「未来へのメッセージ…」
改めて私は硝子の円盤を見る。硝子の円盤は不自然な傷以外は特になにもない、普通の円盤…いや、違う。
よく考えれば、そもそも円盤型の硝子の時点でおかしい。片手で掴めるサイズならば尚更おかしい。
「ああ、この硝子は瞳石なのですね!!」
「瞳石、ですか」
「はい、天族のみが使える天響術を複数使い太古の記憶を封じ込めた物です」
「そんな大層なもんじゃねえよ…いや、大層なものじゃないからこそ大層なものか。あ、あった」
袋の中に手を入れていたゴンベエはなにかを見つけて、取り出す。
「箱?」
「アリーシャ…この国って昔の方が文明に優れていたか?」
「文明か…」
遥か昔、天族と人間は共存し、誰もが天族を視認していたと言われている。
それが本当ならば、この災厄の時代よりも大地の緑豊か作物の実りは豊富で…きっと、文明にも優れていた筈だ。だが、何故その様な事を今聞くんだ?
「アリーシャもライラもコレに関してなんも分からねえ。
考え方を変えれば、今の今まで見たことない存在していない物となる」
「ゴンベエが似たような事を見たことあるなら、異大陸の物じゃ」
「ちげぇっつーの、今の技術でも余裕でと言うかこの国でも作れる。
ただ作り方を知っている人がその事に気付いていないだけ…作り方を知らないだけ……」
ジーっと硝子の円盤を見ているゴンベエは箱を開く。
箱の中身は機械仕掛けで見たことのない構造になっており、分かるのはせいぜい箱の横についている手回し式のハンドルの様なもの。
「御丁寧に穴のサイズは一緒だな…いや、大体同じか」
開いた箱の真ん中にある突起部分に硝子の円盤はピッタリとはまる。
「え~っと…先に針を刺せば良いんだっけか」
「ゴンベエ、針なんて刺したら硝子が傷つくのでは」
「逆だ、傷をつけないと…なぞらないと……その前にっと」
不自然な傷の上に箱につけられた機材の針を刺そうとしたゴンベエは、一室のドアを開く。
ドアを開くと神父達が慌てて何処かに走り去っていった…中でナニをしているのかを、聞いていたのか。
「アリーシャ、分かっていると思うがまことのメガネの事を喋るんじゃねえぞ」
「分かっている」
この虫眼鏡がどれ程のものかは言われなくても分かっている。
天族の姿と声を捉えることのできるもの…コレが悪人の手に渡れば、天族の皆様が危険に晒される。いや、こんな物を持っているゴンベエもきっと…。
「はい、じゃあいくぞ」
ハンドルを握り右に回すと、硝子の円盤をはめている台が回り硝子の円盤も回る。
『こ…き…おね…ベルベット……』
「お、成功してる」
「……」
私の耳がおかしくなったのだろうか。
ぐるぐると回りだした円盤に針を刺すと音が流れる。音だけじゃない、聞いたことのない声も聞こえる。
『あーあー、ただいまテスト中…テスト中…オホン。ゴンベエ、アメッカ…コレを聞いていると言う事はオレの考えが当たったようだな』
乱れていた音が徐々に徐々に整いだしていき、最後には人の声になった。聞いたことのない人の声で、私達の近くに誰もいない。
『もし、コレを再生させたのがナナシノ・ゴンベエ、マオクス=アメッカじゃないなら切ってくれ。心を響かせ踊らせる歌も素晴らしい曲もこの中には入っていない、御宝に関するありかなんてのも勿論の事、コレの作り方に関してもだ』
「確かに、これは未来へのメッセージだ…」
声の主の正体はエドナ様の御兄様だ。
姿は見えないが、声だけで分かる。立派な御方だと、ライラ様の言うとおり自分の事を自分でする人だと。硝子の円盤は声を記録するもの…そしてこの箱は記録した声を再生する装置。文字通りメッセージが伝えれる。
『……切らなかった、と言うことはゴンベエとアメッカだな。お前達が聞いていると言うことは、そこにお前もいると思っている。先ず最初に言っておくが、オレはお前達になにかを言うつもりはない。と言うよりは、オレはまだまだ生きる。アイツとの約束の日が来るまでは例えなんであろうとも死ぬわけにはいかねえ…代わりと言ってはなんだが、お宝を用意してある。お前なら充分にっと、このサイズだとどれだけ録音出来るか分からんからな。宝については見れば分かる』
「御宝…デカい箱の方に入ってたのかぁ…そっち持ってけばよかった」
『オレからのメッセージは以上だ。これ以上の無駄話は必要はない、会ってすればいいだけだ……代わるぞ』
『うん、ありがとう…おね』
「はい、終了」
「ゴンベエ、まだ続きが!」
ゴンベエは針をあげた。メッセージはまだまだ続いている、それを最後まで聞かないと。
「いや、コレでいい…マオクス=アメッカがアリーシャの先祖だと仮定しても、最後のメッセージは聞かなくていいもの。大きい箱はナナシノ・ゴンベエとマオクス=アメッカに向けた贈り物で、小さな箱はもう一人の誰かに送り届けないといけない……」
マオクス=アメッカかナナシノ・ゴンベエ以外の三人目。
それらしき人物がいる…確かにそれっぽいことは言っていた。だが、その三人目は誰かは分からない。
ライラ様に聞いてみるも、エドナ様の御兄様は交遊関係が広く、マオクス=アメッカとナナシノ・ゴンベエと言う自分も知らない人と知り合いの人は分からなかった。
「昔、体育館でレコード作る企画は見たことあるから、難しい機材がなくてもいけるのは知っていたが…にしても、レコードこれとはこの国の文明ひっくいな、大体の原因は分かるけども…」
レコードと呼ばれる硝子の円盤を箱に戻すと、レコードの声を再生する装置も戻す。
「このレコードと言う物を届けたかった相手は何処の誰かは分からない。だが、文字でなく生きた声で、老朽化する紙ではなく硝子で残したのは、それほどまでに言葉にしてその人に伝えたい事があったのだろう…」
何百何十年たとうが伝えたい思いが、このレコードには入っている。
その思いが言葉が伝わって欲しい人にメッセージを聞いて欲しい…その人はもう死んでしまってるが、きっと天国でメッセージの先の会話をしている筈だ。
「アリーシャ、カッコよく締めようとしてるけど、まだ終わりじゃないからな。レコードが入っていた小さい箱、コレはナナシノ・ゴンベエとマオクス=アメッカに宛てた物じゃない、エドナですら知らない、三人目の誰かへの物だ…昔から大きい葛籠と小さい葛籠で欲張って大きいのを選んだらロクな目に遇わんと言うが、今回は逆だな…これを返して大きな箱を取りに行かないと」
「大きな箱……確か、宝が入っていると言っていたな。ナナシノ・ゴンベエでもマオクス=アメッカでも、その三人目でもないのに貰ってもいいのだろうか?」
世界中を渡り歩いていると言う事は、相当な宝の筈だ。
ナナシノ・ゴンベエがゴンベエの先祖なら、貰う権利が無いとは言い切れないが…
「いいんだよ、貰える物は貰わないと。オレの考えが間違っていなければ、その御宝はアリーシャやライラにこの街の人達からしたら宝じゃないと思う…じゃ、また明日に」
ゴンベエは私からまことのメガネを回収すると出ていった。
行き先はレイフォルク、もう一つの箱を取りに向かったが、この日は帰ってこなかった。
「アリーシャ様、よろしいでしょうか?」
「どうした?」
次の日の昼時、ゴンベエと別れて丸一日たち彼はどうしたのだろうかと気になった頃だ。
街の警備をしている騎士が困り果てた顔で私の元を訪ねてきた。
「実は、大荷物を持ち上げた怪しげな男がいまして…怪しいので、入口の検問で止めたらアリーシャ様の名前を出しまして…念のためにと」
私の名前を出したという事はと、頭にゴンベエが浮かぶ。
きっと彼なのだろうと入口の検問前に向かうとゴンベエがいたのだが
「お、大きくないか?」
「正直、小分けしろと言う思いはある」
持ってかえった大きい箱が予想以上に大きかった。
馬車並みの大きさで、土器で中に御宝が入っているのを考えれば相当な重さのはず。
ゴンベエは両腕の力だけで持ち上げている。私もまだまだ精進しなければならないな…
「ゴンベエ、それの中身は?」
「まだ確認してねえよ…だが、ハッキリと重さを感じる」
どっこいしょと石橋の上に箱を置いたゴンベエ。
箱を置いた際にズシンと音が鳴り響き、箱の重さが伝わる。
「あの」
「ああ、彼の検問は私がする。ゴンベエ、流石にそれを中に入れるのも此処に置くのもダメだ。一度、別の場所に」
「え~…」
嫌そうな声を出しながらも、もう一度大きな箱を持ち上げる。
入口の検問前の石橋だと、商人の馬車が通り難くなるので石橋を越えた先に運んだ。
「…ふ、んんんんんんんん!!!」
街に入る人の迷惑がかからない場所に置くと、私は箱を持ち上げてみようとする。
腕に力を入れて必死になって持ち上げようとするも全く持ち上がらない。一昨日の磁石よりも力強く持ち上げているが、持ち上がらない。
「コレは…相当な重さ、この中にエドナ様の御兄様が託した未来への御宝が…」
「よーし、じゃあ開けるぞ」
小さい箱と同じ作りで、取っ手を掴み開くゴンベエ。箱に立てかけると箱の上に乗った。
「あ~…アリーシャ、カモン!」
「どうした、ゴンベエ!」
箱の中に入ったゴンベエに呼ばれ、私も箱の上に立った。
「壺?」
「几帳面な性格なんだろうな。よく本とか参考資料の挿し絵とかにある木製の宝箱に乱雑に金が入ってる的なのじゃない」
箱の中身は綺麗に整頓された同じ形の壺が蓋をされた状態で綺麗に並べられていた。
ライラ様の言っている事からして、エドナ様の御兄様は真面目な御方で宝の種類に分けられている…そう考えれば普通で何処もおかしくない。
「重い」
適当な壺を掴み、持ち上げた。
壺は予想以上に重かったが、持ち上げれる重さで試しにと横に振ってみると音が聞こえる。液体の様な物でなく、金属の様な硬い固形物が入っているのだろうか?
「…!?」
「アリーシャ、どうし」
「ゴンベエ、今すぐにコレを返すんだ!!」
「……どうしたんだよ?」
「大きな箱の中身は、文字通りの御宝だ」
持っていた壺を開くと中には純金の塊が入っていた。
興味こそ無いものの、一級品の宝石や金の物など見る機会は何度もある…だからこそ、分かる。このレベルの金の塊は早々に見つからない、これを受け取ってはいけない。
「……これはエドナ様にお渡ししよう」
ナナシノ・ゴンベエもマオクス=アメッカも名も知らぬ三人目ももうこの世にはいない。ならはエドナ様へ託すのが一番だ。
「エドナから邪魔だから、持ってけって言われてんだぞ?返せば、邪魔だと木っ端微塵にして適当な所に埋められるだけだ…純金の塊…お、これ水晶だ。よかった」
別の壺の蓋を開けると、純度の高い水晶が入っていた。
これで眼鏡をいくつ作れるのか、それを横流しすればどうなるのか、考えただけでも頭が痛くなる。他にもなにがあるのだろうかと近くの壺を開くと銀が、別の壺を開くと銅があった。
「石?」
他にもお宝があるのかもしれないと別の壺を開くと石が入っていた。
中に宝石類が入っていて、取り出す前の状態なのだろうかと別の壺を開くとまた石が入っていた。
「コレも、コレも、コレも、コレも…殆ど、石じゃないか」
更に他の壺を開き確認するも、どれもコレも石ばかり。
宝石類の様なものは見当たらず、最初の金や水晶以外に価値のありそうなものはない。
「だから、言っただろう。アリーシャ達にとってはお宝でもなんでもないって…流石に硫酸とかの液体と植物類は無いか。硝子細工が出来るから、硝子の原材料も…いや、この時代でも普通に作れるから別のを優先したのか…お、これも知ってるやつだ」
ゴンベエはまだ開けていない幾つもの壺を確認する。
壺の中に入っている石がなんなのか分かっているのか、時折笑みを浮かべている。
彩り豊かだったり、黒ずんでいる石…いったい、これがなにを意味しているのだろうか?
「コレは珍しい石なのか?」
「稀少な石かどうかなんて、オレは知らねえよ。マンガンとか硫黄とか聞いたことあるレベルで貴重かどうかなんて知らない…だが、使えるのは確かだ。アリーシャ、もし金が手元にあって寄付とかそう言う慈善活動に使う以外で、純金をお金として使わずに使用しろと言われたらどうする?」
「寄付以外……指輪などの装飾品や馬車の飾りにする?」
「成金趣味全開だな、おい」
金をお金として使わずになんて聞かれても、それぐらいしか浮かばない。
「他にも色々な使い道があるんだよ…水車小屋に強力な磁石、果ては鉱石類。なにもかも順調すぎて、そろそろ酷い目にあいそうな…いや、自力でどうにかしないといけないから既に酷い目にあってるか」
壺を元あった位置に戻し、蓋をして箱を持ち上げる。
「…結局名前を聞くことは出来なかったエドナ兄…ありがたく、貰っておく。マオクス=アメッカと三人目が何処の誰なのかは知らないが、ナナシノ・ゴンベエはオレでこの石を使いこなせるのもオレだけだ」
「ゴンベエ…持っていくのだな…」
殆どがよく分からない石だが、価値のあるものも中にはある。
置いていけとは言わない…言っても、なにがなんでも持っていこうとする。それこそ私を倒してでもだ。
「止めるならお前でも本気で潰すぞ。流石にこの鉱石を捨てるのは勿体ねえ、下手すりゃ集めるのだけで人生を終わらせる可能性がある。安心しろ、私利私欲の為にしか使わない」
「そうか……ん?」
「待ってろよ、オレの快適な生活!!」
「ま、待て!!」
私利私欲の為にしか使わないとは、どういう意味だ!?
こんな時は普通、悪事には使わないと言うのが普通じゃないのか?ゴンベエを追い掛けようにも、とてつもない早さで走り去った為に見失ってしまった。
「……」
エドナ様の御兄様の声を記録するレコード、マオクス=アメッカにナナシノ・ゴンベエ、それに名前も知れない三人目。
お宝と言っていいのか分からない色とりどりで見たことのない鉱石に、ゴンベエが作った雷を当てて作った強力な磁石、市場の人に注文した竹、たった三日で様々な謎を知ることが出来た…謎や疑問の解決は出来なかったが。
「…ゴンベエなら、問題ないか」
私腹を肥やしていると言う噂のある者達がハイランドにはいる。
水晶や金を売り捌けば、その者達と同じ様に私腹を肥やせるがゴンベエはそんな事をしない。何故かは分からないがそんな気がした。
ゴンベエの称号
勇者 ああああ
説明
転生特典はごまだれー!な勇者等の力と道具一式。
本人も何となくしかわかっておらず、まだまだ未知の物が多くあるもののこの世界を救うには充分すぎる力を持つ。
大空、時、黄昏、風、息吹、彼にはどんな名前があうのか…。
「もう面倒だからああああでいいだろ、オレ、世界救うつもりねえよ」 本人談