それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
身体能力をひきあげる。
これは、連続して行うことはほとんどできない。どんなに体調が良くても、闘争心が燃え上がっていても、2分に一度だけ。
昨日、従士郎はマサカと戦い、御名術を3度も使わされ、そしてそれでも優勢に立つことはできなくて、風雅により水入りとされた。
入学式の日はまだもっとましだった。風雅の御名術を4度断ち割って、最高のハイキックを1撃、当てることはできた。そして、御名術行使の作用で身体が言うことを聞かなくなり、相手とともにダウン。その後、両者ボロボロで、まともな継戦は不可能。泥仕合になったから、担任のやめがかかったのだ。
つまり、彼は短時間に5回しか、御名術を使えない。
ここは例えば武道場である。彼は4度勝利すれば参加者全員のなかから優勝を勝ち取れる。ひとりにつき、1度、1撃で、御名術を行使して勝ったならば、表彰台に自然な状態で立つことができる。
自分の相手がとてつもなく強大で、経験豊富だったとしても、自分の拳や蹴りが見えなければ…。
と。彼は思う。それは、まったく正々堂々としていない。超能力を使って武道の頂点にたって、それで周りから一時的な賞賛を得られたとして。
そんなものに満足するとしたら、とてもおめでたい話だ、と。自分の力だが、自分の力ではない。
けれど。そのハイキックを、自分の参考にすることは、できる。
あのハイキックに自身の通常の身体能力で近づけることができたならば、それは正々堂々とした方法論ではないか。
最高の鑑を持ち出したい。ドーピングした自分の最高の一打を模範として、自身をそれに近づけたい。練磨して。それに接近したものを得て、4度勝てたなら、正々堂々としているだろう?
だから、自分はこの御名術を持ち出したい―3年間だけでは、嫌だ。
そう。彼の考え方は、なにかずれている。
そして彼は、もう御名術を、4度使ってしまった。
目前に、ぼんやりとした存在感の太った男が、薄気味悪く笑っていて。
透明な。弾力有る、大質量のものから身を守るために。それを透過して富島に攻撃を加えようとして。もう、4度使ってしまった。
次に使用したなら、自分が倒れるということを、従士郎は知っている。
通う道場でも彼はだいぶ実力のある、上から数えた方が早いような存在であるし、そう負ける気もしない。
だが、自分を超人たらしめる御名術を得たのに、この数日ですでに3人に圧倒されている、彼は。
1打、2打、打つ。効かない。むしろ鼻で笑われている。
すぐに透明なものが襲ってきて、胴体ごと薙ぎ払われそうになるから、床を蹴り跳ね上がって身を回転させ、大質量の打撃を、いなす。
直撃しては、壁にはりつけにされるだけであるから。
そして従士郎の怒りはやまない。
富島は、この戦いに近づく者、悲鳴を上げた者を、自身の御名術によるなにかで、はじいている。片手間に。
伏していたりうずくまっている。もう、5人目になって、それは。
左足のばねをきかせ、空を駆け、突きさすような前蹴りで、富島の首元を狙う。
首には刺さらない。クッションが働いていて。
けれど、首への圧迫が少しかかったようで、太った男はようやくダメージを受けたような顔をする。苦悶一歩前、か。
そこか、と従士郎は身をよじり、また左足を軸に、反時計回りに回転し、長い右足のかかとをまた首元に差し込んだ。
彼の円弧の動きは無駄がなく、迅く、そして鋭い。
富島は、ようやくそこで倒れた。「うううぅ!!」と声を上げて。
やっと有効打を与えられたと。透明なクッションごしに、強い衝撃を与えられた。このように攻めれば、ヘマをしなければ、勝てる。
従士郎は、しかし、倒れた相手を攻撃できなくて。
追撃を考えない彼は、なにかに、ばちんと全身をはじかれた。宙を縦に1回転し、そして腹から床に倒れる。その衝撃は、放射状に全身を広がる。
今のはまずかった。少ししたら猛烈な痛みが襲って来るに違いにない。
ああ。もしかして今の回し蹴りの瞬間に御名術を使っていれば、相打ちにすることはできたかもしれない―。
「へへっ、へ、ふへへへへへへっ」
嫌な気分にさせる笑い声がこだまして、そして彼は。負けを認めるが。
何者かが、従士郎の肩と、背中に手を置いた。そして、よく聞こえないが女の声を聴いて。
やめてくれ。立ち入らないでくれ。君も巻き添えをくってしまう。
そう、彼は。
思うけれど。
「お前、最悪だな、デブ。どうやって関係ないやつを守ろうかとか、頭悩ませてんのにこれだよ。お前みたいなやつがいるからユッピや黄瀬が困るんだ」
低い、低い、それは声で、汚物に向かって吐き捨てるような、刃物のような声で。
「なぁ、なぁにぃ…!」
「どうせお前みたいなやつ、小中でマイルドにいじめられてきて、親しくない奴との会話を放棄して、臭いとか暑苦しいとか言われっぱなしで生きて来た感じだろ?
でなきゃこんな調子こかない。無差別に男も女もぶっ倒したりしない。これ、今までのうっぷん晴らしにしか見えないもん、あたし。これで自分を少しでも磨こうとしてんなら、あたしにはもっとかっこよく見えるはずだから。見た目とか抜きにして。
でも違うんだよな。特に努力とかしてこなくて、ある日とんでもない力手に入ったからゆがんだ脳みそのまんま使ってる典型だよな。お前みたいなやつをカスって言うんだよ」
その女生徒は、ずけずけと富島を否定する。過剰ともとれる否定で、それは。
太った男は、暗い目をして、ぶるぶるとその言葉に震える。
「き、君は」
「竹内、ちょっと休んでろよ」、マサカが、富島を指さす。「あたしがやるわ」。
太った男は激昂した奇声をあげて、マサカにわめきちらした。それが、選手交代許可のサインと彼女は判断して。
「よくわかんないけどどうやって相手すればいいの」
「ま、待ってくれ!あいつは、僕の相手だ!」
「るっせーな。すっこんでろ。どうやればいい」
マサカは、"洞"を作り出し、両手をその中に入れて。
躊躇なく、目突きと引っかきで、富島の顔を、攻撃する。
そこには、透明なクッションがあって。届かない。が、その目突きはダメージにならなくとも、富島を少しおびえさせた。
両者の間に大きな"洞"ができて。
マサカは当然それに飛び込む。瞬間移動の先は、怯んだ富島の背後だった。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
マサカは後頭部と背中にひじ打ちと蹴りを繰り出すが、そこで彼女はダメージが通らないのに気付く。
「なんだこれ。デブだから脂肪でガードしてんのかなと思ったけど違うのか」、マサカは、そして手のひらで富島の目を覆う。太った男は、声を出してうろたえるが。「なんか、全身にプチプチがまきついてる感じだな」。
では、と。マサカは、彼の背後で右足を大きく上げ、真下に落とす。富島のつま先を、容赦なく踏みつけた。
「んぎゃあああ!!ふあああああああ!!」
従士郎は驚く。富島が、叫んだ。自分ではそんなことはできなかったから。何度も顔面と胴体に有効打を与えたというのに?
「あ、なんかわかってきたぞ」
マサカは白い歯を見せて笑い、そしてあらぬ方向から発生させた両手で富島の左手をつかみ、不可動方向へと、その指数本を捻じ曲げる。裂こうとする。
そして、先ほど以上に、その男は激痛に絶叫した。
「竹内、こいつ末端にぶよぶよしたのがないぞ。試してみた?」
マサカはそこで、潮時だとばかりに"洞"をつくり、富島の背後から脱出し、従士郎のそばに帰る。ほどなくして、透明な何かが左側の非常扉にびたぁん、と激突し、戸口が音を立ててきしみ、ガラスにひびが入った。
「ま、まさか」、従士郎は、まだ自分がマサカに助けられていることに納得がいかない様子で。
「マサカ?あたしの名前を呼んだぃ?」
「ち、ちがう。そうじゃない。どうして僕につく?」
「あんたを助けてんじゃなくって、この周りで倒れてる可哀想な子たちを助けたいだけなんだけど、あたし」
「…」
「まあ、待てよ。あんたの気持ちとかすげえどうでもよくってさ。いいから教えてよ。竹内、さっきこいつぶっ倒したよね?そのときどうやったの」
従士郎は、すぐに、「透明な、何かが彼を守るように。とても、でかい。僕は、それごと喉を狙った…」。
「参考になんない。もうちょっと視野を広げなよ。で、その透明ななんかはさ、いくつあるの?ひとつじゃないよね?いっこはハゲを抑えつけてるもんな」
は、と。従士郎は虚を突かれたような顔をして。
個数?
「たぶん、ふたつだな。みっつだったら、もっとぶつけてくるはずだもんな。片方は、あいつの身体にまきついてるもんな、きっと」
マサカは、だん、だん、と床を踏み鳴らして。昨日の足首の傷があるので、ぎこちないが。
そしてまた、彼女は富島を指さして。従士郎に伝えながら、共通の敵を、脅す。
「竹内。あたしが東南アジア住んでるとき、やばい犯罪者が街のクラブに現れてさ。またこいつ、強盗だったけど、顔殴ったり腹殴ったりしなかったんだよ。
あ、別にあたしは被害受けたりやっつけたりしてないよ。どっかで警官に撃たれたから。こいつさあ、指折ったり爪剥いだり、そういう手口でね。
その方が、戦意を失ったり、心を折ったりすんのが速いんだって。あたしのパパが言ってた。からだの末端はねえ。怖いんだよ。がらあきならな」
太った男が青ざめた、と感じてすぐに、マサカは"洞"を作り出して。
彼女の足首から下は距離を無視し、またも、体重をかけて、彼の足を踏んだ。
富島は前かがみにうずくまる。獣のように叫んで。その勢いならば、足の指を折っていてもおかしくはないので。そしてもう、彼の余裕はない。
そこに次の来訪者が。
「どこ、マサカちゃ、わぁーーーーーーー!!なにこれ!?」
ゆりが、かしましく現れる。その廊下に。
「あ、ユッピ。ちょっと今、竹内がさ…」
ゆりは富島と、風雅を指さして。「何この帯!?」、彼女は、透明なものを、見えている。
「どうしたの?ユッピ?なに?帯?どういうこと?」
「そ、その男子の身体と、伊崎君のところに、黄色く光ったおっきい手がある!」
富島、そして従士郎がそれを聞き、顔を上げて反応する。驚嘆して。
「なになに詳しく?ユッピ、ユッピ、ユッピッピ~。カワイイユッピ~もう一回教えて~」、マサカは鼻歌交じりで。ゆりの肩を抱く。彼女は、嬉しいけれど遠慮します、のようなジェスチャーをとり。
「き、黄色く光ったでっかい手が見えるの、右手の方が、伊崎君をおさえつけてて、左手かな?そっちのほうが、身体全体にあって…」
「ほうほうほう。で?それはさ、あのデブの身体をガードしてんだよね?きっと。で、アレのさ、腕とか足首より下ってさ、無防備なんじゃない?」
「う、うん。そう」
「手はふたつだね?」
「ふたつ、うん」
「あーららーららー~」、マサカは残酷に、笑う。
富島は震え、狼狽する。透明であることが、彼の武器の完全な長所で持ち味であった、のに。形状まで、理解されて。
「おいハゲ」
返事はない。気を失っているか。
「カラースプレーないかなあ、学校のどっかにさ…」
マサカはもう、太った男を歯牙にもかけていなくて。従士郎に、提案する。ひそひそと。
「あんたがやんなよ。あたし、あのデブのでっかい左手を引きつけてあげるからさ」
従士郎は返事をどう返していいのかわからなくて。昨日とは打って変わってフレンドリーなその態度を、理解できない。
「そんでユッピさ。そこのトイレから、掃除用具持ってきてくれない?」
「な、なんで?」
「尾崎豊やるの」
「は?」
「あたしのママが尾崎大好きだから」
「い、意味わかんない」
「モップとか使って、そのへんの窓ガラス割ろうよ。きっと楽しいよ」
「マサカちゃん!?ちょっと、わたし本当にわかんない、なんで!?」
「こういう、関係ない生徒を巻き込んでも平気な御名術もちのカスを好き勝手させたらどうなるか、学校にわからせてやろうよ。だからどさくさに紛れて尾崎豊やるの」
「今は夜の校舎じゃないよお!!」
ゆりは諫めるが。彼女は止まらなくて。瞬時に富島の左側にワープして、壁に寄りかかって、指招きをする。
そして従士郎は、「彼の身体から手が離れたというなら、僕に教えてください」、と、ゆりに頼みごとを。
彼女ははいと言う。
※最終セクションの(6)に続く
最近の若い子に尾崎とか言っても通じないんだよね。