それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
(1-3)
ここで、深刻な統制問題をひとつリマインドしておく。
わたしは、家に帰ったのち、お母さんに校長先生の2度目の「異端な話」についてもちかけようとした。どう思っているのか、と。
しかし、それができなかった。口から出てこないのだ。
もう少し高校生活の時を経ていくと、御名術という概念の持ち出し、について自分なりにまとまっていったのだが、
このときのわたしにはわからなかった。これは大問題なのでは、と思った。精神を操作されているのではと。
家族はみな、初日はどうだったのか、雰囲気は?実感は?とかいろいろ聞いてくる。しかし、入学式の場にいたお母さんが、校長先生の話など聞いてもいないかのように
「きれいな学校だった」「ゆりは、ド緊張していた」「教師陣しか校歌が歌えなかったのはよくないよねえ」などとどうでもよいことしか口を出さないというのが理解できない。
そして、お母さんと二人きりになったとき、お互いに何か重要なことを言わなければ、と視線が交錯した。なのに、お互いに、言いたいことが言えない。
これは、統制はわたしだけではない。お母さんにも働いている。そう確信した。<そして、後日それが事実であるとはっきりした―>
ただ、わたしはこれを何度でも思うのだが。
超能力というものがある。それはいい。それをわたしたちの1/10が身につけた。まだそれはいい。
「それが、人を傷つけたり、迷惑を被らせたりする可能性を秘めるなら、そんなものの押し付けは、とんでもなく邪魔っ気だよね」
わたしは自分のベッドに横向きに寝ながら、悪態をついた。誰にも聞こえないならば、声に出せるようだ。
なにしろ、入学式のすぐあとのホームルームで、あんなことがあったのだから。それは、自分に付着した状況に悪態もつきたくなる。
わたしは打ち身を隠している。ふと意識すると、痛みがある。何度床に転げたか、今日は。
素敵な出会いがあったことはあった。
騒動を巻き起こした彼には思うところがある。怪我をした人は大丈夫だったか。わたしは―眠る。
4月8日。
きのうはなんとなく冷たいなと感じたクラスの雰囲気も、今日はなにかやさしいと感じた。ちゃんと寝れた?怪我なかった?あたたかい心配をもらい、少し照れて、わたしは。
マサカちゃんは机に座ったまま、4人の女子に囲まれて、何かしゃべっている。何かマサカちゃんが言うと、周りは大きく笑顔で笑う。
あまり聞こえないがインドネシアでの生活はどうだったか、のようなことを話していると思う。
「あ、ゆりちゃん、おはよ」
彼女は手を振る。
「マサカちゃん、身体は?病院行った?」
「行ってないよ。ゴリラは打たれ強い」
また、周りが笑う。彼女は精悍に、白い歯を見せてにこやかに。
「スカート、青いのにしたんだね」
「Ya。昨日ので破れちゃったから」
かばんを下ろしてゆっくり腰かけると、ちょうど教室に入ってきた笹尾君を見つけ、ああ、と思う。指に包帯を巻いている。
彼はわたしの隣まできて、おはようと言うと、「なんともねえんだ?」とわたしに聞く。
わたしは、「わ、わたしは、だいじょう、ぶ、うん。笹尾君、それ…ごめん」、どもる。
「なんで柴崎さんが謝んの」
「ええと、そうだけど、だって―」
ぐいという擬音を感じるほど、マサカちゃんは力強く現れ、わたしと彼の真ん中に立ち、深々と頭を下げる。
「すいませんマジですいません。キミの指噛んで、キンタマぶん殴ったのあたしなんすよ。どうか許してください」
「マ、マ、マサカちゃん!!ダメだよーーー!?女の子がどストレートに朝っぱらから言ったら!そんな放送禁止ワード!」
彼は困惑し、「お、おう」と少し引きつって。
さすがだ。言葉にさえ躊躇しない。けれど、これはわたしが矯正してあげたほうがよさそうだ。
「…るっ、さいな…静かにしてよ」
そして、わたしの後ろで机に突っ伏していた化粧の濃い彼女は、にらみつけるような人相でわたしたちを。
「きのう、ちゃんと寝てないんだから」
わたしたちが少し言葉を失うと、マサカちゃんは首を掻いて、鋭く言った。
「寝不足なのはそっちの都合だろ。きのうはいろいろやっちゃったんだから、謝るくらいさせてよ」
けれど、新堂さんも言い返すタイプで。
「その、わちゃわちゃやってんの、もう少し静かにできないかって。しゃべんなって言ってんじゃ、ない」
「だからあんたが寝不足なのいま知ったんだからしょうがないだろ」
「そんなら、もうあたしに話かけないで。小さい声でやるかどっか行ってやって」
「なにぃ?」、憤る。
折り合いがつかない、と思った。お互いに気が強そうだが、タイプが違う。笹尾君は気を利かせ、「廊下行く?」と言うが、マサカちゃんの望みはそうではない。
昨日のことも思い返してみるが、どうも新堂さんは、跳ね除ける雰囲気、がある。
ホームルームの騒動が終わったあとも、彼女は教室の後ろにひとりでぽつんとしゃがんでいて、誰の会話にも加わろうとしなかった。そう、そしてかばんを肩に下げていた。
彼女は、先生が穂村君といなくなると真っ先に教室から消えた。なにもかもを避けるように。
「あんた、御名術もってるらしいな」
「―は?」
あ。向きをそちらに、向けるのか。
「ゆりちゃんから聞いてんだよ、御名術もってるやつの黄色い光、あんたも出してんだろ。なんであんとき助けようともしなかった。あたしがボコされてるの、どうでもよかったんだ。いや、どうでもよかったとしても、別にいい。それはいいよ。きっとあんたそういうやつなんだから。でも今思うとさ、あんた、あたしとリーゼントのダブルKOとか期待してなかったか?なんか、そういうことわざあったよね、日本に」
「なに。ワケわかんないこと言わないで」
新堂さんはキッと目を剥く。その視線は鋭敏だった。昨日の穂村君と比肩するほど、目力が強くて。
「
わたしは、「違うよ」。
笹尾君が「漁夫の利」。
「関係ないでしょーーーーーっ!?あたしに話しかけてこないで!そういう話も一切したくない!あたしは関係ない、超能力なんて持ってない!勘違いしないで、決めつけないで!」
彼女は立ち上がって、叫ぶ。マサカちゃんは…その勢いに、彼女でも、押され、ぴくりと身体を反応させる。何を言われても動じないと思っていたが、そうでもない。というか、新堂さんの一声が、強すぎる。
「…」
教室は昨日のように静まって、少しすると戻って、そして、彼女は座る。
「そうなの、ゆりちゃん?」
「う、うーん…」、わたしは小声で、(わたしには黄色く見えるから、そんなことはないと思うけど…でも、黄色く光ってるだけならね、わたしも一緒でしょ?わたしは見えるだけで、
超能力は使えない、し…)
(そいつも、そうだってこと?見えるだけで、超能力者じゃない?)
(校長先生の言い方と、いろいろつじつまが合わないようなところ、あって、うーん…それか、わたしも、このあと超能力が使えるようになるのかな?)
(ううん。あたしは、なんか、直感で、自分がこういうことできるようになったよ、って電話が来たような感覚受けたもん。きっと、『すぐ』のことなんだと思う。
でないと、いきなりリーゼントが先生をぶっ倒せるわけないでしょ。練習もなしに。虫の知らせみたいにさ、来るよ。いきなり頭の中に)
その通りならば、わたしも新堂さんも、見えるだけ、か?そういう仮定。
そしてわたしたちは、彼女に不用意に話しかけるのはもうよそう、と。かかわらないように、と決めたが、すぐにマサカちゃんは、「あんた、化粧もう少し薄くした方いいよ」と。
ああもう、とわたしはため息。新堂さんは、眼がぴくぴくとふるえている。
4月9日。
学校が終わり、一度家に帰ったあと、私服に着替え、学校の正門近くでマサカちゃんと待ち合わせ。
彼女のファッションを上から言うと、黒い野球帽をかぶり、派手な色のTシャツの上に本革が合皮かわからないけどジャケットを羽織り、時代遅れのケミカルウォッシュのジーンズ。白いスニーカー。
背が高いのでだいぶカッコいい。そう褒めようとしたが、彼女は星占いのハシゴで集約されたラッキーアイテムのひとつ、わたしお気に入りの白のワンピース…を見て、それはじろじろ見て、「カッワイッ。マジで、カッワイッ」と連呼した。照れるとわたしは暴走してしまうから、ほどほどにしてほしい。背中に汗をかきまくって透けてしまう。「カッワイッ」。
「あのね、見た目に自信ないから、その、スタイルも…精一杯のおしゃれはさあ」、わたしは着ている人間ではなく服がよいのだと遠回しに言おうとして。「カッワイッ」。まったく聞いていない。
わたしたちは、主にマサカちゃんの提案を中心に、昨日学校に来なかった、彼を待つ。今日は、昼から学校に、直接生徒指導室に出向しろと言われたらしい。
「ゆりちゃん、あだ名とかあった?」
「わたし?中学のときは、みんなに、ゆっり、って言われてた」
「ゆっり。ゆっり?ゆっり…言いづらいな」
「そう、何か言いづらいよね。マサカちゃんはあだ名あった?」
「え。ゴリラ」
「ええとね、他にはさあ?」
「いや、ないよ」
「うそ、名前でも呼ばれてなかったの?」
「ゴリラ、人間の名前、もってない」
わたしは吹き出す。「だからさあ」。
そして、彼がやってくる。
彼はかなり驚いた様子で。「よ」と手を振った彼女を、わたしを、とても遠慮していて。
その大きな目は伏し目がちで力がなく、顔は怪我を処置したあとがある。
「なんなんだよ、おめえら。何で私服なんだよ」。穂村君がとても、とてもばつの悪そうに、虚勢が見えてしまうほどの、しぶい声を発する。
「あんたがどういう処分になんのか、あたしたちにどうすればって聞いてこられたから。特に停学とか可哀想なんでしてやんないでくださいって言ったよ」
「そ、そうかよ。は。あんまりよ、くだらねえ情をかけてんじゃ、ねえぞ」
「なんかあんた、気の毒。殴られたでしょ、おとといそんなひどくなかった。さっき殴られてきた感じがある。それってひどくない。先生?うちの?あたし、抗議しようか?」
彼は何も言わずむずむずと身体を動かし、「何の用なんだよ」と、わたしの方に聞く。
「うぇ、ええと」
「ちょっと会話が足りないなって思ってさ。あっこ行こうよ、交差点のとこにあるマック。あたしね、『きんぴらライスバーガー』大好きなんだ」
「マサカちゃん、それはマクドナルドにはないよ」
「エエーーーーッ」
「…」
「金持ってる?おごってよ。おごってくれたら一昨日のことはチャラにしたげるよ。今おごってくれないなら、しょうがないから、たてかえとくよ」
彼女は、もう一昨日の恨みなどはないように感じて。わたしは、そのさっぱりすぎる性格をうらやましく思う。わたしなら、きっと裏でいつまでもねちねちと…。
「…わかった。今、持ってねえ。金。けどな、あとで絶対に返す」
「硬派~~~~~!!」、その褒め言葉で、ようやく穂村君は笑ってくれて。「照れてんじゃねーよ、タコ!」とマサカちゃんが男子のように小馬鹿にして指摘すると、彼は一瞬苛立った顔をして、息を吐く。
「あっ、一昨日いろいろしちゃったけど、正当防衛だから。でもさ、キンタマ蹴ったのだけはごめんな」
「マサカちゃん!ダメだよーーーー!?女の子だからね!?」
彼は、笹尾君のように、顔をすこしひきつらせて。
わたしたちは学校に背を向ける。
彼はまだ警戒してか何かを話しかけはしてくれないが、たまにこちらを、見る。
マサカちゃんは急に話をだいぶ戻し、「ねえ、ゆっりってあたし、すごく言いづらいんだ。ユッピ、ってのは、どう?」
「え!かわいい!そんなの言われたことないよ」。「いい?」、「うん、うん。すごくいい、嬉しい」、「ユッピ、ね、今から」。「ありがと!」、「あたしはゴリラでいいよ、うほうほ」、「だからさあ」。
どこかの食品会社のキャラクターのようなあだ名だと思った。アニメーションで、CMで駆け回っていそうな。それをつけられ、わたしは小学生のようにはしゃぎ、マサカちゃんはケラケラ笑って、穂村君は横で笑いをこらえている。