それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、   作:AyA Tono N.C.

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#33 恋が育まれますように(5)

 7月1日。

 

 穂村が登校するとすぐに、男の誰かしらに捕まる前に、マサカは神妙そうな顔を作って彼を廊下に呼び出す。昨日花形にされたように。

気にして様子をうかがおうとするゆりを、待っていて、と押しとどめて。

 

 神妙そうな顔を作って、というのは彼女お得意の芝居がかった批評、文句の準備のためではない。

そういうものを自分に課さなければ、ただ単に少し反論を受けただけで怒り狂う可能性があると彼女は自分の事を、こと「怒り」という点においてはよく知っている。

それでは説得力がない。

「日曜にお前が女と遊んでるのを見たって知り合いがいるんだけどさ」

それを聞いてすぐに、一度は知らぬ存ぜぬを決め込む態度を見せたが、相手をごまかすことの方が難しそうで彼はすぐに肯定した。

「…それでどうした」

「どうしたもこうしたもあるかいタコ!ホントお前ってやつは」、マサカは言葉を止める。

「ああ、日曜に会ったよ。信じらんねえ、見られたことよりおめえに言うやつがいるって事の方が信じらんねえ…」

「悪い事言わない、やめとけ」

彼女は呆れるほどにストレートで。搦め手だとかオブラートとかそういう気づかいは、しないし、遠回りに、意味がない。穂村はそんな彼女の態度にすぐに苛立ち、強く言葉を返した

「やめるだの何だの、そういう話になってねえ。なんでおめえにそんな事言われなきゃなんねえんだ」

「また会うのかよ」

「…それがどうした。期末試験のあいだは会わねえよ」

「あー。そうなんだ?試験終わったらガンガン会うんだ?夏休み入ったら毎日会うんだ?いっちゃいちゃしてべったべったに過ごしてやりまくって、夏休み明けに従士郎とハゲに偉そうにするんだ?お前みたいなのをクソバカって言うんだよ」

その文句はからかいでもおふざけでもなくて、ただ彼女の得意とする、相手をこき下ろすための罵詈雑言だ。すなわち、敵意がある。

「…ぶっとばすぞ、てめぇー」

そしてそれにカウンターを放つように。

「そのあとすぐ、お前と遊んでた女が別の女にカツアゲしてんの目撃情報が入ってんだけど、お前はどう思うの」

「なに!?」

そして彼女は残酷に、「やめとけ、じゃないやもう。やめろ。お前がダメになる。なあ、お前は見た目がアホなだけだから許されてんだぜ。中身までアホになったらどうすんだよ。そんなあたし縁切るわ、そういう価値観持ってるやつと仲良くしたくない」、ばさりと。

穂村は絶句して。

 

 そこには、まだ彼は年上の女のことを完璧に知り得ていない、という負い目があって、彼女がそういう嫌疑をかけられたときに清廉潔白である、と言ってやれる自信が、彼には不足している。

そうかもしれない。心当たりがないわけではない。それを認識すると嵌るパーツがある。

「オッ、青ざめたな。すぐに逆ギレしてこないだけ、ちったあピンときてるふしがあるように見える」

マサカのそれは評議の開始であって、要は、それを聞いてショックを受けたならすっぱりやめるか、(そんな器量があるとは思っていないが)2度とさせないように女の方と穂村がきっちり話し合うか、最悪絶交してしまうけど、それを容認して女の側につくか。

選べと。そういう意味で。

こういうことを言うのも、相当体力がいるものなのだな、とマサカは疲れて思う。どうでもいい相手、価値判断の基準から遠く離れた相手ならば未来のことなど考えずに罵倒するだけなので心は疲弊しない。

けれど。

「いいや。俺はあいつを信じるぜ。あいつはそんなことしねえ。それは何かの見間違えか事情がある」

「なんだと」

彼女にとって一番嫌な返答がやってきて。

 

「自分で見もしねえことを、大事件みてえに騒ぎ立てて、もしそうじゃなかったらとか思わねえのか。程度が知れるぜ。だからおめえはダメなんだよ、まず人としてよ」

「嘘言えよ、バカ野郎。なんか心当たりあんだろ?でなきゃあの間はなんだっつーの。オイ。なに。お前、そういうカス女でいいんだ」

「あいつをカスって言うな。取り消さなくてもいいが、もうしゃべんな」

「待てよ。ふざけんじゃねえぞ。人様の金は自分のもんですって言う女が、いいんだ。お前、そんなクソ野郎だったんだ。それとも、これからやめさせる自信でもあんのかよ。今すぐ答えろ。今すぐできるって言ってみろ」

「答えるもクソもねえ、あいつはそういう事は、しねえ!やめさせるも何も、あいつは何もしてねえ!あいつの金はあいつが必死で稼いだ金だ、他人のもんじゃねえ!」

「なんだと景虎ァ!お前ふざけんなよ!頭腐ってんのか?ア?事情もクソもあるかよ!何、恋は盲目か。お前、好きな女が悪いことしてるのも止めらんないのか。いい加減にしろよ!そんなん男じゃねえ!」

「おめえはあいつの顔を見たこともねえくせに、決めつけんじゃねえよ。問題なのはお前の頭のほうだ」

「お前とは」、マサカはそして、穂村につかみかかる。「絶交する前にブチのめしてやる!!」、哀れみも含めて。

 

 腕力は彼の方が勝るが、体型がほとんど変わらない二人、そう簡単にふりはらえるものではない。

廊下がばたん、ばたんと音がすればすぐに教室の皆が集まりだして、しかしこの2人のことを物理的に止められる者がいないことは誰もが知っていて。それは空手部の笹尾でも中に入りたくない案件。

そういうときにA組でなんとかできるというのも彼女しかいないのだが、さすがに二人とも興奮状態では怯む。

ゆりは意味もない大声をあげて間に入ろうとするが、マサカと穂村の取っ組み合いを止めることはできない。そこに御名術は行使されなくも、すぐにマサカの拳が穂村の顔に当たる。

「ああもう!誰かB組から竹内君を呼んできて!」

そして3発目のマサカのパンチが当たった頃、同時に穂村が凝視を行い、つい引っかかったマサカは体がぐらりと揺れて片膝をつく。

穂村は思わぬ痛みのため片目を閉じてしまっていたので、意識を失わせるには不十分。マサカは一瞬ブラックアウトし、だがすぐに覚醒し、また穂村を殴る。腹部。

騒ぎは収まらない。平均的な従士郎あるいは風雅の登校時間にはあと10~15分程度が必要だ。

 

 穂村はそして、力任せにマサカを投げ倒す。壁面にマサカの頭ががん、と当たり、ようやく彼女は動きを鈍らせて。

それを、まずい、と穂村が思った矢先、マサカは仰向けのまま右足を浮かせて床に振り下ろすと、穂村の後頭部に"洞"を経由したマサカの足首が飛んできた。

彼も、うずくまる。

 

 そしてふたりは、もうやめなければと物事の整理がまったくついていない状態で諦観に近い顔をする。

話し合ってももう絶対に無駄だという事を、彼女らは互いの性格をよく見知っている。

 

 

 

「おかしいね」、ゆりが言う。「うん、あいつ、だいぶおかしいんだよ。頭やられてる。年上のヤンキー女に浮かされて…」、「そうじゃない」。

マサカは急に厳しい声を放つゆりに驚いて。そして、少し涙ぐむ。

「あたし、ユッピにまで否定されちゃったらどうしたら…」

「マサカちゃん、聞いて。わたしはわからない。誰の言ってることが正しいのかとか。でも、花形君から聞いたことをまるまる信じたら穂村君とケンカになったのは、どう考えても速すぎだよね。違う?」

ゆりは正確な指摘を、して。

「そのワンシーン、花形君しか見てないんだよね。マサカちゃん見てないよね。穂村君も見てないよ。じゃあ、穂村君はそのこと知らないでしょ。なのに、急にそんなこと言われて決めつけられたらさ…穂村君がその先輩のこと好きになってるなら、普通は否定するよね」

「だって、あいつだってわかんないじゃん」

「そう、つまり、マサカちゃんもわからない」

 

 今日の大事のあと、A組はずっと張り詰めた空気で。それは、入学式のときよりも声一つ出せない雰囲気で。

放課後の今、やっとゆりはマサカに訊くことができる。中立的な立場をとって、どちらかにも寄らない立場で(マサカと一緒に帰っているので、片方に寄っては、いる)意見を言った。

彼女にとって穂村と蓮の関係性と、蓮の悪行の真偽はどうでもよく、今はとにかく仲裁をしたい。そもそもこの話は、花形に詳細をもっと聞き出すものではないのか?

マサカは叱られた子供のようにぶすっとして、口数少なくとぼとぼ歩く。

そしてマサカに優しく降りかかるゆりのお説教を切り開いて、悲しげな顔で言う。

「ユッピ、あたし、変な恋して視野がせまくなってるやつの気持ちが本当にわからない」

「マサカちゃん。それ、わたしに言ってる?」

否定しなくて。

「…」

「理屈じゃないんだよ、わたしは、穂村君の気持ちわかるなあ。きっとマサカちゃんは矢敷君のことが嫌いだから」

それは見透かされたように。

 

 それから数分して、男の歩幅で大きな足音を感じ、振り向くと小走りで駆けて来た、当の矢敷が現れた。

ゆりはびくりとして。

「ああ、やっと追いついた。このあと暇?生徒会で決まったことあったから、ふたりにちゃんと説明したくって。浦済がさ、なんか張り切っちゃってさ…物事がすいすい行くもんだから、忙しくて」

「こ、このあとは…なにも、ないよ?」

「ゆり、門限なかったっけ」

「もう、厳しくないよっ」

その質問に、ゆりはだいぶ喜んで。マサカには何が嬉しいのか不明だ。気を遣われたのがよかったのか。あるいは門限があることを覚えていたからか。

マサカはそして、弱くため息をついて。「ふたりでやって。あたしは、さっさと帰りたい」、

「え」

「口挟まないから。あとでどういう話だったかは聞くけど、ふたりで楽しく話してればいいと思う」

「…」

「ごめん、ユッピ。ちょっと、疲れちゃって…」

「待って、先に、ううんと…穂村君のピッチの番号知ってる?」

「…うん」

「それだけほしい。大丈夫、ちゃんと明日には仲直りできるようにがんばるから」

「あ、うん。わかった」

そしてマサカは手帳を出して、ページを1枚破る。

「お、慶輔!」

そのとき、3人とは別の方角より浦済が現れ、微笑む。

矢敷は大げさに手を挙げて、「慶輔が走り回ってくれたおかげで教諭陣といい交渉ができたって、そういう話をしようとしてたんだ」

「それなら、昨日もう加納さんには言ってある」

「は?はえーな」

「ねー」、浦済はマサカの肩に手をおいて。「きやすく」、マサカが顔をしかめるが、今日は振り払わない。

そこに。ゆりは、そこに起こる現象の意味をつかみかねて。ただ、愕く。

ふっと、マサカの目の焦点が、ずれる。なにか、重要な位相のひとつが散ってしまったように。

4人の方向は二手に分かれ、ゆりの顔をみたマサカは思い出したかのように電話番号の羅列のうちひとつを破いたページに転記し、ゆりに渡した。

 

「あっちは、ふたりにしてあげて…で?浦済はなに?あたしになんかおごってくれんの?」

「うん?ああ。いいよ」

「なかなか気前のいいやつだな。高得点をつけてあげる」

マサカはゆりに手を振って、そして浦済とともに、そこをあとにする。

ゆりの目がだいぶ長い間こちらを伺っているけれど、マサカは気にしない。

 

 

 どこか行きたいところのリクエストはあるの、という浦済の質問にはマサカは「まかせる。期待してるから」と好意的に答える。

そしてマサカは、いつの間にこうなってしまったのか?と少しだけ疑問視し、けれどすぐに取るに足らないことだ、と気に留めない。浦済に手を握られていることは。

おかしいな。彼女は少し考える。

電車で3つ先の駅まで移動し、さして詳しくもない駅名の場所で降りて、誘導されるままに彼女は浦済についてゆく。日はだいぶ落ちて行き、夕焼けというべき明るすぎる18時を迎え、名前も聞いたこともないマイナーなファーストフード店で軽く食事をし、滞在時間30分程度。

おかしいな?何がおかしいんだっけ?

マサカは浦済の質問に答える。それは普段の会話で発生するような、中学時代の話だったり、家族構成とか、インドネシアでの生活の話、高校にあがってからの最近の話、あるいはTV番組で何が好きか、好みのタイプの芸能人は、など。

そういう話をやり過ごして、浦済はマサカに訊く。「どういうタイプの男が好み?」、マサカはすぐに。「お前みたいなのは、なかなかありだよ」。

 

 おかしいな。

 

 そして二人は手をつないだまま店を出て、彼女は少し、ゆりの別れ際の顔を、思い出す。

あの、表情はどうしてするものだったか…。

ゆりの驚いた表情として、あれは、想像には適していないと思う。自分が、浦済のような男にからみ、気を遣って矢敷とゆりをふたりきりにさせたということとは。その驚きでは、ない。

その驚きだったならば、ゆりはもっと喜びというか、ニヤついた、というかそういうものが混ざった顔をするのではないか、と。

そして隣の男はいつの間にか、いや。自分が近づいて行ったからか。肩を抱き寄せていて。随分と近い距離になってしまったからそれに怪訝そうな視線や好奇を向ける通行人らとすれ違って。

「お前、すごくいいよな…」

マサカはぼそりと、ぼんやりと、言う。

 

 だが。

違和感は、最初からあった。これは自分の性格とだいぶ異なるのだと。行動も、言葉も、意識も、何かがかけ離れている。自分のと。

そしてマサカはついにその結論、違和感の理由を理解し、それを文章化すると。

 

 自分は、1年以上かからないと、男を男として好きになれないはずなのだ、と。こんな早いはずが、ない。

 

 それに気づくと、マサカは本能的に、自分の右頬を、思い切り平手で打った。ぱあん!と。

 

 

 そして彼女はピンク色のシーツに横たわり、シャツを脱いで上半身のほとんどを露出させ、身動きを取ることが、できない。そこで目を覚ましたならば。

「ねえ、なにか飲む?」、と浦済は添え付けの冷蔵庫を探り、ちらちらとマサカに振り向く。

彼女はその状況を徐々に把握し、そして"洞"を作り出すのだが、できた孔は手首が入るくらいにしか大きくできず、揚げ句の果てには手首から先を満足に動かすことも、できない。

 

(ま…麻酔…!)

 

 そして彼女は理解する。D組の折笠君じゃない、かっこいい方の男子は御名術もちだよ、と。ゆりは、以前言っていたはずなのに。

麻酔の御名術。思考及び、肉体。それも、媚薬のような性質をもった。

 

「ジャワティー置いておくね、ハハ。インドネシアっぽいからいいよね、そうでしょ?」

浦済は当然のように制服のスカートの金具をはずし、ファスナーをおろし、そのまま引っ張って下げる。

いますぐこの顎を蹴り上げなくては、とマサカの必死の願いは身体をごくわずか、足を浮かせるだけにとどまって、彼女はそのまま、下着だけにされる。

 

「こいつはまずいな」

「ああ、大丈夫大丈夫。はじめてだよね。さっき言ってたし。でも全然痛くならないから。こういう細かいところまで、俺の御名術はね、配慮ができてるんだよ?」

叫ぼうとして、けれど呼吸音が漏れ出るだけになって。それ以前に、こういったラブホテルで叫ぼうが、そう助けは来ない。

 

マサカは最優先事項として、この部屋の構造把握と、この状態でできる最大限のサイズの"洞"をどこにつくるのかと、全裸にされた後どれほど時間の猶予をくれる男なのかと、そういう事を必死で考え、麻酔が切れるよう思い切り唇を、血がにじむほどに噛んだ。

おそらく少し前に唇は奪われたような記憶があるので、そのことだけは、もう諦める。




表現的にはR-15だけどメンタル的にはR-17.9くらいだろうかな。
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