それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
光から半身を背け、わたしはたたずんで彼を見たまま動けなくなってしまう。
同じ学校に通っていて、わたしは東棟で彼が西棟だということは知っていたが、そのうち出会う、ということを考えていなかったのは、心の片隅に置いたままだったから。
きっと新しくできた友達とのやりとりが面白すぎて、楽しくて、今の自分の心の最大面積を占めるものになってしまい、極端な話、わたしは自分の恋などどうでもいいものだと決めつけてしまっていた。
こうして出会うまでは。
どうしてこう近くにいられると、胸がいっぱいになってしまうのかわからない。昔からそうなのだ。だからわたしは言葉を詰まらせてしまい、久しぶりだねも何も言うことができない。
いつか出会ったら「そろそろ1年前の返事を聞かせて!」と強気で詰め寄るくらいのことをしてやろうと思っていたのに。そしてどんな答えが返ってこようと願い下げだと。2度と会話したくない、と。
わたしはそういうところが全て口だけで、あーとかうーも出てこないから、結局は彼に会話の主導権をとられる。実に情けない。
「今A組にいるんだっけ。何も変わってなさそうだけど元気してんの」
「…うん、元気」
「生徒会に用でもあったのか」
「そう。生徒会に聞きたいことがあって」
「ああ、そうなんだ。そしたらなんでも聞いてな。まだ形ちゃんとできてないけど、要望はできるだけ通しまっせ」
「…」
そして彼以外、もう3人の男子もこちらの様子をきょろきょろ伺い、物珍しげに、なぜかわたしを見て。なぜか?そうじゃないだろう。理由はきっと明白で。
わたしの顔が、だいぶ赤くなっている可能性が強い。
「生徒会長になるやつはだれ」、マサカちゃんが、いつもよりも冷たい感じの声で、聞く。わたしははっと自分を取り戻して。
いや、冷たいのでは、ない。何か、怒っている。ような。その理由は。
「一応、自分です。矢敷です。よろしくおねがいします。えーと」
「あたしは加納真砂可。多分名前知ってるでしょ。生徒会に頼みたいのは、あたしらのような御名術もちの生徒が他の子達と差別されたりするような学校にならないよう、お願いしにきた」。そして、いつもよりもずっと早口で、威圧的に淡々と。「あとこの学校の校長は考え方がおかしいと思ってるから、キミらが校長の奴隷みたくなるようなら早いとこやめさせたい。そこんとこどうなの」。
「ああ、A組の御名術使い…なんですか」、彼は驚き、そして少し考えて、「俺たちは校長の奴隷なんかじゃないですよ。むしろ対等に話をしていきたいと思ってる、ですから、悪いことにはならないです。あと彼」
矢敷君は、ひとりの男子を紹介した。その彼は。そう、まだわたしはマサカちゃんに言えていない。彼には帯があって。見たことがある。D組の…。
「どうも、浦済慶輔です」
「彼は、御名術もちだそうです。彼がこの会にいる限り、御名術もちの生徒が不当に扱われることも、特別に扱われることもないように意識してます。ですから、そういうことはちゃんと最初から考えています」
そう。D組のかなりの美男子、浦済君、である。
彼は右手をそっと前に出して。
見た目は竹内君をしゅっとさせた感じだが、まあ、それは美形で。TVから出てきたような一般人離れしたオーラがある。わたしの知る限りのジャニーズのメンバーの誰かにも勝るような第一印象だ。
ピリピリしているマサカちゃんさえ、目を丸くして、そこに差し出された手について、ついつい友好的に握手を、してしまっている。
「ゆり、彼かっこいいよね」
矢敷君がそう笑って。わたしは否定できない。事実だし、そう問うたのが彼本人の言葉だったから。
そして自制をするかのようにマサカちゃんはばっと手を離す。
「生徒会に御名術もちを入れるってのはいいかもな」
彼女はそう言って。
「そうですよね。そういう枠は必要かなって思って。ま、もともと俺と彼で生徒会作ろうって意気投合したんですよね」
「キミは西棟の人だよね。ちょっと質問がある。H組の人形谷。あれのせいで巻き込まれて嫌な思いしたような子は、いないの?」
その質問に、男子全員が顔を見合わせて。
そして後ろにいたひとりが、「同じクラスだけど。別にないすよ。たぶん」。
「本当?あたしたちはね、今までずっと関係ない子を巻き込まないよう巻き込まないようってかなり気を配ってやってきたつもりだから。でもあいつ、この短い時間で西の御名術使い全員に勝ってるんでしょ。そこにはきっと不測の争いとかが生じてるはずだよね」
「でも、いつのまにかそうなってたって感じだから、そうなってたってのは人形谷がどうやら西棟の御名術もちで最強だってことですよ。最強だって証明されたっていう噂が流れただけであって、実際俺たち、H組にいても、そういうシーン一回も見たことないもの」
「うーん。そうか」
そして東棟の事情を知る、D組の浦済君が説明をするように。
「東棟の御名術もちどうしの勝負って、今のところほとんどが大騒ぎになるような戦いばっかしてるんだよな。こっち、西側とは差はでかいよ。だからこういう意見が出てくるのは当然だし、無視しちゃいけないんだよ、矢敷?わかるか」
「はぁ。そりゃ、無視しちゃいけないでしょうよ。なに急に?」
矢敷君と、浦済君が相対して言葉を交わし始める。そしてわたしは、なぜか、それに見とれてしまい、このあとの記憶が少し、ない。
【ここで視点は変わる】
そして東棟の事情を知る、D組の浦済が説明をはじめる。そこに、なにか正義感というか使命感のような―マサカには、自然とそう見えた―主張が生じて。
「東棟の御名術もちどうしの勝負って、今のところほとんどが大騒ぎになるような戦いばっかしてるんだよな。こっち、西側とは差はでかいよ。だからこういう意見が出てくるのは当然だし、無視しちゃいけないんだよ、矢敷?わかるか」
「はぁ。そりゃ、無視しちゃいけないでしょうよ。なに急に?」
「わかれよ?こういう事をわざわざ言いに来てる時点でさ。困ってんだよ。彼女たちは今の現状に。だから、俺らはいまできるだけすぐに、そういうことは生徒会としてさせませんって答えなきゃダメってこと」
「いやうん、わかるけども。ん?なんか慶輔がそう…熱くなるの?」
マサカは思う。ほう、と少し感心して。
率先して生徒会やり出そうとするあたり、目立ちたがり屋かしゃしゃりのどっちかだと思っていたけど、少なくともこっちの、嫌味なほどかっこいい方は東の人間だから、あたしたちのことを多少なりともわかっていて、あたしたちが何を求めてるのかすぐわかってくれたのだろうか、と。
ただしその、生徒会長候補に熱く説く姿は、少しばかり芝居じみた誇張性があるとも彼女は感じた。だからその相手が困惑気味なのだ。
そしてそれは、自分に対する一定の怖さというものを抱いていて、ここで要件を呑むことが要するに将来的な自分の身の安全を保障するために役立つ、とかそういうことを考えた打算的な発言ではないかともマサカは思う。
が、それでもいい。同調者がいるのはかまわない。裏で何を考えているのかはかまわない。こちらを騙そうとしている感じではないとわかるので。
彼女にとって、そういう会話がなされることよりも、最終的に生徒側が校長側よりも自由に動く力があればそれでよいのだと、思っている。
そして早いうちに話はまとまり、生徒会の4人はマサカの要望を、早期実現には至らないかもしれないけど、必ずそのようにできるよう約束する、そう扱う。
彼女らにとってそれは交渉成立であり商談がまとまったことになるわけで、そこにもう無為に居残る必要は、なかった。
けれど、ゆりが何か、矢敷という男をぼーっと眺めていることにマサカは苛立って、強めに手を引いて、そこから離した。
彼女らはE組より出ていく。見送られて。
「慶輔はああいうのもいけるんだ」
「全然いけるでしょ。だって矢敷が一歩逃げちゃってるのが意味わかんないもん」
「いや、俺にはわかんないわ」
「そう?」
「わかんない」
「あの、おとなしそうな子はなんなの?」
「あああいつ?中学が同じなの」
「それだけじゃないよね」
「あれは、俺のことが好きだったの」
「だった。今は?」
「知らねえ」
「あれは、たぶん矢敷のことが好きだよ、きっと今も」
「そうなんだろうね」
「相手してあげないの?」
「なんかあいつ、地味だったんだもん。ぱっとしないっていうか。こっちが好きになってやれるかどうかは別問題でしょ」
「嫌な男だね~…こいつ、やばいよね」
「まあでも昔より雰囲気良くなったと思う。垢ぬけたってぇか。ほんのちょっといい女になってきた」
「すげえ上から目線」
「でもあれよりいい女いっぱいいるからね」
「ひっでぇ」
「ああいうのはさ、適度な距離でおいとくと、いつか役に立ったりするんだよ?」
「ハハハ最悪ー」
壁に耳あり障子に目ありということわざの文字通り、E組の教室内、彼らが陣取っていた箇所の壁の下付近に"洞"を経由したマサカの左耳があって。
彼女はそれを歯ぎしりをしながら聞いている。かなり、頭に来ている。
マサカはA組の教室に戻って誰か話を聞いてくれそうなものを探すが、いない。ではすぐ次にと隣のB組に入り込んで、こいつだ、と一人を選び、荷物を整理している最中の彼のもとへ。
「お前このあと時間ある」
「お。どうして?」
従士郎が顔を上げて。
「真面目な話したいから。ハゲいないな。もう帰ったのか」
「呼べば来るよ」
従士郎がポケベルを取り出して。
「東口のモスバーガーいこ。でも、話は聞いてほしいけどおごったりはできない」
「柴崎さんはいないの?」
「あの子の話だから、あのね」
「…ああ、いいけど」
彼女は大好物のきんぴらライスバーガーを大口でかぶりつくが。味が違う。美味くないと。
けどそれは食材には特に問題があるわけではない。おおむね、自分の精神状態が原因だという事を、彼女は馬鹿ではないから理解できている。
従士郎はコーラをストローで吸いながら、話の概要を聞いたが自分一人で返答するには経験不足であるしかなり言葉を選ばなくてはならない、と感じ、風雅を待っている。「少し考えてから答えてもいいかな」、と。
先ほどマサカが盗み聞きした会話は、従士郎の性格としては「まったく女のひとをバカにしたひどい言い草だ」とは思うのだが、そんなものは男だけの環境になれば耳にしないわけではないから。
そして風雅が派手な柄のシャツを着てやって来て、「おや、柴崎がいない」と目をぱちくりさせる。
「なに、こういう事を言いたいの。柴崎はそいつに1年前告ったけどずっと放置されてて?今日久しぶりに会ったらそれでもまだ好きみたいで?で、おたくは盗聴した感じ、そいつはクソ野郎だって?そう言いたいわけ?」
「伊崎君、加納さんはこの件について、今すぐにやめさせたいんだって。柴崎さんには明日にでも忘れてほしい、と」
「んなこと言ったってしょうがないだろう~…おれが同じ立場だったとしても、例えばよそのクラスにおれがずっと好きだった女がいたとしてもよ?その子がウラでおれの事ボロクソに言ってたとするよ?竹内君に、『伊崎君、あの女子はやめた方がいいよ』って言われたとするよな?やめるかよ。やめねえよ。だっておれはそんなの聞こえないもん。竹内君。君は違うのかい」
「…ちがわ、ない」
「そうだろ?しかも柴崎だろ?あいつ、むちゃくちゃ妄想するんだぜぇ?少なくとも1年間以上好きなんだから、あいつの中では勝手にストーリーが進んでて、脳内では幸せな家庭もって子供3人と幸せに暮らしてるよ。どうしろっちゅうのよ」
風雅は頭を撫でて笑う。その指摘を聞いて従士郎もつい笑う。マサカにとっては深刻だとはわかってはいるのだが、つい。
「いいかね加納。少し自由にやらせてあげればいいんじゃないの。それで少しはあいつは傷つくかもしれんけど、これはおたくの恋愛じゃないじゃん。軌道修正を、するなよ。おたくがそうやってるとねえ。柴崎によくないじゃん。なに、おたくは柴崎の今後の彼氏さえも自分が完璧に気に入る男じゃなきゃ、嫌なんだ?なんでそんな権利があんの?」
「てめーふざけんなよ。ユッピは永遠のあたしの彼女だぞ」
「いや、おたくがそう思ってんなら勝手に思ってろ、なんだけど。なんか過保護で気持ち悪いなあって」
ずけずけと、風雅は言う。友情関係は一方の独占に依るものではない、彼はそう言いたい。
従士郎は、「まあまあ、伊崎君。ただ、柴崎さんには、裏でこんなこと言われてるよくらいは教えてあげたほうがいいと思う。これでまたずっと、彼女がろくに返事もされないであしらわれるというのはさすがに問題だと思わないかい。それは女性をバカにしすぎだよ」。
「あ、誤解のないように言っておく。おれも、そいつはゴミ野郎だと思う。好きですって言われてまともに返事もしないっていうのは、クズ。でも、残念ながらそんなことされてる柴崎の目がハートになってんだから、止めらんない。でも、おたくの盗聴した内容は、言ってあげれば。ひょっとしたら考え改めるかもしれないよ」
マサカは食べかけを半分置いて。自分のことではないが、あまりに苦しい。
あんなものが、ゆりの気を引いて離してないというのが、本当に気に入らない。
「どうかな、伊崎君。柴崎さんを傷つけないように、こういう男だよというのを丁寧に優しく伝える方法で考えてみて…」
「わからんなあ。柴崎は、そういう男だっていうのを割と知ってて好きなんだと思うよ」
「…そうかもしれない」
「おれが引っかかるのはね、その男のことじゃなくって、柴崎の好きなようにやらせないで、自分の思い通りの男じゃないからヤダって言ってる加納の方なんだが?お見合いすすめてくる親戚のババアみたい。よく知らんけど」
「わかってんだよ!そんなことは!ただ!なんか気に入らないんだよ!」
そして彼女はいつもより高いトーンで語る。
「ユッピが好きな男追っかけてんのはいいよ!でもさ、あいつ、ダメなんだよ!初めて見たときからなんかおかしいって感じたんだ!あいつ、見た目だけはいいけど、全然いい男じゃないんだ!ほんっとーに、嫌なんだ!」
彼女は一口だけライスバーガーをかじる。そして、投げるように置いて。もう食べられない。
彼女は憤って。徹頭徹尾、あれを好きでいる限り幸せになれないのが見えている。それを指摘しないとゆりが不幸になる。が、彼女の恋を壊すのもそれはしたくないのだと。
魅力が、見えてこない。すでにだいぶ親密な仲なのでマサカはおおむね聞いている。矢敷という男については。が。
あんな素朴で無邪気な彼女がはまるほどの。そして、何がいいのか、どこが好きなのかゆりに聞いても、決定打となりうる要素、自分が納得のいく「だから好き」の理由が、恐ろしいことにゆりは「ルックスと雰囲気」以外に、ないのだ。
それが本当に、だめだ。
それを聞き流して風雅が、マサカの側のトレイを指さして。「ねえおたく、そのきんぴらバーガーもう食わないの?食わないならおれにちょうだい」。
「ハゲかよてめえー!あたしのDNA採取して何するつもりだタコ!」
「女のくせして逆に気持ち悪いこと言ってんじゃねえ!」
つかえた喉のものを流し込むべくアイスティー飲もうとするが、マサカの右手からグラスが滑る。「あっ」、そういう声の前に、従士郎がすぐにキャッチし、倒れるのを防いだ。
「加納さん、興奮しすぎだから少し落ち着こうか」
「…ああ」
「でも、第一印象がおかしいって言うのは、加納さんは言い過ぎだよね。探せば魅力は誰にでもあるもんで。柴崎さんが、加納さんの見えてないそこを見て、彼を好きって言ってるなら、どうしようもないよね」
右手が少ししびれている。学校を出るあたりから。マサカは手を回したりわきわき動かして、繰り返しているとその痺れは収まった。
何か、歯医者の治療から帰ってきて、感覚が鈍い唇の動きがもとに戻っていくようなときのことを、彼女は思い出した。
異性品定めトークは女より男のほうがエグい。自分が何点くらいかとか全く意識せず見下し評価する。ちなみに「あたしのDNA」のくだりは現実にそう言った女を知っているのでなんて言語センスだと感心した。