「まさか首無し鎧の業魔が2体もいるなんてな」
「首無し鎧?」
「お前のことじゃない」
エレノアのロスト・フォン・ドライブにより倒された首無しの馬に乗った騎士。
これで一先ずは落ち着く事が出来る
「きゃあああっ!!」
「モアナッ!?」
と思いきや叫ぶモアナ。
何事かとエレノアが振り向くと、今度は頭だけが浮いていた。
「おいおい、どうなってんだ!?」
多分だけど、あの頭は首無し騎士の頭。
だが、頭だけ浮いているってどういう事なんだ?
「エレノアが倒した業魔はファントムやアンデッド系の業魔だ。
あの手の業魔はロクロウの様に人から業魔になるのでなく強い穢れを発した人の死体や魂からなる」
「てことは、頭と体が分かれてから憑魔になったのか」
アイゼンから説明を受けて納得をする。
あれが死体からなった業魔なら、邪悪な穢れで出来ているのならばそれを断ち切る技を使うのが1番だ。パーシバルを脅した際に使ったナイフを取り出すのだが
「っつ!!」
まだ手が完治しておらず、激痛が走る。
こんなもん、さっきまでキレていたベルベットの痛みと比べれば屁でも無いのに!
「やばい!」
空裂斬を撃つ前に、モアナが大ケガをしてしまう。
エレノアが助けに走っているが、頭の方がモアナの直ぐ近くに居るのでこのままでは怪我をさせられる。
──ヒャアアア
あいつは……
「離宮にいた業魔!?」
頭がモアナに襲い掛かろうとした瞬間だった。
何処からともなく離宮にいた業魔が現れて頭に攻撃をしてくれた。
「いや、穢れを吸っておる。そやつは喰魔じゃ」
まるで生気を吸い取るかの様に穢れを喰らう喰魔。
結果的には助かったが、いったい何処から……王宮に居たのを連れてきたのが正しいか。
「いや、その鷹は私の唯一の友、グリフォンだ」
どうして此処にと皆が驚いている中、歩み寄ってきたパーシバル。
此処に来た際に腕に乗っていた鷹が何時の間にか居なくなっていた。
「……タバサが『近いうちに会える』と言っていたけれど、こういう意味ね」
「殿下、何故貴方が喰魔を?」
「だから、言った通りさ。グリフォンは私の親友だと」
いや、そういう事を聞いているんじゃねえよ。
どうしてそうなったとか……いや、もういいか。
「子供の頃からの唯一の親友なんだ……例え喰魔になったとしてもだ」
「喰魔と知って逃がしたのか?それがなにを意味するか分かっているのか?」
なんの説明も無しにハッキリとパーシバルは喰魔と言った。
アルトリウスのやろうとしている事を理解しているミッドガンド王家。グリフォンを王宮から引き剥がせば、その近く……例えばローグレスに行き場の無くなった穢れが溢れ出る。
「なにも。私はただグリフォンを逃がしたいだけなんだ」
「流石は未来の国王、第一王子。わがまま放題だの~」
「わがまま、か……ふふ、そんな事なんて1度だって許された事は無いよ」
マギルゥの挑発を笑って返すパーシバル。
「王は人を統べる者であって人では無い、か?」
「……君はなんでもお見通しなんだね」
「一応、一通りの事は叩き込まれてるんでな」
暴力特化の戦闘タイプだから、基礎的な部分でしかないが教えられている。
「どういう意味?」
オレとパーシバルの間だけで理解しており、意味の分からない顔をして首を傾げるライフィセット。
それはあまり知らない方がいいこと。王は人の心が分からないなんて教えてはいけないものだ。
「王子は人ではなく、公器。国や民を優先しなければならない存在で、なるのではなく作られる物なんだよ。例えばそう。法律の勉強をしている時に背中がむず痒いとどうする?」
「背中をかくよ、普通に」
「私がそうすると傅育係に皮膚が割ける程に鞭を打たれたものさ」
分かってたけど、ロクでもねえ国だな。
「国の為の勉学より痒いという個人の感情を優先してしまったという理由でね」
「アホくさ」
「ああ、そうだ……だが、それが王になる為に必要な事なんだ」
「違うな」
あまりにもアホらしい。
感情に身を任せずに常に公正で公平にしなければならず、例えそれが自分の最も愛している人物だとしても悪ならは正しく裁かなければならない。帝王学の基礎的な部分は絶対の正しさだが、そんなもんは間違っている。
「それで王になった奴が、今こうしてアホな事に協力してるなら帝王学なんて間違いなんだよ。
自分という物を持っていてなにが悪い?自分という人が嫌いならばお前から去れ、お前から消えればいい……混沌と混乱から抜け出せないのは自分というものを持っていないからだ」
「だが、混沌と混乱を巻き起こすのもまた自分ではないのか?」
「確かにそうだ……だが、それのなにが悪い?
最初からなにも無いのならば、そこで人は終わってしまう。なにかがあるから人は変われる……自分というものを持っていない人間に王様になられたら逆に迷惑なんだよ」
「だが」
「なんの為にガキの頃から教育する?」
転生者の先輩にある人がいる。その人の死因はアルコール中毒で、オレ達を鍛えた地獄の鬼達曰く今までの転生者の中でもトップレベルの天才だった。
父親も母親も立派な職についていて、絵に描いた様な金持ちで絵に描いた様な金持ちの苦労をし、徹底的な英才教育をされた……だが、無駄に終わった。
「親は子供の物差しになるだけで、子供は自分の思い描く理想の自分を作る為の道具じゃない」
時代の流れと両親の思い描く理想像が大きくかけ離れていった。
大手の外食チェーン店が増えて、ただ美味い物を作ればいい時代が過ぎ去った様にその両親が思い描く理想の自分と現実は噛み合わなかった。
「私にとってはこいつが空を飛ぶ姿を見て自由を想像するのが唯一の慰めだった……だが、カノヌシとこいつは適合してしまった」
「……聖寮が喰魔を作っている事はミッドガンド王国は知っているのね?」
「もちろんだ。王国は導師アルトリウスの理と意志を全面的に支持している」
「じゃあ、喰魔の事、モアナ……人間を喰魔にして閉じ込めている事もか?」
「知っている」
「何故だ!?何故、こんな事をしている聖寮に力を貸そうとしているんだ!?
貴方がこの船に乗ったのは、自分の親友がカノヌシに適合してしまい閉じ込められた姿を見たからじゃないのか?親友が閉じ込められて辛いという気持ちが分かるならば」
「ミッドガンド王国を建て直す道はそれしかなかった」
自分がされて嫌だというならば、しなければいい。
アリーシャはそう言うが、その選択をしなければならないとパーシバルは言う。
「個を見捨てて全を選ぶ……アルトリウスを支持しているだけはあるわ」
「私はこいつが閉じ込められていたのが、空を奪われるのが嫌だった……どうしても。
私は警備の対魔士を欺き、結界を解除させた。その時、対魔士はグリフォンに命を……もう、戻ることは出来ない」
誰かを1人生け贄に捧げれば世界が救われる。世界が平穏になる。
全く、理由の無い悪意(穢れ)といい誰かを犠牲にして生きるといい、トロッコ問題みたいな事をして……。
「対魔士1人での問題ではないの。喰魔を引き剥がせば、王国に穢れが増大するじゃろ」
「全部分かっていた……それでも私は、友としてグリフォンを見捨てることは出来なかった」
「世界より一羽の鷹か……鳥は何故空を飛ぶと思う?」
「それはアルトリウス様の!」
また随分と哲学的な問題を投げ掛けるベルベット。
エレノアは同じ事を聞いたことがあるのか驚いている……鳥が空を飛ぶ理由ね……
「解剖学の本には骨が軽くて翼を動かす筋肉に凄い力があるからって」
「ライフィセット、違う。それ飛ぶ原理で飛ぶ理由じゃない」
「飛ぶ理由?」
「私は……飛べない鳥は鳥ではないからだと思う」
「おいこら、ダチョウとペンギンだって鳥類に分類されるぞ……まぁ、あんたがやった事は多分物凄く重い事だろうけど……自分がそうしたいと心から思った事ならば、自分が自分に対して文句を言わないのならそれで良いんじゃないのか?」
色々と小難しい話をしているが、あんたは助け出したいと思った。
その結果がどうなるかを知っていても、それでも助け出したいと思って血翅蝶を頼ってオレ達の元までやって来ているんだ。そこにあるのはもう、善悪とかじゃなくて自分がやってやるんだと言う強い意志だけだ。
「だが、私は」
「世界ってなんだ?」
「それはミッドガンド王国で」
「違う。あんたの世界はなんだ?」
元の鷹の姿に戻っているグリフォン。
パーシバルの右腕に停まっており、オレ達の方をジッと見ている。パーシバルがジッと見ると、グリフォンもパーシバルの事を見ている。
「世界ってのは人によって違うんだよ。
ライフィセットの世界、オレの世界、アメッカの世界、ベルベットの世界、ロクロウの世界、エレノアの世界、マギルゥの世界、アイゼンの世界、皆が皆、同じ世界を生きているように見えて違う世界を生きているんだ。
今、こうしてなんの因果か全員の世界が重なっているだけで何時それぞれの世界が別々の場所に動き出すかは分からない。お前が見てきた世界はお前の世界であって、オレ達と同じ世界じゃない。お前の世界は何処にある?」
人間の世界なんてものは大きいくせしてちっぽけだ。
もしかすると、1つの山を越えた先の世界を知らないままの可能性だってあるぐらいだ。
「少し前まで、オレの世界は割とちっぽけだったぞ。
家を改造してレディレイクでコーラを売って、アリーシャが色々と騒いだり絡んできて、家に帰って寝るだけの生活だ」
「ゴンベエ、私の事をそんな風に思っていたのか?」
「スレイが来るまではそんな感じだっただろうが」
もう本当にオレが来ると確実に絡んできた。
レディレイクに足を運べば、確実に出会っていた。一時期、こいつニートかなにかじゃないのか?と思わず疑うぐらいに連日会っていたぞ。
「1日、面倒だと行かなかったらスゴく心配をして来た日もあったな」
「毎日来ていたのに、急に来なくなったら誰でも心配をする」
「だからって、医者を連れてくるのはやめてくれよ」
とにかく、スレイが来るまではずっとそんな生活を送っていて、スレイが来てからはてんてこ舞い。
スレイが聖剣を抜いて導師になるわ、アリーシャ左遷されるわ、脱税がバレるわ、ヘルダルフをシバき倒すわ、大地の汽笛を走らせた結果、国にアリーシャを献上するからと狙われるわ……本当に少しの間だけで色々と世界は広まった。
そういえばスレイは暗殺者達と一緒に行ったとか言っていたが、無事だろうか……まぁ、あの時代じゃライラ達は基本的には見えないから、なんかしてくる前に対処出来るだろう。
「色々とあって、アイゼン達に大砲で撃たれて……ベルベットの下僕をやっている。思い返せば、色々な出来事があったな。オレの世界は色々と変わっているが、お前の世界はどうなんだ?」
「私の世界は……私とグリフォンしかいない、狭い世界だ」
「だったらこれから世界を広げれる様に頑張れよ……世界は醜くも美しいものが多いぞ」
「……名前を聞いていなかったな」
「名無しの権兵衛だよ」
「ゴンベエか……ありがとう」
こんな初歩的な事に気付かないとは、帝王学というか洗脳教育とは恐ろしい。
当たり前の事を言っただけなのに、さっきまでの暗かった表情は嘘のように清々しくなっているパーシバル。
いい感じの終わりを迎えようとはしているが全然いい感じではない。国までグルとは……やってることヘルダルフと大して変わらねえな。
「事情は分かったわ。この島の中では好きにしていいわ……ただし、逃げようとしたら殺す」
そう言うと何処かに行くベルベット。
何時もの様に余計な事を言えば確実に殺されそうなのでオレはなにも言わず、その背中を見守る……苛立ってるな。
「あんな感じだが、拷問とかそういうのはしない。
と言うよりは素人に拷問はやらせられないから、王宮から牢獄に変わったと思えばいい……まさか、人質を取る側になるとはな」
アリーシャとオレはスレイを動かす為の人質だったのに、王族を人質にする側の立場になる日が来るとはな。
「承知した。グリフォン共々よろしく頼む」
「話はついたな。じゃ、アジト作りと行くか」
パーシバルが加わり、拠点を手に入れる事は出来た。
「このままモアナ達を残して次の喰魔を探すか?」
あては何処にも無いが、しなければならない。
大所帯になってきたので拠点が必要となり拠点を手に入れる事が出来た。なら、次を探すのが1番だ。
「いや、今は地に足をつけるのを優先する。
此処最近はてんてこ舞いだったからな、息抜きをする為にもここを利用しない手は無い……アイツがそうだ」
なにも言わずに1人で何処かに行ったベルベット。
方向的には船を止めている場所で夜風に当たりに行ったのだろうが、精神状態はあまりよろしくは無い。
「アイゼン」
「なんだ?」
「ベルベットが喰魔で此処がカノヌシに穢れを送り込む場所らしいが、ベルベットは脱走してからそれなりに時間が経過している」
「その話か……メルキオルのジジイがジークフリートの術式を読み取ったのもある。聖寮はまだなにか企んでやがる……お前はもう分かっているんじゃないのか?聖寮の企みを」
「なんとなくだ。前にも言ったがなんとなくは語りたくはない……と言っても不安を煽るだろう。
ベルベット達に言うんじゃねえぞ。割とロクでもないものだ。喰魔で穢れを喰って延命という名の誤魔化しなんて生易しいものじゃない」
そしてそれを覚悟でミッドガンド王家はアルトリウスを支持している。
国が滅びるのが嫌だからなんて立派な建前はあるが、こんなんで滅びる世界ならば滅びればいいものを。
「人類補完計画擬きだよ」
「人類補完計画擬き?」
「オレの国、日出国の有名なお話に出てくる計画だ。
出来損ないの群体となり行き詰まった人類を完全な生物として人工的に進化させる計画だ……アルトリウス達の狙いは、世界中の人間から穢れを発しない様に
「まさか……なら、あの時のベンウィックは」
察しのいいアイゼンは直ぐにアルトリウスの手段を理解した。
ベンウィックに起きたことがカノヌシの力ならば、世界中に届けることが出来るのならば確かに穢れの無い世界が生み出す事が出来る。
「世界中の人間がエレノアやアメッカみたいな善人なのもロクロウみたいなイカれた悪人なのもダメなんだよ……太極図を知らないよな」
「太極図?」
「こんなのだ」
アイゼンに太極図を見せると見たことが無いのかまじまじと見る。
この世界は地水火風の四大元素で、水火木金土の五行は見ない。珍しいんだろうな。
「この絵は……なにか、深い意味がある」
「色々とあるよ。因みにだが、うちの国は地水火風じゃなくて水火木金土の考えだ」
「……さっき、お前はアメッカの事をアリーシャと言っていたが」
「聞かなかったことにしてくれよ」
「……ならば、オレが正体を暴いてやる」
きっと、お前なら出来る筈だ……。
「と、オレもそろそろ行かないとな」
「そっちは船じゃないぞ」
「バカ、この監獄を改造するんだから先ずは見取り図を書きに行くんだよ……」
まさか、また牢獄で生活をすることになるとは思いもしなかった。
此処最近、色々なところに行っては戦ったりでリラックスをしていなかったのかアイフリード海賊団の面々は酒を飲んでバカ騒ぎを始めようとしていた。
スキット もっとと言うことは
ゴンベエ「……なんだよ?」
アリーシャ「いや、少しな」
ゴンベエ「少しって言いながら、広間で宴会をせずにいるのか?」
アリーシャ「そんな事を言えば、ゴンベエもただひたすらにこの監獄の見取り図を書いているじゃないか」
ゴンベエ「それを言い出したら、お前はそんなオレを見ているだけだぞ……」
アリーシャ「……ゴンベエも、言えるんだと思ってな」
ゴンベエ「は?」
アリーシャ「いや、その……ゴンベエは何時もグータラしているイメージがあって物事をタンタンと簡潔に簡単にしようとしている」
ゴンベエ「そりゃまぁ、難しい事を頭の良い奴等が集まって難しい顔で話し合っても意味は無いからな……本当に理解をしないといけないのは頭の悪い大勢の馬鹿達なんだから。オレは難しい事を考えたくないんだよ」
アリーシャ「でも、パーシバル殿下には言っていた。世界とはなにかと……私の世界は私の世界であって、皆の世界ではない……今こうしてお互いの世界が重なっているだけだと」
ゴンベエ「やめてくんねえか?なんか恥ずかしくなってくるし、当たり前の事を言っているだけだし」
アリーシャ「ゴンベエは言わないだけで、色々と分かっている……改めてゴンベエの事が理解出来た」
ゴンベエ「そうか」
アリーシャ「普段からもう少し真面目にしておけば、もっとカッコよく見えるのに」
ゴンベエ「めんどくさいから絶対にしない……それに、んな真面目にやってたら今頃は此処にはいない」
アリーシャ「そう言われれば……ゴンベエは程よく真面目がちょうどいいのかもしれない」
ゴンベエ「お前にオレがどういう風に見えてるかスゴく気になるが……もういい。なんか色々とありすぎて疲れた」
アリーシャ「なら、膝を貸そう」
ゴンベエ「いやいや、そういうのはいいから」
アリーシャ「そうか……そうなのか……此処は石の床で」
ゴンベエ「囚人が使ってたベッドがあるから少しだけ休む」
アリーシャ「そんなに私の膝が嫌なのか!?ベルベットと大して変わらないぞ!!」
ゴンベエ「なんでそうなるんだ!?」
アリーシャ「いや、その……とにかく私の膝を使ってくれ」
ゴンベエ「……なんで使わないといけないんだよ?」
アリーシャ「私がそうしたいと思ったからだ」
ゴンベエ「お前に膝枕にされるぐらいなら、抱き枕にした方が何万倍もいい」
アリーシャ「……その、抱き枕はちょっと……」
ゴンベエ「なら、オレは寝てくる……お前も休んどけよ」
アリーシャ「……冷たいのも変わらずか」