それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
(1-5)
5月11日。
その日は日曜日で、ゴールデンウィークが終わり、明日には全生徒の実力テストが行われる。
では、仲の良いふたりはいずれかの自宅で勉強会でもしているのか、というと、そうでもない。
そこは、湿った風の吹く、肌寒さを感じる静かな静かな墓所で。
密集した墓石のなかで傘をさしているのは、4人。うちひとりは傘を持ってもらっており、それとは相合傘で。
霧雨のような穏やかな雨が降る、少し光のさす、午前9時半。
「私の父は、事業で成功して、いわゆる遊び人で、ヤクザのような人達ともかかわりがあって」
ひとり、物憂げな顔をした少女が、そこで口を開く。
彼女はG組の生徒で、小学校の時に、詩津華の友達だったという。中学校ではあまり話す機会がなくなってしまいずっと挨拶だけの関係になってしまったけれど、高校は同じ場所を選び、ふと会ってお互いの身の回りのことを話し合う関係になったそうで。
彼女の名前は、
その真向かいに、マサカとゆりがビニール傘をさして、聞いている。
少し左側に、傘を持つ花形と、その傘の中に詩津華がちょこんと立っている。合流したときに、マサカは鈴奈にあのふたりの関係はどうなってるか知っているか、と遠慮せず聞いたがあの男子は初対面なのでわかりません、と言われた。
「でも、ため込んでいたお金は結構あったんです。お父さんは3年前に死んでしまったけど、それからすぐに、私とお母さんが生活に困らないような程度の額を遺産分配してもらえたから」
ゆりは、サスペンスドラマのような話だ、と不謹慎ながらわくわくして聞いている。そういう世界に近い場所に生きていない。
その話を切るように詩津華がくしゃみをして、肌を震わせる。
そこまでは別に気にすることではなかったのだが、花形が「黄瀬さん、大丈夫?」と聞き、詩津華が「昨日も寒くって、風邪ひく前ぶれかも」と答えると、花形が、当たり前のように腰を下げ、頭を持っていって彼女の額にぴたりと「熱はないね」、合わせるものだから、何とも言えない空気に、なる。
マサカはそれを埴輪のような顔で眺め、ゆりはいつ間違いが起こってキスするのかな?とつぶさに観察する。
鈴奈は少し絶句したのち、再び。「その遺産も、ほとんど私の母の前の配偶者の家族に分け与えられてしまったそうではあるけど、うん、この話はいいです。わたしたちは、困ってないですから」。
そして唇を噛んで、「お父さんはきっと2番目の奥さんである、私のお母さんのことをあまり好きじゃなかったんだと思います」。
「毎日毎日、お酒を飲んで、泥酔して帰ってきて、お母さんとケンカしてて。本当に、ださかったんです。本当に、気持ち悪かったんです。お母さんを罵倒するときに、いっつも」
彼女は少し涙を流して、
「『俺にはお前なんかよりもずっと愛してる女がいるんだ』って。私は何度も聞いて来たから。その次の日の朝に、どんな高価なお菓子をもらっても、欲しかったおもちゃをもらっても、そのときに私に耳障りのいい言葉をくれたって、そんなものは、わたしはいらなくて、ただお母さんと仲良くしてさえくれればよかったのに、そんなことなかったから、私は、本当に気持ち悪くて」
「きっと、『3番目の』女の人がいて、お父さんはその人のことばっかり考えてて、お母さんをないがしろにしていたから。だから、きっと―」
「再婚じゃなくって、まじもんの浮気か」、マサカはそれをオブラートに包もうともせず、言う。「つらいな」。
彼女らは、その、鈴奈の父親の墓の前に立って。
「今年になって、兄が、―えっと、さっき言った、最初の奥さんの、子供です。わたしとは、腹違い?というやつで、歳は30くらいで」
遺産の分配率におかしい点を感じ、ふと会った時に、鈴奈に対しきつく言ったのだという。
遺言状通りになっていないからな。2000千万ぐらいがどっかに消えたんだ。今、俺は全力でそれを調べているんだ。あの親父め、死んだ後に波紋を残すな。お前、心当たりはあるか、お前の母さんにも聞け。
いいえ、私はわからない。暮らしは普通。言う通りの額が私のお母さんに渡ってたら、もっと裕福な暮らしをしてる。
彼女の兄は、それにとても、疑り深いまなざしを向けて。
もしも、お前の母さんがおまえまで騙してその金を隠してたら、俺は許さないし、必ず取り返すからな、と。
それは彼女にとってはひどい濡れ衣で、彼女の母もそれを聞き、疲れ果てたように、少しの期間で老け込んで、病気がちに、なった。
ゆりは、最後まで聞くと、とてもではないけどそこに救いの無さを感じる。むしろ環境、身の上話に最初、胸を躍らせていたことを恥じた。
そして、鈴奈は言う。
「いいですか。わたしはお父さんのお葬式の間はほとんど上の空だったからその場を見てないんですけど、お世話になっていた方から、こう言われたんです」
『納骨するときに、親戚の誰それが、一緒に青い封筒を入れたのを見た』
「なに?」
「封筒!?」
すぐに花形がものごとの焦点を訊く。「その封筒の中に、2000万円ぶんの何か?よくわからないけど、有価証券とか小切手とかが入ってたってこと?」
それに鈴奈は、「いや、きっとそんな直接的じゃないと思うし、そういうことをする意味がわからないですから、きっと遺産の一部を隠した、とかじゃないと思います」、きちんと否定した。
詩津華が、小さな声で。「わたしたちは、お墓参りに来た高校生とその付き添いです。静かになさってくださる。ここで目立って誰かに見られたり聞かれたりしたら、この子とお母様が困ってしまうんですよ」。
全員が口をつむいで。
「その封筒には、きっと」、そして詩津華はまた、口元に指を持って行き、もう少し静かにと。「写真が入っていました。参列者の中に、わたくしの母と親しい、大きい会社の取締役がいましてね」
そして、
「その方はこの子のお父様と亡くなる直前まで親しくしておられて。ええ。わたくしはちゃんと聞き出しました。確かです。『俺が死んだら、骨と一緒に、最愛の女の写真を入れてもらう』のだと」
空気が張り詰めて。
「それが、今日、加納さんに来ていただいた理由です」
「あたしに?この墓の中に腕突っ込んで?遺骨と一緒に入ってる写真とれって?」
「はい。公式にお墓を開いて遺骨を取り出そうとするのは目立ちすぎますから。絶対に、この子のお兄様の耳にも入りますのでね」
マサカは心底嫌そうな顔をして、ゆりと顔を見合わせて。
けれど、すぐに観念したかのように。
「キミ。すごい聞いてほしくなさそうなことを聞くけど、その写真があったとして、どうするの?あたしはバカだからわかんないよ。よくわかんないけど。きっとさ。その消えた2000万は、その写真の女のとこにいったんだって、そうみんな考えたんでしょ。で、それで、キミはどうするの?写真の女を探したいの?2000万はこの女が持ってる!って兄貴に言いたいの?」
「そ、そうじゃないんです。私、お金はいいんです。ただ、兄が私のお母さんを疑っているのが、本当迷惑なのは、そうですけど…嫌がらせもありますし…はい。でも、そうなんですよね。私、期待してるんです。それがわかれば、兄の目がそっちに向かって、私達から目がそれるかもって…」
「ごめん、ちょっとねえ…」、マサカはまだ、それだけでは足りない様子で。「それは、ホントにキミの解決に、なんの?」
そして鈴奈は。「お金の行き先を調べたいわけでもなくって、兄をどうにかしたいわけでもなくって」。本心を、言う。彼女の。
「ただ、お父さんを誘惑して、お母さんにつらい思いをさせた、その女の顔を…知りたい、んです…」
「そうか」
マサカはそれを聞くと、すぐに手先に"
「マ、マサカちゃん。一応手袋をした方がいいと思うよ」
ゆりの指摘をわかっていたかのように、詩津華が腕までのゴム手袋を、差し出す。
「キミの行く先にはなんか復讐があるよ、きっと。そこだけが気に入らないけどな」
日本のお墓の構造ってどうなってんの?とマサカが皆に聞く。詩津華が言うには、だいぶ古いお墓のようなので、骨壺をそのまま収納しているのではなく、墓石の一部をずらして開き、そこに遺骨を放り込みそのまま土にかえしている、と。
「よく知ってるね」
「いえ、B組のお寺の息子さんから聞きました」
「ああ、ハゲね」
マサカは手を"洞"に入れて。決して、気持ちのいいものではない。むしろ、決して見たくない。その"洞"の先は決してのぞき込まず、彼女は右手でかき混ぜる。そこを。
数分の捜索ののち、彼女は腕をとめ、引っ張り出した、それを。
封筒は決して原型をとどめていなかったし、青色だともわからない。あまりにも時間が経ちすぎている。
汚れて湿った封筒は自重で破れ、マサカが中身をそっと引き出すけれど。
その中身も、経年劣化で、とても把握できるものではない。退色が過ぎる。
誰かの姿を映した写真なのかどうかさえも、定かでは、なくて。
鈴奈はさめざめと泣いて、霧雨に身を濡らし、けれどその写真を両手で持って、投げ捨てようともしない。
「黄瀬、確かいたよね、D組にさ、写真の御名術使い。こういうの、もとに戻せるんじゃない?話、できない?」
「彼は、とっても」、詩津華が口をゆがめて。「気難しいよ」、花形があとに続く。