それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
5月13日。
4月中に詩津華の斡旋のもと、ゆりの視認によって確認できた、東棟の御名術もちの生徒は以下のとおり。
A組、マサカ、穂村、ゆり(帯が見えるだけ)、新堂は?
B組 従士郎、風雅。
C組 先月従士郎を攻撃し返り討ちに逢った
D組 詳細不明、(ゆりの価値観で)ちょっとかっこいい男子・
西棟もできれば視認しに動きに行きたいところだが、接点がないため行動が不自然になってしまう。
この1か月で「東」と「西」で多くの生徒が「こっち側にはこういう顔したやつがいる、名前まではわからないけど」程度には認識している。
体育や美術等課外授業は隣同士のクラス一緒に行うこともあるし、東棟の合同実習なども行われた。
部活動を行っていない彼女らにとって、西棟の生徒と親しい関係となるのは難しかった。
では何かやればいいのではないか、と言う話になるのだが、御名術もち、という点でいい顔をされなかった、と従士郎は言う。
柔道か空手をやってみたかったが、御名術もち同士の争い事が起きる可能性があるならば、合宿や他校との試合を組む際に直前のいざこざが発生するのでは、そういう意見を受けたと。
要するに、僕たちは御名術とかとは関係ないからお引き取り下さい、というわけだ。
「そう。だからねぇ~おれもさ。テニス部入りたかったんだけどねえ~」
「その頭でテニスって冗談かよ。試合の妨害になりますので頭光らせないで下さいって審判に言われるんじゃないのか」
「やかましいわ。じゃあおたくはどうなの?なんか部活やりたいとかないの?」
「だってあたしヨットやりたいけど、ないんだもん」
「作ればいいだろう。2、3人は集まるだろうさ。ヨットは誰が用意して、どこで練習するのかは知れんけど」
B組の教室でマサカと風雅がそう、どうでもいい話をしている。
詩津華まちである。写真の御名術使い、折笠は授業が終わればすぐに学校を出てしまい、いずこかに消えてしまうと。
事情を説明して引き留めるのは花形の役割だが、そのあとの依頼は御名術もちでなければニュアンスが伝わらない、という。
「『あなたのその力を見込んでお願いがあるのです』って言う時、それを頼む人が相手の持つ特性について無知か知識人かで相手の反応は異なるでしょう?」と詩津華は言う。
わからんでもないけど、と言う反応があって。
「こいつは何で暗いの?」、マサカは従士郎を指して聞く。「先週までバカみたいに元気だったくせにさ」。
従士郎は深刻な考え事をしているかのように映り、風雅の言うところでは、昨日の実力テストが本当にダメだったのだ、と。
マサカも、ぴたりと止まる。
「あまり悪いと補習が待ってるって言うからねぇ~」
ゆりも捕捉する。「成績よくなるまで、全部の曜日に7時間目ができちゃうんだよ」。そしてマサカは虚ろによそ見をして。彼女も、暗くなる。
「オイオイオイオイ。この二人、だめか」
「まいったな。勉強会とか、しなくちゃだめ?」
「ユッピ、ユッピはあたしのこと、最後まで好きだよね?」
「うん、好きだけどそれとテストの結果の成績は別の問題だと思うの」
「おれは手伝えないぞ。バイクの免許を取りたいんだ」
「まあ、待ってくれ。まだそこまで悪いと決まったわけじゃ―」
教室の後ろから詩津華がやって来て。
「あれ。これは?4人とも、来てくださるんですか?」
マサカは少し考え、「いや、そんなことはないよ。こいつらは関係ない」。テストのことは頭から抜いて。マサカとゆりはD組へと、向かう。
その男は決して清潔な風体ではなく、若さのわりに自分の理念に凝り固まった顔をしていて、独特の体臭があって、うわぁ、とA組のふたりは思う。
事情は花形がおおむね説明済みのようだが、その男は決してそれに興味を持っているとは思い難く、詩津華は、どういうアプローチで攻めますか、そういう表情のサインをとる。
その折笠という男子は髪が脂ぎっていて、薄いひげを処理もせず、眼鏡に指紋がつきっぱなしである。制服も、なんだかよれよれしていて。
「何ですか、あんたたち。俺、そういうのできないくらい忙しいって言ってるじゃないですか」
「まあ、折笠さん。大変迷惑に考えてらっしゃるのはわかります。でも、どうか私たちを助けていただきたいんです」
「俺は、これから夜になるまでに大三蔵橋の河川敷に写真撮りに行きたくて。テスト終わってやっと自由ができたんだから、そんな、あんたたちのせいで夕方の写真撮れなくなったらどうすんですか」
そして、詩津華を止めて、マサカは実に、単刀直入に、聞く。
「写真ならなんでもありの御名術って、有名だよ、あんた。口止めの御名術も意味がないくらい、東棟で有名になってる、あんた」
「だから何ですか。俺はこの御名術を使って3年間は最高の写真を撮り続けたいだけだ。あんたらと競うなんて考えてない。あんまり関わんないでください?」
マサカはほう、と鼻で笑う。ゆりが、その男の、右の瞳から発生する「帯」を視認して。
「あんた、持ち出しできなくていいんだ。すげえ写真オタクなんでしょ。3年だけでいいんだ?」
「俺はもともと自分の写真には自信がある。御名術でいい写真が取れるのは確かだけど、3年もありゃもっと実力が上がってる自信も」
「なんだ、従士郎と同じタイプか」
「御名術を使えるうちに、いろんなあらゆるコンテストで賞をとって、賞金をためて、140万する最高画質の一眼レフを買うんだ。それさえあれば御名術で撮った写真に完成度が追い付くからね」
「…あ、金で解決する問題なんだ。まあ、『写ルンです』よりはな、そうだよな」
彼はじりじりと教室から出ていく体勢となり、マサカはそれを警戒する。
「だから俺は、今すぐ河川敷に行って写真を撮らなくちゃいけないんだ!」
「待てッ!あたしの話を聞け!」
全員をすり抜けて折笠は逃げ出すが、マサカはすでに移動しており彼の退路を拒む。
心底嫌そうな顔をするが、どうもその女から逃れられそうにない。
折笠は深い、わざとらしいため息をつき、どうしたらいいんですか、とあきらめて聞く。
「この、もう何が映ってるかわかんない写真を、もとに戻せるか?あたしは、あんたがそういうのができるって聞いたから、割と必死で来てるんだ。いいかい。ちょっと1人の女の子の今後の人生にかかわる問題でね。それを助けられるかどうかは、140万より重いかもしんないよ?」
マサカが、クリアフィルムに入れた写真を見せる。おととい、墓場から引っ張り上げたものだ。
折笠はそれを手に取って、じっと見て、「時間があればできるかもしれないけど。きっと…あんたなら、知ってるでしょ。御名術は、回数制限があるって」。
ゆりは小さく驚く。詩津華も、花形も。そうなの?と。
マサカは知っている。
「そうだね、あたしは穴のでかさによるけど1日20回はやりすぎ。従士郎は5回。景虎は4回だったな」
「…もういいよ。今日の撮影はあきらめた」、折笠は再び教室へ戻って。
「俺の御名術は適当なら、1日に何回でもできるよ。でもさあ。真剣に写真撮ったら、1日1回が限度なんすよ」
そこに、大きなシャッター音が、鳴り響く。皆がびくりとして。
ゆりは、彼の右目がフラッシュをたいたように、けれど黄色く、瞬時発光するのを、見る。
その目はシャッターであって、同時に、折笠の手に、すっと、写真が現れた。
被写体は、彼以外の4人であって。そして、平面的でないと、見た者は感じる。撮影した2次元の空間ではなく、そこに3次元的な要素の雰囲気があって。
そして、躍動感があって、写真に撮られた自分がすぐに動き出しそう、とさえゆりは感じた。
色合いとか明るさとかちゃんと撮れたかとか、目が光ってしまっていないか、とかそういう低次元なことではなく、視覚以外にグッとくる感覚、というものを刻み付けられ、
4人はその自分たちの写真をまじまじと観る。自分の目で、切り取られたフレームの中で、現実の自分たちそのものを別視点から観ているのだ。
気づいた詩津華が指摘し、3人も驚く。
空間のすべてにおいて、ピントが合っている。
背景で一番遠い黒板に書かれた小さな文字も、カーテンの皺も、完璧に、見える。鮮明に、過ぎる。もう少しあとの時代ならば、超高画質高解像度、というべきで。
「これは、すげえな…あんた、偉そうにするだけあるわ」、マサカのまなざしが変わる。
「それ、かなり本気でやったやつ。で?その真っ黒い写真見れるようにするんでしょ?したいんでしょ、あんたら。うん。俺、たぶん、その写真元通りに撮りなおすこと、できますよ。でも。わかるでしょ。規模と、回数制限なんすよ。その写真、きっとなんか写ってたんでしょ。なんか映ってたってんなら、そういう事実があるから俺は撮りなおせますよ。でも、きっとそれを元通りにしたら、俺、きっと1週間?いや、1か月くらいかもな。御名術使えなくなっちゃいますよ。だからやりたくないんすよ。6月には、もう応募したいコンテストがあるってのにさあ」
彼は苦々しい貌で、それを言って。
「マサカちゃ…」
「いや、ユッピ。待って。こいつの言いたいこと、すげえわかるんだ。なるほどな。1日1回、マジで御名術使えば、そんなすげえ写真が撮れると。で、あたしらが持ってきたあれを元に戻すには、御名術のパワーをむちゃくちゃ使って、しばらく使えなくなりそう?そうだね。それってあんたにいい事なにもないよね」
マサカは、ひとりのアーティストを尊敬するような、そして遠慮するような態度にならざるを得なくて。技術者と言うものの価値、そして近寄りがたさを、感じる。
「では、相馬さんの気持ちはどうなるんですのッ!」
「黄瀬。違う。今わかった。もしさ、あたしが知らない奴にいきなり出合い頭に『困ってるんで、今すぐあなたの御名術でぼくをワープさして大阪に連れてってください』とか言われたら、さ?…たぶん、あたしたち、彼に、そういうことを頼んでるんだよね」
マサカの「移動範囲」は8メートルであって。それを無理に引き延ばすことは、決して無理ではないが、極力やりたくない。身体全身を入れるための"
詩津華は、交渉事についてはあきらめないと思っていた彼女がそう言うから、困惑して、では相馬の気持ちは、今被っている迷惑は、など続けて口にするが、マサカは御名術を持っているからこそ、それ以上の無理強いをできない。これは、御名術のある/ないにおける、両者の理解のニュアンスの違いである。皮肉にも、先に詩津華が皆に言ったような。
けれど折笠はそして憮然とする態度をするでもなく、切り出した。「でも、俺も困ってる事があるから、それを解決してもらえんなら、協力しますけど?」
「えっ!?」
ゆりは驚いて。
冷静に、花形が訊く。「折笠君。それは、どういう?折笠君の悩みを解決すれば、こっちの写真を復元してくれるの?」。「うん」。
「先週、いや5日前、だな。隣の駅の夜のオフィス街の写真撮りに行ってさ。俺は、ビルを背景に疲れたサラリーマンとかOLが終電近くの時間に帰っていく、そんなコンセプトの写真を撮りにいったんだけど」
折笠は、かばんの内側から、そっと白い封書のような包みを取り出して。
「先に説明しますね。俺の御名術で撮られた被写体にはさ、絶対にさっきのでっかいシャッター音が聞こえちゃうんだよ。どんなに遠くで撮ってもさ。逆に、映ってなきゃ聞こえないのにね」
彼は額をぬぐって、そのまま眼鏡のレンズを指で拭く。
「次にさ、俺が撮った写真ってね、保存する以外に方法がないわけ。火をつけても燃えないし、絶対に破れないし。どっかに捨ててもいつの間にか俺のかばんの中に戻ってくるしさ」
そういう超自然の特性をもった、副産物。
「でさ、こうするとすぐわかるんだけどね」、折笠はその中身をあけ―それはビル群と人の写真であって。そして、彼は、その写真を、再度「目」で撮影する。そのシャッター音は、誰にも聞こえない。
写真は、白いビルと黒いビルのコントラストの隙間の部分へと、御名術の干渉によりズームインをして。フレーム内でその一部が拡大される。
その被写体はこちらを向いて。ビルの隙間で、中年の男二人が、片方は角材のようなものを、もう片方は銃器のようなものを持っていて、二人の足もとに、血しぶきと、別の人間の、寝ころんだ下半身が、見える。それはなんとなく、人間としては、部位が足りないようにも見えて。
「この写真、どうにかして俺の手元から消し去りたい。それが無理なら、きっとこの写真に写ったおっさんたちに、俺、いつか見つかってやばいことになりそうだから、その人たちをどうにか、してほしいんだよね…」
彼は、てかった顔の、汗をぬぐう。
「汗ふきたいのはこっちだバカタレ」
写真はリアリティと立体感がありすぎて、5日前の過去なのだろうがそれの映すものはその時点のその場所そのもので、その殺人現場とおぼしき1枚はとても鮮明で、マサカは思う。聞かなきゃよかったと。ゆりは涙目で戦慄し、詩津華は恐怖して花形に抱きついている。
ちなみに筆者の高校時代は写ルンです全盛期である。