それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
4月11日。
わたしの中学校には、片田舎の割にはだいぶ無理してお金を使ったなあ、と中学生でもわかる規模と設備のコンピュータ教室があった。
パソコン、という言葉はその頃はそこまでメジャーでなかったと思う。みんなコンピューターコンピューターと言っていた。
文章を打ち込んだり絵を描いたりすることが多くて、なにか打ち込んで動作をさせるようなのは意味が解らなかったし、学校で一番得意そうな先生も中学生にはまともにそのあたり、教えようとしていなかったと思う。
という思い出話を聞きながら、授業はまだはじまらないが、こういう機器に触れたことのないマサカちゃんは興味津々でべたべたとカバーのかかったキーボードに触る。ピアノのように。
なんでこれあいうえお順じゃないの?最悪ABC並びでもよかった。などと、そういう疑問をとなりのわたしに投げかけてくるので、答えられない。席は2人で1台である。
「ここの右側の方って電卓になってんの?」
「えっ、わ、わかんない」
考えたこともなかったが、そういう機能もあるのかもしれない。
「将来的に電話かけれそうだよね」
そうかなあ。
「ねえねえ、穂村知らない?」
「ん?帰らせた」
「ええーっ!?」
それは、穂村君の後ろの席の男子、八井田君。身長は低めで、目が細くて。騒動のあと、避けられがちだった穂村君にわたしたち以外で最初に仲良くしようとしてくれている、いいやつだ。
どうも、軽音部をつくりたいらしく、東棟で自作の手書きチラシまで作って勧誘をはじめている。そして、「見た目がいい」と穂村君にアプローチをしているようで。
実際の彼の反応は、困り気味、のようだけれど。
「なんでー。なんでマサカさんが帰らせちゃうん」
「だってあいつ頭悪いんだもん。
「そ、そうなの?」
彼はすごすごと去る。マサカちゃんは何も言わず、何かを自分に言い聞かせているよう。
後方から、先生が。女性の。その室内へ入ってくる。おはようございます、はじめまして、などと言いながら。のんきそうな顔だと思う、わたしは。
ちょうどその3限の授業がはじまる時間で、少し静かになったらすぐにその先生は、無駄な会話の声などが残った状態で授業をはじめますと言った。
休み時間と授業の境界がないような感じだ。他の先生はぴたりと静かになってから、いろいろはじめる。この学校は、いや高校というのはそういうものだと思っていた。
彼女は適当な自己紹介をして、わたしたちの反応などまったく気にせず、出席をとりはじめた。メリハリが、ない。この人は。
横でマサカちゃんがタイミングをくじかれたような、露骨に何かが引っかかっているような顔をして。
しかたなく点呼の最中に、マサカちゃんは手を挙げた。本当は、先生がとるであろう、授業とかの質問を聞き取るタイミング、あるいは誰も口を開かなくなったタイミングを狙っていたのに。
この先生はだらだらと行動、発言が連続的である。タイミングがはかれない。
「はい、どうしたのかしら、そちら~」
やわらかい口調だ。先に、この先生について、B組の情報を得られていなかったら、とても優しいやりやすい(=今後授業を受けやすい)先生だ、と思っただろう。
他の生徒も、思うだろう。思っているのだと、感じる。B組の担任の、稲木先生。
「ちょっと出席中にすいませんが」
「あ、立たなくていいよ~、そのままで」
だがマサカちゃんは起立して、それは周りの注目を得やすいように。
「出席、こういう言い方あれですけど、ひとり以外全員来てるので。それに質問があって」
「ええ?どうしたのかなあ。あなたのお名前は?」
「加納です」
「ああ!加納さん、あなたが加納さんね!」
名が通っている。それは当然だろう。と同時に、わたしは、先生たちは御名術もちの生徒20人程度を全員認知しているのかな、とも思う。
「男の、穂村景虎が、いないんですよ。他の子達は全員います。で、それについて質問っす」
マサカちゃんは、つくった冷静な態度を。
先生は、うんうん、と。なにか手元の表に書きながら。和やかさは変わらなくて。
「穂村が休んでる理由は、きのう頭怪我してて、それの具合がよくないからさっき早退したんすけどね。その原因、B組の伊崎とケンカなったからなんですけどね」
「あれっ!まあ、そうなんだ!?うちの伊崎君と?」
「これは御名術をもってるふたりがケンカなったからそういう感じなったワケですけど。この場合、あいつの欠席は免除してくれないもんすかね?」
その教室内は音が響く。ざわついて、開始前のようにもどる。
「あら、あら、あら」
マサカちゃんはその無感動な驚嘆を受けて、包帯を巻いたため膨らんだソックスを、脚を上げて前に見せる。
「ついでにあたしのコレ!ちょっとごめんなさい、両足首だから、片方で長い時間立ってらんなくって。これは、やっぱB組の竹内にやられたんですが」
「まあー、そうなの。あら、困ったな。そうか、それで欠席かあ。うーん。そうね、竹内君、すごいガーゼとかいろいろ顔に貼ってたものね」
マサカちゃんは、眉が思い切り、動く。当然だ。
あまりにも、他人事すぎる。わたしは、それは止められているが、横から補足して文句を言いたいところだ。
なぜ、隣のクラス同士でケンカが起こって(しかも、吹っ掛けてきたのは向こうだし!いや、こっちも吹っ掛けようとしてたけど)それを問題視しないのか。
御名術もちどうしだからなのか。
いや、そうも思わない、わたしは。この人は、そうでなかったとしても無関心なんじゃないか。
「わかった。確かに考慮すべきかも。校長先生に相談してみます。今日は○にしておきましょう。でも、あんまり何回もそれで欠席は、だめだよ」
「…」
マサカちゃんは、求めていた返答が少しも手に入らず、苛立ち、座る。
このあとの、彼女の1本指キーボード打ちは、まったく身が入らない。
昼休みはグラウンドに行って、情報収集と共有を。それは少し予定より遅い時間になって。
白いべンチのところまで…。取り巻きが、いない?わたしたちは、執事長が、お嬢様にケーキをあーんさせて食べさせているシーンをみごとに目撃する。
「おまえらやっぱつきあってんだろーーーーー!!」
「なんですのッ!いきなり大きな声上げて!」
花形君が、ちがうちがう、と手首を振る。ちがわないと思う。
「ああ、もう!B組の担任の授業、受けて来た!能天気すぎ!こっちの話聞いてない!ムカつく!気分悪い!」
マサカちゃんは黄瀬さんのとなりの花形君をはさむように座り、そして口を大きく開ける。花形君は、食べさせてくれない。
なおわたしは「口もとのクリーム、どうやってとるのかな?わくわく」と妄想している。はい。すみません。
「さっきの体育で、あなたたちの大曾根先生が男女混合でドッジボールやるかとか言い出すからこういうことになるんですよ!わたくしはさっさと痛くなさそうなのにぶつかって外野に行こうと思ってたのに!男の人の投げたの、偶然キャッチできたら手が痛くなっちゃって!だから仕方なくお箸を使うラーメンやどんぶりはあきらめましたの!」
いや、そうなんだろうけど。
「購買でパン買えば箸持つより痛くないぞ」
「それよりどうやって学校抜けだしてショートケーキ買ってきたんだろう…」
ごみを片づけながら、花形君は「抗議できなかったんですか」と聞く。黄瀬さんは自分でハンカチを取り出して口を拭いて。わたしはつまらない。
「そんな次元になんなかった。あの女が、クソガキの顔の怪我であたしに注意のひとつもよこせば話は違ったのにさ!」
「昨日、荒事になったっていうこと?その怪我も?」
「うん。両足首解放骨折と腸捻転と子宮破裂だかんね」
「まあっ!本当ですの!?よく通学できましたわね!」
「盛りすぎだよ、マサカちゃん」
4人で言葉を交わして。
わたしたちは収穫はなかったけれど、「D組は、ええと、わたくしは御名術もちが誰なのかわかりませんが、全員の了解をもらいました。もしあなたが御名術を持っていても、関係のない人を巻き込まないようにと。そして、別のクラスからの被害にあったら先生にすぐ助けを求めるようにと。
かんたんですけどサインも全員もらいましたよ。これで、こちらは平和なクラスとなると思います」
「さすがだな」
「A組だって、同じことはできるんじゃありませんの?」
「できる…と思うけど…ひとり変なのが、なあ…」
マサカちゃんとわたしは顔を見合わせ。
わたしは、あまり席替えを早々にしたいとか言わないタイプだと思っているのだが…後ろの席の、圧が…。
彼女のせいで、休み時間誰かとおしゃべりをするとき、わたしは自分の席をうつらなくてはならないから…。
「柴崎さん、お願いなんですけど、来週のいつでもいいので、D組に来ていただけません?誰が御名術もちなのか、早々に知りたいので」
「あ、はい。わかりました」
「できれば、来週中にはD組と、あ、そうでした。C組の御名術もちも特定できた方がいいと思うのです」
「あ、そっか。C組もそうだよね」
「完全に頭になかったわ」
「C組もね」
【ここで視点は変わる。】
その日の6限目が終わると、特に追加授業のない日であって、B組の教室から人が出ていき、そして担任の稲木もいなくなって、身体の痛みに耐えながら席を立ちあがったのは竹内従士郎。
伊崎風雅はそれをゆっくり待っていて。彼はずっとダメージが少なかったので。
二人は一応、警戒をしていた。昨日のA組の生徒との初顔合わせを見るに、ふたりとも、復讐をしにくる性格ではないかと、風雅は言う。
そうかもしれない、危険だと従士郎も納得する。今度は向こうから不意打ちを受けて、真っ先にダウンするのは従士郎だ、それは本人も悔しいが理解している。
とりあえず、自分の武術で、ワープする長身の女に有効打を与えられる対策を練らないとどうしようもない。彼は思う。
「今日は早々にバスに乗って家に帰るべきだ」、風雅はコメントする。
「伊崎君は歩いて帰るのかい?」
「ま、そうだね。バスに乗ると逆に歩く距離が長くなっちゃうからねぇ。7月には16になるから、おれ。さっさとバイクの免許とりたいんだけど」
「寺の僧侶ってバイク好きだよね」
「わかる?なんかね」
風雅は標的を定めていない。
マサカが相手になっても穂村が相手になってもいいと思っている。ただ、ヤンキーのほうは御名術がまだよくわからないから、警戒度は同等なのだと、考えている。
そして。
又聞きを繰り返して、繰り返して、本来の言葉は原型をとどめていないだろうけれど、「校長に対して、御名術を放棄します、と言えば」。
言った者は、その場で持ち出し希望辞退、ということとなり、御名術がなくなるのだと。そういうことを耳にした。
ただ、本心から言わないと意味がない、脅して言わせるのもだめそうだ、なのだと。
つまり、一度勝負して勝つ程度では足りないのだ…。負けた相手が、もう嫌だ、と思い、その言葉を嘘偽りなく心から言わせないといけないのだ…。
「竹内君。A組の教室の前を通らないほうがいいぞぉ。傷がよくなるまで。中庭を通って西棟側から帰るとか、工夫しないとね。ま、そこまで見破られて裏をかかれていたら怖いけどね!」
「…伊崎君。君の言うことはもっともだけど、きっと、どっちから学校を出たって危険はおんなじくらいだと思うよ」
「ハッハッハッ、気分の問題だよ」
二人はD組を左に曲がり、トイレのある廊下を通り過ぎ。
西棟への連絡通路、ここの非常扉を外の方に、左へ出れば、上履きのままだが下駄箱に周りこめて―。
ひとり、太った男が、廊下の前をふさぐ。
彼の右手ののびるほうを出れば、外だが。従士郎が、すみません、そこを通ってもいいですか、と聞く前に。
こもった声で。「び、び、B組、の、伊崎君と竹内君ですか」。太った男は猫背で、頼りなさそうな表情をして、そう聞く。
「ああ。そうですよ。どうして」
「ぼ。ぼ、ぼ、ぼく、C組の、と、
「うん?」
風雅が、後ろを振り返る。まさか、関係ない生徒を時間稼ぎに使っていないかと。A組の、自分たちの敵が。
「何か用ですか?」
太った男が、ぼそぼそと何かを言って。聞き取れない。風雅は、警戒する。怪しいと。違うクラスの、知らない生徒に名前を呼び止められるというのが、やや引っかかる。
これは、と風雅は思う。もしも、このあと間髪入れず、A組のどちらかがそこの右から曲がってきたと、したら?
「竹内君、ちょっと話を聞いてていいけれど、外から、いや前から誰かが向かってこないか見ててくれないかい?」
従士郎も、その意味に気付く。不意打ちに適応できなくては。今の自分には、まずそれが足りない。
けれど。その読みははずれで。
「ぼ、ぼくもみ、み、御名術もってるので、勝負し、してください」
「な!?」
「たけ…」
ずしりと。
何か弾力のある塊が、風雅の背中にのしかかって。
重い。振り返っても、なにもないが。とにかく重い。なにか、透明なものが、風雅を背中から押しつぶして。
「うおおおおおおおお!?」
風雅は、床にはりつけられる。顔の下半分から、太ももまで。そこに、なにか透明な、とてつもなく重いものがのしかかっていて、身体を起こせない。
弾力があるだけ、まし。しかし、瓦礫の下で救助を待つ、建物の倒壊被害者のように彼は胸を圧迫され、呼吸も苦しく、そして焦燥する。
「た…竹内君。す、すまない。おれがやらかした…」
「伊崎君!!」
「ま、まじですまない。おれは、両腕が自由じゃないと、御名術を行使できないんだ…」
隠し事を、言って。うめく。
「き、君!」
従士郎は太った男に向き直る。両手を前に構えて。
「こんなことをしなくても!僕は君がそう言ってくれるなら正々堂々と相手をするぞ!わかった、勝負を受けよう!」
そういう受け答えしか、できない。彼は。太った男―富島は、呼吸をもらしながら笑い、首を何度か下げる。
C組だと。
従士郎は頭を殴られて目が覚めるような思いを受けた。まったく、ノーマークだった。A組の3人にだけ意識をとどめ、他のクラスのことなど何も考えていなかった。
従士郎と風雅が初日に決闘をしたことは、A組の生徒の知るところであったのに。
「せやぁ!!」
従士郎は気合いの声をあげる。相手は風雅へのなにかを緩めようとしない。会話無用。すぐに打破する。
瞬時に踏み込み、太った男の胸部、腹部に4度の打撃を、打つ。
相手は身を動かすこともしない。
従士郎は、驚く。4度だ。4度打ったのに。
なにか、反撥力のようなものが働いて、その身には、響かない。
すぐに足を刈る。けれど。
足を包む、何かに当たった。富島のバランスは、崩れない。
「へ、へへっ。へへへへ。い、痛くないよ」
「な―」
そして自らの連続打撃のルーチンを少しこわし、顔面へ掌打をまっすぐに打つが。
その衝撃が、透明なクッションを震わせることしかできないから、富島はその場でのけぞることも、なかった。
「な!なにやってんだ!先生呼ぶぞ!」
そう叫んだのは、富島の背後にいたどこかのクラスの名も知らない男子で。
彼が踵を返そうとしたとき、側面から「見えない大きなもの」がぶち当たって。壁に、打ち付けられた。
がぁん、と。
「い、言いに、行くなよ」
「きさま…」
従士郎は憤る。その生徒は壁からずるりと落ちて。
頭と肩に圧力を感じる。なにが、乗っかってくる。おしつぶそうと。
ゆりがそこいれば、彼が強く発光するのはわかるだろう。従士郎は御名術を使って、自分の肉体能力を数秒だけ思い切りひきあげて。
透明の重いものを、前蹴りでたたき上げた。
弾力があって、透明で、100kg以上あってもおかしくないものを蹴った、と彼は感じた。
やっと、富島はよろめいて一歩退く。
無関係な生徒を攻撃するなど許せないと、従士郎はそして、闘志をわかせる。
従士郎のようなきれいな武術はこの作品ではすごく浮く。