それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
そこには短気な男と、無気力で気だるそうな男がいて、ガラステーブルを挟んで革張りのソファーに腰かけている。
部屋の入口のほうに別の男が二人立っているが、何も口出しすることは許されておらず、ただ黙って聞いているのみ。
短気な男は30代のはじめくらいか。かん、かん、かん、と爪でテーブルを叩いて、出された湯呑みの茶をすぐに飲まず。猫舌なのかもしれない。ワインのように、風味を嗅いでからじわじわとすすって、口のなかで転がした。
彼が茶に口をつけたのを確認してから、対面する無気力そうな男が、やはり茶に口をつけた。彼はひとまわり上の年齢で、こけた頬にふくむ。
短気な男が、無気力そうな男に早口で何か言い、相手は首を振って。
その素早い否定のサインに腹を立てて、さらに早口な疑念と叱咤をぶつける。だが年上の方の男は謝りもせず、ただ自分の見解だけを淡々と言う。
だから短気な男は、また腹を立てて。
テーブルに拳をだんと打ち付けて、焦燥している。年上のほうの男は一応、この場では部下にあたり、短気な男が雇い主では、ある。
「マサオキ、てめえー!俺がビビりすぎってどういうこったあオラー!」
「いや…事実そうです、わ。言った通り」、無気力そうな男は湯呑みをまた、持って。「あの野郎、戸籍、ないんですわ。足のつきようが、なくって、ハイ」。茶を味わって。「殺られたのが誰なのか、誰にも調べらんなくて、その動機も、存在しねえわけでしてね。何をそんなびびっちまってることがあんのかなって」。
「何度でも言うぞ!じゃあ、俺とてめえが聞いたあのぉカメラの音、どうなんだよ!?あんな音…覚えてるよな!?ものすげえ近くで撮られたんだぜ!絶対に図られたタイミングじゃあねえのか!?オイ!」
「本当にカメラで撮られたんですかね」
「じゃあ、あのシャッター音はどう理解すりゃいいんだあ!!」
「まあ、イケさん。考えても見てください、な。あの後、下廻りの連中遣わしてすぐに調べたんですわ。あいつら意外と素早くてね。私服(警官)のフリまでできる奴まで動かして。
ほんでね、駅まで、調べさせれたんです、わ。ほんなら、カメラなんてね、持ってるやつはね、いなかったんですわ」
「いいや!おめえの駒は信用できねえ!見逃しが絶対に、絶対にあるはずなんだ!」
「イケさん。じゃあ、どうすりゃあ納得してもらえんすかね?まさか撮られたっていう写真のネガでも持ってこいってんなら、相当金の無駄ですわ。あるかどうかもわからねえ」
「俺があるって言ったならぁ、あるんだ!俺の勘を、甘く見んじゃねえや、絶対に将来俺の足を引っ張るネタになんだぁ!わかってんのかマサオキぃ!」
根拠の薄そうな直球を受けると、そして男は気だるそうに、煙草をつけて。
「まあいいですわ。イケさん。俺っちも気になってねえわけじゃあねえですからね。調べろってんなら調べますわ。ええ」。そして、煙を顔の周りに巻き付けるように吐き出して、「ですが、そこで起こってた事実が、イケさんの気に入らねえもんだったとしてもね、俺に文句は言わんでくださいよ」。
「何ぃ!?どういう意味だ、そりゃあ!?」
短気な男は怒号を上げすぎて疲れたのか、踏ん反りかえってソファーに身を預ける。入口の男たちはびりびりとした空気に冷汗を流して。
けれど、気だるげな男はゆっくりと煙草をふかして、雇い主をなだめるでも、機嫌をとることもしない。
再び茶に口をつけ、くい、と。大目にふくむ。
雇い主は、まだそれでも、熱くて次の一口を飲もうとすることはできなくて。
「いやね。俺っちは、あのシャッター音はね、多分イケさんが考えてるような悪い事には、なりやしませんわ。って思ってましてね。きっとね。偶然なんですよ。ほんでね」、そして彼もソファーに身体を沈めて。「カメラで撮られたってとこは否定しますけどね、なんかしら、記録をされたっていう点は納得してるんですわ」。
「ああ!?意味がわかねえんっ、だよ!!」
「ええ。俺っちは、ちゃんとやりますよ」
そして、気だるそうな男は、お茶、おかわりもらえる、と、入口のほうに、頼む。
「てめえら!茶がなくなったのにも気づかねえのか!」、雇い主は、舌打ちをして、「マサオキにもう1杯出してやれ!一番いいやつにしろよ!」と。
「イケさん、たぶんね。俺の勘のほうがね、鋭いですわ」
グレーのスーツを着た男の名はマサオキ。彼は、豪胆で、胡乱で、勘がよい。
5月15日。
昨今のビジネスシーンのパーティーに出て、どんなものか今後の勉強をしたいのです。
と父に頼み込むと、詩津華の父は二つ返事で喜び、会社間の親睦会、それも役員のみが集うような、そんな立食の食事会へと娘を連れてゆくことにし、母はすぐに薄い黒のドレスを準備した。
これではピアノの発表会の小学生です、と詩津華はそのチョイスを子供っぽいと嫌がったが、彼女の体形で着れて、高校生でもおかしくないようなカクテルドレスはそう簡単には出てこず、仕方なくそれを着た。
車で20分ほどで会場となるホテルへと到着し、立ち振る舞いは、とか話かけられたら、等の注意喚起を受け、そこでやっと、「おまえのような歳の子供はいないと思うよ」と言われるが。
そして詩津華は、「洋光クリアランスなんとかっていう会社の社長さん、わたくしの友達のお兄様なのです。どなたか教えていただけませんか」、そう父に頼む。
父の仕事となんらかの接点があるような見知らぬ者ばかりで、自分にとっては祖父以上の年齢の男たちもおり、物珍しげな顔で挨拶をされ、それだけで彼女はもう疲れてしまう。
20回ほど、「黄瀬伸治の娘の詩津華でございます。本日は社会勉強をしに参りました」と自己紹介をし、やっと腹の膨れるものを皿に用意できるタイミングになった。
彼女はサラダとローストビーフを食べるのだが、それでも昨日の昼、マサカが食べていた「カップヌードル チリトマトヌードル 日清」というのが気になって仕方がない。そういうものを、花形に買ってきてもらったことはなかったため。
「なに、食べたことないの。人生損してるよ」とまで言われては、明日はあれを食べるしかない。あのベンチでカップ麺をすするのを真似だしたのは彼女だが、いつも詩津華にとって見たこともないような種類を持ってくるので。
通学路にさぞバラエティ豊かなスーパーなりコンビニエンスストアがあるのだろう。ああ、なんとうらやましい。もぐもぐ。
そしてその男は、腹に少し入れてから話に行こうと考えていた詩津華のもとに、不意に向こうから現れて。
「小倉建次郎です。洋行C.Mの。はじめまして、黄瀬さんのきれいなお嬢様」
もぐもぐ。
「鈴奈のお友達なんですよね。義兄です」
その、32歳の若社長は恰幅がよく、存在感のある巨体だった。男は詩津華の身体を上から下まで見て。彼女は、いやらしい視線、と思う。
「お会いできて光栄ですわ。すみません、小倉様。急にこういうことを申し上げますのは失礼なのはわかっているのですけど」、詩津華は目を合わせずに、「遺残相続の不明金への憤りを、相馬さんに目がけるのはお控えいただけないものでしょうか」。
小倉は、少し少し動揺したような振る舞いをして、そしてまた詩津華の身体を、見る。身長差のせいで、着衣の隙間を見下ろしてのぞかれていると、感じる。こんな小さい女のこと、じろじろと見ないでいただきたい、詩津華は胸元を隠し嫌悪感をしめす。
そして、何か、義妹にひどいことをした覚えはありません、そのような相談を受けているのでしたら、解決してあげたいので詳細を教えてください、のようなことを、言われる。
「兄妹ではありますが、一緒に住んでいるわけではないですので、お互いに誤解が生じてしまっているのでしょう」と。
しらじらしいと感じ、詩津華はマサカのように男に負けない態度はどうすれば、と思い返し、引き下がらないことを意識して。
「もしも、2000万円がいずこかに消えたというなら、それはきっと貴方のお父様が、相馬さんのお母様の次に関係を持っていた女性だと思っておりますので」
「そっちの、女ですか?ええとね、お嬢さん。そっちは、誤解のないように言っておきましょう。あんなのはですね、ただのクラブのホステスですよ。しかも、日々稼いでいるだろうけど、すべて水商売の男に貢いでいるような。私どもは、そんなものはちゃんと調べているのです。
当時大金を受けとった人間だったら、あんなね、人生を捨てたような暮らしはしていないものですよ」
…3人目の女へ、金が渡っていない?
詩津華は想定外の返答を受け、混乱する。それでは、高校生同士の無い知恵をふりしぼった結論が、全部思い違いということになる。
これからの動き方も、別で動いているマサカたちも。
いや。それでも、墓から出てきた写真は、存在したのだ。あれを、復元できれば問題が氷解するかもしれなくて―。
「もしも鈴奈が嫌な思いをしているというなら、教えてください。私の方でできる限り解決を試みます」
そう、若社長は言う。詩津華ははいと言うが。
「義妹のことは私はとても大事にしています」、その言葉は、本能的に、確実に嘘だと、彼女はわかる。この男のいう事は事実はあるが、端々が嘘にまみれている、そういう気配がした。
「まあしかし、黄瀬さんの娘さんがこんなにかわいらしいとは驚きました。気が向きましたら、ぜひお食事でも誘いしてもよろしいですか、もちろんお酒はなしですよ」、詩津華はまた嫌悪感を抱き、もうこの人と話したくない、と感じ、愛想笑いを返す。
5月16日。
D組の教室前の廊下で。
「32歳の別にかっこよくもない男の人が!高校生を食事に誘うなんて!つまみ食いしたいですって言ってるようなものじゃあありませんかッ!」
「うーん気持ち悪いなあ。そんでなに。黄瀬の足とかおっぱいとか舐めるように見てきたんだろ」
「ええッ!あんな気持ち悪い視線受けること、そうないですよッ!その場、結構スタイルのいい女性とかちょっといたのに、相手にもしないで…あの人、きっと変態なんですッ!」
「花形ー。黄瀬がアメフト部みたいなきもいおっさんに、おっぱいのぞかれたって」
彼はすぐに教室から出てくる。
「やめてくださいッ!思い出しちゃいますから!」
「でも歳の差はどうなの?あたしは32と15は意外とまだそう犯罪でもないかなって思うけど。だって、島ではさあ、結構すげえ離れたカップル見たことあってさ…」
「嫌ですッ!歳が倍とか考えたくもありません!、ちょ、なに触ってるんですか!」
「でも黄瀬ってちっちゃいのにおっぱいでかいよね。いいもん食ってるからかな」、つんつんと。マサカは遠慮しない。そうだね、とゆりも。(彼女はさわりたいがさわらない)。
そして花形が、ちょっと。手を触れるのはおやめくださいと間に入り。「ア?女同士だよ?なんだ?お前のおっぱいか?お前のだからか?」、「マサカちゃんマサカちゃん」、なぜかそして、詩津華の奪い合いに、なる。大岡裁きである。
ほどなくして左手から穂村が駆け足でやってきて、マサカを呼び止めて。「オイ加納。おめえさ、15時20分に先生とこ行けって言われてなかったのか」。
「あ!やば、忘れてた!ご、ごめん。ユッピ、ちょっと行ってくるね、黄瀬もまたあとで」
「いや、もう来なくていいって。ただ伝言頼まれてよ」
走り出そうとするマサカを捕まえて、穂村は彼女に、死刑宣告を。「おめえ、テスト悪すぎだから、補習対象な」。
「ああああああああああああああああああ!!!!」
マサカはしなだれて崩れ落ちる。
もっとも、それを理解している節もあるにはあって。それでも言われてしまうと悲しいもので。
「このあともうすぐ7時間目参加しろってよ。病院とか、家族の予定とか以外は、絶対にこいと」、そして追い打ちで、「A組はおめえだけだから、先生ちょっとキレてるぜ」。
「なんでだよぉ!なんでお前そのリーゼントでお前は違うんだよぉ!おかしいだろ!」
そして聞いてもいないのに、ゆりは順位を並べだして。「わたしより穂村君のほうが成績いいからびっくりした。見かけで判断しちゃダメ。50なん位、だよね」。
「56位だ」、彼は見た目や口調以外は、基本的には真面目である。
「伊崎君、学年3位なんでしょ!20位まで貼り出してあったよね!」
「おう、なんかな。あいつ、やっぱただもんじゃねえわ」
「A組で、ただひとり…あたしは…ああ…アウェーすぎる…なに、知らない奴に囲まれて、あたしA組のバカでーすってさみしく勉強しなきゃいけないんでしょ。あああ~~~~何であたし日本史とっちゃったんだろ、全然わかんないのに」
「まあ、ひとりでもねえよ。B組の竹内もそうらしいから、机並べて仲良くがんばれよ」
「何が悲しくて!あんな拳法バカの隣で補習受けなきゃなんねーんだ!」
廊下に座り込んで、マサカは少しだけ泣いて、憐れんだゆりはどこかで時間をつぶして帰宅を待ってあげることを選択するけれど。
ゆりは思う。この写真の案件は、停滞してしまうのではないかと。真偽はどうあれ2000万円の行き先が不明になって、写真復元の条件は、もう立ち入らないほうがいい次元にさしかかっていて。
あの殺人事件のようなワンショットを解決しなければいけないのは警察であって、自分たちではない。
日曜日に墓地で悲嘆にくれた彼女を助けることは、もうできないのかもしれないと、ゆりは思う。それは、面識のなかったつい知り合ったばかりの同級生だけれど、彼女にとってわりと無念なことで。
だがしかし、それは悪い意味での杞憂で。
ゆりの今週の占いのハシゴの結果は、「運勢は5段階で最悪の1、待ち人来たりて、よくないことに巻き込まれ、用がなければすぐに帰宅すべきで、年上の人を敬うべきで、ラッキーナンバーは1で、黄色いものを洋服のアクセントに」だったので。
詩津華>マサカ>ゆり>ヒトミ>4話の女(胸の話)