それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
やがて一目見て教師側とわかる大人の男性がやってきた。
歳は30代半ばくらい。筋肉質で、白い歯で、こちらを見てにっこりと笑う。かなり大きな身体をしている。何かスポーツをしていたのだろう。ラグビーのような。
人柄は優しそうで、親しみやすく、けれど怒らせたら怖いのではないか、とわたしは何となく判断した。
彼が来ると教室のみんなは行儀よく前を向き、おしゃべりをやめ、自然と静かになると、わたし達の人それぞれの緊張をほぐすように話しはじめた。
「みなさんの担任になります大曾根です。みなさん、入学おめでとう」。周囲はお辞儀を返す。「入学式までもう1時間くらいあるので、みんなで自己紹介をしよう、な。僕は大曾根俊之です。36歳。独身!趣味は~…野球観戦!草野球も好き。あと、家に帰ったら晩酌するやつ。あ、僕は体育教師だからね。それ言い忘れてた。前いた学校ではね、みんな僕のことそねさんそねさんって呼んでたんだけど、その学校の校長先生から怒られててね、『生徒には先生と呼ばせなさい』って。でもね、先生って別に偉くないからね。たぶんこの学校の校長先生とか他の先生は気にしなそうな感じだからね、僕がなんか怒られるまではそねさんでいいからね」と、すらすらと、途中の息継ぎも気づかれず、とてもわかりやすい自己紹介をした。
嫌味を感じさせない、慣れたしゃべり方だった。人をリラックスさせるのが得意なのかな、とわたしは思う。
「教室のこっち側、僕から見て左のほう。みなさんから右側の彼から、簡単に自己紹介してください。ね?名前と、出身校と、あと中学で取り組んでたこと、教えてください。そっちの、男子。その次はね、隣の女子ね。男女交互にお願い」
彼はまたにこやかに笑う。
自己紹介というのはわたしは得意ではない。あまり、趣味や特技がないからだ。かといって星占いのハシゴしてます、とはっきり言うのはどうも賭けのような気がした。
自己紹介をしなければならない、それはいい。けれど、誰も興味をもってくれないようなシンプルで簡単なもので終わらせてしまうというのも、わたしは少し自己顕示欲があり、もったいないと思った。中学のときはへたくそだったけれどバドミントンをやっていたので、そこを言ってみようかな。など、自分の番が回ってくるまでそれなりの時間はあったので、思案した。まあ、ここで考えをめぐらせても、きっとうまくいかないのだろうけども、と自制しながら。
あ行の男子、あ行の女子、か行の男子…、交互に簡素な自己紹介をして、徐々にわたしの番に近づいてゆく。意外と、みんな平凡に言うのだな、と思った。ならば、自分は少しひねったことを言ってみて…。
ん、と私は違和感をおぼえる。なにか、身体のどこかが一瞬抜き取られたような感覚だった。
その感覚が、なにかおかしくて、わたしは胸に手を当てる。
身体のどこかにマッチで火を付けられたような感覚だとも思った。一瞬だが、なにか得体のしれないものに身体の内部をのぞかれた、とも言えたかもしれない。
あまりに緊張しているのか、あるいは先ほどの暴走が恥ずかしすぎて、頭がどうにかしてしまったのか。
痛みとかはなく、ただ一瞬だけ、今まで受けたことのない感覚であって。
「加納…」
わたしの二つ前の席の女子が、立ち上がった。
「
後姿しか見えなかったのだが、彼女はずいぶんと長身だった。そして、髪は長くて、ぼさぼさで。ちゃんとケアすればもっときれいだと思うのに、とわたしは。
「えと。あの、出身校、わかんないんですよ、あたし。先生」
「お?」先生は目を丸くした。
「小学校のぉ、高学年から…こないだまで。東南アジアいたんで。そこの学校の名前、あったのかなかったのか知らなくって」
「ほぁーそうなんだ」
「取り組んでたことってのも…なんだろな。子供の世話したり…で、あ、でも、サッカーっぽいことしてました。こう、蹴ったりして」
「東南アジア。面白いな。どこの国なの?」
「えっ。知らないっす」
教室が少しどよめいた。
「自分のいたとこ、わかんないのか?」
「ええと、そっか。うーんと、あの、東南アジアの、右下のほう」
「右下?」
先生が噴き出した。「地理を上下左右で言うものではない」と笑いながら。
先生は黒い手帳を開いて、彼女のそばに行き、ページをめくったところにあった付録図式の地図を見せた。
「パプアニューギニアか。右下、南東ね」
先生が国名をいうと教室はざわついた。えーーーっ、と。
「うんと、そこじゃないっす。もうちょい、このへん」
「このへん?」
「思い出した。スラウェシ島、っす」
「じゃあ?ここ?ええと?インドネシア?」
教室はざわついている。
「あー、そこっす。たぶん」
先生は教壇に戻り、「加納、面白そうだな」と何か満足した顔をして。髪がぼさぼさの女子は「そうでも…」と座った。
彼女の近くが、絵の具で言うと薄いレモン色に、ぼんやりと光った。
わたしの寝不足のせいだろうか、目がかすむほど疲れている。
自己紹介は、異質な彼女の次からはありきたりなものになった。なかなか、あれを越える自己紹介は現れないだろう。逆に、このあと何を言っても彼女より目立つことは無理そうなので、わたしは平凡に淡々に終わらせよう、と少し安堵した。
「笹尾大輔です。藤陽専科中学からきました。空手部でした」
「このクラス、スポーツマンが多いね。いいね。大いに結構」
「し、柴崎悠利です。琴河西第二中学校、です。でした。中学時代はバドミントンをやっていました」
「うん。ありがとう」
「はじめまして。篠田良樹です。琴河中央第一中学からきました。演劇部所属で、高校でもやろうと思ってます」
「すばらしい。ぜひ。なんかやっと文化部が現れたね」
「あたしは、新堂緋十美です。鈴が原中学出身。やってたことは、特にないです」
と、わたしの後の彼女が言う。
「化粧が濃いな」
先生はすぐに言った。わたしは、右隣の笹尾くんと顔を見合わせた。
「ええ…?」
彼女は不快そうな様相を、隠さない。顔を見なくとも、さっきの記憶で、雰囲気は伝わる。
「僕は生徒指導もやるので、ちょっと気になって」
「…」
「そんなに厚塗りしなくても、整った顔だと思うけどなー」
彼女はどっかりと音を立てて座る。わたしはびくりとした。
わたしが少し怖がっているうちに自己紹介の順番は進んでいき、列が教室の左側に移っていく。
もうひとり、異彩を放つ、今度は男子がいた。
先生は立った彼を見て「かっこいいなお前」と口にしたが、本心で褒めた台詞でないと思う。
「
彼は腰を90度に曲げてお辞儀、その存在感は、凄まじい。同じ歳には、見えなかった。なるほど、応援団なのか。見た目は…背こそ決して高くなく、中肉中背だけれど、がっちりと整髪料を使って固めているのか、横髪を後ろになでつけ、前髪は膨らんで立っている。近くの誰かが、「リーゼント初めて見た」とぼそり呟いた。
あれ、一歩間違うと怖いじゃん。ヤンキーじゃん。とわたしは感じた。眉も、だいぶ細い。ネクタイの色は白。シャツと同色で、確かその色のチョイスをした男子は他にいなかった。
90年代も終わりなのに、いまだに男子たちのなかでは「だれそれが番長で」「あの人らが番格グループで」などと話に登ることは、あった。1997年なのに。
これが都内の中央部になればそんな言葉は絶滅しているのだろうけれど。…とにかく、この付近、力が頂点であるという考え方は、そのころはまだあった。
わたしが生まれたばかりの時代なら、わかるのだが。
そしてやはりわたしの目は疲れている。彼もまた、薄いレモン色にきらめいて、見える。
先生は生徒指導なのだから、彼を警戒対象に入れたのだろうか。表情が硬くなった。
が、彼は制服を着崩したり、変形制服を着たりしているわけでもなければ、髪型も決まりすぎてはいても校則違反の染髪にはあたらない。眉を整えたところでそれがどうした。
その後に特になにも言うわけでもなく、不躾な態度でもなかったから、先生は何か言いたげだったがそれまでだった。余程、化粧が濃い方が言い易かったようだ。
全員の自己紹介が終わると、そろそろみんな行こうか、と先生が廊下に列を作るように促し、席を立ち始めるのだが、わたしの真後ろの厚化粧の彼女はぶすっとした面持ちで、そして黄色く輝いている。本当に、病院に行った方がいいかもしれないとわたしは思う。視界の一部がどうかしている。
二つ前に立つ、髪がぼさぼさの女子は身長がやはり高く、横の男子よりも肩の位置が上だった(あとで聞いたら、167cmだという)。後ろの彼女は手鏡を出して自身の顔を見ている。もう少し後ろに首を傾けると、あの応援団の彼は鋭い目つきで正面を見据えており、目が合った。この3人がきらめいて、見える。視界のどこかしらが黄色くなってしまうのではなく、輝きが個人に由来している。
なぜだろう。わたしは目をこすってみるがあまり変わらない。そして、今気づいたが、わたしの手首から先も、ほんのりとレモン色の粒子に、包まれている。
この小説は異能力バトル学園小説です(2度目)