それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
初登校日は入学式の日で、その日は4月7日だった。入学試験が行われたのは別の高校で、わたしはその驚くほどに輝いて見えた校舎の敷地に入り何度も唸った。美しい、こんなところで3年も過ごすことができるのかと。通うのかと。
この学校において初代の生徒となるという事実も、記念的で記録的なものであって、また縁起かつぎの一種ではあったが感動を誘うものであった。風景や絵画を見てもあまり感動を覚えないわたしではあったが、ふと自らがその当事者でありパーツの一部であるという自覚をすれば、それはなんだか誇らしく感じられたのだ。
途中で、そばを歩いていた母はわたしが向かうのとは別の入り口を見つけると、じゃあね、とこともなげに別れて行った。きっとわたしが上の空だったことはばれていたし、きょろきょろと至る箇所へ視線を向ける田舎者のような娘を面倒くさがったのか。
周囲を見れば男女の群れがあちらこちらに。軒並み同じ方向へ歩を進めており、彼らはわたしの仲間である。何人と親しくなれるだろうか。心からの友人はいてくれるだろうか。わたしと同じ中学校からここへ進学したのはもう一人しかおらず、かつあとで述べるがあまり距離を縮められないことがわかっていたものだから、特に下地がないところから交流を広げていかざるを得なかったし、わたしのこの鈍くさい性格が嫌われてしまいやしないか、と不安は尽きなかった。
それは自意識過剰な杞憂だったのだが―
わたしは、期待と不安で他のことが考えられなかったと記憶している。あとで聞けば、親切に教室までの誘導をしてくれた先生やら保護者やらはいたらしいのだが、はっきり言って受付のような場所さえ気づけずに自分はどこに行けばよいのだろうと困惑していた自分は視野が狭いし馬鹿なのだと思う。
クラスは1年A組だった。このあたりの記憶はあまりない。ただ、何か掲示板か配布物を見て自分がそこの所属であることをすんなり受け入れ、靴を履き替えたら少し歩いて一番近い教室であったというあたりの記憶はある。教壇から机、椅子などの並びは中学校とあまり変わらなかったただすでに教室にいた他の生徒たちがだいたい自分以上に大人に見えた。絶対に同じか近似しているだけなのに。
勇気を出して足を踏み入れると、緑色のネクタイをした痩せた男の子が、無言でわたしに紙を渡した。わたしは「おはようございます」と言ったが彼は特に何も返さなかった。男子の制服のネクタイの色は数種類あって、女子はブレザーのリボンとさらにスカートの色にバリエーションがある。わたしはともに紺色を選んだ。あまり派手な色は好みではない。
教室内はそれなりに静かで、わずかな人数がすでに自己紹介を兼ねた会話をはじめていて、わたしに対しやってくる視線は少なくなく、はっきり言って委縮した。
渡されたプリントには出席番号に対応した名前が羅列してあって、同時に机の上にはしっかりと楷書で書かれた各人の名前があって、その横には町の文房具店ではお目にかかれないような箱入りの高級そうなボールペンが添えられていた。わたしは柴崎悠利という名前を探し、4列目3番目の机にそれを見つける。
椅子を引いて着席し、そのとき右隣に座っていた男子と目が合ったので、ちゃんと会釈をした。「どうも」と。今思うと、これは挨拶ではない。
すると彼も「どうも」と呼応し、少し肩が震えていたわたしに話しかけてきた。
「どこの中学校?」、「西二中です」。「おれは藤陽です」。「頭いいんだね」、「そうでもないよ」、「このボールペン…」、「もらっていいみたいだよ」、「そうなんだ」。
わたしは上の空で、自己紹介もしていない。
これでは礼儀知らずでフランクすぎる。落ち着け、とわたしは自分に言い聞かせ、「柴崎です」とやっと名乗る。彼は、「笹尾、おれ」と返す。
彼はそんなわたしに苛立つこともなくて、ごくごく自然だったけど、彼は首を傾げ、「最初に話すんの、女だと思わなかった」とわたしを見る。
え、と周りを見ると教室の空席は全然なくなっていて、わたしが足を踏み入れたときの静けさも今やそうではない。
みんなが興味を持った相手と話しはじめるのは自然だが、男子は男子、女子は女子と会話している。それは縦向きだ。横向きは、彼とわたしだけで。
あ。わたしはずれている。わたしはずれているぞ。とわたしの無駄な自意識過剰さがわさわさと沸いてきて、わたしは彼に「ごめんなさい」と必要もなく謝って、少しでもずれた自分を修正するために後ろを振り向いた。
さて、わたしは自意識過剰なモードへの切り替えが行われるともうなにをしでかすかわからない。
初日からいきなり隣の男子に話しかけて、気を持っているとか勘違いされたらどうしよう。女友達ができない性格に問題がある奴だと思われたらどうしよう、見境のない男好きだと思われたらどうしよう、などと被害妄想ばかりが頭を侵略して、足りない頭で考えた最善策は「後ろの席の女子を会話に入れてしまおう、カモフラージュ」などという魂胆だった。おかしいだろう。言っておくが、わたしは頭がよくない。
「あなたはどこの中学校?」とわたしは後ろに聞く。唐突に。わたしの後の席についていた女子は、顔を上げて、怪訝そうにわたしを見た。
「…っと、あたし?」
彼女は不意をつかれた。右隣の彼もそこを向いて。
そして、失礼だがわたしは驚く。わたしの自意識過剰モード短絡行動に巻き込まれた彼女の顔を見て。
化粧が、しっかりしている。いや、濃い。少なくとも、15歳のする化粧ではない。
わたしの友達らと比較しても、母のそれと比べても、それは異常であると思う。むしろ、メイクなどしたこともないような体育会系の知り合いばかりなので。
隣の彼、笹尾くんも彼女の顔の仕上がりを見て、一時硬直する。
わたしは意味もなく笑い、話題を後ろに振ったことをわずかに後悔する。不意打ちで話題をいきなり振って、その相手をじろじろ見ているのだ。礼儀知らずでフランクで済む問題か。
「いや、鈴が原だけど。でもね」、彼女は怪訝そうに頬杖をついてわたしに、「まず名前をね、と思わない」。
明らかに不機嫌になった。「そっちから話しかけてきたんだから」。彼女は、のちのち語ることとなるが、わりと攻撃的だった、彼女は赤いスカートを着用して、リボンはきらめくようにオレンジ色だ。派手好きなのかと思った。
さあ、泥沼だ。わたしの被害妄想はスピード感を増して。
「ごめんなさい柴崎です」
「あたしは
「おれは笹尾大輔ね」
「ああ、うん」
はっきり言って、わたしは脂汗をかいている。なんでこうなってしまったのだろうか?自分のせいである。
「柴崎さん、下の名前」
「ゆり、です」
「ゆりさん、あたしの化粧見ておかしいって思ってるでしょ」
「えっ、そ、そんなことないです」
「そうなんだ」
「わ、わたし、化粧しないから、かっこいいなって」
「ほんとぉ?」
「ほんとほんと、です」
「しないの?」
「わかんなくって、そんなに塗ったりとか、わからないから」
「そんなに?」
「あ、ほら、芸能人みたく」
「芸能人ってだれのこと?」
彼女は眉根を寄せている。
「女の化粧に興味ないけど、教えてもらったら?」と、笹尾くんは彼女―新堂さん、に切り返す。
「…いやね、いま、そういう話になってるんじゃなくってね」
と、彼女は、白けた。「なに、助けてもらってんだか」と、礼儀知らずで空気の読めないわたしに不満を漏らして。
新堂さんはよそ見をした。話しかけてこないでと、そういうことなのだろう。
そう、これがわたしなのだ。こうやって、自分の馬鹿な発言や暴走を後悔し、他のことを考えられなくなるいつものわたしなのだ。
わたしが彼女に目を向けられなくなると、隣の彼もわたしに何か言うのをやめて、前を向いてしまう。
つかみは、最悪であると思った。
いたたまれなくなったわたしは首を目立たないように左右に振って、うつむいて、黙る。こんなことなら、振り返ったりするんじゃなかった、である。わたしはずれている。
1、2話を読了してくれた人に「これは異能力バトル学園小説です」といきなり小出し説明をするからよくないと思うの(なのでここで追記する)