それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
(1-2)
教室にもどり、明日からの学校生活の説明を、大曾根先生がゆっくりと説明する。
時間割の説明は、中学よりも複雑で長いのだな、という印象を受け。
教科書等はどうやらこれからどんどん増えていく、と。なお、教室に置きっぱなしは禁止。これは早くも先のことを予期し、少しうんざりした。
けれど、困ったことはすぐに先生に相談をしてくれれば必ず納得のいくまで説明し、解決に至らせると約束をしてくれたし、友人どうしの協調は大事にしていきたいし、トラブルが発生したらクラス全体でそれをなくしていこう、と先生は丁寧に語る。
もちろんその前提としては校則は守ってほしいし、子供ではない、一個の高校生という大人としての自覚をもって歩んでほしい、そう言われた。
わたし達は、緊張から解かれる。(まだわからないが)かなり当たりの担任をひいたのでは、というよろしくない気持ちも、あった。
「そんなところかな。なんか質問あったら、ある人」
先生は挙手を促す。
「スンマセン」。あ、彼は。
「君は、穂村だな。一発で覚えた」。先生は、あの、きらめいて見える(わたしは)、応援団だった彼が手を挙げるのを見て、すぐに指した。
そして、彼はわたし達があえて避けていた話題に。触れる。
「御名術。御名術、でしたっけ。それ…」、彼は真っすぐを見ている。はっきりと人の目を見て、ものを言う。それが、わたしが彼に思った補足的な印象だ。
「校長せんせ、言ったじゃないっすか。俺らのなかで優れたひとりだけが、卒業したら、超能力持ち出せるって?」
先生はにこやかな顔をやめ、「ああ、そうだ」と。
「優れたひとりって、どうやって決めるんすか?俺は、こういうの優れてる、そうじゃない、を決めるっつうと、競争したり勝負したりしなきゃなんねえって考えてるんですけど?でもそれって、御名術を持ったやつら同士は、学校で競い合っていいってことですか?」
彼は、鋭い視線のまま、言った。そしてこういう発言をするということは、教室の大体は察しがよく、すぐに気づく。残りも、もう10分以内に、気づく。すなわち。
「そういう者同士の競争や勝負は、認めている。学校は」
先生はすぐに返答した。
「じゃあ、学校でケンカになってもいいってことっすか?」
彼は、だいぶ頭が切れるのでは。そう思った。見た目で判断してはならない。そして、このやりとりにて、教室の空気は停止したかのようだった。
「御名術を所持しない生徒を巻き込むことは、極力しないでほしい。そして、教師を巻き込むのもNGだ。だが、必ず競争は発生すると、思う。それを禁止はできない。優れた1名を決めるという事はそういう事だ」
「なるほど。じゃあ学校での、そういう連中どうしのケンカを認めていると」
彼は、鋭い視線のまま、つづけて言った。そしてこういう発言をするということは、彼は―。
教室の誰もが気づく。わたしは、先だって、彼が選ばれた1/10であることを、知っている。
彼は、薄いレモン色に、きらめいている。
「わかった、先生。まだ聞きたいことはあんすけどね。まずこれでいいっす」
びくり。先生の全身が、一瞬けいれんを起こして。
目の焦点が明らかに泳いで、そのまま教壇に突っ伏した。
教室はどよめいた。数人が、先生のもとへ。
彼―、穂村君は、立ち上がる。そして、教室をぐるりと見回し、口の端をすこし釣って笑った。
両手を広げて。
「俺は校長の言ってたこと、ワケがわからなかった。黙ってろ、早く式、終われ。みんなもそうじゃない?でもな、少し自分の身体のなんかにおかしなことがあると、答え合わせができたようにさ…なんか、わかんだよ」
彼の視線は鋭い。なにもないところは見ない。絶対にここで教室の全員の目をしっかり見る、そうとでも言いたげな鋭さと強さだった。
「ちょっと君、待ってくれよ」。そう言って、彼に視線が釘付けだったわたしの後ろで立ち上がったのは、その時点で、一番言葉を交わした、笹尾君だ。
「あんた、超能力もってる人?」、穂村君は彼に。
「ちょっと!ちょっと。俺の質問に答えてくれ。穂村君っつったっけ?今、先生になにをしたんだ!?」
彼の正義感というか、使命感をわたしは。「(かっこいいし、勇敢だけれど、)それは、いけない」。思わずふと言ってしまうほどに、危険性を感じた。
そしてわたしが振り向いてすぐに。笹尾君は、先生と同じように、びくっと身体をよじらせて、白目をむいて、だんと机に身体を落とす。額を打って。
教室に悲鳴があがる。
「うるせえなあ。ン。これくらい見りゃ、十分なのか。なんか個人差ありそうだなあ」
穂村君は教室の後ろに顔を向ける。そして、目が合った女子生徒が、同じように、倒れる。ひときわ大きな悲鳴をあげた彼女を、黙らせたのだ。
そして彼は口元に指を持って行き、しーっと教室を静まらせようとし、そしてそれはうまくいかないと理解したのち、声を張り上げた。
「この教室で!超能力もってるやつ、立て!何人いる!?関係ない奴は静かにしてろ!」
それほどの大きな声ならば、隣のB組に聞こえるのではないかと異変に困惑した数人は思った。
廊下をふと歩いていた誰かに聞こえるのではと。この、異常事態を誰かが止めに入るのではないかと。
が、それは最後まで、なかった(これの理由はのちほど語る)。
彼は、わたしたちを恫喝している。教室を不自然な現象で脅かし、威圧している。彼の特異な見た目も、それに一役買った。少なくとも、人を怖がらせることに一日の長がある、そうわたしは感じた。
頭を打って机に倒れた笹尾君を気にかけ、流血などはないか確認をした。身体を揺すったりと。クラスで初めて会話をした男子だ、放って置けない。何が起きたのかわからないけれど、意識がなくなっているとしたら、まずい。保健室の場所は知らないけれど、それかそういう場所があるならばすぐに連れていくべきでは?
「ちょ、おい!俺は超能力ってるやつ立てって言ってんだぜ!びびってんじゃねえ!なあ、そこの女さあ、何やってんだ!?」
わたしを指さす。こういうときにすぐに捕まる。どうしてこう、わたしの一挙一動は目立つのか。
「だ、だって頭打ったんだもの、いま。頭だよ、なんかあったらどうすんの」
わたしはどもりながら彼に答える。そして目が合う。怖い。彼は怖い。すぐに目をそらす。そして、この動作は功を奏していた。
彼は視線をすぐにそらしたわたしに不満気だったのか。それとも…いや。そうではない。誤解を、された。
「どうして俺の目を見るのをやめた?おまえ、『わかってる』な!?」
「い、い、意味わかんない」
「俺の視線がやべえってこと、そんなすぐわかるわけねえよなあ!おまえ、超能力もってんだろ!」
「ち、ちがうよお!」
教室のわたしと彼以外の誰もが、声も出せないような異常事態。目の前で行われている恐喝を囲んでみている野次馬のようだった。自分はかかわりたくないと。私は助けてもらえない。すなわち。
「俺はな、嘘つく奴でぇっ嫌ぇなんだよ、ああ!」
「だ、だからだから勘違いだって…わたしは、超能力とか、もってない、ほんと」
「俺を騙してねえだろうな!」
「騙してないよ…」。わたしは泣きそうになりながら、言葉を、返す。「黄色く光ってる人、ほかにもいるじゃん…」。
彼は大きな目を見開いた。
え。と、教室の数か所から声が上がる。静まっていた教室は、また少し前のように、ざわめきが起こる。
わたしは、その反応をみて、それでもすぐには気づけず、次の彼のわたしへの質問の途中で、ようやくわたし自身の暴走を、理解した。
「おまえ、校長が言ってた、黄色いやつ、見えんの?俺には見えねえのに」
あ。
わたしはここで、気づく。超能力者≠黄色い粒子が見える。
すぐ近くにいる、厚化粧の生徒が、びくりとした。それは、穂村君には見とがめられなくて。
「わかった。じゃあ、お前は超能力者でなくっていい。おまえ、超能力者を指させ。黄色いやつを」
ウッソでしょ。
「…俺はバカだし運動音痴だからな。わかってんだよ。勉強で目立つこともスポーツで目立つこともできねえって。で、あれか。腕っぷしがいくら強くってもよ。そこでぶっ倒れてる先生みてえな、いかちい奴にゃかなわねえ。ぶん殴られて負けて、最悪停学だぁ。でも、それ以外で目立つ方法が、なんかあればって…。親にも心配されてっけどさあ。なにもねえからさ」
まだ顔も名前も一致しない、これから友達になるひとを、売れと。おかしい。できない。
「だが超能力があれば目立つ。俺の何かに、方向っつーもんが決まる。でも、ほっときゃ卒業したら、これ、終わりなんだろ?嫌だろ、3年しか目立てねえって…」。
彼は。一種の決意表明のように、言葉足らずだが語る。一語一句、説得力をこめて。「俺は、これを持ち出すって決めた。だから全員に勝つ。叩きのめしてでも。まず、A組からよ。さ、指さしてくれよ。俺の味方しろよ、悪くねえよな?」
コンプレックスを感じた。きっと、これをそれなりの人数の前で語るには、恥を捨て勇気をもっていなければならないとも思う。
だが、暴力的だ。すでに3人が倒れてしまっている。これは脅しである。そして、黄色く光る、あとふたりを差し出さないといけない?
いくらわたしでも。ずれていても、それは受け入れられない。
「指させって言ってんだ早く指させーーーーー!!!」
怒号。この声は穂村君の声ではない。全員が教壇を向いた。
その、先ほど倒れた彼は白目をむいたまま起き上がり、尋常ならざるゆがんだ表情と、ぐるりぐるりと回る眼、そして口から泡を吹きながら、という異常性をもってわたしのほうへやってきた。
暴力とともに。
先生は教壇を横に転がし倒し、すぐにわたしのほうまで到達し、リボンをつかんだ。
そして、強い平手を打とうと、右腕を振りかぶる。わたしは悲鳴をあげる。
凝視を通じて人間の意識を失わせる。そして、ひとりだけ、好きなように動かす。あやつる。
そんな御名術だった。彼、穂村景虎という超能力者のそれは。
なんていうことだ!入学初日なのに。星占いをハシゴしたのに!期待で胸がいっぱいなのに!どうして、わたしはこんな目に遭ってしまうの?
「…」
わたしは目をつむって、いずれ来る暴力におびえながら。
「…」
暴力は、こない。
低い、落ち着いた声がした。「お前、最悪だな。先生を巻き込むのはNGだって、自分で聞いてたじゃないか」。それは、女子の声で。
「なんだ、おめえ」
「超能力者だ。バカタレが」
わたしは恐る恐る目を開く。振り上げられた腕は、ひとりの女子が関節を逆方向に回すように、押さえつけている。わたしに届かないように。
白目をむいた先生は、不可動方向にまわされた腕の激痛に苦しんでいるのか。わたしという対象物を、見失った。
彼女は髪がぼさぼさで、背が高くて、肌が焼けていて。その顔は、とても男性的な雰囲気をもっている。男のような顔、ということではない。
格好良さ。それはたおやかさと弱々しさを省いた女性性で、そして、険しくもやさしい貌。薄く、黄色く、輝いている。
彼女は前後不覚な先生を横倒しにし、そして手を少しだけ放し、おびえるわたしの左手をぎゅっと握って、すぐに暴れようとする先生の腕を抑えにもどる。
「おまえ、インドネシアの」、穂村君は彼女を名前で呼ばなかった。おそらく忘れたので。
「悪いか、リーゼント」、彼女も穂村君を名前で呼ばなかった。おそらく覚えてないから。
「リーゼント。あんたさ、その超能力、持ち出して将来何に使うのか教えてよ。悪いことにしか使わないように見えるんだけど、あたしは。それが、将来自分以外の誰かのためになるってんならさ、あたしにその、どうすんのか。どうやってやんのか、教えてよ」
彼女は子供に言い聞かせるように、言った。パニックになっていたわたしだが、おお、とその彼女の言葉に心を動かされ、共感したいと、そう思えた。
「これから考えることもあんだろうが!」
彼はまごつき、そう叫んだ。そして、彼女をその大きな目で凝視した。
「おっと!あんたの目、見ちゃいけないんだよね。ねえ、そうだよね?」
彼女はわたしに尋ね、わたしははいと言う。
先生はじたばた、うめいている。そして怒りを表層に噴出させた穂村君は、わたしと彼女のほうへやってくる。それはまずいのでは。彼女は両腕を、先生を抑えつけることに使っている。
彼女は身体が大きく先生の腕をねじりふせる程の力はあるようだけど、二人がかりとなってしまってはまずいのではと。片方を、わたしがどうにかするのは困難だろう。まわりを期待するのもだめだ。ついていけていないか、怯え切っている。
「ど、どうしよう!」、私は彼女に叫ぶ。
「うん、大丈夫だよ」
穂村君の顔先に"