それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
山屋は方針の輪郭でもできたならばそれはすぐに、彼はせっかちで突っ走りやすい性格だったので…、里江へとすぐに、電話をつないでみてくれと言った。
矢敷はまだ交渉の言葉もちゃんと出来上がってはいないが、熱っぽくなった山屋を止めようとはせず、ただそれを静観する。今の自分の頭の周り具合では、冷静で計算された指針を語る自信はない。
そしてその、自宅にかけた電話は相手の祖母を経由して、「レイジ!お友達から電話!」、おそらく終業式から帰ってすぐのその男につながった。
「雄一郎君。どうしたの」
「レイジ君、実は、結構重要な…お願いが、あるんだ、相談に乗って欲しいんだけど…」
里江も素早くて、それは。
期待をもって聞いている山屋とたまに目を合わせつつ、里江はその男に生徒会の要求…御名術もちとして生徒会に参画してほしい、そのような話題を。語って。
そしてやがて、里江の輝いていた表情が徐々に、不思議そうな表情…相手の反応が、良くも悪くもない、なんなのかわからない状態になったことに気付いたから。
里江は受話器を手でふさいで。そして山屋と矢敷に首を上げる。
「オイ、雄一郎?どうした?まさか、そいつ、嫌だって?」
「何て言ってるんだ?」
「変なこと言ってるなら、俺が変わってなんか言ってやるよ!なあ、何て言われたんだ?まだつながってんだよな?」
そして里江はにじんだ額の汗をぬぐって。
「いや、あの…」、スムースに、仲間の質問に返答ができない。「あのさ」。
その数秒前に、縋られた男―レイジは、里江にこう言って返した。
「それ、話し合うの2学期始まってからでもいいですか?」
と。
「なんだそいつ!?っ、ざけんなよ!」
「朗…少し、落ち着いて。さすがに聞こえるから」
里江は困惑を隠せない。自分たちの大事、ただちに行動したい話を、面倒だからあとで、と言われた。
「レ、レイジ君。僕たちね、かなり本気でこのプロジェクトやろうとしててね。下手したら明日にでもみんなで集まって打ち合わせしたいくらいなんだけど…」
その申し出に、電話の相手は。
「なんで夏休み入ったのに学校行かなきゃいけないんですか。俺、別に補講とかないですよ。夏休みはいろいろ予定あって、スケジュール考えてて。親と旅行行くのもあれば、
中学の友達と集まるのもあれば。そのほかもろもろ。いろいろしたいこと、やんなきゃいけないこといっぱいあって…」
それは年頃の高校生男子としては至極当然すぎる欲求と、理由で。
確かにそうなのだが、この交渉と行動は一刻を争うと考える生徒会メンバーにとって、それは想定を大きく下回って無気力で困る物言いであった。
逆に言うと、そこで相手を顧みられないから、この生徒会メンバーには思想的問題があるのだが…。
「争いごとに巻き込まれたくないから御名術を隠したいってお願いしたとき、すぐしてくれたじゃないか、どうか、また助けてほしいんだよ!」
「だって、生徒会役員のメンバー調整って、別に命の危険とか、怪我の心配とかと違うじゃないですか。なんで2学期になってからだといけないのか、そこがよくわからなくって」
時折、通訳あるいは合いの手のように里江は受話器をふさいで矢敷と山屋に、レイジの発言を伝える。
ならばこう言え、あるいはこう言ってみろ、など指図が飛び交い、だがけれど電話相手はまだのらりくらりと相談ごとをかわして。
そして、生徒会のプライドを刺激する一言を的確に放つ。
「あまりこういう言い方良くないですけど、今の生徒会メンバーなんて正直、女子の賛同得られないんだから、一新した方が、君たちの言うような、御名術もち入れるよりよくなりますよ」と。
そして里江は絶句する。
彼は続けて。「噂のヤリチンの事件のせいで、女子から相当白い目で見られてんだから。今、全校生徒が納得する生徒会長誰にするって言われたら、一番声が集まるのって、黄瀬詩津華さんじゃあないですか?きっと、ぜんぶうまくいきますよ。俺はそう思います。理由は、学校を立てた人たちの代表生徒ってことで。天里凛々守さんは、学校に来てないですから除外しますけど」。里江は、ぼーっと聞いている。
もう、内容を伝えることもしない。まともな反論が出てこないのだ。「黄瀬詩津華さんなら、先生たちにもそれなりに意見を通せると思いますし、あの人を嫌いなやつって聞いたことないし、君たちの望み通り、東棟の御名術もちのやつらと強いつながり、あるじゃないですか。声かけるなら、俺じゃなくてそちらですよね」。
そして申し訳程度に。
「そして、君たちはそれをサポートしていって、汚名返上すればいいんじゃないですかね」
今の生徒会メンバーにとっては非常に不愉快な回答を与えた。
美有が2階、普段殆どの生徒が使わないT字路の廊下を駆けていくと、またふと、距離感がおかしくなった間隔に襲われる。
今度はなにかと自分の距離が短縮されたような印象は、受けなかった。
ただ確実に問題だと思ったのは、自分の立っている場所が、閉め切られて何らかの話し合いの場が持たれている小会議室のような教室に近づかされているような…自らの意思になにか不純物が混ざったせいで、
そこに無意識に歩みを進めてしまったような。そんな感覚だった。
彼女はまず、校長の御名術を看破したいと思った。学校内の距離感を狂わせる?では、帯を活性化させる力はなぜ付随するのか?
その2つは同一人物の御名術の内容としてはだいぶ内容が違いすぎていると思う。
すると、今回現れた3人の他にも協力者はいるのか?
次に。恐らく記憶に何らかの影響を与えるであろうあの教師をこれから倒すこととなるだろうが、それで終わりか?
校長と戦う必要が出てくるのか?いや、この環境を打破するためには倒さなくてはならないのだが、それは今すべきなのか?
これは御名術の保持などとは毛色が違う問題。校長を倒したならば、ある一定のダメージを年長者に与え、それが学校側に広まるわけだが、もしも「暴力行為」としてここを都合いい形で退学にされてしまった場合、次にちゃんと通える高校は用意されるものなのか?
彼女はそう、自分の知識の外にある問題(とかく、これくらいの年齢は「高校は卒業しなくてもよい」…大検も受けられるし、社会で職に就ける…などという知識に、乏しく、正常な形で在学し卒業すること以外は恐ろしいまでの異端、と感じている)という邪念に少しめまいをおぼえた。
少し腰を据えて考えなくてはならない悩みであるが、同時に今から行われる争いと向き合う精神状態の基盤としては、かなり無駄である、とも彼女は気づいている。
自分は今は多角的な考え事をやめ、ただひとつ、自分の御名術の視認に影響を与えてきそうな教師をどうするか、と必死で考える。
要は、タイミングよく選択肢がでそうなタイミングですぐに自分のエクセルをひらいて、すぐ選択肢を選んで。
その作業さえ終われば、目つぶしを受けてももう問題とはならない。
しかし問題がひとつ、生じた。先ほど一瞬頭を触られ帯を流されたようだ。それが、問題だった。最悪なことだ。
その一瞬のために、あの、記憶を消す御名術をもった教師の顔を、忘れた。
この会議場に奴が紛れ込んでいたら、誰かわからない。この学校の教師の顔をすべて認知してはいないのだ、彼女は。
美有もこれには恐ろしさを感じざるを得なかった。
先祖の著書にはこうある。御名術を評価するには、まず行使力、そして自在性、精緻さ、副作用。これに加え「捕捉人数」とやらもあるそうだが、それは重要視されていないようだ。
まさかここに「速度」という新たな項目を加えざるを得ないとは。
奴は、かなり自分に恐怖をしているようだが、その御名術はだいぶ、慣れている。どういった訓練をしてきたのか。非人道的な実験練習でも繰り返したのか。
あの男がもしもわたしに対して恐れを抱いていなかったとしたら、わたしの記憶の大切なところはもうだいぶ消されているに違いない。
そう、彼女は思う。お互いがお互いに恐怖しているこの一進一退の境遇であるからこそ、まだ拮抗しているのではないかと。
美有はすぐ目の前の会議場を少し見やるに、机や椅子がガタガタと鳴りだす。複数人がそこから立ち上がる音が聞こえる。何か、行われていた会合がちょうど終わったのだろう。
がだん、ずぅ、そういう音を聞いて、そこから美有のクラスの担任が出てきて、彼女と視線があう。担任の白浜だった、「人形谷?なんで?なんでお前まだ帰ってない?」、そして美有の怪我を察し、すぐに血相を変えて。
「すぐに学校から帰れ」
「え、いや。そんな状況じゃないもん」
と、その彼女の声を聴いて、彼は1学期の美有の動向をよく知っており、かつ心配していたものであるから、恐らく今まさに他の御名術もちの生徒と決闘中なのだ、と「一部誤認」をした。
「いーーから帰れって言ってるんだ、お前ー!学期末までバチバチしてんの、やめろー!」
「わ、わかったよぉ、帰る、すぐもう帰るから!でも先生、お願いだからわたしの質問に答えて!」
その小さな混乱は注目を浴び、会合を終えた他の教師たちはH組のやりとりを一瞥し、そこから離れて行って。
「なんだよ、質問ってなんだよ」
「この教室の中に、つぎから、新しく来た先生3人の誰かって、いた?」
「いな―」
答えを聞き終わる前に。
たった一人、立ち去ろうとする教師たちにまぎれて、逆方向からゆっくりと向かってきた倉嶋が、「調整」、後ろから美有の頭に触れた。
「ぎっ…」
美有のこめかみに激痛が走った。身体はぐらついて、肉体の反射さえもが、鈍る。
彼女は膝をついて。
「あなたは!?」
美有の異変を見て、直ぐに前に出ようとした白浜の追求を止めるように、スーツを白い粉塵まみれにした倉嶋が現れ、美有の動きを一時停めると、今度は白浜のこめかみに指をあてた。
そこに強い抵抗が生まれ、倉嶋は振り払われ壁へとぶつかるが。
やはり彼にとってはそれだけで十分であって、同じように激痛を送り込まれた白浜が、身を震わせてよじらせる。
他の教師たちは振り返らない。
これは、何だ―!
美有の頭に染み込んだ痛みはたちまち消えてゆく。記憶を失わせるというよりは、余計なノイズを送り込まれ、その衝撃が痛みに転じた、という解釈が正しい。
「すみません、挨拶もちゃんとできていないのに。でもこれ、緊急事態なんです」
倉嶋は非人間的な言葉をかけて、うずくまって顔を上げた美有へと。
そしてまた奇妙な感覚をその場の全員が受け、3者の身体はなんの歩も進めることなく接近してしまう。また、校長が何かをしたのであろう。
倉嶋はその、自らによりかかろうとする白浜の身体を引っ張って、美有の側面へと押し込んだ。
「んぐっ!!」
床が振動する。白浜の身体は美有の下半身を下敷きにし、その額が床にこすれる。
美有の力ではそれをただちにどかすことは、できなくて。
「さすがにこんな石灰まみれの身体で他の先生と会議なんかできないだろう?君は、私の顔を忘れたことを気にしすぎて、逆の方に注意力が向かったんだよ」
そして倉嶋は動けない美有に近づいて。その両手を突き出す。
彼の両腕を美有は抑えようとするが、腕力の点において、やはりどうしようもない。今まで、まったく身体を鍛えるようなことをしてこなかった彼女であるから、すぐにその両腕は、中指と薬指は、こめかみについてしまう。
そして美有は。「この、距離をどうにかする御名術、校長の?それとも―」
倉嶋はそれに返答をする気がない。それは時間稼ぎであると把握したので。美有の御名術の使用方法と、反抗心を消し去るため、40cmほどまで顔を接近させた。美有の手元はエクセルを発現させていない。何も、問題はない。
「いや…違う。きっとこれは、『校舎のもっている御名術』。校長は、それを利用しているだけ…」
倉嶋はその無益な洞察力に、ほんの1秒だけ表情を固まらせてしまい。
こめかみに指をつけた瞬間、美有の不意打ちを許す。
再度言うならば、美有と倉嶋の頭の感覚はそのとき30cm以内であって。下半身に重しを乗せられた美有はその頭を思い切り前方向に向かってぶんと振り。
こめかみに当たる指のごく弱い拘束をすり抜けて、その頭は倉嶋の顔面に頭突きとしてしたたか重く、突き刺さった。
美有はうんざりする。ああ、数える間もなくわたしはこいつの鼻血を浴びてしまうぞと。
そして、頭頂部から額にかけて彼女に痛みが広がってゆくと、相手はのけぞって、ふらついて後ろに倒れ込もうとする。
ああ、もうこれエクセルいらないわ。
彼女は。ワイシャツの前を力づくで左右にむしるよう引っ張って、その行為で胸元のボタンは2つはじけて、薄い胸と下着をあらわにした、自ら。
すう、と息を吸い込んで、極めてわざとらしい悲鳴を上げた。その階層のできるだけ広い個所に、聞こえるように。
「なっ」
頭突きを喰らい、倒れた男は息を漏らし、その美有の行動をすぐに理解できない。
けれど。
白浜はぱちりと目を開け、未だ痛みがにじんでいる中、自分の生徒の姿を見て、混乱する。
「に、に、に!?人形谷…!?」
美有はすでに、目元をばちりと叩いている。演技力には涙が必要だ。
そして泣きわめくように。
「あの人が、白浜先生を後ろから殴って、わたしを裸にしようとしました!!」
と。
彼女には演技力などなくて、嘘泣きさえ今までの人生でしたことはなかったから、それは冷静な視点で見れば「なにか違和感があるぞ」と気づけそうなものであったけれど。
幸いなるかな、そこを客観的に見やることのできる教師はいなくて、今説明をするならば、この白浜という教師は数学教師であり、同時に熱血漢であり、体育教師たちとも親交が深い、思考の向きが浅薄な直情に寄っている者であった。余程、A組の担任の大曾根の方が沈着冷静だ。
つまり、これは言ったもの勝ちなのだ。
「はあ…これでほとんど勝った」
美有は安堵した。
「どういうことか、説明をしてもらいましょうか?」と、白浜が問答をはかる前に、彼は頭痛を振り払って、倉嶋にすでに詰め寄って襟首をつかんでいた。
そして、やかましい叫びやら、怒号やらが飛び交い、もはや会話ではなくなる。
言葉と言葉の隙間で、美有が「誤解を解いてほしければお前は御名術を放棄しろ」とつぶやいて、倉嶋が「ふざけるな!罠だ!」と返したときには白浜は彼の頬を思い切り張っていた。もうしばらく、美有の危険は生じないだろう。
そして。
◇優先目的 ◇状況改善効果 ◇危険度
1 今すぐ職員室に駆け込む★★★ 13%
2 学校の外に飛び出す ★★★★★ 31%おすすめ!
3 110番をする ★★★ 20%
4 成り行きを見守る ★★ 3%
やがて他の教師たちも戻ってきて、その光景に絶句したり、追求の叫びが上がったりする中、美有の知らない女教師がはだけた胸に服をかけて、けれど美有は悩んだのちに選択肢を決めた。
「2番」
「誤解なんです!彼女と話をさせてください!」
「まだそんなことを言っているのか!」
「校長先生を呼びましょう!」
「きさま、いい加減にしろ!」
美有は少し諦めて。
「まったく冗談じゃないよ。この貧相な身体で外に出ろってか」
この着衣で外に出るのが恥ずかしければ、オートを推奨しますけど?
◇マニュアル◇ ◇ オート ◇
「なんだその口の利き方。うるさい。結局見られるんだからマニュアルでいい」
やけに砕けた脳内から指示に悪態をついた。事態が上向きになったから、演算装置がハイになっているのかもしれない。
受け取った、肌を隠すための上着を投げ捨て、パニックになった現場から密かに走り出して、1階に降り、靴も履き替えずに下駄箱を通り抜け、誰にも止められることなく校門より外に出た。
最初に出くわしたのは、騒ぎを大きくしてくれそうな、中年の女3人組であって、すぐに美有のことを気にかけてくれた。
「助けてください、先生に襲われたんです!」と美有はまた、わざとらしく泣きわめいて。
「何ですって!?あ、あなた!いけないわ、松田さん、おまわりさん呼ばなくちゃ!」
「わかったわ、ええと、ここは、明開晴訓高校…!」
その女たちはだいぶ親身で、次に男の通行人がやってくるまでに、新しく肌を隠すための上着を借りることができたし、注目を浴びないよう適宜、「見るな!」と声を荒げてくれた。
中年女のひとりはそれは事態を曲解し騒ぎ立ててくれて、すぐにパトカーどころか救急車、消防車までがやってきて、どんどん野次馬が増えて行って。
囲いをかきわけて美有の正面に入ってきた諒太は、「あけてください!俺の彼女なんです!」と叫び、美有にとってそれが最大の羞恥となった。
「ハァ…だァーから、なに勘違いしてんの。あんたなんか彼氏じゃない」
「そんなこと言わないでくれよぉ~…」
「頭大丈夫?」
「ぜんぜん平気だぜ!」
「あっそう。わかったわかった。絶対にわたしの肌、見るなよ」
美有は主に警察を相手とする事情聴収のシミュレーションを頭の中で構築しはじめる。諒太や、通報してくれた中年女たちの気づかいの言葉は横に聞き流して、うわの空(また、この態度が、襲われて呆然自失となった少女を演出できてよかった)。
「はぁ。身体、鍛えよっかなあ…」
今後の仮想敵のことを思うと、短期決戦でカタがつかない場合、持続力で負ける可能性が高い。彼女はそう感じる。そして、身体ってどうやって鍛えるんだろう…と、エクセルを開くがあまりに選択肢が地味で地道だったので択ばず消した。
この戦いは2度の保護者説明会が必要となる程度のニュースとして広がり、初回の後1名の教師がすぐに免職に追い込まれたが、一部の御名術もちの生徒はうすうす気づいて語らない。限りなく事故に近い、冤罪であると。
※最終セクション終了。 三日月の黒い夢(1)に続く
世にあまねく女性の関わる暴行冤罪の一部はこのように超能力者どうしの争いの結果の末に生まれたものなのかもしれませんね(しらじらしい目)。