それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
(1-6)
風邪と怪我のせいで、マサカと従士郎の追試は2日のびて、その48時間、勉強時間にすると13時間が結構な要であって。
望まない授業時間変更、延長はそして速やかに幕を閉じた。そもそも、追試の結果で引っかかる生徒はいなかったという事だから、
ひょっとしたら彼女らの成績は教諭たちの満足のゆく水準に達していないかもしれないし、形式上、追試というシステムを採用し一種の見世物、見せしめにしたのかもしれない、とゆりは思う。
ゴールデンウィーク前に行われると言っていた御名術もちの生徒のための説明会というのは順延が続き、ようやく行われるのは今日。
5月27日。
これは教師の誰だったかがぼそりと生徒の何人かの前で漏らした言葉らしい。
御名術とは、という説明会について早急にちゃんとした会合を行いたかったのに、東棟の4クラスは5人が連合を組んで仲良くなってしまったから、(それはうわべだけかもしれないが)校長以下一部の教師が困惑したためだと。
だから彼らは訝るし憤る。だからなんだよ、知らねえよ、と。
あんだけガラス割ってやったのにまだわかんねえのか。次はじゃあ学校のなに壊したらいいんだよ。と、公にはできない乱暴な声も上がる。
説明会というものは全校集会の一部でたったの5分だけを用いて行われた。
要するにこの校舎自体が人間の「帯」というものを活性化する機構であって、その結果1/10に御名術が身について、
しかし実社会においてはそんなにたくさんおられても困るから、持ち出せるのは3年後にひとりだけというルールで、学校の目的は偉人の排出である、と。だからなんだよ、知らねえよ。
A組、B組の、この2か月で幅を利かせるにいたった5人は集会中に質問タイムや個別面談を要求したが、教師陣は聞こえないようなふりをして逃げた。
こういった、大人として不適切な態度をとるから、反抗がおきるのは自明の理だ!、そう。従士郎がぴしゃりと叫んで、閉式した。
マサカと穂村、従士郎はまったく納得しない。その形だけの説明会というものに意味はない。
生徒をまったく納得させない。そういう態度をとるなら、学校の思惑なんてものに真正面から抵抗してやるからな。
それが、彼女らの決定。
5月28日。
ゆりが校門を通り抜けると、教師2人がふらふらとあたりを闊歩していて。
ああ、これはいわゆる持ち物点検か、と、特に後ろめたいもののない彼女は一歩止まってすぐに歩み出す。
他の生徒は教師のどちらかに、がばりとバッグの中身をほんの数秒見せたらすぐに解放される。そろそろ、素行の悪い人が現れだしているのかな、と彼女は考え、ゆっくりとバッグのジップをひらく。
背の高いジャージのほうの、顔しか知らない教師が1人の女子を荷物チェックのみならず捕まえて、彼女の髪を指さした。
どうして、とゆりは思うが、ああ、これは。と理解する。
その日差しの下で、その女生徒の髪色が、まるで鮮やかな金髪に見えて。
きっとそれは日差しの下でなければそんな風にカラフルに見えることはないのだろう。きっと、せいぜい茶色に少しアクセントカラーを入れているような。
けどそれは校則違反で染髪に変わりはない。
他にも、ゆりはおかしいな、と思う。金髪とかそういう問題じゃなく、服装がピンク色に染まっているじゃないか。え?ピンク色?
「違う。違うんです。ふむ。これ、地毛なんですよ。白浜先生にも久世先生にも町村先生にも言ってあるし。黒いんですよ、わたしの髪は本当は。でも、こういう晴れた日は金髪に見えちゃうんですよ」
彼女はずいぶんと強気に、それはないだろう、という理屈を説明している。物おじせず。その言葉を言いなれているのかも、しれない。
だから彼女を捕まえた教師はその自信まんまんさに面くらい、もう片方の教師をちょっとよろしいですか、と呼び、仲間を付けようとするが。
「岡島先生、彼女がH組の、あの、例の…」
「えっ」
そしてゆりはやっと思い出す。その金髪に見える女子は、入学式が始まる前にトイレで出くわした、ピンク色の帯をもった、身体が薄い少女。
そう、ついぞ忘れていたし、身の回りの、東棟で黄色い帯をもったみんなと過ごしているから、そういう子がいたということを、彼女は勝手に忘れていた。
「校長先生、言ってたじゃないですか。御名術博士。メルヴィル・ロザ・レ・ミラー。あれ、わたしのご先祖様だっていうんですよ。わたし、顔がそっくりだって昔から言われてて。
その人は金髪だったらしいからね、きっと遺伝が強いんじゃないかなあ」
そう。彼女は青い目をしていて。その髪は照りつける太陽光線を跳ね返すように光り輝いて、全身を守り包むように、ピンク色の粒子をまとっている。彼女は。
その日も全体観としては目立ったトラブルなく授業の工程はどのクラスもつつがなく終わり、いつものように、当然のようにマサカはゆりと下駄箱まで歩いている。
少し後に同じクラスの女生徒が帰途に就こうとしている。彼女、ヒトミは化粧が強い覇気のある顔立ちで。
すると彼女は、横から現れた同じくらいの身長の女子を見て、身体をびくりと反応させる。
そして、目をそらした後、もう一度、その相手に視線をやる。
それをされた相手はなんとなくわかっている。
その挙動は、自分が見たくないものが現れたときに拒否反応で目をそらし、だけどその在り方に理解が追い付かない時にまたみてしまうものだと。
ヒトミは立ち止まった。そう、させられた。
そしてそのリアクションをとられた相手は、「ちょっと待って。あなた、わたしの帯が見えてるでしょう」。それは、好奇心を包有した声。
「え…」
「両方できる人が、わたし以外にもいたなんてね」
ヒトミは、だっと駆けて。マサカとゆりも追い越して。制服が凪いでこすれる。下駄箱に走り込み、乱雑に駆けて、屋外へと消えてゆく。
「え、新堂さんだ。今の、ひどくない?」
「なぁーんなんだよあいつはあっ!!急いでんならそんぐらい言えやぁ!!」
二人はろくに会話もしないクラスメイトのために不快になり、明日は文句をこういう風に言おう、多少は傷つく程度のこと言った方がいい、など荒々しい言葉を吐いて。
「ねえA組の人ですよね。今の子、御名術もってる子、まだいたんですか?」
そしてマサカは振り向く。その、初めて目にする薄い身体の女子を、見て。「だれあんた」。
ゆりは続いて、つい失礼とは思うが指さしてしまう。あっ、と。
「帯がピンク色の子!?」
「ん?」
「あ、あなた、見えるんだ」
「なに、ピンク色って?どういうこと?エロそうってこと?」
すると彼女は。彼女の身体はひどくやせているとかそういう不健康な体形ではない。ただ単に、全身そのものが薄いのだ、と気づかされる。足も細く、首も細く、胸から腹部、臀部にかけてまでのラインがきわめて薄い。
言い方を悪くすれば、ぺたんこな身体。顔立ちは大人びているが、中学生と言っても疑いを懸けられるような見た目かもしれない、とマサカは思う。
「マサカちゃん、わたしね、朝言ったよね、ピンク色の帯をした子がいるの忘れてたって!」
「え、なに?それって昨日の夢の話じゃなかったの?」
「何聞いてるんだよぉ!夢の話なんてしてないよ!」
「あ、現実、なの…?」
それを聞いて薄い身体の女は髪束を少しつまんでくるくるいじって。
「わたしはH組の、
そしてマサカは興味なさげに。「ふーん。そうなんだ。面白い事あった?」
「東棟の方が、御名術もちの生徒たちがハイレベルで超びっくりした」
それでも、マサカは興味なさそうにしていて。反して、ゆりは彼女に食いついた。
「あ、お、お話してもいいですか?マサカちゃん、いいよね?ごめんね」
「いいけど、どうしたの?」
ふたりは下駄箱前で立ち止まって。
「わたしは柴崎です。こっちの子は加納さん。ええと、その…人形谷さん、でよろしいんですよね?」
「ハイ」
「わたしは帯が見えるんですけど。どうしてあなたはピンク色の帯なんでしょうか?」
ゆりはそのまま、色という区別されたしるしを聞く。
「それはですけど、だいたい帯が黄色って言うのが、あの校長の説明不足で」、彼女はあきれたような顔をして。「帯は本当はピンク色なんです。天然の帯はピンク色です。この学校のせいで無理やり引き出された帯は、黄色です。先天的か後天的かの差です」。
校長に不満を持っている、彼女も。それを理解するがまずは驚くのが先。
「ええっ!?」
「…なに。詳しいんだ。ということはあれか?あんたは生まれつきに御名術持ってる人なんだ」
「あーそうです」
「あたしたちは養殖マグロでキミは本マグロって感じ?」
「わたしたちマグロじゃないです」
「わかってよ」
「…」
「いけすか海かの違いだな」
「…」
ふたりは。マサカと美有は少しだけ、お互いのリズムの合わなさ、を何となく感じる。
だから美有は、すぐにマサカと過密な会話をすることを、あきらめたのか。
ゆりに説明をする。
「帯っていうのは、女性に起こりやすい、健康に害のない脳障害のせいで発生する、からだをまわるように発生する細胞より小さい組織の一部で」
「のっ、のうしょうがい!?」
「家にある資料全部読んでるので。わたしのご先祖さまに、メルヴィル・ロザ・レ・ミラーって人、いるんですよ」
ゆりはだいぶ驚く。無理もない。超能力、なら聞こえはいいが。脳障害、では眉をひそめるのも当然だ。
「女性に、起こりやすい?」
「キミの言ってる事、鵜呑みにすんのはなんか不安だけど。だってそしたら、あいつら女っぽい脳って事に、なんない?」
マサカは舌を出してわざとらしく嫌がる。リーゼントと熱血とハゲは女みたいな脳なのか、と。彼女はやっかんでいる。半信半疑で。
「血液は赤いでしょ。内臓もきっと赤っぽいでしょ。だから身体の一部である帯が赤系統の色なのは当然ですよ」
その言い方は、まるで子供を強引に納得させようとするような、歩み寄りのないそれだった。そんなの世界の常識だ、知らないのか、くらい。
美有は脚を広く開いて、下駄箱の上に左手をかけた。
そして彼女は腰に片手をつき、斜め下を向いて。その持ちうる気配というものは、男性のような。少し厚かましさを感じる様子をわざとらしく表現して虚勢を張っているかのようにゆりは感じる。
電車内で意味もなく大股に開いて座っている男性の、周囲をわざと気にしないようなたたずまい、というのが例えるならば近いなと。
「こっちに遊びに来た、というのは?」
「B組に、中学で1年だけ一緒だった子がいたからたまに話しに行こうかなって。あと、御名術を持ってる人がどんな感じか確認しにきたから」
そしてマサカはその少女の、そこにいる正体不明な定義を気にかけず端において、
「んなことしてる、暇だねー…」
「A組ってずるいですよね。校門抜けて1分で教室だもの。西棟でH組て最悪ですよ。校門抜けてから西側の下駄箱行って、そこからいちばん奥のH組まで小走りでも5分かかるもの。あれのせいで遅刻しちゃうやつだっているのに」
「んなこと言ったって、キミはもうA組にはなれないよね。学年あがるまでは」
「そうだけど、いや、別にそれが許せないとかじゃなくてさ。ああ、んー。東棟の御名術もちの人たちはどんななのか、確認しにきたんです!」
「はぁ」
マサカは身長差で美有を見下している。どうも、なにか、この相手と噛み合わない。共感できることを言ってこないからなのか。
「きのうの集会で、東のひとたち、御名術もちどうし、仲良くていいなって思ったし」
「なに?仲良くないの?そっちは?ムカつく校長を敵にして一致団結しようよ。かなり楽しいよ」
「西棟の御名術もちは全員やっつけたからそういうのはもうできない」
彼女は言う。ゆりは頭の上に疑問符を浮かべる。どういう意味だろう。その発言の真意が取れなくて、あるいは何かのメタファーのようなものと勘違いして。
「アアッ?」
マサカが眉をゆがめる。
「だァーから」、美有は急に態度を急変させるように、きつい声を出して。「西棟の御名術もちは全員やっつけたって言ってんの」。
心と胸が酷薄な少女あらわる(2年半ぶり3作品目)。超能力イコール脳障害の一種としている点が、私のあらゆる創作物が嫌われる要因の25%くらい。