それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
彼女は完全に、相手の出足をくじいた。
わたしには具体的に何が起きたのかわからないけれど。
だけれど、確実なことは、その"
「うわあああ!!離せ!きさま、穂村の言うことを聞けーー!!」
正気を失った先生の腕をねじり上げつつも、彼女は5メートル程度先のあやつり主に攻撃を加えた。これが、穂村君に放った攻撃というものが、投擲物だったなら話は簡単だし、納得がいく。けれどこれは投擲でもなんでもなく、彼女の足が物理法則を無視してそのまま届いてしまったのだから、驚くしかないのだ。
「先生、すいません。こんなことしたくないんすよ。だからさ、目を覚ましてくれません?」
彼女は確かに女性にしては大柄だが、それでもより大きな体の先生を拘束することが難儀になってきたようで。声はまだ落ち着いているが、表情は渋くなってきている。
どうにか、せめて何か手伝わなくては。私は足りない頭を振り絞り、「な、な、なんかで、縛ろうか?ひもとか、テープとか!」。提案する。
「どうにかするのが先生だけならそれでいいんだけどね」
顎を抑えつつ、うよろめいた態勢を立て直そうとする穂村君の次の行動に悩んでいるのか、彼女は。
「てめ…」
超能力者は憤っている。ありえない場所と距離から蹴りを受けたのだ。動揺もまじえつつ、激昂している。
かっと眼を大きく開く。そして、その凝視に誘われるように、先生がその焦点の目的地に入る。
先生は追加の凝視という超能力を浴び、そして馬鹿力で腕を振り回す。関節を逆方向にひねられているのに、力づくで、激痛をものともせず、彼女の身体ごと振り払った。
片方の腕がわたしの背中に衝突し、わたしはなぎ倒されて。
「くっそ、ダメだこりゃ。本当に申し訳ないけどさ、先生からやんないと」
わたしは床に転がされた。けれど、いい。興奮してしまったからか、そこまで痛くない。だから、次の彼女のいう事を、遂行することができた。
「痛いよね!ごめんね!でもどうか、10秒だけ、先生の足をそこにとどめて!」
わかった。
わたしは自分の身体に無茶をさせ、床に這いつくばったまま、先生の両足首に、しがみつく。
先生は大声をあげる。まったく、どうして隣のクラスの誰かは来てくれないのか。おかしいだろう。そして、正気でない先生がわたしの頭に大きな手のひらで爪を立てる前に。
彼女は、駆けた。後方へと。教室の後ろへと。瞬間、逃げるのかとも思った。けれど。
教室の後ろの空間に、大きな"洞"が顕れる。彼女はそこに飛び込むから、掲示板のある壁にぶつかることはなく。
彼女は全身をその"洞"に飛び込ませ、その次の瞬間には、へばりついたわたしを引きはがそうとする先生の左側面に、"洞"が生まれ、まずひざが見え、彼女の半身が飛び出たときには、先生の顔面に彼女の膝蹴りが突き刺さっていた。
わたしの左隣の男子3人には悪いことをしたが、わたしが足を押さえたため先生が倒れた角度はその3人を巻き添えにするように。
そして、彼女はそのまま勢いにまかせ先生の顔面をつかみ、押し倒す。床に後頭部を叩き付ける。
動きを、止めることができた。さすがにそれで生じるだろう怪我の心配はすべきなのだろうが。
「ま、まさか…!」
ふと見た穂村君は、唇を震わせて。
「ま・さ・か?」。この場の誰よりも体格が大きいとおぼしき先生を、2撃で鎮圧した彼女は、息を切らせながら、穂村君を指さした。「あたしの名前を呼んだぃ?」
そうだ。彼女の名前は、加納
「てめ…く、クソ。ワープ?できやがんのか!?」
そうか、そういう事か。わたしはようやく理解した。
「Ya!」
彼女は白い歯を見せて、笑う。や、と聞こえたが、否定の意味ではなく、インドネシア語で「はい」だと、このあと聞いた。
そして彼女は畳みかける。目の前に今度は小さな"洞"を生み、そこに振りかぶった右腕を差し込み。
それと同時に穂村君の目の前に開いた穴から彼女の右腕が顕れる。彼は、拳を顔面に受ける。
そして今度は左腕。その拳は、彼の左のこめかみを穿つ。正面で向き合っているのに、
予測できないスピードと、すべてが不意打ちとなる角度から彼女の拳が飛んでくる。穂村君は、それをとらえられない。
わたしは昂る。先生の動きを止めてからは彼女の独壇場だった。御名術。すなわち超能力。なんともわかりやすい超能力だった。
穂村君の御名術はその結果こそ驚くべきことだが、工程は派手さのない催眠術のように感じる。反して、彼女の御名術は、目に見えて超常現象だった。オカルトで、ファンタジックだ。
そして、混乱ぎみに次の彼女の攻撃を阻止しようと彼はもがくように大きく身じろぎをした。
彼女は、また歯を出して笑い、次の瞬間、穂村君の目の前に"洞"が出現する。…が?彼女の手や足が、出ない?
「あっ!?」、わたしは叫ぶ。穂村君はその"洞"に逆に自らの左拳を思い切り差し入れ、遅れてできた彼女の目の前の"洞"から素早い拳がやってきた。反撃に利用された!?「あぶなァーーーーーい!!!」
が、それは案だった。彼女の。わたしが叫び終わると、彼女はその距離を無視して飛び出してきた穂村君の左腕を両腕でキャッチし、少し前の先生のように、ねじり上げ始めた。
「リーゼント。あんた、見た目のわりに頭いいから、逆にこういうのに引っかかるんじゃないかって、あたしは思ったよ」
「うぬ、おおおおお!!」彼が痛みに叫ぶ。意趣返しを狙って、彼女の"洞"を利用しようと瞬時に考えたのだろう。けれど、それは彼女の掌の上で。
ああ!だから、"洞"は彼のほうから先に生み出されたのだ!
「わーーー!!すごいすごい!!」
わたしは、馬鹿みたいに歓喜してしまう。他の生徒たちのように、唖然としても良かった。だが、わたしには彼女が格好良すぎて、称賛をせざるを得なかった。
目の前に大好きな芸能人が現れ握手とサインをもらえたとしても、わたしはきっと、ここまで馬鹿みたいに騒ぎはしないだろう。感動をしている。いままでにない。
歯を食いしばりながら。彼はこちらを睨む。けれどもう工程はわかっている。わたしは目を合わせない。彼女も、腕に集中し挑発を重ねていても、彼の凝視からは完全に顔を背けている。
「はぁ、はぁ。こっち来んなよお。来たらな、折ってやるからな」
彼女は息を切らせている。"洞"を生み出すことにそれなりの身体負荷があるのか。当然か。とはいえ、すでにケンカのアドバンテージはとっている。
けれど。
違ったのだ。これは、わたしたちの意識を失わせようとするための凝視では、なかった。そう、彼は見た目に反して、ずっと賢い考え方をしていた。
彼女は、穂村君の腕を離してしまう。呼吸が絞り出される喉の奥からの嫌な声がする。
わたしは、先ほど倒れ伏した隣の席の笹尾君が起き上がり、彼女の首を絞めはじめていることに、うるさいほどの悲鳴をあげる。