それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
6月26日。
その日のホームルームで、アンケートが配布され、10分程度で深く考えずに書いて集めさせて、と大曾根先生が言う。
2週間後の期末試験についての学習状況のアンケート、かつ5月に行われた実力テストの問題要綱は教科書や授業内容にちゃんと即したものであったか、というような内容。
また、まもなく入学して3か月となるが困ったことはあるか、学校生活は楽しいか。
そのような内容だったのでわたしは適当に答えを書いて、現在の環境に不満はありませんか?という最後の欄には「特にありませんが、先生たちがもっと説明責任をはたしてくれれば不満一つなく毎日に楽しくやっていけます」、そう皮肉を書いた。
大曾根先生がそれを書くわたしをのぞきこんで、はっとしたわたしは用紙を手を伏せて隠してしまうが。
「柴崎、それを集めてるのは教師側じゃなくって、生徒会だから書いてもしょうがないかも」
と、苦笑いをして教えてくれた。
ん?
「生徒会」
「この学校、生徒会ってあんの」
「投票とかしてないよ」
「だれが会長なの」
全員がざわついて、知らない。
この学校、生徒会なんていつできたんだろう?というかその概念があったのか。
「八井田が軽音部作ったように、生徒会をつくりたいって言う生徒、主に西棟の生徒が集って5月にはもう形はあったんだけど、今回のアンケートを最初にして、ちゃんと活動するという事だ」
要するに、拠点が西棟側なのでこちら側はほとんど認知できていないし、ちゃんと活動していなかったから先生たちも特に何も言わなかった、ということ。
そして、生徒会長は2学期になってから、活動報告がしっかりとしているのを認めてからという前提のもと、発表する。1学期が終わったなら、その候補者の成績や素行もわかりやすいから教師陣も困らない、そう説明がきた。
「でも僕からしたら、こことB組の『5人』が生徒会みたいなもんだけどな」
と、評価しているのかどうかわからない声を、くれる。
まあそうですね、学校側にうるさく言えるという点ではですね、とわたしはまあ、それだけ思う。
B組のふたりは確かに生徒会役員といっても不自然さは性格的にないが、わたしは目立つのが好きではないからせいぜい書記しかできないし、マサカちゃんと穂村君を生徒会役員ですといってもほかも本人も全く納得しないのではないか。
特に穂村君は入学式後の騒動で某先生に殴られているから、教師陣に対する不信感というのがいまだ強い。両方の緩衝役にはなれないのである。
「御名術をもってるやつは生徒会長にさせないほうがいいっす」
マサカちゃんが、急に言う。大曾根先生を呼び止めて。
「その心は?」
「へんな考え方してるやつが生徒の代表になったら、あたしたちが生きづらくなるから」
「243人の代表が、特定の生徒を不自由させるようなことはしないだろ」
「だっておかしな考え方してるやついるんだもん。やっぱさあ、校長先生に近いやつ、しかも御名術使いっていうのは除外してほしいかな」
「加納は誰のことを言ってるの?」
だが、その言葉は少しとぼけていて。今の指摘、先生はピンと来ている。マサカちゃんがそういうことを言う対象はひとりしかしないから。
「人形谷はぁ、あれ、なんだかんだ言って校長と持ちつ持たれつやってるから」
「いや、そんなことはない。人形谷は確かによく職員室に来るけど、おまえ以上の反対派だと思う、校長先生に」
「エ。そうなんだ」
「先月なんか2日にいっぺんは抗議しにきてるぞ」
「エー」
そして先生はその話題をやめたいようで、「人形谷はこないだ体育の授業で痛い痛いってバレーボールから逃げ回って…」、話を切り替える。
「だっさ。アハハ。やっぱ小学生じゃん」
そこで急に穂村君が、言う。
「先生。加納が聞いてんのは、っすね。H組の人形谷が生徒会にいるかどうかってことなんっすよ」
それは鋭い、深奥を穿ったひとこと。
先生はそれに少し驚いた風で、口をつぐんで、少し待ってから「生徒会のメンバーは西棟の関係ない男中心の集まりだぞ」。
「そうっすか。オイ、加納、もうそれでいいよな」
「…あー」
確かな洞察力だと、わたしは思う。マサカちゃんはああいった、話をそらされることに結構弱い、というかすぐに思っていることを上書きされてしまい、帰るころになって「聞き忘れたことがあった!!」とよく騒ぐのだ。
「あの、みんなに言っておくけど、最近そういう話が多いけど、用もないのに西棟の特定の生徒を見に行くの、やめること。されてるほうは迷惑だから」
「いやでもさ、知っといた方があたしたちの巻き添えになったりしなくて―」
「4月に加納と柴崎を好奇心と野次馬心で見に来ようとする別のクラスの生徒をこっちはこっちで頑張ってせき止めてたんだから、今度はこっちの番!」
「うー」
ああ、そうだったのか。わたしは裏事情を聞いて少し恥ずかしい。確かにあの頃は視線が多かったけれど、なんとなくすぐにおさまっていくのを感じていた。
ただ、御名術もちだとばれることは、競争に参加したくない人たちにとっては確かに迷惑なのだろうとは思う。
C組の富島君はもともと性格的に孤立しがちではあったけれど、廊下での戦い以降はマサカちゃんと竹内君がフォローを入れないとさらにまずかったらしい。
いわゆるいじめ行為は、平均値と異なる方向に向いて目立ってしまったり、狭い世界での常識を飛び出している者にふりかかってしまうものであるから、逸脱の度合いが大きい御名術もちの1/10というのは住み心地が悪いものであるはずなのだ。
そして先生は、「一回、生徒会のメンバーと会って話してきたらどうだ。できたばかりだから、思うところは今のうちに言っておけばいいと思うぞ」、と。「柴崎も連れて行って」。
最後の発言はつまり、御名術もちの生徒がいるかどうかも自分たちで確認をしろよ、ということで。
「景虎、行く?」
「ちょっと今日は抜けれねえ用がある」
「あ、そう。じゃあ、あたしとユッピだけで行こ」
「わりいな」
「でも10分くらいで済ますよ。一応来たら?」
「…できれば、早く行きてえから」
「なに、女?」
そう、マサカちゃんは冗談めかして聞いたのだが。
彼は固まってしまい、視線があらぬ方向へと飛んで行ってしまって。
「エ?ま、まじ?」
「…」
「まじまじ。ねえ、どこのクラスの子?」
「…いや。悪い。やめろ」
マサカちゃんの顔が悪ーく、ほころんでいく。久しぶりにいい遊び道具を見つけたぞ、そう言わんばかりに。
「ちょ、あたしらに相談しろよ!どこ行くの!ねえ、教えろよ!かわいい?どこで知り合ったの?」
いつものクールっぷりはどこへやら。彼はたじろいでいる。ということは、本当に、特定の女性と会い、それなりに重要なのだろうと、わたしさえ思う。
「…柳峰大付属高校って、どこだ」
「鈴が原市の左のほうだっけ?」
わたしは、「そう。バスケと女子テニスがすごい強いところ」。知っていることを言う。「でもヤンキー多いんだよね」。
「いいじゃんっ!そうか、そういうとこならお前のリーゼントももてんのか!なるほどねえ!どうやって知り合ったの!」
穂村君は横を向き、こめかみをさわる。「いや、そんなんじゃねえ。ちょっと成り行きで、そういうつもりはなかったんだ、ただ、向こうは俺に礼をしたいって言ってて」。
「なに?礼って。景虎なにしたの?でもその子あんたにお礼したいんだよね?なにしてくれんの?ちゅーしてもらえたりすんの?」
「こっ…」
顔が、こわばっている。彼は。平常心のままでいようと、必死だ。
これは本気なのか、とわたしは思う。彼、少し顔が紅潮していないか。一番、わたしを妄想させないと感じていた彼が!
「ほほほほほほ、穂村君教えて!!きっと素敵だと思うの!!!」
「ユッピ、ちょっとおとなしく」
「いや、ちげえんだ。待て、そういう事じゃねえ。俺は、そうだ。ジュースおごってもらうだけだ。それだけだ。そう約束したんだ」
「ジュースだけですむわけねえだろお前ー!何だ?襲われてんの助けてやったのか?そしたらお前、こないだはありがとう本当に嬉しかったんです、わたしとおつきあいしてくださいだろコラァーーーー!!」
「きゃーーーーーーーーーーーー!!!」
思い切り黄色いふたりの声が、そしてあがって。
「やめろっつってんだろがそういうんじゃねえ!!」
「いやまじ。景虎、冷静に考えろ。ものすごいこと言っちゃうけど、あたしはさ、おまえとハゲだったら、お前が先に童貞切ってくれた方が、うれしい」
「ママママママサカちゃーーーーん!!それは声が大きいよ!?何言ってんの!?どーてーだなんて!!」
「ユッピもたいがいでけえわ!」
わたしたちふたりは興奮して、わいわいと内容も細かく知らないのにああしろこうしろと彼に言って。
彼は、説明もうまくせず「違うってんだろ!!」の一点張り。
「いいから言えよ!かわいいのか!」
「いや、そんな、かわいいとは、思わねえ…」
「失礼なやつだなあ!ん?どういう系?清楚?活発?イケイケ?」
「…あれは元ヤンだと思う、姉御キャラみてえな…」
「元ヤン!いいじゃないか、お前にぴったりだよ」
「え。穂村君。姉御キャラってなに、タメ?」
「…2年らしい」
「2ねん~~~~!!??お前!!おま、おま、お姉さまじゃねーか!!やったじゃん、お姉ちゃんって呼んでいいよ~、かよ!!
「これねえ!これねえ!わたし思ったの、たぶん前に年上の男のひとであんまりいい思い出なくてね、その先輩はね!自分からぐいぐい引っ張っていきたいんだと思う!!でも穂村君は甘えてるだけじゃダメなの、だってその人が欲しいのは癒しと包容力だから!かわいがってあげたいと、たくさんかまってほしいのせめぎ合いだからね!!!そういう少女漫画こないだ読んだもん、間違いない!!!」
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
大騒ぎ、である。なお、まだ1時間目の休み時間である。このようなパワーを無碍にこんな朝っぱらから消耗してはいけないのだが。
穂村君は、ではどうしてそうなったか、そしてどうしてお礼を受ける流れになったのか全く言ってくれないので、逆に妄想がはかどるじゃあないか。
なお、これまたわたしは大きい声で言えないが、どうも東棟の親しい男子4人で、マサカちゃん言うところの童貞サミットがどこぞのファミレスで行われ、あれこれわたしたち女子が腹を立てるような話題をつらつらと交わしていたようである。
伊崎君だけがどうも候補というかそういうピックアップができており何かよからぬことを考えているようであった。これについてはマサカちゃんが「現場を見つけたらぶっつぶす」と言っている。
そのときは竹内君と同じく、穂村君も「あてがない」という感じだったそうなのだが。
なお花形君は「あ、俺もちょっと見込めないす」と言い、まったく説得力がないと全員にしばかれていたという。
まったく、そういう話は、どうにかして誰も聞いてないときにしてほしいものだ。わたしは思う。そういうののターゲットにされるのも気持ち悪いだろうけど、そういうのを何も言われないというのも決していい気分ではないのだぞ、と。
6限目が終わって、わたしたちは教えられた通りに西棟、E組へと向かう。廊下をかくん、かくんと曲がって、普段は立ち入らないそちら側へと。
特に伝えたいことは多くない。「御名術もちの生徒とそうでない生徒が差別されないようにしてくれ、校長の言いなりになってこちら側に不利益なことにならないようにしてくれ」、そういう内容。
「なーんか人形谷と出くわしそうだなー」
「意識しすぎても疲れちゃうよ。べつに、こっち側に潜入したからってケンカふっかけてくるようなことはないと思う」
印象としては、東棟の廊下を通るときよりも、全体感として騒がしい、と思った。
個々人が大きな声を出しているというより、所属する全員が一言二言多くしゃべっているのではないか、という予想。その理由は知らない。地域格差、というやつか。地域?
ただ確実に言えることは、こちら側、西棟は、もう御名術もちがひとりしかいないということ。わたしたちにとっては考えられないような環境である。
入学式前に一方ともう一方に振り分けられ、接点が少なくなるような環境ですでに3か月弱過ごした。学力格差もさしてないはず。
そして廊下等の掲示物などは整然と並んでいて、決して御名術もちどうしで争いがあってガラスが割れた、とか壁になにかがぶつかった、とかそういうのはないのだ。きっと。
そしてD組から一番近いE組、それでも見知らぬ世界。そこに入り込んでわたしたちは、生徒会やってる人だれですか、と聞く。
すぐに教室の窓際を指さされ、近づく前に。
「ゆり」
男子がわたしの名前を呼んで。
男子4人が同時に振りむく。
わたしはバッグを落として。窓からの逆光が、わたしの視界を奪う。
「ひさしぶり。どうした?」
「あっ…せっ…せ、せいと…かい…」
彼とは同じ中学で。わたしはいまだに1年以上前の告白の返事をもらっていない。矢敷貴臣、その彼に。
一緒に振り向いた彼とは別のひとりに黄色い粒子の存在を感じたが、わたしはそれをマサカちゃんに伝えることさえ、できない。
高校生男子の「誰が最初に童貞捨てるかコンペティション」ってノーマークなやつが一抜けするよね。