それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
(1-7)
6月24日。
軽音楽部設立に成功したA組の八井田真治君。
A組~H組まで渡り歩く地道な勧誘活動の甲斐あり、その部員を12人まで確保することを成功裏におさめた。
おそらく10月の文化祭までになにか楽曲を発表、演奏できるようにする、とは言っていたが、まあオリジナル楽曲は無理だろうね、と笑っていた。
それでもすごいと思う。そのうち経験者は6人と言っているが、それでも流行りの曲のコピーくらいはちゃんと披露するよ、と。
わたしがまず聞いたのは、穂村君はなにをやるの?ということで。
八井田君は丁寧に説明してくれる。
「景虎ね。俺は最初何やりたいかって聞いたんだけどさー。あいつ、なんにもわかんねえって言うから、俺の好きなイギリスのバンドのプロモ見せてさ、そしたらあいつ、ドラマーのとき一番興奮しててさ。おお、おお、って。
でも結局あいつヴォーカルが一番いいよ。あいつ、俺の予想以上に歌上手いんだよ」
「アァッハハハハハハ!あのリーゼントでヴォーカルやんだ!インパクトは完璧だな!出オチになんなきゃいいな!」
マサカちゃんが笑う。なるほど?歌は上手いのか。見た目によらない。低い声でニヒルにしゃべったり、なキャラって印象なので、歌が上手い、のか…そうか。
けど、きっとあの髪型のまま歌うのはそれはもう、マサカちゃんの言う通り確かなインパクトを持っているから、まわりのメンバーも同じくらい奇抜な髪型や格好をしてないとアンバランスなんじゃないかな?
とわたしは思う。それはTVで見るような、化粧をして、カラフルな髪をおっ立てて…と想像するとニヤニヤしてしまう。
「オッ、景虎ぁー」
マサカちゃんが、噂をすれば、と教室に入ってきた穂村君を呼び付ける。「おまえヴォーカルやるらしいな」。
「…シンジ、黙ってろって言っただろ」
「あーんごめんごめん。なかなか隠し通せなかったよー」
穂村君はぶつぶつ言っている。きっと、わたしたちには内緒で通そうとしていたのかもしれない。
「しょうがねえじゃねえか。俺は楽器なんかできねえんだから」
「でも上手いんだろ。今度カラオケ行こうよ。黄瀬が行ったことないからって一回やってみたいんだって」
「…金があるときだな」
彼も、そういうのはまんざらでもなさそうで。きっと好きなのだろう。
そして他愛もない話をだらだらして、ホームルームが始まる数分前に、彼は思い出したかのようにマサカちゃんとわたしに、情報をくれる。
「軽音部にH組の松枝ってのがいんだけどよ」
「ん?」
「あれよ…あれ。H組の、人形谷って女の、彼氏もどき」
「アアッ?」
マサカちゃんが引きつった顔をして。
「昨日、集まってたら、そいつの付き添いでやってきたよ。すぐ帰ってったけどな、ちょっとガンつけられた」
「ガンつけっていうか。彼女は穂村君の帯を見たんじゃないかな」
「…まあ、どうでもいいけどよ」
しかしマサカちゃんはそのことではなく、別のことを気にして。「なに、彼氏もどきって。どっちなの」。
「詳しくは知らねえよ。ま、松永の方が一方的につきまとってる感じもあれば、女のほうもまんざらじゃねえ感じはしたが」
「友達以上恋人未満ってやつだね!!!」、ああ、わたしの身体にスイッチが入る。声が裏返ってしまうぞ。
けれどマサカちゃんは露骨に嫌そうな顔をして、ほぼすべて受け入れられないという彼女を悪く言う。
「わっからん…なんであんなペラッペラの貧相な身体のキューピーちゃんがいいのか…小学生じゃん」
「俺のタイプじゃあねえけど、あれは世の男は美人って言うんだよ。ハーフっぽいし。シンジも認めてる。軽音部の他の連中も言ってる。伊崎も竹内も。俺の身の回りであれをいい女って思ってねえのは花形くらいだ」
「花形君は黄瀬さん一筋だもんね!!!」
「ユッピ、声がすごくでかい」
「それが世の評価だろ」
「わっかんねぇー。お前ら結局顔なんだ。内面は見ないんだ。…なんだよそれ。つまんねえやろーどもだよ、まったく」
彼女はぼやく。決して自分の見た目が嫌いではないだろうけれど、わたしと同じように、きっと男性から、ちやほやもてはやされて育ったようではなさそうなので。
わたしからすればだいぶ魅力的ではあるが、この性差というものは常にわたしたちの味方を、しない。
そして八井田君がまとめるように、「男だから見た目から入っちゃうのはしょうがないじゃん。でもさ、女もさ、ブサイクには目もくれないよね」と。
これについては、即答で否定できないものだから、むずむずする。
とはいえ、わたしはそこまででも、ない。伊崎君はかっこいいが、スキンヘッドを抜きにしてもあの雰囲気とつきあいたいとは思わない。もう多少ばかりしまっていたほうが、いい。
「ゆりさんはどういうのが好きなの?軽音部にいる男でよかったら紹介できるかもよ」
「…ちょっとチャラいのが好き」
八井田君は、驚く。意外。そこまでチャラいのはいない、割とみんな真面目だと。
これはすでにマサカちゃんには言っていて、同じような反応を取られたもので。
そして普段は彼女の言葉遣いを注意するわたしが、逆になって、それはよくない、考えを改めよう。ユッピはまじめなんだからだまされちゃう、など。
本来はこれに加えて「見た目はともかく、ぐいぐい来られて好意をつぶやかれるとすぐコロッといく」というのが正直な自己分析であるが、きっとこれは口に出すと広がるうえ、マサカちゃんがもっと怒る。流されちゃダメ!と。
「マサカさんはどういうの好きなの?」
「ウソつかないのが最低条件。身体鍛えててさ。あたしのガタイをお姫様だっこできてさ、一本筋が通ってるやつ」
彼女ははっきりと、理想を語る。それは、そういないわけではない?というか。
「加納、知ってるか。隣の組に竹内っていういい男がいるぞ」
ほくそ笑む穂村君の鋭い指摘に、マサカちゃんは表情を凍らせて、首を横に9度振って、あれはやだ、と死んだ目で言う。
そういう、すぐに繰り返されてしまうような恋の話。
おそらく来月になって夏休みに入って、それが明けた頃には誰それと誰それがつきあいはじめた、とかつきあってたのに別れた、とか、下世話な話、やった、とかそういう話が増えていくのだろう。
そしてわたしは思い出す。ああ。わたしは、
いまだに去年の告白の答えをもらってないぞ。と。
いい加減にしてくれないか、F組の矢敷君。わたしはね、こういうのを根に持つ、じゃないけど覚えてるんだよ。
穂村の下校時間はおよそ40分。
学校から駅前徒歩で10分。電車に乗って、どんなに待とうとも20分。下車して自宅まで自転車で10分、である。
原付か、それも悪くねえな。
と彼は思う。それは、風雅の言ったことを思い出して。
「近くにさぁ~、バイクに興味あるやついなくてさぁ。穂村君、おたくはどうなの?乗りたそうだけどぉ?ちがう?少し家遠いんだろ、例えばさ、原付とってみたいとか思わない?」
それに対し、よく返し方がわからないから彼は「寺の住職ってバイク好きだよな」と言った。
中学生のころと違って周囲にいろいろなタイプの知り合いができたのはいいことだった。
声が大きいのに自信はあったが、まさかバンドとはね、と。彼は今の環境を好ましく思っている。
家に帰って親の顔を見れば、注がれるのは自分の息子は真面目に学校生活を送っているのか、成績は中途半端だ、髪型はいい加減どうにかならないのか、等の彼にとって意味も価値もない軽い疑念の交錯。
が、以前と違うのは、親に対する反抗のために学校を休んだりしないという事。
あんな面白えやつらがいっぱいいんのに、学校休んだりするかよ。しねえよ。
彼は今現在の環境を愛している。
特に誰にも相談していないし言うつもりもないが、彼は一昨日父親を殴り倒した。
酔っ払って家に帰ってきた父親が、あまりに侮辱的なことを言ってきたので。お前はずっとそうやって中途半端な人生を送っていくんだと、そういう決めつけと、ほんのわずか、仲の良い友人を、知りもしないのにろくな友達じゃない、と言われたため。
(これは先月、深夜まで外出し顔面に怪我をして帰ったことによるものが大きい)
そして穂村は肉親とて容赦なく凝視し、動きを止め、何度か殴りつけた。
彼の父親は柔道の有段者で、以前ならば手も足も出ない相手で、それを彼もよくわかっていたので、御名術に頼ってそうした。
今まで親子間に定型的なルールがあった家庭に、大きく衝撃を与えた。
実の息子およびにその友人を見下した発言をまたしたなら、何度でも倍にして返してやる。
とはいえ父親に暴力をもって盾突くということは穂村自身にもだいぶ信条にダメージを与える結果となり、少し情緒不安定な彼は、すぐに家に帰りたくて。
そしてまだ言っていない。おやじ、一昨日は悪かったな。でも、俺だって友達けなされたらキレちまうよ。もう俺の友達を悪く言わないでくれよ、と食卓で言えばその家庭のトラブルは収束するのだ。
それが終わっていないから、イライラするのだ。
そして彼は、駅前の屋内駐輪場で、近隣の高校生男子6人、制服は複数、のまとまりが自分の駐輪している自転車付近でたむろし、そしてひとりが彼の自転車のサドルに腰かけるのを見て、ぴくりと眉を動かす。
その手前には赤い自転車が停められていて、それを取り囲むように座ってげらげらと談笑している。
場内の係員を呼んで注意してもらうのがこういった場合の適切な処置だというのはわかっているが、彼は苛立っており、なんのためらいもなく「どいてくれ。俺んだ」とそれをかき分ける。
普通の高校生、というにはその集団は見た目、明らかに不良よりであって。彼の自転車に腰かけていた眉の細い男は言われた通りどいたが、すぐに穂村に足をかける。
穂村はつまづき少し体勢を崩すと、そのうちの二人くらいが鼻で笑ったのを聞き、「なにこいつの髪型」、そしてすぐに振り向いてそのうちの坊主頭の自分よりも体格のいい男を凝視する。
彼はそこで崩れ落ちる。そして、もうひとり、緑色系統の制服を着た髪を立てた男も凝視し、同じように地に伏す。
驚きの声が上がって、穂村はそこに座り込んでいた青いシャツを着た男―彼は、それをリーダー格とすぐに判断。
それに対し、かかとで顔面を蹴りぬく。
「ウアッ!!」
「…」
すぐに、他の3人が彼を威嚇するが、彼はそこで自身の御名術を残り1回まで使い切る。
はじめの凝視2回、そして次に、坊主頭の男に再度の凝視を浴びせ、あやつる。
坊主頭の男はその場の誰よりも体が大きく、両腕を乱雑に振り回すだけで先ほどまでの仲間2人をすぐに殴りちらした。
さらに一人、彼の髪型を指摘した小柄な男はすぐに穂村の次のターゲットにされ、襟首をつかまれ、頭突きとひじ打ちだけでダウンし戦意をなくす。
そして蹴り倒された青いシャツの男がわめきちらして穂村につかみかかり、彼はその腕力を感じて「御名術は必要なし」と頭の中で計算し、ふと前かがみに体勢をかがめ、そのまま膝蹴りで青いシャツの男の股間を蹴り上げた。
すぐに苦しみの声があがり、ゆがんだ顔面に拳を打ち込んで、後頭部を掴んで地面に叩き付けた。
あやつった坊主頭の男への術の行使を切り、そこに6人全員がダウン。
彼は財布から自転車の鍵を取り出し、すぐに施錠を解いて外へと押してゆく。
ケンカを買う、売る、いずれにせよ相手を視認、いわゆるガンつけはこういう手合いにおいては必須であり、そこに彼の付け入るスキは非常に大きい。
そして6人では勝てないが2人ならば勝てる。そういう計算である。彼の。
スロープを登ってゆき、明日もここに停めなきゃいけねえのかなあ、等の考えは浮かぶにせよ、彼はできるだけすぐ家に帰りたかった。
けれど、彼は思いがけぬ甲高い声を聞いて、後ろを振り向く。
そこには、赤い自転車を押して登る、見知らぬ制服を着た女がいて。そばかすの目立つ女で、自分の高校では考えられないくらい茶色い髪で、アクセサリーの多い女。スカートも短い。
「ねェーねェー、すっごいねえ!お兄ちゃん!さっきのヤンキー、何がどうなったの!?」
耳に残る声。戸惑う穂村のことなど気にせず、彼女は、「アタシも自転車とれなくってマジで困ってたんだぁ!」。なれなれしく、穂村の背中をたたく。
何だこの女、と彼は顔をしかめたが、それでもそばかすの女は遠慮しない。「最近できた、せいかいなんだか高校の人でしょー!?あっ、じゃあ1年生なんだ!すごーい、年上に見えるゥー」。
見た目の印象もしかり、穂村は彼女の身にしみた煙草臭さを感じる。なんだよこの女、と眉を顰め、ひとまず、「俺がやったの誰かにチクんないでくれよ」と口止めを頼む。
「イヒヒ。当たり前でしょ。ねェねェ、ちょっと髪触ってみてもいい?アタシ、リーゼントとか見たことなくって!セット崩さないようにするから、触らせてよォー」
「ちょ、ちょっ!やめてくれ!触っていいなんて言ってねえ!」
あつかましい。その態度は、マサカよりも図々しいと穂村は感じる。こういうのは苦手だ。女にからまれるのは、慣れていない。
「ねェねェこのへん住んでるの?でもお兄ちゃんみたいなの見たことないんだけどなァ。あたし、ずっとこのあたり住んでるのに?」
そして穂村は邪険にするのも苦手で、「いや、俺も昔からこの辺だけどよ」。
「まーじで?そうなんだ、じゃあでもまた会うかもねェ。ねェねェお兄ちゃん、名前おしえてよ」
「は?」
しかし彼は邪険にできず。見ず知らずの女に名前を教える、ということにも違和感を覚えたが、聞かれたのに名前も教えられないのか、とも感じ、かつ偽名を言うのも気が引けたので、「苗字か?名前か?」と、少し妙な返答をした。
「じゃあ名前がいいなァ」
「…景虎だ」
「エッ!すんごいカッコいい!役者さんみたい!すごいねェ。景虎くんだねえ、トラちゃんだねえ。アタシは、
「…いや、そういうのやめてくれるか」
「そしたらさァ、今日はアタシ、もう行くけど困ってたからお礼したいんだよねェ」、そして彼女はおもむろに革財布を自転車のかごにぐしゃぐしゃにはまったバッグから取り出し、開いた。
その中身をつい見てしまうが、その札入れ部分にはおよそ20枚以上の薄い束があって、そのような額を財布に入れたことのない穂村は、愕く。
そしてそばかすの女は千円札を1枚だけ取ろうとして、「あ、2枚になっちゃった、まァいっか」と、2千円ぶんを、穂村の前に突き出して。
「オイ。どういう意味だ、これ?」
「お礼だものォ。お礼。あのヤンキーたちのせいでアタシ帰れなかったんだものォ。煙草とか買えばいいじゃんねェ」
「吸ってねえよ!いや、そういうの、違うだろ。全然だめだ、それは。俺はそんなお礼なんて要らねえ。そんなつもりでやったんじゃねえ」
「エーーッ!お姉さんのお礼受け取れないのォ!?すっごーい、景虎くん、硬派~!」
「硬派、じゃねえだろ、金を俺に渡すってのは、おかしいだろ」
穂村は困り果てる。対応方法がわからない。このような女子ははじめてだ。類をみない。
けれど、その顔の一挙一動、彼女はいろいろな表情をする女で、喜怒哀楽のあらゆるパーツを短時間に見せつけられて、穂村は逃げの一手として、「わかった、でも金はいらねえから、なんかおごってくれジュースとかでいい。それでいいよな?」。
「ワオ!ジュースでいいんだ!カワイイ!じゃあ次会った時、お返しするからねェ。約束ね。バイト行かないといけないから、またね。イヒヒヒ」
彼女は自転車に乗って、「そしたらねェ、景虎くん。アタシ、蓮ね。蓮ちゃん。柳峰大付属高校の2年だから、忘れないでねェ」、そしてこぎだして、いつまでも前を見ない。こちらに手を振っている。
彼女が見えなくなって、穂村はため息をついて、「加納より疲れたかもしれねえ」、言葉を吐き捨てるが、別にもう会いたくないわけでは、ない。
15~16のころの恋は失敗に終わるとは言わんが「ポリシーを壊してしまうほどに、やばいものにはまってしまう」と思う。そしてほどなくして後悔する。