眼鏡をはずした。そして、パンチが到達する。スピードも、パワーも十全に乗って、いる。
B組のふたりが、同時に地を舐める。
穂村君は、このときを待っていたか。きっと、もっと早く起き上がれたのかもしれない。けれど、舌打ちをして。
「ああ!てめえ、クソ!眼鏡ごといっちまうつもりだったのによ!」
「うぐぐ。いかん、いかん!興ざめだ」
「こいつ、眼鏡外してわざと受けやがった!」
その言葉はすぐには意味がわからなかった。後で聞くに、眼鏡を守るほうを優先し、かわせるかどうかわからないものを顔で受けることにしたのだ、と。
そして。いつの間にか。そこにB組の生徒は、いない。
けれど車道をはさんで向こうに、すでにふたりは離脱している。最初、わたしたちがいたほうの歩道に。
これは、まだ片鱗と証跡をみせない、伊崎君の御名術なのか。
「逃げんじゃねえカス!ぶち殺すぞ!」
「うがぁあああああーー!!」
「ま、まって!今日はもうやめよう!マサカちゃん、死んじゃうよお!」
わたしは彼女にしがみついて止めて。これ以上の怪我はさせられない。
「俺はまだいける、追っかけてあのハゲをたたむ!」
「やめて!やめて!こっちが追ったら、また不意打ちを受けちゃうよ!」、わたしは彼の制服の裾もつかんで。
その日の戦いは、終わる。
マサカちゃんは地面にへたりこむ。大きな"洞"を絶え間なく作ったのが、相当こたえたという。腹部へのダメージも。効いている。足も痛い。立ちたくないと。
穂村君は少し頭が痛むという。正体不明の不意打ちを受けたとき、頭を打って気絶したのか。彼は消化不良で、激昂している。
わたしはふたりには言わないが、あのまま勝負を続けていなくてよかったと思う。
マサカちゃんは竹内君に勝てたかもしれない。が、そのあとはきっとほとんど戦闘不能で。
いまだに御名術の概要がわからないまま伊崎君はほぼノーダメージでいた。穂村君の凝視がうまく決まるという確証ももてなかった。
少なくとも、ここで終わるのが、これ以上の負傷を防ぐ唯一の方法だったんじゃないか。
こうして、はじめてのクラス対抗戦は勝ちにも負けにもならない誰も満足いかない終わり方をして、マサカちゃんは穂村君に説明もなく、「景虎。おまえ、明日の3限休め」と言う。
賛否両論なんかどうだっていいけどこういう口先を使ったマサカの戦い方はこの作品の一種のテーマだな。