それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
どうもこの麻酔に追加投与という要素はないようだ。身体は徐々に、ほんのわずかずつ、動きを取り戻せていく自覚はある。
しかし、きっとこの必死さは決して即時回復をもたらすものではなく、かなりの疲労を生じさせながらきっと1時間以上は費やさないと元通りの身軽さは期待できそうにない。
それでは時間が足りない。浦済はもう自らの着衣をすべて脱ぎ捨てようとしている。
ゆりの言い方を真似るならば。
この男に御名術で誘惑された、それはいい。麻酔と媚薬のような行使能力があり、唇を奪われた。悔しいがそれはいい。
だが、このシチュエーションだけは、ダメだ。相手は、自分を前後不覚の状態に陥れ、身体を好きなようにされるというのは。そしてきっとこれの被害者は自分だけではない。手口が慣れすぎている。
このような男は明日にでもA組・B組連合でぎったんぎったんにして、社会的にも殺してやるべきだ。それは非常に簡単だ。
だが、それはあくまで明日の話であって、今この場でこんな男にはじめてを奪われる、というのはかなり嫌だ。なんとかしなければ。なんとか。
そしてマサカは聞く。表皮から内臓までの感覚が鈍磨している。脈が異質で、気持ちが悪い。長い質問の文章を言い切るだけで、かなりの疲労が起こる。
「お前、その御名術を持ち出すつもりか…信じらんない。最悪だ。女をレイプすることだけに特化してる。ずっとこんなことやってきたのか…」
そして浦済はそれに臆することもなく、歯を見せた笑顔で。
「持ち出せなくてないよ。学年で一番の御名術使いになろうとなんか全然思わないさ。でもね」、その言葉に嘘は連結していなくて。「せっかくこういうことができるようになったんだから、3年しか楽しめない高校生活なんだから、1000人切りくらいやってみたいからさ」。
きわめて能天気で、物欲的で低知能。マサカは愕然とする。こんなものに、誘惑されたのか。自分のことを思い切りぶん殴ってやりたい。
こんなものを、下衆な性格を、普段は自分に観察眼があると自覚して、周囲の人の見る目の無さを指摘しているというのに、これを見抜けなかった自分が本当に腹立たしい。
「でも、これが、何人目かは、女の子に失礼だから言わないようにしているよ」
「…じゅうぶんに失礼だ、この野郎…」
マサカは深呼吸をして。そして胸に浦済の手が近づくと、時間稼ぎにまた興味もない質問をかける。
「まさか…生徒会の活動は、これが目的なのか」
「とんでもない!これはれっきとした、俺の趣味であって、これを誰か他の男に展開したりしない。女の子に失礼だし、俺の御名術は俺だけのものだから、矢敷とかにおこぼれをあげるつもりもないなあ」
それは時間稼ぎにはならなかった。浦済はマサカの形相に恐れを抱くこともない。ただ当然のように乳房を揉む。
「グッ」
気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。
「ほら、そんな嫌そうな顔しないの。歯医者とおんなじだよ。力は抜いていた方がいい。加納さん。マサカさん。マインドのほうを自力で解いたのは君がはじめてだよ。でもそのせいで、快感はもう約束してあげられそうにない。それは我慢してちょうだい」
マサカの身体が嫌悪感のみで寒気だつ。
さて、と浦済は覆いかぶさる準備をし。やはり変わらぬふざけた笑顔で、マサカの身体に影をつくる。
マサカは、そして虚空を見つめて目をゆっくりと閉じてゆき。
「ああ、もう心の準備できた?そうだと助かるんだよね、身体の大きな女は硬直してると扱いがすげえ難しくなるから」
浦済は小指をマサカのブラにかけ、弄ぶ。
「大事な質問だ浦済。…上と下どっちがいい」
「ハハ。今が上だけど。それとも変わる?俺はどっちでもうまくできるよ」
「いや。今決めた。やっぱ上にする。下とかむりだわ、冷静に考えたら」
すぐに。
浦済の視野の外で、マサカの右手首の半分が"洞"のなかへと消え、浦済の目の前に指が到達し、そのまま左目をえぐるように、眼窩に突き刺さる。
「うがああああぁ!!!」
彼は海老ぞって、後ろに倒れ込む。浦済の身体はマサカの肢体からたちまち離れ。
マサカは"洞"を消し、血のついた指をシーツで拭う。
「気っ持ち悪ぃ感触…でも、ケツの穴ほじくるよりは100倍ましだったな…だから上にするって言ったんだ」
ベッドから転げ落ちた浦済は片目を抑えてもだえている。が。それをしたからマサカが逃げられる、ということはない。これもまたただの時間稼ぎにすぎない。せめて起き上がる程度まで身体の麻酔が消えなければ、解決にならない。
こういうことを繰り返して、身を守りつつ麻酔が解けるのを待つ。そういう、悠長なことが続けられたらどんなに楽なことか。自分の身体に興味をなくしてくれたなら、なおよい。
マサカは両手首から先だけで身体を引きずって、身体の角度を90度ずらした。そのベッドの上にいるまま。
しかし浦済はあきらめない。彼女の身体を。
片目には激痛が走っていると思しいのだが、すぐに彼は血液のにじむ目の苦痛をものともせず、またマサカを抑え込んだ。そしてバッグから粘着テープを取り出し、手を開けないようぐるぐる巻きにする。ゆっくりと。
マサカは思う。今の目つぶしからすぐに立ち直るなんて。そうか。こいつは、自分にも麻酔を使ったんだ、と。
粘着テープの用途はまだまだ続く。彼女の両手首は頭の上でしばりあげられ、手のひらが開かないように固定される。下半身はぴくりとも動かない。
「そろそろ抵抗してもしょうがないってことをわかってくれたかな」
眼から血液がぽたりと落ちて。浦済はマサカのショーツに手をかける。
「なあ、本当にわからない。そこまでしてあたしとやりたい?目ん玉そんなんされて、お前明日の自分のこと考えてみないの?」
「もう、ここまでくると意地だよね。俺は物事を途中で投げたりしないんだ」
「クッソくだらねえ。征服かよ。猿と変わらない」
「猿でいいんだよ、猿で!男ってなそんなもんー」
だん!と。
そのとき。
この部屋のドアを叩く音が聞こえて。
「なん…?」
「ああ、来てくれた。本当やばかった。来てくれた…」
ドアを激しく立て続けに叩く音がして。
「誰だ!?」
「お前、あたしの友達のことちゃんとわかってないだろ。ただ、これはユッピだな。従士郎だったらとっくに扉をぶち破ってる」
「…」
「ユッピはあたしのファンクラブの1号だからさ。どうにかしてあたしの居場所を突き止めるくらい、できると思うよ。最近ニュースで流行りの言葉を使うなら、ストーカー。そんくらいあの子は凄い。あの子はね、あたしが書いた電話番号のメモを受け取ったんだ。これの意味がわかるか?お前に肩を触られて、マトモに字も書けなくってミミズがのたくったような電話番号のメモを、見てるわけだ。そして、お前の全身の帯がどんなふうになってるか、どんな風にあたしの身体に麻酔をかけたか、そんなこともあの子は見えてわかるわけだ。それの意味がわかるか?」
「…くだらない、だからどうした?この部屋は鍵がかかってる、ドアを叩かれ続けているくらいで中断できるというなら…」
「そうだね。アホな猿はドアを叩いたって勃起したまんまだよね。で、もしもあの子があきらめて、外に出て警察を呼ぶとかする方法にいっちゃったら、その間にあたしはやられちゃうよね」
「ハハ。わかってる。わかってるじゃないか。誰が来ようと、無駄なんだよ」
「お前、なんであたしが目つぶししたあと、身体の向きをこっちに変えたかわかってないのか?」、マサカのテープで固定された左腕は、そのドアの方向へとのばされていて。「お前があたしの左手をこっちに固定した時点でさ、入口においてある機械とあたしの左手の距離は8mを切ったんだぞ」。
は、と彼は理解できず。
浦済は知識がない。A組の生徒ならほぼ全員知っている。B組であっても一部には伝わっている。マサカの"洞"が届く距離は、8mあれば十分。まん丸にされた片手はすでに、ロック解除のための支払い入金機に、密やかに彼の財布から抜き取った一万円札を挿入している。
かちっ。
「なあっ!?」
間の抜けた男の悲鳴があがって。
そして蹴破るように扉は振動して内側に開き、ゆりが現れた。
どうやってここを探り当てたのか?それは、探偵のような聞き込みと、帯の残滓の追跡と、女子高校生的本能である。
どこから調達したのか。その手に木製バットを持って。
眼輪筋、咬筋、頬骨筋、側頭筋を痙攣させ、仁王の形相で、半裸のマサカとそのように脱がした男を、凝望する。
「コッワ」
マサカが正直に彼女を見て声に出す。こんな顔できる子だっけ、とばかりに。
その歩みは数歩で、ゆりはベッドに到達し、浦済の顔面へとスイングをする。バッティングセンターで耳にするような綺麗な音は聞こえない。ただ肉がつぶれる音がするだけ。
男の絶叫が上がった。それでもゆりは怒りに任せて殴打するのみ。2打。
「死ね!!死ね!!死ね!!」
3打、4打、5打。そこでゆりはバットを手から落とした。手汗で滑ったのだ。
しかし武器を拾おうとせず、そのままゆりは全身を突っ込ませて、ふらつく浦済に体当たりをし、振るうことも不慣れな拳で6打目。
マサカは気づく。「だめ!そいつを素手で触っちゃだめ!!」.
「うっく…」
そのマサカの忠告は遅い。体表の黄色い帯にそのまま麻酔効果があるとは、ゆりには看破できなかった。彼女は違和感としびれを受け、四肢のはたらきが鈍磨する。
ゆりの素早い動きは封じられる。それでも殴打のダメージが手痛く残る浦済はもう、マサカの身体はあきらめたか。しかし、ゆりの身動きをなくし、逃げおおせようとはしている。
しかしマサカの身体は少しずつ自由を取り戻している。次につくる"洞"は大きくできそうだ。
この浦済の御名術には、前述のとおり追加投与はない。同一の生物に再度麻酔をかけるには、最初の麻酔効果がゼロになってからまた触れる必要がある。すなわち、マサカの身体に触れたとしても、また完全に停止させることは、現状彼は、できない。そこが弱点。
「ユッピ!こいつぶち殺そう!」
「わかった!!」
ゆりはそして、千鳥足のようなステップで前のめりに倒れ込むように浦済へと激突。それらの身体は左右に大きくぶれ、そしてその挙動の結果、ふたりは埋め込み型の窓のそばに達して。
マサカは、やっと上半身を起こした。それで距離感は掴める。視野が広がったならば。
そして"洞"は浦済の背中あたりに1m程度の大きめの孔として発生し、それは窓の外に接続している。
「うっ、うわっ、あああああああ!!??」
そしてうろたえる彼を尻目に、「ねえユッピ、ここって何階だった?」、「2階だよ」。「なんだそうなんだ。意外と大したことないな、じゃあ死なないか」。
もう一度ゆりはその身を立ち上がらせ、ふらつくのをそのまま利用し、ばたん!と浦済にぶち当てる。それは頭突きになって。
「ユッピ!そいつと一緒に落ちないでね!」
「あ!大丈夫!いま!」、ゆりはマサカのほうを向いて。「落とした」。
"洞"は消え、その部屋から浦済の身体の一部も見えなくなり、少し待ってからなにか墜落音がして、するとふたりの身体の自由が、もどる。ゆりは叫ぶ、あいつの帯がわたしたちの身体から消えたと。
ふたりは浦済を落下させたところへ行き、窓の下をのぞき込む。
全裸の男は、驚くべきことにまだ動いている。マサカは、その麻酔の強力さに呻る。「そりゃああたしが身動き取れなくなるわけだ」と。
「あのバカ。マッパでどこに逃げる気だ、職務質問されんのはあいつなのに」
「あ、そのあたりは大丈夫だよマサカちゃん。もうひとり呼んであるの」
痛みを消して息を切らし、そのホテルの敷地から逃げようと画策する浦済の行く手をふさぐように、瞳の大きな、リーゼントの男が現れた。
浦済は見覚えのあるその男が何者なのか理解すると、そしてまた間抜けな声をあげ、「うああっ!?」、前髪をつかみあげられ、その男の凝視を見るに、至る。
彼の頭をつかんだ穂村の手はしびれ感覚がなくなるが、それは一瞬であって、全裸の男は昏倒し倒れた。
それで、この馬鹿げた男の立ち回りは全てが終わった。
穂村はゴミを見るような目で彼の裸身を一瞥し、そして足音を聞いて振り向くと、ふたりのクラスメイトが降りてきていて、片方は下着姿。
「マ、マサカちゃーーーーん!!せめてタオルを巻いて!!」
駆け足のマサカをゆりが追ってくる。
「お、おめえ、服着てから来やがれ!」
普段は一般的な女扱いをしていないが、下着姿で近くに立たれては穂村も大きく狼狽せざるを得ない。
マサカが谷間を寄せて。「いやいや景虎、お前ってさすがだよな。さすがだわ。だいたいお前が決め手になってるから。ほれ、そんなお前にサービスだ。今夜使ってもいいぞ」。
「マサカちゃーーーん!!ダメ!女の子がそんな軽々しくおかずを提供しちゃだめ!!」
「女の子がおかずとか言うんじゃない」
「見たかねえっ!見たかねえぞ!柴崎!こいつに服を着せろ!」
ゆりはマサカにバスタオルを巻き付け、ようやく穂村は目のやり場を取り戻した。
ゆりが腕時計に目をやればもう20時。近隣とはいうにはやや離れた場所の高校生3名がラブホテルの敷地内で雑談。さぞ、明日以降は学校に悪い噂が流れることだろう。だが仕方ない。不可抗力であって、こちらはきっぱりと被害者だ。
「さてと、このクソ野郎どうしてくれようか」
「校長先生につきだして、御名術を放棄させよう!」
「でもこいつ意外とタフだったんだよね。放棄するなんて言うかなあ。あんまもう見たくないんだけど、こないだみたく脅迫できるような写真でも撮って…」
「なに言ってやがる。俺がまた睨めば、こいつが校長に自発的に言うようにするなんて簡単なこったぜ」
「そっか!穂村君は応用の使い方があるからね!」
そう。穂村の2度目の凝視は人間をあやつれる。それは味方でいる限りは完璧な決着手段だ。
美有から正しい「勝ち」の方法が聞けたのはよかった。こういった、危険人物は早々に排除しなければ、以後の大きなノイズに様変わりするのは火を見るより明らかで。
マサカはため息をついて、「あーあ、ホントアホだね、こいつは。この力で医者を目指すとか言ったら、あたしはきっと…ダメだね。男は、性欲に勝てない?そういうもんなの?」、支離滅裂な質問を穂村に投げかける。
「まあ、あながち間違っちゃいねえけどよ。ヤリチンの気持ちは俺にはわからねえけどな」
「顔のいいやつってやばいんだな。あたしは今回本当に痛感したわ」
ゆりが何度も頷いて。マサカは彼女に、矢敷はどうしたのかと聞いたが彼女は答えない。
マサカは最後に、自分を助けに来てくれたふたりの手を両手にぎゅっと握って、「い、痛い…」、「痛ってえよ!さっさと離せ!」。いずれもが痛がるまで彼女は離さなかった。
※最終セクションの(7)に続く
女子高校生的本能を活用すれば友人が捕まっているいかがわしい場所を突き止めるなどきわめて容易なことです。それはもう確実に。よろしいですね。