それは、少しだけずれた日本の高校のどこかで、 作:AyA Tono N.C.
3階建てのマクドナルドで、何らかのセットが一式置かれたトレイを持った中年の女性が、2Fフロアへの最後の段を踏み外し。
その女性は、つまずいて膝を打ってしまう。痛い!と声が出て。その結果、トレイの上の、どんなに運がよくとも、飲み物だけは階段に倒れてこぼれてしまう、とわたしは思った。
が、マサカちゃんが、手元に"
マサカちゃんの手首から先はここからは消えていて、階段のところで両手が無事にトレイをつかんでいる。被害ゼロ。
彼女はそれを自分の手元に引っ張ってきて、"洞"は消し、ささっと転んだ女性のところまで、運んでいた。
「大丈夫っすか」、と。その女性は、タイミングよく階段に向かおうとした女子高生がキャッチしてくれたのだと思ったのだろう。
ひざをさすりながら、「ご、ごめんね~…ありがと、いい子ね、あなた。よくひっくり返さなかったわね~」と、眉をハの字にして。
いえいえ、とマサカちゃんは戻る。わたしたちのところへ。
彼女はそれについて胸を張ったり、あるいはわたしたちに何か反応を求めるでもなく、そのままポテトをつまみだした。
「そう、それだよな。俺のやつに足んねえのはよ」
「なんだ。足りない?あんたもLサイズにすればよかったじゃないか」
「マサカちゃん、穂村君はポテトの話をしてるんじゃないと思うの」
もぐもぐと。
「あのなあ。加納。俺はさ、おめえに言われて答えらんなかったんだよ。御名術をよ、卒業したあと持ち出せてよ、それが他人の何かの役に立つのかってよ」
「…んん。言った気がする」
「俺は、この眼(の御名術)をよ、持ち出せたっておめえが満足するような使い方を他人にできんのかわからねえよ。でも、絶対におめえのみたいに人の役に立つやり方を
思いついてやっからよ、それで、いつか、こうやって役に立つからなって説明するから。そんで、おめえがそれでいいって思ったら、また勝負しろ」
「まあいいけどさ」、マサカちゃんはもぐもぐと。「偉そうなこと言ったけどさ、あたしだってこれさ、持ち出せて人の役に立てるかなんて考えらんないんだけど」。
そうだろうか。わたしはオーバーに首をかしげる。
「あたしはさ、こういうのはさ、学校で一番、人と社会の役に立つ御名術を持ってるやつ、そいつが持ち出すべきだと思うよ。それは、あたしじゃないと思うんだ」
「おめえは、今転んだおばさんの役に立たなかったのかよ」
そうだよね。
「あれが、階段のあたりで走り回ってるがガキんちょだったとして、つまづいて階段を転がり落ちそうになったとき、おめえは助けられるだろうが、そうだよな?」
「転がり落ちはじめちゃったら、こっからあそこの踊り場までは届かないかもしれないな。8メートルくらい先までしか穴を作れないから」
「そういうことを言ってんじゃねえよ」
「わたしはねえ、マサカちゃんの御名術はいろんな人の役に立つと思うんだ。穂村君の言ってる通りだよ。わたしは、持ち出せても意味がないから。見るだけだからね。
日本に御名術をもって暮らしてる人が何人いるかとか、そういう事を知っても意味がないよ」
「絶対、あたしよりいいやついるって」
マサカちゃんは、彼女の御名術を持ち出したくて仕方がない、とは考えていない様子で。
そして少し切り替える。
「でも、もし新堂があたしのよりましな御名術を持ってたとしても、あいつみたいな性格悪いやつには持ち出させたく、ないな」
「う~ん…」、それについては、わたしは、即答をすると結構問題があるのでは、と思ったので、イエスもノーも言わない。
「新堂?あいつも、なのか?あの、柴崎のうしろのすんげえ化粧したやつだよな?」
「ああ。なんかあいつも黄色く光ってるんだって」
「あそこの女子の列、3人も御名術持ってるやつがいるんだな」
「わたしはちょっと違うんだけど」
「ユッピの目は正しいって信じてるよ。あいつ、黄色く光ってるくせに、自分はちがうって言い張ってるんだ」
「そりゃあ、もし…そうならよ。俺とおめえのスキ見つけて、足元掬おうって秘密にしてんじゃねえのか?」
「そうだよな!?そう思うよな!?あんたいいよ。いいよトラ影。頭やっぱ切れんじゃん!」
「俺は景虎だ!!わかっててわざと間違えてんのか、間違えたまんま覚えてんのかどっちだ!」
ふたりは一昨日の苛烈な勝負のことなど忘れ、わたしには意気投合したように見える。そして、そのあと少し、新堂さんについての仮説や対策が、ふたりの間を舞った。
次に争い事が起こるとしたら、相手は新堂さん?わたしは、そうは思わない。彼女は、むしろ、最後まで戦いとか競争を、避け続けるように、思う。
「景虎さぁ、凶悪犯が銀行強盗して人質とって立てこもってるときにさ、食事届けろよ。そんでさ、ガン見してさ、ぶっ倒せば。あんた、ヒーローだよ」
もぐもぐ。マサカちゃんは、最後に、穂村君の御名術が人の役に立つ機会、を思いついて半笑いで提案する。痛々しい痕のある表情が、柔和に笑う。ふたりの話を聞いていて、わたしは、とっても面白い、と感じて。
さっきのおばさんはわたしたちより早く、おじぎをして、去る。わたしたちは3人で、それを返す。
4月10日。
早めに登校して職員室へと。
わたしとマサカちゃんは大曾根先生の席へと向かう。途中でどこですかと知らない先生に聞いて。
場は、ピリピリしている。職員室特有の近寄りがたい空気感と、厳しい雰囲気があって、入ってすでに居心地が悪い。できたばかりの高校なのに、職員室内部、各先生たちの机(デスクというべき?)はすでに乱雑なそれだった。わたしたち主演に対する、楽屋裏の面だと感じた。ネガティヴな。
おはようございます、とようやく馴染みがある先生のもとへ行くと、先生は湿布を貼った顔で、「おはよう、どうした」、と言った。
マサカちゃんが、「穂村のことなんですけどー」と、趣旨を前置きひとつせずに訊く。
「加納と柴崎の望むような措置に、したが?」
「ええと。それは、いいんです。ありがとうございます」、彼女は険しい顔を作って。「昨日、なんで穂村が殴られてんのか知りたいんですよね。必要ありました?」。
先生は言葉に詰まったような顔をして、一息置いて、「人のせいにするつもりはないけど、あれは、おれじゃあない。殴るつもりなんてまったくなかった」。そして言いづらそうに、「一度、おれはトイレに行ったんだ。戻ってきたら、生徒指導室にいたの、おれともう二人いたんだけどな。片方が手をあげてな。そいつ、若いから…」、すぐに、先生は、言葉を止めた。
その特徴を漏らすと誰かが、いずれ特定されてしまうからだろう。
そして、
「教師側の責任だから。おれは、殴ってしまった先生にはきつく、だめだと注意したから。ああ。わかった。すまん。穂村にはまた、しっかり謝っておく」
しっかりした、大人の返答だとわたしは思う。マサカちゃんをそれで、納得させた。
「殴った先生は誰か聞きたいとこっすけど、先生が困りそうだからなー。わかりました」
「そういう話か?来たのは」
「あの、あいつね、昨日しゃべったんですけど。親が異常に厳しくて、頑張ってんのに勉強も部活も。認めてもらえないみたいなんすよ。意味もなく理想が高いみたいで。あいつも、ああいう田舎のヤンキーみたいなカッコしてるけど、それって親に対するアレで。あいつも、あれが間違ってんのはわかってるんですよ」
「ああ」、先生も、それを察しているのか。うんうんと、聞いている。真剣に。
「あの、あいつがやっちゃったから、他のみんな、びびっちゃってるんです。あたしたちはもう気にしてないけど。でも、あいつは居心地最悪だろうから、あいつが悪いんですけど、なじめるようにしてあげてほしいっす。それは、先生の力で―」
「わかった。約束する」
彼女は、わたしには、とても恰好良すぎる、先生へのお願いをした。これほど、一つ一つの言葉に強い感受性をもって語れるならばどんなに素敵だろうと。
自分を暴力でねじ伏せようとした相手、なのに。
わたしは、つい彼女を見つめてしまう。
「ユッピ?」
「あ?あ、ああ?」
不意に呼ばれる。
「聞いてた?」
「ご、ごめん。穂村くんの話、だよね?」
「ちがう。それもう終わってる。校長先生の」
「えっ?」
彼女は、うわー、という顔をして、わたしが聞いていなかった次の質問を、また言うね、と先生に繰り返す。わたしは初耳で。
「校長先生に、御名術の細かいところをいろいろ、聞きたいっす」
「柴崎のためにもう一回言うけど、説明会がゴールデンウイーク前に行われるから、それまで待ってくれ」
「それじゃあ待てない!」、マサカちゃんはすぱっと強く。「うちのクラスだけじゃなくって、他のクラスでもまた事件が起こるんすよ!だいたい、説明不足なんだもん!急に超能力とかさ、今度起きるのがよそのクラスで、明日で、けが人続出、とかなったらどうすんですか!?」
「初日に教師陣でも大問題になったから、それを次はさせないように先生たちががんばるんだ」
「
「マサカちゃん!」
「ねえユッピ、校長室行こ!こういうまだるっこしいの、あたしは嫌だ!」
「えっ、えっ、えーーー…」
他の先生たちの目がわかる程に集まり、そして「今日は校長先生は外出中で、いない」と先生は止める。その、わたしにさえひどく悠長に思えた返事に、マサカちゃんはとても嫌そうな顔をする。
そして、わたしが、聞く。
「あのう。この、わたしたちの帯を活性化させて、御名術を使えるようにさせたのもまた、校長先生の御名術なのでしょうか?」
先生はぎょっとした顔をする。
彼だけでない。それを耳にした、他の先生も、顔をあげて。
禁句、なのだと思った。先生は口をぱくぱくさせる。これは、あの、「統制」か。わたしたちが、御名術について外部に発せないようにする裏で働く力。先生は、誰も、答えようとしてもできないようだ。
それの答えを得ることは不可能だと思い、わたしたちは、そこを離れようとする。まもなくショートホームルームがはじまるので。
「柴崎」
「はい?」
先生が具合の悪そうな顔で、わたしたちに。「この高校を造ったのは校長先生と、お亡くなりになった校長先生のご友人と、
ヒントのようなものを、くれる。わたしたちは耳からこぼさない。
それはきっとこの環境下における先生の最大限の、わたしの質問に対する誠意ある返事で。
そして他の、グレーのスーツで神経質そうな顎の細い男の先生が―あとで知ると、C組の担任。―「天里は、今日は体調が悪くて休みです。大曾根先生」と、追加した。
彼らもまた、この「統制」にはいろいろと被っているものが、あるのだろう。