それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
急に顔と声が豹変した少女は、それが「よくない仕草」であることをすぐに自覚したか、はっと覚めたような顔をして押し黙った。
思いのほか短気なのかもしれない、とA組のふたりは思う。それに驚くまでもなく、正体現したか、と。
驚くべきことは彼女の態度でなく、その言葉であって「西棟の御名術もちは全員やっつけた」という発言で。
そしてそれを疑おうとはしなかった、マサカも、ゆりでさえも。
御名術の力や規模、行使範囲は当人の見た目などには全く関係がない。
つまり、そういうことを言うからには、そうなのだろう。
マサカは手で、ゆりに後ろに下がるように指示をした。
そして、「タイミング見て、あいつら呼んできて」と。ゆりは大きく頷く。
しかしすぐに相手するぞモードになったマサカに反し、美有はやってしまった、とばかりに狼狽して、声を漏らす。
「ちょ、ちょっと待って。わたし、今日そういうつもりで来てない」
「ア?じゃあなんで西棟ナンバーワン宣言してきやがった?キミの言い方はね、その延長上にね、相手がいなくなったから東にきましてんって言ってるような…」
「ちっ、ちがう!」
「だいたいなんかおかしいと思ったんだ。ユッピ、ひとりでいいから連れてきて!第一希望は従士郎がいいな」
「わかった…!」
「やめて!ま、やめてください!」、美有は取り乱す。「勝負なんてしに来たんじゃないから!あなたたち、ずるい!呼べば仲間が来るなんて!」、そして明確に焦る。
逆に、その弱気さが不自然だとも彼女らは不思議に思う。
「わかんないやつだなー。だったら最初っから、東棟なんか来なきゃいい」
「わ、わかった。すぐ、ここから出ていくから。冗談じゃないよ。東のハイレベルな人たちと多対一なんて」
ゆりは、マサカの様子を伺いまず立ち止まる。
そして美有は下駄箱の列から離れ、徐々に距離をとって。
慎重だな、とマサカは思う。学校で唯一かと思われる天然の御名術もち、という前提で、なおかつ西棟の御名術もちを全員下しているというのが本当ならそれなりに強力そうに思えるが。
それともホラを吹いてるのか。…そういう雰囲気も感じない。雰囲気を一変させるような態度ののち、過ちのように後悔しているから。
その体格は自分よりもずっと小さく、決して直接的な格闘ができそうな様子でもなく。相当御名術が太刀打ちしづらいものでもなければ…?「従士郎に一撃でやられそうだ」と思う。
あるいは、西棟の負けた御名術もちの生徒たちが、だいぶ行使力が弱かったか。
「まあいいや。待ってあげてユッピ。じゃあさ。キミに何個か質問をするよ。それに答えてよ」
「質問って、なに」
「まずだね。東と西でだいぶ御名術もちの強さが違うみたいに言うけど、そんなのありえる?」
「だから、さっきまで東棟の人たちを観察してたんだってば。わたしは、御名術は持ってるけど同時に帯も見えるから、それを見に来たんだし」
ゆりが驚く。自分は"目"にしかならないのに、この少女は御名術も共存させられている。
「あたしたちの方がすごいんだ?」
「テストの点数で言うなら、西棟が5教科240点だとしたら東棟のみなさんは400点くらいなんだけど、帯を見る限り」
「キミは単独で何点なんだよ」
「…」
「いや、それはいい。質問を変えるよ」
極めて答えさせづらい質問を捕球させる。威圧的に。
「帯が見えれば御名術の強さがわかるの?B組のハゲはどんな感じだった?」
「別に、個々人をちゃんと見たわけじゃないし。そんなの覚えてない。でも、総合的にはC組が一番やばいとは思ったけど」
「なに?C組?」
ゆりはマサカの顔を見上げて。予想外の返答だった。
「C組の3人とも、やばいでしょ。あなただって」、ゆりを見て。「そう感じなかった?」。
「3人、ではないです。C組の御名術もちは2人じゃないんですか?」
「いやいや。3人でしょ?髪の短い子と、太っちょの男子と、暗そうな子でしょ」
「暗そうな子?」
該当者がわからない。ゆりは、富島と初芝以外の御名術もちを、確認していない。帯が見えたのは2人だけである。
「あれ、きっと学校をつくったお金持ちの片方の娘さんでしょ?たしか、
「…あめさと?」
また、マサカとゆりは顔を見合わせる。「黄瀬からそんな話聞いた?」、「な、ない。絶対ない」。
3人を、他の生徒たちがすり抜けて行く。バイバイ、など声をかけられることもあるが、うわの空でしっかりと返せない。
ゆりは帯が見えても、それがどこから流出してどこに蓄積するのかくらいしかわからず、誰それの御名術が強い、などという認知ができるようなものではない。
それがわかっていないため、それが彼女にとって当然である美有も反応に困ってしまっている。
「…ユッピ、ちゃんと覚えておいて」
「うん」
「次の質問。キミは西棟の御名術もちの連中をやっつけた。まあいいよ。でさ。なんで西棟はキミを中心に一致団結できないとかいうの。校長ムカつかないの?キミ、友達作るの下手なの?」
「マサカちゃんマサカちゃん」
もうちょっと言葉を柔らかくね、とゆりが諫める。
「別に。友達少ないわけじゃないし。え、だって、負かしちゃったら、御名術なくなるんだから団結しようがないって言うか」
「は?」
「え?」
また噛み合わない。
「自慢嫌いだから言いたくないけど、あたし3人ぶっ飛ばしてるけど、誰も御名術なくなってないぞ」
「え。だって。どういうこと?それってちゃんと負かしてないよね」
「何なんだよ、ちゃんと負かすっていうのはさ。半殺しにするの?まさかぶっ殺してんの?ウッソだろ」
「どうしてそんな怖い事言うのかなあ。校長に、『御名術を放棄します』って言えばなくなるでしょ。それが負かすってことでしょ」
それを聞いて理解するまで数秒、マサカは右手真横に"洞"をつくりだした。その直前に、美有は帯の流れを感じたのか。びくりと身体を動かし一歩退く。
「…あたしたち、そんな決まり知らないんだけどな」
マサカが、冷たく熱情をおさえて小さくつぶやいて。
ゆりは唇を噛んで、「つまり、あなたはそういう風に、勝ったら負けた人に言わせてきたってことですよね」。穏便な彼女でも、それを知ると平静ではいられない。むしろ、少しの嫌悪感を示した。
「ユッピ。やっぱり誰か呼んできて。今すぐに」
「うん!」
すぐに。
ゆりは美有の手元になんらかの黒い"枠線"が描画されるのを、見る。その一様はピンク色の粒子に覆われている。踵を返したゆりの目の前、天井から蛍光灯が落ちてきて、そのまま床にぶつかり破片が飛散する。
「ひ…」
「お前!」
マサカは"洞"に右手を入れ、美有の頬を平手で張ろうとして。けれど、それが届かない。
計算上、ビンタが直撃するはずだった顔の位置が少しずれていて、その手は美有の顔をかすめもせず、ただ風圧だけがあり、美有は目をつぶる。
ゆりは、その破片のせいで歩みをためらって。
「ああ、もう。ごめんなさい。本当に許してください。そんなつもりないんです」、彼女は頭を深く下げて。「知らないなんてことがわからなくって。お願いです、興味本位だけで来たんです。勝負したいなんて思ってません」
手を、宙に薙ぐ。なぜ、今のあたしの右手はスカしたんだろう。距離感は完璧だったのに。マサカが美有を睨む。
「今、蛍光灯落としたのお前か」
「…違います」
「ユッピ。今、こいつの帯はどうだった?なんかわかった?」
「…あれだけじゃわかんない。その人の手元に枠線が現れた、と思う」
ゆりは破片をどうしようか、たじろぐ。偶然で落ちてきたなら、彼女に落ち度はなくて。同時に、教室へ駆けていきづらくなって。
なにか、強引に破片を飛び越えて行ったら、また何かが降ってくるような妄想が働いて、彼女の心にブレーキをかけた。
「あたしたち多分全員知らないけど?校長にそういう風に言えば御名術なくなるってこと。なんであんたは知ってんの」
「…それは、最初にやっつけた子を連れて、校長室に行ったから…そんで、『勝ったつもりですがどうすれば勝敗が決まりますか』って聞いたら、校長が、『負けてしまった君は、もう諦めますか?でしたら、残念ですが『御名術を放棄します』と私に言ってください。諦めるのが嫌なら、言わなくていいです」って…」
「ほう。ほうほう。なるほどね…つまり、あたしらの手順は正しくないって事か…持ち出しを諦めるって言わせなきゃダメか…」
「マサカちゃん、おかしいよ。穂村君も竹内君も、負けただけで諦めないと思う。よっぽど追い詰めないとそんなこと言うかなあ?」
「ごめんユッピ。この話は保留。なんかね、東と西で、環境が違いすぎるみたいだからたぶん今突っ込むのそこじゃない」
「そうかな?」
「うん。少し我慢してね」
3、とマサカは指を上げて。「みっつめ、最後に、キミは御名術を社会に持ち出してどうするの?誰かのためになるから持ち出したいの?それとも自分のために持ち出したいの?」。
それに対しては、美有は言葉を選ぶようなそぶりを見せず、すぐさま、自分に正直に、「両方。わたしは、御名術を持ち出して、他の誰かよりも一歩先にいった人間として生きていきたい。わたしがそうすることで、わたしの後を歩く人が幸福になれるかもしれない」。そして、それは実に真摯に、「わたしは人類の代表者として生きたい」。
A組のふたりは絶句する。その宣言は、今まで出会った御名術もちの実直な持ち出し希望動機の何よりも大口で、夢物語で、選民的。
・持ち出したい理由だと?だからこないだ言ったじゃねえかよ。俺は目立ちてえんだよ。役立つ方法は、まだ考え中だ!
・ああ。それかい。前に言ったのと同じだよ。自分の拳法の練磨のためだよ。
・うん?知りたいぃ~?じゃあ教えてやってもいい。大切なものを、残すためだ。おれはね、世のため人のためを考えてるんだぜぇ~?
・別に持ち出せなくてもいいよ。あたしがこれを持ち出しても、何も世の中に変わったことは起こらないよ。
マサカは、もう大概だ、と不快そうな顔をして、もう聞きたいこともないと。そこで美有の評価というものを定める。こいつ、無理だ。と。
噛み合わないギアを強引にはめる必要は、彼女らのような若い世代が生きる世界にはないものだ。きっと些細な会話のひとつもすれ違うだろう。
ここまで、わかりあえないと思ったのは久しぶりだ。彼女は思う。島で出会った悪者に属する連中のように接近したくないものであって、対極の異文化の住人だ、と。
「あの、わたしからも質問をしてもいいですか」
ゆりが不意に訊く。美有は、彼女もまたうんざりした顔で、
「ハイ…」
「どうして、あなたが後天的な御名術もちの生徒を倒す必要があるんですか。天然の御名術もちなんだから、黙ってればいいじゃないですか。あなたは何もしなくても、御名術をもったまま卒業できるじゃないですか」
「あっ」
「あっ」
そして彼女は。「そう言えばそうですね。いやだ。なんでわたし、そういう事に気づかなかったんだろ」。本気で、困惑する。「ね、ねえ。このあと時間あります?一緒に、校長のところ行って問い詰めませんか?わたし、校長に、最も優れた御名術もちを目指してくださいって前に…」。
「いいや。ダメだわ。やっぱりね、キミは今、あたしがやってやる」
すぐに。
マサカは自身の左側に飛び込んで。
即座に美有の背後にワープして、左腕をつかみあげる。
「わああああああ!!」
だが、そして彼女にとって、とても面白くないことが、起こる。
つかんだはずの腕がすっぽ抜けている。そして、背後をとられたはずの美有は、ある男子生徒の陰にすでに退避していて。
「大丈夫だったかなぁ~カワイイお嬢さん。危ないよ!この女は瞬間移動できるゴリラなんだ、8メートル以内に近寄っちゃいけない!」
「ハゲェーーーーーーー!!」
マサカが叫ぶ。
「待ってください!待って、伊崎君!その子御名術もちなんです!きっと味方じゃないから!そういうの、やめて!」
「二人がかりで可愛い子に嫉妬していじめる、おれは女のそういうところが、許せない!」
いつも以上に芝居がかった、勘違いかっこつけ極まれりな(ゆり評)態度をして風雅が現れ、美有を背に隠し、いつも以上に気持ち悪さ満載の自分だけいかしてると思ってるつもりか大きな勘違い野郎的な(マサカ評)ウインクを決めて、彼は美有を逃がす。
薄い身体は素早く駆けて行って、そして角を一度曲がってもう現れない。
「お前らあんな美人と知り合いならなんで早くおれにぃーぶごはっ!」
さっきの当たらなかったビンタを3倍にして、風雅にぶち当てるマサカ。かなり、頭に来ている。
「なにすんだこの雌ゴリラァー!」
「おいちょっとハゲ。そういやお前とやったことなかったよな。やろーぜ。そのハゲ削り取ってもう一段階深いハゲにしてやんよ」
「やれるもんならやってみろ!返り討ちにしてサファリパークに帰してやる!」
「やってみろやコラァー!あたしが勝ったら頭に『大往生』って書いてやる!」
「そんならおれが勝ったら首から『私はゴリラです』って札下げて登校させてやる!」
「ア?そんなんあたしにダメージねえぞ?お前には『僕は花札の月の擬人化です』って首から下げてやる!」
「わかりづらいわ!意味わかんねえこと考えてんじゃねえ!」
「るせー!バーカバーカハーゲハーゲ」
「あーもう小学生」、ゆりは頭を押さえ、得られた余りの情報量に頭がパンクしそうで。
いろいろと整理したいことは多数あるが、ひとつだけ聞き損じた質問、「あの化粧の濃い、うちのクラスの女子の御名術について心当たりは?」を次は聞ける機会が訪れるだろうか、と考える。
「あぁいのな、か、ぇ~…そのあーいのなぁ、かぁへ~…」
彼女は歌う。
「とぉ、ても~…し・ず・みたいのぉ~…だ、から」
横にいる、同クラスの男子がそれを上機嫌で聞いている。人が行き交う通学路であるが、彼はなにも咎めない。
この二人は、人の視線というものを意識的に排除しているのか。
「きい、っとぉ~…すぅぐぅそばだからぁ~…き・み・の」
美有の、ストレス解消法のひとつだった。カラオケルームでは、だめだ。反響してしまうから。生の声を空に投げる。
決して上手な歌ではないし、白い目で振り返る社会人や、指さして笑う子供もいる。
彼女は気にしない。
「こどぉを~…よりちかくにかぁ~んじるぅ…た、め、に…Ah------u…う、ぅ」
彼女は満足する。プロモーションビデオで体を揺らして謡う歌手が、腕を下ろして声を止めるように。
隣の男子がぱちぱち、と手を打って。
さっきまで激しかった美有の鼓動が落ち着いていく。
御名術もちの生徒と戦うのはいい。別に。どうせ勝てるが、それは前提として1対1であること。
全員が単独で、ひとりずつひとりずつ相手をすればよかった西棟の生徒たちとは、根本的にちがう。
何しろ彼女らは、勝ったら/負けたらどうすればいいのか、という事をそもそも知らなかった。だから、御名術もちが負けたまま、御名術をもちっぱなしなのだ…。
だから、団結してしまう。
美有が言う通り、東棟と西棟では、これは完全に偶然だったが、御名術の規模と強さ、自在性という点で個々人の能力が東棟側が圧倒的に上回っている。
それでもあくまでひとりずつなら勝てるが。二人以上になってしまっては、肉薄どころか敗ける可能性がある。
しかもつい気が逸り苛立ちをあらわにしてしまった結果、明らかに目をつけられた。悪い方へと。
これは彼女にとって随分とストレスだった。確かにいずれは戦わなくてはならないが、今そういうことをするつもりはない。だいたい、この2か月はテスト直前の日さえ勝負となってしまったりして、結構つらかったのだから。
身の回りの厄介ごとを全部片づけたんだから、そろそろ普通の高校1年生を、やりたい。
悩みはさらに。C組の、あのコアな3人を、どうする。A組、B組の5人は仲が良いようだと聞いているが、あれがさらにC組の誰かしらと手を組まれたら大変まずい。
自分の御名術は天然のものだが、もしも負けを認めさせられたとき、校長によってそれが剥奪されるとしたら、どうするのだ。天然だから、多分できないから安心。だとはと信じがたい。
そして美有は期待薄げに思う。
自分のこの横を歩いている男子は、よくちょっかいを出してきて自分のことが好きなようだけど、まあ、それに悪い気はしないけれど、せめて御名術もちとまではいかなくても帯が見えてくれたらどんなに助かる事か、と。
きっとあのでかい女のそばにいた地味めな女は、帯が見えるから観察できて、争いになったときに第3の目として役に立つのだ。
自分だけでは見られない範囲を見てくれて、一緒に判断と考察をしてくれる誰かがいるだけで相当違うというのに。
やがて彼女はひとつの結論へと到達する。
「あの化粧の濃い女の子、どうにかしたら味方になってくんないかなあ」、と。
美有のモデルがJKだとして、なんかJ-POP歌ってる姿を想像したら浜崎あゆみの曲だと思ったからそうしたかったが、彼女の歌手活動期間は1998年からだったので断念した。時代考証への敗北。