それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、   作:AyA Tono N.C.

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#17 竹内従士郎と伊崎風雅(6)

 彼女の足や腕はすい、と空を薙ぎ、富島の身体の末端を削るように攻撃をするので。

太った男はくもった目をにじませ、その幾重もの激痛に何とか耐えながら、自分の左後方で遊泳をするかのような女を、御名術の巨大な手で叩き付けようとしたり、

あるいはつかんで握りつぶそうとする。が、それはあくまでその手が本来透明だから、できることであって。

マサカは富島に一撃加えては、近くにあるガラスをがしゃん、と叩き割り、楽しそうにする。

 

 帯の見えるゆりが、「上行ったー!」「手を開いた!」「伏せてー!」と案内をするから、捕捉できない。

かと言って少し離れているゆりを黙らせようとしても、彼女は従士郎より少し後ろにいる。御名術の左手を向こうに送ろうものなら、自身の身体の緩衝材となるそれを遠隔に送ることになるから、その隙にマサカか従士郎に無防備となった身体を攻撃され、たちまちノックアウトされてしまう。

 

 御名術の左手を思いっきり開いて上からばたん!と手のひらを叩き付けたなら、従士郎とゆりを2人まとめて行動不能にさせることができるかもしれないが、マサカはどうにもならない。

意外と富島は計算ができなくて、うなり声ともつかない呼吸音を上げて、ラッキーでマサカを捕えること、そのあと捕まえたまま盾にする、くらいしか方法がないと考えている。

 

 実際のところ、彼は強大な御名術の力を持っているのだから、もう風雅から御名術の右手を離してもいいのに、彼は気絶しているのだから、と従士郎は思う。

あるいは大事をとっているのか。痛みでパニックになって考えられないのか、など。

 

「ホイ!」

マサカの足だけがいきなり現れて、富島のくるぶしをえぐるように蹴ると。「あああ、あああああ!!!」、彼は絶叫する。もう耐えられない、か。

「…竹内君。あの彼、おっきい左手を自分のそばから離さないです。あのまま、マサカちゃんがやっつけちゃうかも」

ゆりが申し訳なさそうに、従士郎に言う。それに返事をしようとすると、

「あ!マサカちゃん!足を守りに入ったよ!そのぶん、胸から上のガードがなくなったけど」

ゆりは、巨大な左手が下方へいったのを見逃さない。

「ありがとユッピ。愛してる」

彼女はそれを聞いてすぐに"(うろ)"に両手を飛び込ませ、そのまま無防備だという、富島の顔面を両手でしたたか殴る。何度も。

そして、うずくまって、倒れて。

 

 マサカは口元に小さな"洞"を作ったらすぐに顔を接近させ、そのまま唇だけが4m先のゆりの頬に届いてキスをした。ちゅっと。

「ああ!もう!ダメだって!!」

ゆりは腕も顔もぶんぶんと振って、壁に寄りかかったマサカがケラケラと笑う。

「インドネシアってイスラム教でしょうっ!ダメなんだよそういうのっ!なんでわたしが注意するの!」

「あたし無宗教だから。フフ」

マサカは非常扉のひびの入ったガラスを割って。

 

 従士郎は困惑した様子を見せて、そして、友達とじゃれながら、無傷で、ストレス解消とばかりにガラスを割りながら、余裕で富島の相手をするマサカをじっと見て。

これは、勝てない、と実感した。乾いた笑いさえ出てくる。

 

 いや、これは御名術の特性で負けているんじゃない。

戦い方の柔軟性について、自分には決定的に落ち度があるのだと。

 

 そう結論付け、彼はあきらめたような顔をして、「ありがとう加納さん」、と苦笑いをし、「自分だけではどうにもならなかった、あなたのおかげです」と。深く礼をした。

マサカはさっと、階段付近の出窓のガラスをかかとで蹴って割ると。

つくりだした大きな"洞"の中に入り、ずいと従士郎の傍に、瞬間移動した。

 

「御名術をもってない子たちに、こういう風に迷惑をかけないようにしようって、約束するか」、彼女は機械のように訊く。

「僕はそのつもりで最初から、最小限を守っているつもりだった」。従士郎が、真摯に答える。

「なんだ、そうなのか」

 

 が、そのやりとりは完全な、油断だった。

ゆりが、「危なぁーーーーーい!!両手が!!」、叫ぶ。

ばちん、と。

御名術の両手が、合掌するようにふたりを挟み。骨がきしむほどの力が、従士郎とマサカに加わる。

「ぅ ぐっ!!」

「ウアッ!!!」

富島は、ようやくここで、風雅から手を離すことをして、この機を待っていたかのように。

「ふ、ふふふへ、ま、まいったか。ぼ、ぼ、僕の、力は凄いんだぞ」

マサカは、しまった、と思う。詰めが甘かったか。

「きゃあああああーーーー!!マサカちゃん!!」

ゆりは大声を上げると同時に、強い光を浴びせられ、目がくらむ。くらむのは彼女だけで。

 

 御名術の両手の合掌がひらいて行く。従士郎が、御名術を行使したから。

彼の身体は大の字になって、その両腕が横にまっすぐに力強く伸び、巨大な両手をこじあけてゆくように、まばゆい中、ゆりは見えている。「すごい…」。

 

 ふっと。従士郎はその力を出し切った後意識を失い、前のめりに倒れる。

マサカはその瞬間を逃さないと。すぐそばに"洞"をつくって。

飛びこもうとするのだけど、猛烈な力で身体を挟まれたマサカは足がよろめき、"洞"にたどり着けず、転倒する。

 

 ゆりは顔を覆う。しまった、今日のあたしは油断しすぎだ、とマサカは思い、富島は逆転勝利を確信した。

そしてまた二人は挟まれこまれようとして、ゆりは再度、悲鳴を上げる。

 

 けれど、そうはならずに、その御名術の巨大な両手は動きを止めた。

背後から、ゆっくりと、ホラー映画の殺人鬼のようにのそっと現れた穂村が、富島を殴りつけたので。

がん。

「うわぁぁぁあぁ、あぁ、あぁあ!!」

「るせぇんだよ、てめえ。おい、俺のツラぁよく見ろ」

穂村は殴りつけた後に富島の髪を右手でつかみ、リーゼントが太った男の額にぶつかる程に自らの顔に引き寄せ、凄みを利かせて数秒の凝視を。

 

 そこでゆりの視界から、黄色く光る手というものは、消失する。術者が意識を失ってしまったから。

 

「ああ…穂村君…な、なんであっちから回り込んできたの?」

ゆりは、西棟の方向を指さして。

「3分くらい前にはおめえらの後ろにいたよ」、穂村は鼻をこすり、「こいつが逃げねえように外出て回り込んで、後ろで待ち伏せしようとしたんだよ。そしたら、驚くことに加納がやられたからよ」。

 

 その、穂村の当然な説明に、マサカがかっとなってまくしたてる。

「うっせーよバカ!おいしいとこ持ってくんじゃねえバカ!リーゼントバカ!死ねバカ!」

「おっ、おめえ!ふざけんじゃねえぞ!俺が今出てこなかったらやられてたかもしれねえのに、少しぁありがとうの精神ってのは、なあ!」

「あーはいはい!Terima kasih(あんがとよ)!謝りゃいいんだろ!ア!?クッソ、あーあ!気に入らね!お前、つまんねえよ!マジでつまんねえよ!なめやがって!」

 

 彼女は苛立ち、逆ギレし、言いがかりだけをその場に吐いて。自分がヘマをしたことと、助けられたことが、相当恥ずかしかったのか。

 

「柴崎ぃーーー!こいつ何とかしてくれ!絶対に俺はこんな言われる筋合いはねえ!」

「マサカちゃん!そんなのいけないんだからね!助てもらったんじゃん!わたしも怒っちゃうよー!女の子が汚い言葉並べちゃダメ!」

「うぇぇぇぇぇぇ~んユッピが怒る~…!ごめんなさいごめんなさい」

 

 そのやかましいA組のやりとりで、意識が途切れていた従士郎はぼんやり目をあけて、彼女らとは、争うよりもっと素敵なことができそうだ、と。それはポジティヴに、思う。

 

 

「はい、いきなり現れたC組のデブ君。いいですか。これからあなたにお説教をするんですよ、あたしは」

「うっ、ううう、うぇえ」

富島は恐怖におびえる。

「まず、御名術を手に入れました。でっかい手を手に入れました。それは、いいでしょう。そういう学校なんだから」

汚い言葉を使うなとゆりに諫められたマサカはわりと丁寧な言葉遣いで、ガラスがまるきりなくなった窓のへりに腰かけ、右足は"洞"のなかに消えている。

だがどうしても高圧的で、あげく横に倒れた富島の頭に右足(の、すねから下)をかけて踏みつけている。

 

 言葉遣いだけ丁寧でもしかたないんだけどな、とゆりはぶつくさ言い、穂村はしかめっ面でそれを聞いている。

「ですが、関係ない生徒を5人も、御名術をもってない生徒を5人も、うるさいからって吹っ飛ばした、それはやりすぎです。これが例えば、キミに嫌な思いをさせた中学時代の同級生とか、そういう連中に仕返しをする、ということでしたらそこには大義名分があるのでわからんでもないのです」

「あいつ、仕返しとかを推奨してんぞ」、穂村がちくりと呟く。ゆりが、「やっぱずれてんだよねー」、とむくれる。

 

「いいですか?学校というのは仲間をつくるところであって、敵をつくって探してボコるところではないのですよ。そりゃ、あれだけとんでもない超能力手に入ったら試したくなるのもわかりますけどね」

それを、従士郎も、すこし笑って見ている。彼女をはっきりと見て。

 

「まずキミは自分を磨くことをしましょう。いいですね。ちょっとダイエットするもよし、なんか部活に入って汗を流すもよし。けど、その御名術で人を傷つけるのは最後の手段にしてほしいし、御名術をもっていない生徒を絶対に巻き込まないと、あたしに約束をしてください。それをしてくれたら、許してあげます。あとついでに、割れたガラスは、あたしたちがドンパチやったせいで不可抗力で割れたことに、してね」

「うっ、うううっ、ああ」

その声のトーンは、富島がその言葉に納得し約束したものだ、とゆりも穂村も従士郎も思い。

 

「ハッキリ返事しろコラァーーー!!」、痺れをきらせたマサカが右足を振って、蹴り飛ばす。

「ぶげぇっ!」

「あたしはYa(ハイ)Tidak(イイエ)をちゃんと言わない奴が嫌いなんだ!!」、いきなり、キレる。

それを止めるべくゆりが大声と同時に飛び出して、穂村は頭を掻いてつきあってられんとそれに背を向ける。

 

 穂村は、ふと気づくと、廊下のすみで何かを拾い、それを丁寧にたたんで、ゴミを払い、少し前に目を覚ました風雅に、すっと差し出して。

「おめえ、眼鏡、踏まれちまうぜ」

風雅は立ち上がれないが、爽やかに小さく笑い、

「おお、すまない。君は、いいやつだな。面目ない」

その返事に対し彼は何か思うところがあったか、穂村は風雅を一瞥し、ひとりで学校を後にする。

「景虎ぁー!お前、あたしがガラス割ってたの言うなよ!?」

「言わねえよ!」

 

 

 

 この翌日、B組の担任の稲木は何か厳重注意を受けたのか、ホームルームに姿を見せず、情報の授業はすべて「PCを使用した自習」となり、同日夕方には、各教室内掲示板に大きなフォントで「御名術を所持する生徒は、そうでない生徒に対しての暴力および迷惑行為、校内設備の破壊行為を、それが事故や不可抗力であっても決して行わないこと。発覚した場合は、処分する」と書かれたものが貼り出された。

 

 

 

 マサカを止めたゆりは、「最後にわたしもせっかくだし1枚くらい割ってみたいな…」と、彼女の性格とは真逆のことを考え、少し暴走へのモードチェンジをし、「えいっ」とほうきの柄を使って壁際の小窓を、ぱりんと破る。

 

 それは、騒ぎにようやく気付き2階への階段から降りて来た教師の一人にしっかりと見られ、彼女はぞくりと身の毛がよだち。

のちのち厄介ごとになってしまうのではあるが、それは、まあ、どうでもいい別のお話で、彼女が思い返したくない思い出の一つ。




マサカの口が悪すぎる問題についてだがあまりにひどすぎるので生理でもともとイライラしていたということにする。
ただこういう口が悪くて男に突っかかっていく女はクラスにひとりはいた。それを否定してはならない。
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